京氏のライフワーク

「綾人君てさ、百戦錬磨だったんだね。」
「はい!?」

綾人は、カウンターの向こう、キッチンで洗い物をしている可愛い彼女の突然の言葉に驚き、読んでいたハードカバーの本を落としてしまった。
美咲は、目の前のカウンターで目を丸くしている彼を気に留めることなく話しを続ける。

「常々、気になってたのよね。わたしはさ、芝山君と付き合ってたとはいえ、キスもディープもエッチもみ〜〜んな綾人君が初めてだったんだけどね、なんだか綾人君は初めてって感じじゃなかったし。比べる対象物がいるわけじゃないんだけど、なんだか手馴れてるというか、上手いというか・・・・。」

美咲は、言っていて段々恥ずかしくなってきた。

「ふ〜〜ん、で?」

綾人は、カウンターに顎肘を付いて話をきいている。

「うん。気になって仕方がないから、今日、牧瀬家に遊びに行った時に、香苗さんに聞いてみたの。」
「・・・あ〜そう・・・・。(女って・・・・。)」
「だって、こんな事聞けるのって香苗さんしかいないんだもん・・・。でね、その話を
してたら、夜勤明けで寝てた京さんが起きてきて、お話してくれたの。過去の女性関係を。」

美咲はニッコリ笑い、綾人は、顎が手から滑り落ちた。

「あっ!だからって、綾人君の事を軽蔑したり、嫌いになったわけじゃないよ!!
ちょっと気になったのよ・・・・。ただそれ・・だ・・・け・・・・。
(あちゃ〜〜〜〜〜・・・。)」

綾人の目が完全に据わっていた。
切れ長の男性の目が据わると凄みが増す。

(あのヤロー・・・・・・。)

翌日。
綾人は、特機本部の廊下を物凄い形相とスピードで歩いていた。
すれ違う職員が朝のあいさつが出来ない程、彼から出ているオーラが怖かった。
綾人が捜査課の扉が壊れるかと思うくらい勢いよく開け放つ。
中に居た、春麗・陽介・アリスが驚いて、扉の方を向く。そこには、身体全体で怒りまくっている綾人が立っていた。

「京は?」

静かに誰とはなしに聞く。

「え!?まだ、・・・だけど・・・・。」

春麗がオドオドしながら答えた、その時・・。

「おう!!おっはよ〜〜。どうしたよ、綾人〜〜。こんなところで?」

と後ろから陽気な京の声がした。
綾人は、ゆっくり振り向き、京を睨んだまま

「あんた!美咲に何話してるんですか!!!!」

と、特機の建物中に響くかと思われる怒鳴り声をあげた。

これを聞いた職員達は、綾人の朝から不機嫌な理由が分かった。

(ああ・・・。牧瀬さんが又からかってるのか・・・・。)

毎度の事らしい。

綾人の睨みを物ともせず、頬に人差し指を充てた京は、満面の笑みを湛える。

「決まってんじゃん。綾人君の不良っぷり。」

ピシッ!!

捜査課の防音・防弾ガラスの一枚に見事な亀裂が入った。
これを見たアリスが頭を抱える。

(今年に入って、何枚目よ・・・。もう、理由が浮かばないわ・・・。)

設備部も本当の理由は知っているが、形式上の理由を求められる。
一応、予算から落ちる設備品なので。

綾人は、相変わらず京を睨みつけたまま

「・・・・京・・・今月休み無し!」

と言い放つ。踵を返し自室に向かおうとする綾人を、

「なに!?ちょっとまてよ!」

と慌てて京が引き止める。綾人が不機嫌な顔のまま振り向く。

「僕は京のなに!?」
「・・・・上司です・・・・。」
「わかってんじゃん!!」

綾人はズンズンという音が聞こえそうな勢いで自室に向かって歩く。

「え〜〜〜。休み無しはねぇだろ〜〜〜。」

京がぼやいていると、側に来ていた陽介が彼の肩を叩いて

「綾人君をからかうの止めればいいじゃない。」

と忠告する。
京はそれに対して、立てた人差し指を左右に振り

「それは出来ねぇ。あいつをからかうのは俺様のライフワークだから。」

と言って、胸を仰け反らせ豪快に笑い出す。

(命掛けのライフワークね・・・。)

その場に居た全員がそう思った。





『京氏のライフワーク』 END
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