Eternal Lovers
 
どんなに遠く離れていたとしても。
きっと、見つけてみせる。

君は、誰よりも大切な人。
決して、失えない人。

だから。

どんなに姿が変わっても。
『君』が『君』である限り。
僕は、絶対、探し出してみせるよ。


何度も……何度でも……。





「……夢か」
瀬川優吾は、ほぅ、とひとつ吐息した。隣を見れば、愛しい女性が、愛し合っ
た時のままの姿で、安らかな寝息を立てていた。
「君は、ここにいるのに、ね」
 そっと、頚動脈に触れる。生命の脈動が感じられる。たしかに……生きている
ことがわかる。
 
何度も出逢って。引き裂かれて。
目の前で生命の灯火が消えていくさまも、幾度も経験した。

『……泣かないで。いつだって、私は貴方の傍にいるから』

そう言って、いつも彼女は微笑んだ。そして……儚くなった。

また、逢える。
そのことをわかっていたとしても、やはり辛くて……哀しくて。
数え切れぬほどの切ない夜を一人で迎えてきた。

今生でも、そう。
なかなか巡り合えなくて、絶望した。
いつだって、彼女は、自分の身近な存在として巡り合えたから。
 
ある時は、従妹として。
また、ある時は、おさななじみとして。
必ず、すぐに巡り合うことができた。

けれど。
今回は、本当に出逢うことは叶わなくて。
まだ、この世に生まれていないと思った。
そんな時、彼女と……高梁美月と出逢ったのである。

「……美月さん」
そっと、愛しい女性に声をかける。静かに、滑らかな背中に、唇を這わせた。
刹那。
「うわ……っ!」
素っ頓狂な叫び声をあげて、美月が飛び起きた。そして、優吾を睨みつけてきた。
「何をするんだ、馬鹿者っ!」
即座に腕を振り上げ、優吾の頬を打とうとする。だが、すぐさまそれを捕らえ、
逆に、シーツの海に縫いとめた。
もうすぐ、夜が明ける……わずかな月の光りが差し込む室内に、美月の白い肌
が仄かに浮かび上がる。その中に、優吾の唇によって咲いた深紅い華を見つけ、
心の中でほくそえんだ。
優吾の視線が、どこに注がれているのかがわかったのだろう。美月は、頬を朱
に染めながら、大きな瞳を見開いた。
「何処を見ているんだ!」
「……美月さんの全て」
いって、柔らかな唇に、自分のそれを深く重ねた。
「…………っ」
抵抗する美月にかまわず、口腔内を舌先で探る。最初は逃げていた美月のそれも、
次第に優吾の動きに応えるようになっていく。
本来、物を食すのに使われる場所。それが、今は、互いを求め合う場所として
存在している。
普通に身体を繋ぐことより、激しく求め合っているように感じられるのは何故
だろう?
彼女の柔らかな唇の感触を堪能し、静かに腕の戒めを解くと、ハッとしたよう
な表情をした後、すぐに平手が飛んできた。それを、甘んじて受ける。
パチン! と。高い音が室内に響く。
「どうして、避けない!?」
慌てて起き上がり、そっと、頬に指先が触れる。
「だって、美月さんを怒らせたのは、僕だから」
そして、細い身体をギュ……、と抱き締めた。
「……馬鹿か、お前は」
小さく響く、美月の声。言葉と裏腹の、優しい音色。
もう一度、きつく抱き締めてから。
優吾は、美月と出逢った日のことを思い出した……。



優吾と美月が初めて出逢ったのは、『結婚式』だった。……とはいえ、当然、
二人の結婚式ではない。優吾の姉と、美月の兄の結婚式だ。
本来ならば、二人が出逢いは、もっと早くなるはずだった。そう……結婚前の
親族の顔合わせの席で。だが、美月は産婦人科の医師をしており、その日、受け
持ち患者の状態が悪くなった為に、急遽、帝王切開の手術をすることになったの
だ。その為、顔合わせの席には現れなかった。
そして、結婚式当日。挙式前の親族の控え室で、初めてその姿を見た。

自分とさほど変わらぬほどの長身。
短く切り揃えた髪。
眼鏡の奥から覗く、意思の強そうな眼差し。
華奢な身体。伸びやかな手足。
何処からどう見ても、自分の記憶の中のどの『彼女』にも似ていない。
けれど。
ずっと、探し求めていた『彼女』だ、と確信した。

嬉しさのあまり、慌てて駆け寄った。戸惑う彼女に構わず、他の者が見ている
ことも気に留めずに抱き締めた。そのまま、唇を重ねようとしたが、次の瞬間、
美月の平手が優吾の頬を直撃した。
『……貴様っ。いきなり、何をする!?』
そういって優吾を睨みつけた美月は、どうやら、全てを忘れてしまっているよ
うだった。これも、今までと違っていた。赤ん坊のうちならばともかく、いつも、
出逢った瞬間に、二人のことを思い出すのに。
それでも、『彼女』に違いない。優吾の魂がそう告げていた。
だから、なんの躊躇いもなく告げたのだ。
『僕と結婚してください』
と……。

それからも、何度も、何度も、告白した。そのたびに、玉砕した。
なにしろ、美月は、優吾より14歳も年上で。少しも、優吾の言葉を本気にして
くれなかったのだ。
それも当然だ、と思う。初めて出逢った人間を、いきなり抱き締め、『結婚し
てください』なんて告げた子供の言葉を、本気にする方がおかしいだろう。
だが、優吾は真剣だった。だからこそ、邪険にされても、拒絶されても、美月
に告白し続けたのだ。

そんな優吾を、どう思ったのか。呆れながらも、美月は付き合うことを承諾し
てくれた。だが、常に逢えるわけではない。
なにしろ、美月は非常に忙しい。何かあれば、夜中でも呼び出されることがある。
母親と、赤ん坊……一度にふたつの生命を預かるのだ。生半可な覚悟ではでき
ない仕事だ。
 
『小さな手が、私の指を必死に握る。母親が、本当に幸せそうな笑顔を浮かべる
。……一度でも、お産に立ち会ってみろ。あの感動を思い出せば、忙しさなど苦
にならないね』
そういって、優吾に微笑んだ美月は、本当に自分の仕事に誇りを持っている、
と感じた。

たしかに、今までの『彼女』とは、全く違う。少なくても、平気で優吾を殴る
ような性格ではなかった。全く正反対の性格だ、といっても過言ではないだろう。
だが、そんな美月に、改めて恋をした。

過去など、関係なく。
未来さえも、関係なく。
今、自分の近くに存在している『高梁美月』に、次第に惹かれていったのだ。

あれから、1年。
少しずつ、美月も優吾を受け入れてくれ。
そして。
自然な形で、結ばれたのである。



「ねぇ、美月さん」
短く揃えた髪に、指を埋める。そっと、首筋に触れる。すると、くすぐったそうに身を捩った。
「……なんだ?」
「もし、僕達が何度も生まれ変わっている恋人同士だったら……どうする?」
冗談めかして告げる。
ずっと、ずっと、訊きたかった問い。
以前の記憶を持たない美月にとっては、あまりにも馬鹿馬鹿しい質問だろう。
そうでなくても、現実主義者なのだから。己の認めた『真実』しか信じない。
案の定、呆れたような眼差しを向けられた。
「生まれ変わりなんてあるわけないだろう? マンガの見過ぎだ」
予想通りの答えが返ってくる。
やっぱりね、と思いながらもう一度抱き締めようとしたが、その前に美月が
口を開いた。
「……お前の気持ちも。私の気持ちも。以前からのものだというのなら、一緒に
いる意味などない」
いって、鋭く睨みつけてきた。
「美月……さん?」
「私は、私だ。この気持ちは、私だけのものだ。……お前は、違うのか?」
毅然とした表情。力強いまでの意思を感じる。
あぁ、と思う。
なんて、美月は気高いのだろう。
そうだ、彼女の言う通りだ。
今、自分の傍にいるのは、目の前にいる凛々しい存在だ。記憶の中の可憐な
少女ではない。そんな彼女に恋をしたのではなかったのか?
「ごめん……馬鹿な質問して」
ぎゅ……、っと。美月を抱き締めた。美月も、抱き締め返してくれる。

好きで、好きで、たまらない。
なにを引き換えにしても、美月だけが欲しい。

ゆっくりと、指先を背筋にそって這わす。
甘い吐息が、美月の唇から零れ始める。
そっと、首筋に唇を寄せた刹那。
……いきなり、サイドテーブルの上の携帯が鳴り響いた。
「うわっ」
いきなり、美月に突き飛ばされた。そんな美月は、といえば、身体にブランケットを
巻きつけ、慌てたように携帯に出た。
「はい、高梁です。……なんだと!? で、状況は!? ……まいったな、他の
スタッフの手配は? ……そうか。すぐ行く。到着次第、手術を行う。準備を整
えておいてくれ」
そして、乱暴に電話を切って、こちらの方を振り向いた。
「……また、呼び出し」
すると、申し訳なさそうな表情で、優吾を見た。
「あぁ。私が担当している前置胎盤の患者が、急に出血してな……これから、救
急車で病院にくるそうだ。緊急に手術しないと、母子共に危ない」
それだけ告げて、美月はクローゼットから衣服を取り出した。そのまま、優吾
の前で着替え始める。
いつもならば、そのようなことはしない。だが、今は緊急事態だ。優吾の視線
など、かまっていられないのだろう。もちろん、優吾も違う方を向いてはいるけ
れど。
「たまに逢えても、全然、ゆっくりできなくて……すまんな」
ややあってから、後ろから抱き締められた。そんな彼女の腕を、ぽんぽん、と叩く。
「いいから。早く行ってあげてよ」
「じゃ……」
それだけ告げて。
美月は、部屋を飛び出していった。優吾は、窓の外に近づいていく。
外は、既に白んでおり、朝焼けが空を彩っていた。そんな中を、美月は駆けていく。
駐車場が、少し離れた位置にある為だ。
美月の身体が、オレンジ色に輝いている。
「本当に……以前の君と、全く違う」
ひとりごちて、苦笑する。
今までの彼女は、とても儚くて。とても、月の光りが似合っていた。
でも、美月は違う。自ら光り輝く、太陽のようだ。
そんな彼女に相応しい男になる……心の底から、そう誓う。
 
今は、まだ、学生で……なんの力もないけれど。
絶対、彼女の隣に立つに相応しい男になってみせる。

「美月さ〜んっ」
窓を開け、大声で彼女の名を呼ぶ。
「頑張れよ〜っ!」
すると、美月は振り返り。
大きく、手を振ってくれた……。

『Eternal Lovers』 END
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