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Sea of Love |
彼の前では、素顔に戻れる。
何も気取らず、飾らず、ありのままの自分を見せることができる。
……これって、素敵なことじゃない?
「う、ぅ……ん」
軽く呻いて。
高原里奈は、寝返りを打った。すると、即座に、幸せそうに眠っている恋人の寝顔が
飛び込んできた。
……それも、そうだろう。
明日は学校も休み、ということで、目いっぱい頑張ってくれたのだから。……なにを、という言葉は禁句だけど。
部活で汗を流した後、今度は自分と一緒に汗をかいたのだから……いくら若くても、
疲れてしまうだろう。
そう……里奈の恋人は、7歳年下の高校生なのだ。
最初は、友人との賭けだった。
まだ、性経験がなかったことを悟られたくなかったから、たまたま目についた高校生に
契約≠持ちかけたのだ。
そう……恋人契約≠。最後の一線を越えてほしい、ということも、頬を朱に染め
ながら告げたのだ。
もちろん、即座に断られたが、近くでは友人達が固唾を飲んで動向を見ていたのだ。
ひくわけにはいかなかった。
だから、小声で言ったのだ。
『これは、取引よ』
と。
少年には、自分の恋人役≠してほしい、と。代わりに、貴方の望みを叶えて
あげる、と。
あまりにも自分勝手な物言い。断られて当然のお願い。
それでも……里奈の必死な様子が伝わったのか。
彼は、ふぅ、とひとつ嘆息し、読んでいた参考書をぱたん、と伏せながら、静かに
微笑んだのだ。
『……いいよ』
と。
そう……それが今の恋人・塚田浩二なのだ。
眼鏡の奥底から覗く、穏やかな瞳。引き締まった肢体。
弓道部の主将を務め、部員の信頼も厚い。
最初のきっかけはどうであれ、今では、もう、彼なしではいられない。
それくらい……自分にとって、浩二は誰よりも大切な存在になったのだ。
「……浩二」
そっと、小声で呼んでみる。でも、目覚めない。
「起きないと……襲っちゃうぞ」
普段言えないようなことも、今なら言える。
好きで、好きで、たまらない。
他の誰を失ったとしても、浩二だけは失いたくない。
里奈は、そっと、浩二の頬に指先を滑らせた。
陽に焼けた頬……そっと触れるだけで、じんわりと心が暖かくなる。
「大好き……」
いって、素肌のままの浩二の胸に頬を押し当てた。
とくん、とくん、と聴こえる鼓動。生命の息吹。それを聴くことができる幸せ。
はらり、と。
ふと、双眸から雫が零れた。
里奈の頬を伝わり、浩二の胸の上に落ちる。
「……ぁ……」
慌てて、ブランケットで拭こうとした手を……いつの間に起きたのか、浩二の腕が
とらえた。
「何、泣いているの?」
腰を抱かれながら、引き寄せられる。
二人とも、愛し合った時のままだから、とても恥ずかしい。
豊かな胸も、くびれた腰も……羞恥に朱に染まる肌さえ、浩二に全て晒してしまう
ことになる。
しかも、腰の上に馬乗りの格好にさせられたのだ。このまま、少し角度をずらせば……
すぐに愛し合える状態なのだ。
「な、なんでもないからっ」
ふい、と横を向く。けれど、両手で頬を挟まれて、すぐに目が合ってしまった。
「里奈さん……俺を無視しないでよ。そりゃ、俺はガキだし、頼りになんないかも
しれないけど……でもっ!」
そして、ぐっ、と引き寄せられる。ぴたり、と。身体と身体が触れ合った。
その流れのまま、浩二の唇が里奈のそれに重ねられる。
最初は、啄ばむように。次第に、深く激しいものへと変化していく。
互いの唾液が混ざり合い、顎を伝わるほどになっていった。
「ぅ……う、ん」
自然に、腰が揺れ始める。けれど、それ以上の刺激は与えてくれない。たまらず、
浩二の肩に爪を立てた。
「……里奈さん」
熱に浮かされたような掠れた響き。
たったそれだけで……浩二を受け入れる部分が疼いた。
「こ、う……じぃ……」
身体の奥底に渦巻く衝動をどうにかしてほしくて、彼の名を呼ぶ。すると、それに答えるように、体勢を変えられ、シーツの上に縫いとめられた。
「綺麗だよ……」
「……ばか」
恥ずかしくて、顔を背けた。
「ホント、里奈さんって可愛い」
いって、浩二は、サッ、とカーテンを開けた。
「こ、浩二っ!?」
里奈が住んでいるマンションは8階建ての6階の一部屋なので、覗かれる心配はないが……やはり、気になってしまう。
けれど、浩二はそんな自分に少しも頓着などしていないらしい……いや、わかっていて
やっているのかもしれないが。
「……まるで、海の中にいるみたいだよ」
波打つシーツ。
差し込む月明かり。
幻想的で……それでいて、エロティックな光景。
「このまま、海の泡の中に閉じ込めてしまいたいくらい」
そして、ぎゅ、と抱き締められた。里奈も抱き締め返す。
「ばかね……そうしたら、浩二に触れることができないじゃない?」
そんなの嫌だわ、と。
里奈は、唇を尖らせた。
ここが海なら……自分は、浩二という名の海に溺れたい。
彼の紡ぐ海流に飲まれて、いつまでもその腕の中に捕らえられていたい。
「あたしは……いつだって、浩二に触れたいわ。そして、触れてほしいの」
そっと、彼の首に両腕を回す。
くっ、と首をあげる。
そのまま、唇を合わせた。
掠めるだけのくちづけを何度か交わした後、浩二が照れくさそうに笑った。
「ホントだね……俺の腕の中で、いつまでも泳いでいて」
「……浩二が嫌だって言ったって、離れてあげないから」
今度は、背中に腕を回した。
「覚悟、してね?」
くすり、と笑うと、浩二も穏やかに瞳を揺らした。
「そんなこと……里奈さんにいきなり契約≠持ちかけられた時から、わかっているよ」
こつん、と額と額を合わせる。
見詰め合う。
互いの吐息さえ感じる至近距離……。
「あの時、俺の全ては、里奈さんと契約≠オたから。……責任、取ってよ」
一生だからね。
その言葉に。
里奈は、こくり、と頷いた……。
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『Sea of Love』 END |
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