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if 〜やさしい手〜 |
■プロローグ
あの時、大人への成長途中の奴の手をとっていなかったら、今頃、
俺は何をしていた?
ギャング団のボス?刑務所でお勤めか?
この世にいないかもな・・・・。
暗闇をただひたすら走っていた俺にさしだされた手。
俺はそれに救われたんだ・・・・。 |
■接触(コンタクト)
牧瀬 京22歳。
彼は、10代から20代の少年・青年からなるギャング団の小隊長をしていた。
彼がこの道に入るのに時間は掛からなかった。他の保持者と変わる事無く、親・兄弟に疎まれ、親戚中に蔑まされ、社会的にはじき出された彼は、中学に上がるとすぐ街のギャング団に所属した。保持者が生きていくには、犯罪に手を染めるしかなかった。
そんな彼にもポリシーはあった。
殺人と強姦はしない事だ。
それは、人としての最終ラインの様な気が彼はしていたのだ。
彼は、今、アパートの自室で、小隊仲間の少年4人と今日の戦利品を分けていた。置き引き・スリをした結果、現金で20万手に入った。デパート券なるのも1万手にはいった。通常は、置き引き・スリ・ひったくりの様な小さな犯罪を繰り返していたが、時々、組織立てて宝飾店などの店を襲う事もある。
「じゃあ、一人あたり5万づつで。デパート券はお前らで好きにしな。」
京が札と小銭と金券を4人の少年達に渡す。
『ありがとうございます!!』
4人の少年は声を合わせ、一斉にお辞儀をする。
「ほら、遊んでこい。」
「はい!!」
4人は、京の部屋を慌しく出て行った。
一人残った京も札と小銭を無造作にポケットに突っ込み、自分も夕食を取るため、外へでた。
小汚い路地を歩いていると、目の前に、この薄汚れた界隈には不似合いなこざっぱりした少年が、不安そうに辺りを見渡しながら歩いている。迷子らしい。
(やれやれ・・・。)
京は、頭をひと掻きすると、少年の方へ歩み寄った。
「おい、坊主!」
呼ばれた少年は今にも泣きそうな顔で振り向く。
京は、少年の目線にあわせて、しゃがみ込む。
京の目の前に現れたのは左右の色が違う瞳であった。
ちょっと驚いたが、さして気には留めなかった。
「どうした?迷子か?」
「・・・・ここどこ?」
眉を八の字にして、少年は京に聞く。
「中野だ。どこに行きてぇんだよ?」
「ここ・・・。」
そう言って、少年は、京にメモを渡す。
そこには、代々木方面の住所が書かれていた。
「おいおい、全然違うじゃねぇか!!一体、坊主は何処から歩いてきんだ!?」
「・・・わかんない・・・・。」
少年の目に涙が溢れてきた。
(やば!!)
「・・・な・泣くなや!俺さまが連れて行ってやっからよ〜。」
京は、子供と女の涙に弱かった。
「ほんと!?」
半分泣き出していた少年は、京の言葉に笑顔が戻った。
{鳴いたカラスが・・・}状態である。
「ほんとうだ。だから、泣くな!!」
「うん!ありがとう!!」
ぐきゅるるるるる〜〜〜〜・・・。
少年が笑顔でお礼を言った時、彼のお腹が盛大に鳴った。
それを聞いた京は、目一杯笑う。
「だ〜〜〜はっはっはっはっは!!なんで〜〜〜、坊主!腹へってんのか!?」
少年は恥ずかしそうに頷く。
「んじゃあ、まずは腹ごしらえな!」
そういうと、軽々と少年を抱え上げ歩き出した。
数分後。少年と京は居酒屋にいた。店内は、人でごった返している。
店のあちらこちらから、笑い声や、店員を呼ぶ声がする。
初めて入る店に、少年は落ち着かず、キョロキョロと辺りを見渡す。
その向かいで、京がジョッキのビールをうまそうに飲み干していた。
「か〜〜〜〜、うめぇ!!お〜〜〜い、ねぇちゃん、おかわりね〜〜。」
京は、ジョッキを高らかと上げて注文する。
奥から「すぐお持ちしま〜す」という元気な声がした。
「どうした?坊主?遠慮なんかすんなよ?」
「う・うん・・・・。」
少年は、目の前にある焼き鳥を穴が開くほど、じ〜〜〜〜と見ていた。
(どうやって食べるの?)
そう、この少年は、焼き鳥を見るのがはじめてだった。食べ方を聞こうと京を見たとき、彼が串を手で持ち、口で横に引きちぎっているのが見えた。
(ああ、ああやって食べるのか〜〜。納得。)
納得した少年は、京をマネて焼き鳥を食べだした。その年にしては豪快に・・・。
「おいしい!!」
「だろ〜〜〜〜。どんどん食え!どんどんな!!」
「うん!!」
少年は次々と焼き鳥に手が伸びる。
京は、無心に食べる少年が微笑ましく感じた。
「でよ〜、坊主の名前は?」
「あやと。」
「年は?」
「11。」
「11!?にしては、ちいせ〜な〜。」
「うん。僕、クラスで一番前なの。」
「・・・一杯食べて、デカくなるんだぞ!」
「おう!!」
綾人は豪快に焼き鳥を頬張りながら答える。
「ねぇ、お兄さんのお名前は?」
「俺様は、京。ピッチピッチの22だ!」
(ピチピチ・・・?)
綾人はちょっとした疑問が浮かんで、食事の手が止まる。
(気にしない。気にしない。)
無視して食事を続けた。
「あのよぉ、綾人。今度からは気をつけるんだぞ。お前が今日、迷い込んだ所は、
お前のような普通の家の子が来る所じゃない。危ない街だ。」
「そうなの・・・?」
「そうだ。見つけたのが俺様だったから良かったようなもんだ。今頃、身代金と
交換されてんぞ。生きてるかどうかも怪しいもんだな。」
「気をつける・・・。」
食事が終わり、京は電車を乗り継ぎ代々木まで出ると、通る人々にメモの住所の場所を聞いて歩いた。この時、「おまわりさんには聞かないの?」と言う綾人の疑問に「お兄さん、あの人達苦手」と誤魔化した。
なんとか探し出した家は、任侠映画か時代劇に出てくるような、白い漆喰の塀に囲まれ、厚そうな大きな木製の門があるお屋敷だった。
門の横には、重々しい字で「如月」と書かれている。
京は、ポカ〜ンと口を開けていた。
「こ・ここか?」
「うん。おじい様のお家!京兄ちゃんありがとうね!!」
「い・いや・・・。いいってことよ。もう、迷子になんなよ!」
そういうと、足早に立ち去った。なんだか自分は居てはいけない様な
きがして・・・。
「お兄ちゃん、ありがとう!!!」
綾人は、京の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
京は、最後まで振り向かず、一回だけ片手を上げただけだった。
「・・・またね。」
綾人は、見えなくなった京に意味深な言葉と意味深な笑顔を送った。 |
■ねがい
「また、京がでるんですか!!」
片平順(22)がギャング団のボスである名越勝巳(27)に、あさって実行する消費者金融襲撃のメンバーに不満をぶつける。順も京と同じで、小隊長を務めている。彼は、京と同じ年で同じサイコキネシストである。
(ちからは、京が順より数倍強い。)
同じ時期にギャング団に入った京をなにかとライバル視する。
「今回のは金額がデカいからな。京に任せれば安心だ。」
勝巳は、京を信頼していた。大きな山は、必ず京の小隊が組みこまれるか、単体に任せられていた。それも、順には気に入らなかった。
京は、グループ内で実質ボスの片腕であった。
仲間のだれもが、次期ボスは京だと思っていた。
ボスの座を狙う順は、面白くない事このうえない。
「俺の隊も一緒に行かせてください。」
順が懇願する。
「バカ言うな!夜中に大勢で動けるか!!もう、行け!!」
勝巳は、順を一喝し、部屋から追い出した。
勝巳の部屋から出た順は、京への憎しみを一方的に募らせていた。
「みてろよ・・・・。」
その頃、数年前に新設された犯罪保持者対策専門機関の特機本部の一室にかの迷子の少年の姿があった。
「はぁ?牧瀬京本人に会った!?」
春麗(20)は、驚いて手に持っていた書類を落としてしまった。
「うん。おとといの夜ね。」
「おととい〜?それってば、あなたのおばあ様から帰らないって電話が
あった時かしら?」
「うん、そう。」
無邪気に答える綾人に、春麗は眩暈を起こしそうだった。
「気軽に言わないでよ・・・。相手は、相当なサイコキネシストなのよ・・。
何かあったらどうするの?」
「だって、気になったんだもん・・・。」
綾人は椅子に座り、足を宙でブラブラさせながら言う。
春麗は、落とした書類を拾い上げ、机に置き、綾人の前にしゃがみ込む。
「なにが、気になるの?彼は、今回の宝石強盗の容疑者の一人で、
それ以外にも大小様々な犯罪の容疑がかかっている男よ?」
「うん。でも、彼の犯罪に殺人はないし、彼が関わったとされている事件で
怪我した人いないでしょう?」
「あっ、確かに・・・。」
「本当は、いい人なんじゃないかなって思って・・・。」
「確かめに行ったの?」
春麗の問いに綾人は小さく頷いた。
春麗は、軽くため息をつく。
「で、直に会ってみてどうだったの?」
「いい人だったよ。抱き上げられた時に、京の心を覗いたんだけど、暗闇の中を
必死で走ってた。彼は今の生活がいい事だとは思ってないんだよ。出口を探し
てるみたいだった・・。」
「・・大概の保持者は、犯罪を犯したくて犯してるわけではないもの。」
「うん・・。でね、京を特機に入れて欲しいんだけど?」
綾人は小首をかしげて、目の前の春麗にお願いする。たぶん、無茶な。
「はい!?」
「だって、人手足りないんでしょう?京程の能力者はそうそういないと思うけど。」
「それはそうだけど・・・。でも、かれは、犯罪者よ?」
「人を傷つけたり、殺してはいないよ?僕は殺したのに、此処にいる・・・。」
「綾人!!」
「本当の事じゃないか・・・。」
暗い顔で綾人が呟く。
春麗は、綾人の頬に自分の両手を添える。
「自分で自分を貶める様なことは言わないで・・・。」
「ごめんなさい・・・。」
「いいのよ。」
春麗は、綾人の額に軽くキスをする。
「そろそろ、訓練の時間よ。頑張ってらっしゃい。」
「は〜〜い。」
綾人は、椅子から飛び降りると、小走りに扉に向かう。
扉を開けながら
「ねぇ、さっきの事、部長に話してみてよ。」
と、駄目押しのお願いをする。
春麗は微笑んで承諾する。
それを見て、安心して綾人は扉の向こうに消えた。 |
■罠
AM0:00。
全国展開する消費者金融の目白支店。
支店長が残業を終え、玄関の鍵を掛けようとした時、頬に冷たい金属が押し
付けられた。
バタフライナイフだ。
そして、後ろから
「まだ、残業しましょうね。」
と、男の声が聞こえた。
支店長は、そのまま店内に逆戻りすることになる。
支店長は、強盗犯の要請通りセキュリティをOFFにする。これで、警報機も監視カメラも役に立たなくなる。一人の青年と四人の少年は、支店長から鍵の束を受け取ると、彼を縛り上げ、声を出さないように猿轡をする。それから、懐中電灯の薄明かりの中、2台のATMと金庫を漁る。
次の日が祝日とあって、ATMには、通常の倍の札束が入っていた。金庫の方も中々の量である。
五人は、それぞれが用意したカバンに戦利品を分けて詰め込むと、
「残業。ご苦労さん。」
と、一言を残して立ち去った。
―――翌日。
京は、朝から機嫌が良かった。
戦利品をアジトに持ち帰ると、ボスから報奨金として札束一つを受け渡された
のだ。
しばらく、細かな悪(ワル)を働かなくてすみそうだ。
鼻歌交じりに、粗大ゴミを直して写るようにしたテレビを付ける。映し出されたチャンネルでは、夕べの消費者金融強盗のニュースが流れていた。
(良し良し。)
更に機嫌が良くなる。
しかし、それは、すぐに驚きに変わる。
昨日、自分達が縛り上げた人物の顔写真が映し出され、殺されていたと報じる。
(なに!?俺達はやってねぇぞ!!)
その後、すぐに自分の顔写真が映し出され、犯人だと報じられているでは
ないか。
(な・なんだよ!!これは!!!!)
身に覚えの無い事に、自体が飲み込めない。
「京のアニキ!!」
仲間の一人の少年が、京の部屋のドアを荒々しく開け、入ってくる。
走ってきたのだろう。顔は赤く、息が上がっている。
「今!・・・今!!」
「わ〜〜〜〜ってる!!!俺様も今、ニュースを見た!!」
「お・俺達・・・。」
「あ〜〜〜〜、殺ってない!!」
「じゃぁ、なんで・・・。」
「わっかんねえよ!!とりあえず、俺様は逃げる!!てめぇらの事は
ばれてねぇ様だから、ポリ公が来ても、しらばっくれるんだ!!」
「わかった!!」
「元気でな・・。」
京は、少年に別れを告げると、部屋を飛び出した。
「アニキ〜〜〜〜!!!!」
後ろで、少年の声がこだました。
同じ頃。特機本部の捜査課でも、驚く少年が居た。
「京が、殺し!?」
綾人が眉をひそめる。
「ええ。目白の消費者金融の支店なんだけど、忘れ物を取りに戻って来た社員が
飛び出してきた彼とぶつかったらしいの。彼が立ち去った後、店内に入ると支店
長が殺されていたらしいわ。」
春麗が、今回の事件の資料を手渡しながら説明する。
綾人は納得いかないといった顔をしている。
「そんな顔されても・・・。目撃者がいるのよ?」
「・・・違う。絶対、京じゃない・・・。」
「そんな事言っても・・・。」
「違うったら、違うったら、ちが〜〜〜〜う!!!」
綾人は、手の資料を握り潰しながら、声を荒げる。
春麗は、困ってしまい、少し離れた机に座り、資料に目を通す渡辺に視線で助け舟を求める。渡辺は春麗に軽く頷くと
「綾人よ〜。殺ったか、殺ってないかは、この牧瀬本人を見つければいいんじゃ
ないか?」
と、綾人に提案する。
綾人は、怒った目つきで渡辺を見る。
「本人が殺ったって言うんならあきらめろよ。殺ってないって言うんなら、その
証拠をお前が探してくればいいだろう。とりあえず、当事者がいなくてはな〜。」
「わかった。・・・僕が、京を捕まえる!!」
そう言って、綾人は捜査課の部屋を出て行った。
「こら!!待ちなさい!!」
春麗が後を追う。
「いってらっしゃい。気をつけてな〜〜〜。」
渡辺は、資料を振り二人を見送る。
また、違う場所では、嬉しげにニュースを見ている者がいる。
片平順である。
「せいぜい頑張って逃げるんだな、京。」 |
■彷徨える弾丸
京の逃亡生活は一週間を超えた。
資金はあるので、食べる物に困ることはないが、体を休める事ができない。ビジネスホテルなどの宿泊施設には、指名手配書が回っているし、警官の見回りも頻繁に行われているであろうから泊まる事は出来ない。野宿をしても、物音に敏感に反応し、熟睡する事はない。体力と気力は、衰えていく一方である。遠くに逃げたくても、あの後すぐに緊急配備が敷かれ、公共機関と主要道路は使えない。
京は、都心から出る事が出来なくなっていた。
そして、彼は、今、廃工場の2階に佇んでいた。
今夜の寝床である。事務所として使われていたようだが、今は埃以外何もない。
窓から月明かりが差し込む。
座ったまま夜空を眺めると、綺麗な三日月が顔を出している。流石にこの都会では、星は望めない。そんな夜空を眺めながら、京は、事件の事を考えていた。
(何がどうなってんだ?俺達は、殺さず、そのまま置いてきた。推定死亡時刻は、
俺達が立ち去ったすぐ後だった・・・。誰かが、その後に殺(や)りやがったん
だな・・・。目撃したっていう社員が、仲が悪かった支店長をやったとか・・・。
いや、俺達は、目だし帽姿だ。隠れて俺達の事を見ていたとしても、俺様だと
わかるはずがねぇ・・・。そう。犯人が俺様だということだ!・・・・仲間にやられた
のか・・・・。)
今まで、苦楽を共にした仲間を疑いたくなかった。敵対グループかとも思いはしたが、奴らはこんな姑息な手段は使わない。だとすると、やはり仲間のだれかにやられた事になる。
誰が・・・・。
しばらく考えて、一人の人物に思い当たる。
(順かぁ?・・・そういえば、あいつ、なにかってぇ〜と俺様に噛み付いてやがっ
たな・・・。あの陰険野郎なら考えそうだな〜〜〜。・・・証拠がねぇ・・・。奴が
やったという事も、俺がやってない事も・・・くそっ!!)
京は、埃だらけの床に両手・両足を伸ばし大の字になる。彼の体が床と密着する時、僅かに埃が舞い上がった。
(警察(やつら)が、俺様の言うことなんか信じるわけねぇし、このまま逃げるに
しても、この警備じゃ〜な〜〜。どうすっかな・・・・。)
京は、疲れが出たのか、いつの間にか熟睡していた。
外に女性と少年が来た事に気づかずに。
戦闘用アーマードスーツに身を包んだ綾人と春麗である。
春麗は、右太ももに装着されている拳銃ホルダーにベレッタM84を装備しているが今だ、力を使った戦闘と体術を使った戦闘の訓練中である綾人には武器はない。
「ここに、京がいるの?」
「ええ。私達の要請通りに、牧瀬を見つけた警官が尾行して、ここに入るのを
確認しているわ。」
「出て行ってない?」
「大丈夫。」
「どこに居ると思う?」
「やっぱ、二階の元事務所でしょう。だだっぴろい、工場に普通は隠れないわよ。」
「だよね〜。・・・じゃあ、行って来ます。」
綾人は、友人の家にでも行くような感じで春麗に言う。
「無理しないのよ。」
「は〜〜〜い。」
そういうと綾人は消えた。
次の瞬間、綾人は、元事務所の扉の前にいた。
(今日はちゃんと、目的地にテレポートできた!!)
これから、緊迫した現場に行くとは思えない気軽さである・・・。
綾人は、一回深呼吸をして
「京兄ちゃん、居るんでしょう?」
と事務所の中の人物に呼びかける。
その声に、京は、すぐさま反応し、飛び起きると、扉の方を向き身構える。
「誰だ!!」
「僕。綾人。」
「はぁ??なんでお前がこんな所にいんだよ!?」
「・・・うん。・・・ぼくね・・・・・。」
元事務所の扉が開く。
そして、戦闘用アーマードスーツ姿の綾人が室内に入ってくる。
「特機の人間なの・・・・。」
「特機だぁ〜〜〜〜!?」
京も、新設されたばかりとはいえ、同じ保持者が犯罪を犯した保持者を専門的に扱う忌々しい機関の存在は知っていた。
そういえば、最近、子供に痛い目にあっているとも聞いたことがある。
「噂に聞いていたガキって、お前か・・・。」
「・・・うん。」
「じゃあ、あの日は・・・。」
「ごめんね。騙して。」
京は、目の前の11歳の少年に怒りが込み上げてきた。
騙されたという事もあるが、常日頃、(自分達を迫害する者の味方を何故するんだ!!)という怒りが特機の人間に対してはあったのだ。
「・・・・今日は、俺様を捕まえに来たってわけか?」
「うん・・・。」
怒りに満ちた顔で聞く京に、綾人はすまなそうな顔で答える。
「なんで、特機なんて所にいる。」
「それは・・・。」
「なんで、非保持者なんかの味方になる。」
「皆が皆、僕達を差別してるわけじゃないよ!」
「じゃあ、なんで、今だにまともな教育を受けられないんだよ!職にも
つけねぇ!!なんで、今だに息を殺して生きてんだよ!!」
「・・・・・うっ・・・・。」
京の半分しか人生を歩んでいない綾人には答える事が出来ない。
京の怒りは収まらない。
「あいつらは、いつも自分達が正しいんだ!あいつらが正義で、俺達は
悪なんだよ!!」
「違う・・・。」
綾人は、懸命に首を振る。
「違うもんか!!あいつらは、俺達の言うことなんてこれっぽっちも
信用しねぇ!!」
「きょう・・・・。」
「俺達はゴミなんだよ!!!!!」
部屋の全部の窓ガラスが割れた。
京の怒りに力が発動し、見えない圧力が綾人に襲い掛かる。
(しまった!!)
自分を見失い、巨大な圧力を小さな体に向けてしまった。
小さな綾人は、壁に酷く叩きつけられ、命を落とすと京には思われたが、彼は、足を前後に開き踏ん張り、両腕を顔の前でクロスさせ、京が放った目に見えぬ圧力を受け止めていた。
(なに!?俺の力を受け止めてる!?)
京の力は同じサイコキネシストの中でも群を抜く強さだ。
同じ力を持つ大人でも、受け止める事は容易ではない。
それを、11歳の小柄な少年が受け止めている。
綾人の瞳が光る。
「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!」
綾人は、叫び声と共に自分の力で京から放たれた圧力を跳ね返す。
(えっ!?)
京が驚き、目を見張った瞬間、彼は、跳ね返された自身が放った力をまともに受け後ろの壁に叩きつけられた。
壁には京を中心に蜘蛛の巣の様なヒビが入る。
京は、力が飛散するまで張り付いた状態だった。
肋骨の何本かが折れたか、ヒビがはいった様だ。
(なんてぇ・・・ガキだよ・・・・。)
目に見えぬ圧力から解放され、背中が壁を滑りながら床に落下する際、自分に駆け寄る綾人を見つめながらそう思った。
京は、ぐったりと俯いたまま床に座っている。
「ごめんなさい!大丈夫!?」
綾人の声が上から聞こえる。
「・・・・。好きにしろ。・・刑務所でも、処刑台にでも行ってやらぁ・・・。」
京は、自暴自棄になっていた。
もう、何もかもがどうでも良くなっていた。
「・・・僕はね、あなたを助けに来たんだよ。」
(!?)
京は、綾人の意外な言葉に顔を上げる。そこには、ちいさな手が差し出されて
いた。
「僕と、一緒に行こう。」
綾人はニッコリと笑う。
その邪気の無い笑顔に、京は、その小さな手を取った。 |
■fate 〜運命〜
翌日。
やはり京の肋骨は傷ついていた。骨折一本、ひび2本の重傷である。ゆえに、身柄を綾人によって確保された彼は、特機の医療部に入院している。とはいえ、保持者は怪我の治りが早いので、通常よりは早く退院できる。
今、かれは、ベットの上で春麗から事情聴取を受けていた。
「じゃあ、あんた達は目だし帽姿だったから、顔を見られる事はないのね?」
「ああ・・・。」
「でも、目撃者は、はっきりと貴方の顔を確認してるわよね〜。変ね〜。
・・・・、あんた、誰かに恨まれてる?」
「やっぱ、そう思うか?・・・実はよ〜、一人思い当たる奴がいるんだけどよ〜。」
「ほ〜〜。誰?」
「俺と同じギャング団で別の小隊を率いてる『片平順』って奴なんだけどよぉ。」
「『片平順』ね。調べてみるわ。」
春麗は調書を取っていた手帳を閉じ、ボールペンを挟む。
用が終わったので、立ち去るのかと思いきや、彼女はそのまま京のベットの横の椅子に座っている。
「なんだ?まだ、なんか用があんのか?」
「あなたの疑問に答えようかと思って。」
「な・なんのことでぇ・・・・。」
京は、慌ててどもる。
その行為が、言葉とは裏腹に聞きたい事があったことを示していた。
春麗は、小さく微笑む。
「別に隠さなくてもいいでしょうに。何で、綾人が特機にいるのか不思議
なんでしょう?」
・・・図星。
京は、観念する。
「あ・ああ、まあな。いくら力が強くて、戦闘能力がたけていれば、年齢・性別・
学歴不問の特機でも、子供が隊員とはなぁ・・・。しかも、あいつは、どう見ても
良家の坊ちゃんだ。いくら能力があってもこんな殺伐とした仕事なんてする必要
なんてねぇだろ?」
「そう・・・、そうね。あの子があなたくらいの力だったら、上の人間も成長を
まったわ。」
「はぁ!?」
「綾人の力は、貴方を遥かに凌駕するわ。」
「!!」
京の眉間に皺がよる。
京の力も同格の保持者が少ない程の相当な強さである。パワー全開で、ビルの一つや二つは瓦礫になる。
それを、11歳の少年が凌駕するとは一体・・・・・。
京は、綾人の事が益々分からなくたってきた。
「どこから話そうかしら・・・。」
春麗は、静かに話し出す。綾人の生い立ちと、特機に入るキッカケになった彼が7歳の時に遭遇した事件を・・・。
それを京は、体を横たえたまま、顔だけを春麗に向け黙って聞いていた。
病室には、春麗の静かな声と、開け放たれた窓から時折入る風が揺らすカーテンの音だけが響いている。
「で、そんな力と行動力を持った子供を、保持者の犯罪対策で世界から遅れを
取っていた政府と警察がほっとくわけがなかったわ。身柄を保護された日本で、
あの子は、犯した罪と引き換えに特機に身を置く事になったのよ。保持者研究
の対象としてもね・・・。」
「・・・・・なぁ、あいつのもう一つの国籍のフランスは?」
「もちろん、自分達にも権利があるって未だに主張してるわよ。別にフランス
だけじゃないわよ。あの子を値踏みするのは・・・。あの子は、『人』なのに・・・。」
春麗が自分の唇を噛む。
京は、視線を春麗から天井へ移し、規則正しく並ぶ升目を見ながら、春麗の話を反芻し、考えた。
夢を失くし、運命を受け入れた少年。
いや、受け入れるしか選択肢がなかった少年・・・。
自分を自分として見てはくれない大人の中で、子供らしさを失わず、笑顔で生きている綾人。
本来なら、家族に愛され、夢へ向かって何不自由なく暮らしていたはずなのに、自身の力の為に彼の人生は180度変わってしまった。
京は、自身の今までの人生を振り返ってみた。
京も自身の力のせいで、犯罪という闇へ身を置く事になった。しかし、それしか選択肢がなかったのだろうか?自分は「差別」という言葉と一度でも戦っただろうか?保持者の中にも、数が少ないとは言っても非保持者に混じって普通に働いている者もいる。
京は、自分の力と運命を呪いはしても、受け入れることはしていなかった。
そう気づいた時、恥ずかしくなった。
年端もいかぬ少年が出来て、22にもなる自分は出来ていなかった事に情けなくなった。
そして、綾人の過酷な運命が、つらく、悲しかった。
心の強さが、うらやましかった。
コン・コン・コン
小さなノックが、重苦しい沈黙をやぶる。
「おう。」
京がドアの方に顔を向け、返事をする。
ドアがそっと開き、話題の人物が顔を出す。
「春麗。“じじょうちょうしゅう”っていうの終わった?入ってもいい?」
「どうぞ。」
春麗は、一瞬前までの暗い顔を一蹴し、笑顔で答える。
「お邪魔します。」
綾人は、一礼して病室に入る。ここら辺に、育ちの良さが出る。
綾人は、春麗とは反対側のベットサイドへ歩み寄る。
「まだ、痛む?」
綾人は、迷子の時のように、眉を八の字にして聞く。今回は、芝居ではなく
本気で。
「ち〜〜〜っと痛むが、こんなん、す〜〜〜ぐ治っちまうよ!昨日も言った
だろう?お前のせいじゃないから、気にすんなって!」
京は、寝たままの格好で、ニカッと笑う。
「うん・・・。」
綾人は、それでもすまなそうな顔をしている。
彼は、昨日、春麗が強制退去させるまで京の側で「ごめんなさい。」と言って泣き続けていた。
(こんな、いいヤツなのになぁ・・・・。ったく!!)
しょんぼりしている綾人を見ていた京は、天に唾を吐き掛けたい気分になった。
(おろっ!?)
ふと、京の視線が綾人の左耳に止まる。
そこには、昨日までなかった青い石の小さなピアスが光っていた。
「おい。綾人。その耳はどうしたんだ?」
「あっこれ?」
綾人がピアスを指差す。
「昨日までは、なかったじゃねえか。」
「うん。さっき出来上がったの。僕の制御装置。」
さっきまでの暗い顔とはうってかわって、いつもの無邪気な笑顔で答える。
「はい!?」
京は話が見えない。
春麗は、クスクス笑っている。
「僕のサイコキネシスって、とっても強いんだって。それを100分の1に抑える
んだって。あと、そんなに使わない、テレポートと接触テレパスも抑えるの。」
「は〜〜〜・・・・。」
京は、ポカンと口を開けている。
春麗は、必死に声を殺して笑っている。
「今まではね、周りが大変な事にならないように、考えながら力を使ってたから
つらかったの。なかなか思い通りにならないし・・・。でも、これがやっと出来た
から、これからは何にも考えないで使えるから楽になるの!!」
うれしそうに綾人は話す。
まるで、その日の出来事を親や兄弟に報告するかのように。
「あ・あのよう、綾人・・・。お前の力ってどれくらいの強さなんだよ・・・。」
「う〜〜〜んとね、伊豆の大島を壊すくらいって、研究・開発部の博士が
言ってたよ。」
無邪気な言葉に、京は、眩暈と共に寒気がした。
(お・俺様・・・よく生きてたな・・・・・。)
ちなみに、大島は・・・・。
島の面積 約90平方キロメートル。
全周 約40キロ。
駿河湾に浮かぶ、東京都に属する小さくは無い島である。 |
■終焉
春麗は、本部長室にて二課と共にここ3日かけて捜査した「片平順」について、
渡辺に報告していた。
「片平は、牧瀬が言うように一方的に恨みに近いライバル心を持っているよう
です。次期ボスの座を狙っているようで、実質的に今のボスの右腕の牧瀬が
邪魔な様です。」
「じゃあ、その片平が牧瀬を陥れる為に、この殺人事件を起こしたということに
なるのか?」
「と、いけば良かったんですが、事件当日のアリバイがあるんです。」
「片平の仲間は?」
「全員、アリバイがあります。」
「ふむ・・・・。牧瀬はやっていない。片平達にはアリバイがある。目撃者は『牧瀬』
だと証言している。・・・他の人物が陥れた可能性は?」
「それは今、二課に調べてもらっています。」
「そうか・・・。」
捜査が行き詰ってきた感がしてきた時、それまで、黙って応接セットのソファで、二人の会話を聞いていた綾人が口を開く。
「ねぇ、春麗。目撃者に会えないかな?」
「会えなくはないけど。今更どうしたの?」
「初心に戻ろうかと思っただけ。」
綾人は、不思議そうな大人2人に微笑みながら言った。
後日、殺人の目撃者は特機本部に呼ばれた。
応接室に通された目撃者は、どこにでもいる普通の20代半ばの男性であった。彼は、目の前に座る春麗に豊島の所轄警察署で話した事と同じことを話していた。中国系美人の隣に座る左右の目の色が違う子供が放つ、自分を刺すような視線を気にしながら。
「では、確かにこの写真の男に間違いなんですね?」
春麗は、テーブルに置かれた京の正面写真を指し示す。
「はい。間違いありません。何回聞かれてもこの人です。」
男性は、自信たっぷりに答える。
「そうですか。」
春麗は、テーブルの上の写真を手帳に仕舞いながら綾人を見る。
自分が会いたがったというのに、綾人は、目撃者に何かを聞くわけでもなく、ただ黙って彼を見つめているだけだった。
(この子、どうする気なのよ・・・。)
春麗は、綾人の真意が分からず、内心困っていた。
「あの・・・。まだ、何かあるのでしょうか?」
目撃者が春麗に聞く。
「え?え〜〜と・・・いや、もう何もありませんわ。お忙しいところわざわざ
すみませんでした。」
春麗は、綾人が何をしたいのか分からないので、これ以上どうしようもなかった。
「いえ。・・・では、失礼します。」
目撃者は、自分の荷物をもって、ソファから立ち上がった。
「遠くからありがとうね。お兄さん。」
そう言って、先程までの痛い視線とは逆の無邪気な微笑みと共に、小さな手が
差し出された。
「いや、いいんだよ。」
男は、愛想笑いをしながら綾人の手を取り、握手をした。と同時に、綾人の眉がピクッと動き、口の端が上がる。無邪気な笑顔は一瞬にして消え去り、小悪魔の微笑みが現れた。
「・・・お兄さん。『今回も無事に切り抜けた』ってどういう事?」
「な・なんのことだよ!!」
男は、自分が思った事を言われ、動揺し、綾人の手を振り解こうとしたが、子供の力とは思えない力で握り締められ離せない。綾人の手が青白く光っている。
(あらやだ、この子いつの間に外したの?)
春麗が応接室に入るまで付いていた綾人の左耳のピアスが無い事に気が
付いた。
「さぁ、ちゃんと本当の事を話してね?嘘は無駄だよ。今の僕には、貴方の
考える事、思い出す映像が見えるんだから。・・・そう、お兄さんが思う通り、
接触テレパスだよ。」
「あ・・・あ・・・・。」
男は恐怖で声がでない。
「話さなくてもいいよ。真実を思い描いてくれればいいから・・・。」
綾人の手に更に力が篭る。
片平順は、自室で満足気に缶ビールを飲んでいた。
京が逃亡して以来、ボスから声が掛かるようになってきたのだ。このままいけば、ボスの右腕となり、次期ボスの座が近づく。気がかりは、未だに京が警察に捕まっていない事だ。しかし、今の捜索状況ではいつまでも逃げ隠れは続かないだろうとも思っていた。
順は、ギャング団を束ねる自分の未来像を想像し、ほくそえんだ。
だが、彼の幸せは長くは無かった。
「フリーーーーーーズ!!」
その力強い声と共に、ドアが蹴破られ、戦闘用アーマードスーツ姿の女性が、
ベレッタM84片手に勢いよく室内にはいってきた。
突然のことに順は、缶ビールを持ったまま固まる。
「特機です!!大人しくしていなさい!!こうなりたくなければね!!」
春麗が叫んだ瞬間、順の目の前にあるテーブルの上の雑誌が突如
燃え上がった。
(・・は・発火能力・・・・・・・。)
順は、全身の血の気が引いた。
「片平順。目白支店長殺人事件の殺人教唆の罪で逮捕します。」
片平順の両手に冷たい金属がはめられる。
真相が明らかになる。
順は、二人の男を捜した。目撃者役と実行役。
目撃者役には、支店の店員がベストだった。
適役が見つかる可能性は低く、駄目もとで探りをいれると、偶然にも適任者が
いた。
他社に借金をし、自社の金を流用している男がいた。しかも、その男は、その行為が支店長に感づかれ始めていた。
順はこの男に話を持ちかける。
「この写真の男を見たと証言してくれれば、あんたの借金が返せるくらいの見返り
を約束するよ。・ ・いい話だろ?支店長はいなくなるし、あんたの借金も消える。
どうだい?」
切羽詰っていた社員は快諾する。
次は、実行役。これも簡単に見つかった。
順の友人が経営する賭博場(違法賭博)の常連客の40代の男性だ。彼も、賭博による借金で首がまわらない生活を送っていた。借金取りに追われ、家族には逃げられていた。
「だ〜いじょうぶ。犯人は別の人間になるから。人を殺して借金なくすか、借金とり
に捕まって内臓を切り売りされるか。おじさんはどっちがいいんだい?」
男は、殺しをひきうけた。
京達が強盗を働いている時、目撃者役と実行犯は、社屋の暗がりで京達の仕事が終わるのを、息を殺してまっていた。しばらくすると、京達が出て行くのが見え、その後ろ姿を見送ると、実行犯が支店内に入る。支店長は、先程の輩とは風貌の違う身なりの来訪者が助けに来てくれた人だと思い、安堵の表情を浮かべる。が、それは、一瞬にして凍る。
来訪者は、手袋をはめると、スーツの内ポケットからナイフを取り出し、支店長の胸を一刺しした。玄関先で仕事が終わった事を確認した社員は、携帯を取り出し電話を掛ける。
「も・もしもし!?け・け・け・警察ですか?・・・人が・・・
支店長が・・・殺されてます!!」
そして、翌日のニュースへと繋がる。
順の供述により、もう一人の犯人は、とある山の中から発見された。
彼は、支店長を殺した翌日、報酬を受け取りに来たとき、順に殺され、山中に埋められたのだ。
順は、約束どおり借金はなくしてやった。借金の心配をする必要のない所へ送ることで。
順は、社員の男も事件が解決した頃、殺すつもりだったと供述した。 |
■生きる道
京は、病室の窓辺に佇み、中庭を眺めていた。
すっかり傷も癒え、回復した彼は近々退院が決まっていた。
(この眺めも見納めか・・・・。)
退院=逮捕である。あとは、裁判を受け、然るべき年数のお勤めが待っている。
一般社会とも数日でお別れである。
ゴミ溜めの様な場所での生活でも、一応自由はあった。
(まっ、自業自得だ・・・・。)
頭を一掻きする。
その時、軽いノックの音と「入るわよ。」という女性の声がした。
「どうぞ。」
病室の主からの許しが出て、春麗が室内に入ってくる。
「元気そうじゃない。」
そう言いながら春麗は、京の側へ歩み寄る。
「お蔭様で。」
「仲間が逮捕されるし、貴方を陥れるために人が死んでるから、落ち込んでる
かと思ったわよ。」
「あんまり仲が良かった奴でもねぇしなぁ。支店長さんは不運だとは思うが、後の
一人は旨い言葉に引っかかる方がワリィんだよ。」
「そのとおりね。案外、貴方って厳しいのね。・・・ってこんな話をしに来たんじゃ
ないのよ。貴方の退院が決まったわよね。」
「おう。」
「分かってるとは思うんだけど、今回の件とは別にこれまでの罪状すべてに
ついて逮捕するわ。」
京は黙ったまま頷く。
春麗は、窓を開ける。
往来の音が微かに流れ込んでくる。
「で、これには続きがあるんだけど。・・・貴方、特機に来ない?」
「はぁ!?」
思いもしない提案に、京は、顔をしかめ隣の春麗を見る。
春麗は、その顔を無視して話を続ける。
「うちの求人広告はアバウトの様で結構厳しいのよ。だから、万年人手不足
でね。貴方ほどの保持者は喉から手が出る程欲しいのよ。」
「おいおい。俺様は、犯罪者だぜ!?」
「それは、体が動かなくなるまで特機に籍を置けば無かったことにするわ。」
「・・・マジかよ・・・・・。」
京は俯き、悩んだ。
つい最近まで忌み嫌っていた特機に籍を置き、同じ立場だった人間を捕まえる。とても勤まりそうにない。しかし、断れば、確実に人生の大半を一般社会と隔絶された刑務所に居ることになる。
思い悩む京に春麗が話しかける。
「本当は、黙っておく約束だったんだけど・・・。特機への道はあの子が
用意したのよ。」
「え!?」
京は、顔を春麗に向ける。春麗はコクンと頷く。
「ここ何日かあの子の姿が見えないでしょう?・・あの子ね、部長と一緒に上層部
に掛け合ってたのよ。あの子は、どうしても貴方を光りの中に置いて置きたい
みたいね。貴方のどこがそんなに気にいったのかしら?」
「・・・ったく、あのおせっかいが・・・・。」
京は、目頭が熱くなった。
それを見つけた春麗が悪戯っぽく笑う。
「あら?泣いてるの〜〜〜?」
「だ〜〜〜!泣いてなんかねぇよ!!」
京はそっぽを向く。
春麗の笑い声が京の背中越しに聞こえる。
それから数日後。
京は、仲間だった少年4人と新宿駅の駅前広場で待ち合わせていた。
185cmの長身の京を少年達の方が先に見つけ、駆け寄る。
『アニキ!!』
「おお!!お前ら元気だったか?」
「ア・アニキこそ・・よく無事で・・・。」
一人がそう言うと周りの3人が泣き出した。
「泣くなよ!!みっともねぇだろ!!」
京は、一喝して、泣き止まそうとする。
この状況だと、大人の京が子供の4人を泣かしている様にしか見えないからだ。
「あのよ〜。俺様、あんま時間がねぇから本題にはいるけどよ〜。」
「はい。」
「俺様、特機に入ったから。あの街には戻らねぇ。」
『えっ!!』
4人は涙の筋が残ったままの顔で一斉に京を見上げる。
4人の視線を一斉に浴びた京は後頭部を2・3回掻いた。
「実際、俺様もビックリなんだけどよ〜。命の恩人の頼みとはいえ、あんなに
嫌ってた特機に身を置くことになるなんてな〜〜。」
「・・・俺達はどうなるんですか・・・。」
「それなんだけどな。」
そう言って、京は脇に抱え込んでいたA4版の茶色の封筒を一人に手渡す。
「これは?」
受け取った少年が聞く。
「これはな、お前達の就職先と住む所の書類だ。小さな町工場だが、お前達が
保持者だと知っていて快く受け入れてくれた。住む所は、経営者の家だ。今から
全員でそこへ行くんだ。」
「でも・・・。」
「おまえらはまだ若い。早いとこあの街から出て、まっとうな人生を歩むんだ。
いいか?これは俺様からの最後の命令だ。あの街には二度と戻るな!!」
4人は納得いかない顔つきのまま、それでも、慕う京の言葉に頷いた。
「じゃあな。」
京は、4人に軽く手を振ると、その場から立ち去った。
その後、4人の少年は京の最後の命令を守り、犯罪の世界へとは戻ってこなかった。数十年後、彼らを受け入れた町工場が企業へと成長する。 |
■地上に降りた天使
「か〜〜〜〜、訓練とはいえ疲れんな〜〜〜〜。」
そう言いながら首を回し、京は、捜査課の扉を開け、中に入る。
そして、その瞬間、固まる。
室内に、女の子の格好をした綾人が居たからだ。
(え?え?)
京は目に写っている者に驚く。
「お帰りなさい。お疲れ様でした。」
そう言う声と笑顔は、いつも聞きなれ、見慣れたものだった。
(な・なんだ?なんだ?・・確かに常々「女顔」だとは思っていたが・・・。そんな
趣味が・・・。いや、実は女の子だったとかいうのかぁ???・・・びっくりか!?)
京は、パニックに陥っていた。
「たっだいま!!」
そんな京の後ろから、またもや聞きなれた声がする。
振り向くと、ランドセルを背負った綾人が立っていた。学校から直行したのだ。
更に、京がパニックになる。
(な〜〜〜〜〜〜〜!!ドッペルゲンガー〜〜〜〜〜!!!)
「あれ!?樹里!!」
ランドセル姿の綾人は、自分をビックリした眼差しで見ている京を無視して、女の子姿の綾人に駆け寄っていく。
「綾人!!」
『半日ぶりだね!!!』
二人はサラウンドで喜び、抱き合い、飛び跳ねている。
その光景を京は口を開けて見ている。
(なんだ?なんだ?)
その時、京の肩を後ろから軽く叩く者がいた。
京が振り向くと、ニヤニヤ笑った春麗がたっていた。
「びっくりした?」
京は、春麗の問いに首を2回勢いよく縦に振った。
「あの女の子は、樹里ちゃんって言って、声楽家を目指して音大付属の小学校
に通う綾人の双子の妹よ。」
「双子〜〜〜〜〜〜!?」
「そう。良く見なさいよ。樹里ちゃんは、綾人と目の色が逆なのよ。今は、綾人が
ピアスつけてるから見わけはつきやすいわよ。」
「は〜〜。双子ね〜〜。」
京は、変に感心しながら子猫の様にじゃれ合う幼い兄妹を見る。
「なんだか、鏡みたいな二人だな。」
「あら。あんた案外頭いいのね。その通り、あの子達はお互いがお互いの
鏡なのよ。」
京が小首をかしげる。
「姐さん、時々難しい事言うなぁ。俺様でも理解できる様に話してくれねぇ
かな・・・。」
「あら、分かって言ったんじゃないのね。褒めて損したわ。」
「わ〜〜〜るかったよ!!」
「綾人にとって樹里ちゃんはもう一人の自分で、樹里ちゃんにとっても綾人は
もう一人の自分なのよ。樹里ちゃんが自分の夢を叶える事は、綾人にとっても
自分の夢を叶えた事になるし、樹里ちゃんが笑って暮らしていれば、綾人は
笑っていられるのよ。だから樹里ちゃんは、笑って夢に向かって歩いてるのよ。」
「健気な兄妹だな・・・。」
そんな健気な兄妹になったのは、春麗に聞いた4年前の事件のせいなのだろうと京は思った。
京は、春麗からじゃれ合う双子に視線を移す。
「あれ!?そういえば、どうして樹里がここにいるの?おばあ様のお使い?」
散々じゃれ合った後に綾人が気づく。
樹里の表情が怒りに変わる。
「ちょっと、聞いてよ!今日ね、声楽の授業に、何かの賞を貰ったって言う、
うちの大学の生徒が来てさ、授業の伴奏をしてったんだけど、胸糞悪くなる
くらい汚い音出しやがってさぁ!!どうやったらあの音で気持ちよく歌えるっ
て〜のよ!!!」
顔に似合わない悪言雑言を樹里は吐き、怒りまくっていた。
その様子に大人二人はちょっとひいてしまう。
まだ怒りは続く。
「あんなバカが貰える賞なんだもの、大した事ない大会なんだわ!!そんな
事でいちいち威張んないでほしいわね!!あんな奴、絶対世界では通用
しないわ!!音楽をなめんなよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
樹里の雄叫びが捜査課の室内に木霊する。思わず3人は耳を両手で塞いで
しまった。
樹里は、音楽の事になると熱の入りようが違う。
彼女自身が、色々な大会で賞を総なめにしている程の実力者だからかもしれ
ないが・・・。
雄叫びが収まった頃、綾人が樹里に話しかける。
「樹里?」
「なによ!」
「今度の日曜日、お仕事お休みだから、樹里の為だけにピアノを弾いたげる。」
綾人のこの言葉を聞いて、樹里の顔がパッと明るくなる。
「本当!?」
「うん。約束する。だから、今日は機嫌直してね。」
綾人はニッコリ微笑む。
「うん、直す!綾人の音は大好き!!私、綾人のピアノで歌うと気持ちいい!!」
そう言って、樹里もニッコリ笑う。
天使の微笑みが二つ。
それを見ていた京が
(神だの仏だのは信じねぇけど、天使は信じてもいいかもな・・・。)
と柄にもない事を思った。
天使たちは、もう違う話題で盛り上がっている。
京は、この天使達を見ながら、誰とはなしに願った。
――――いつまでも、この微笑が失われないように。
――――綾人にこれ以上の不幸が訪れないように。
しかし、この願いは一年後に無残にも砕け散る。
一方の天使は永遠に地上から居なくなり、残された天使は、
自分の羽根を自ら手折り、心の闇へと落ちていく。 |
■エピローグ
京は、特機本部の中庭に植樹されている木の下で、巨木に背中を預け、うたた寝をしていた。
「・・・京・・・・・京!!」
自分を呼ぶ声に京は目を開ける。
綾人が京の目の前で腰に手をあてて立っている。
「おう。高校の入学式、終わったのか?」
「ええ。今、出勤してきたところです。それより、春麗が探してましたよ。報告書、
途中なんでしょう?」
「だ〜〜、そうだった!気分転換に出てきたら、つい寝ちまってよぉ・・・。姐さん
怒ってたか?」
「カンカンでしたよ。ほら、早く行って仕上げてください。」
そう言って、綾人は京に手を差し出す。
京はこの光景に、はじめて綾人の手を取ったあの日の光景が一瞬重なって見えた気がした。
「そうしましょうかね〜。」
京は、綾人の手を取り、立ち上がる。
そして、綾人の手を握ったまま彼の顔をじっと見つめた。
「なんですか?」
綾人が怪訝そうに聞く。
京は、口の端を上げて笑う。
「う〜ん。俺様さ〜、お前が女だったら絶対押し倒してる!!」
ドサッ
京の後ろの木の枝が落ちた。
そんな事はお構いなしに、京は、右手で綾人の手を握り締め、左手で撫で回していた。
綾人は固まっている。
(あ〜〜〜たのしい。これだから、こいつからかうの止められねぇんだよなぁ。)
京の願いは一度無残に砕けた。それでも、彼は願わずにはいられなかった。
自分では救ってやれない程の暗闇に身を置く弟(綾人)を救ってくれる人が現れる事を。
暗闇にいる彼に光りと共に手を差し伸べてくれる人が現れることを。
彼の張り詰めた心の糸が切れる前に・・・ |
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『if 〜優しい手〜』 END
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