風邪の功名 part1

この冬、真山家は風邪に悩まされていた。
まず、初めに一家の長である一馬が風邪を引いた。彼は、咳だけが一週間続いた。一馬が治った頃、母・薫が引く。彼女は、咳に加え鼻水に悩まされ、その後にまたもや続くように姉・清香が引き、微熱をだしたが、仕事柄休めないので、病院での注射と点滴でなんとか乗り切った。しかし、最後に風邪を引いた美咲は、風邪が濃縮されたかのような症状を訴える。
美咲は、38度の熱が2日ひかなかった。3日目に退いたとは言え37度5分。2日間の高熱で体力も消耗しているので、かなりツライ。あと、咳も出始めてきた。
更に体力を消耗しそうだ。

(ツラッ・・・・・・・。)

病院から戻ってきた美咲は、フラフラする頭と体をなんとか制御して、綾人の大きなパジャマに着替える。このパジャマは、会えない夜に寂しくないようにと、彼女が綾人に貰ってきた物だ。身長差20cm以上ある彼のパジャマを美咲が着ると、まるで、子供が親の物を着ているような格好になる。手と足の袖を数回巻く。

(よいしょっ・・・・。)

ベットの布団の中に潜り込む。
体がいくらか楽になる。
階下から、微かにショパンのCDの音と、仕事を休み美咲の看病をしている母が、パタパタと走り廻っている音が聞こえてくる。掃除か洗濯をしているようだ。
なにげに、窓へ目を向ける。冬独特のドンヨリとした重々しい雲が広がっていた。
気が滅入る。
熱で大変だった二日間は何も考えられなかったが、少し落ち着いて来ると、病気の気弱さから非常に人恋しくなる。彼の温もりが恋しい・・・。

(綾人君に会いたいな・・・・・。)

薬が効いてきた美咲は、彼に想いを馳せながら眠りに付いた。
それからしばらくして、母親が様子を見に美咲の部屋を尋ねて来た。軽くノックをし、静かにドアを開けると、娘は寝息を立てていた。

「お昼は、もう少し後で良さそうね・・・。あら?」

薫が美咲の目から一筋の涙が流れてきたのを見つける。

「・・・あやと・・くぅん・・・。」

続いて、切ない寝言が聞こえる。
薫は、胸が締め付けられる想いがした。自分にも経験のある事なので、娘の気持ちが良く分かる。病気の時は、愛しい人が非常に恋しくなる。
あと、なんだか、娘がこういう時に自分達ではなく、別の人を想う事に少々の寂しさも覚えた。
薫は、静かに美咲の部屋を後にし、静かに下へ降りていく。


軽い昼食を自室で終えた美咲は、熱の疲れと薬の効能で又、眠りに着く。
今回の眠りは途中から非常に気持ち良かった。綾人と一緒に眠る時の様な安心感があった。
意識が覚醒してきた頃、自分の左頬に温かな物を感じる。
ゆっくりと目を開けると、アイスブルーとエメラルドグリーンの瞳にいつもの優しい微笑みを湛えた想い人の顔があった。
左頬の温もりは、彼の右手だった。
彼は、ベットの右脇に青い制服のまま腰掛けていた。

「綾人君?」

夢を見ているのかと思い、左頬の彼の手に自分の左手を添えてみる。実物だった。
綾人は、自分の額を美咲に軽く付ける。
彼の前髪がサラサラという音と共に美咲の頭に振りそそぎ、彼女の髪と交わる。

「熱はひいたみたいだな。良かった。」

間近にある顔と、間近に聞こえる声に美咲の鼓動が高鳴る。
綾人は額をゆっくりと離す。
右手は、美咲が握りしめているのでそのままに・・・。

「・・どうして居るの?」

「ああ・・・。今日、真山家全員から代わる代わる俺の携帯に電話があって、本庁での会議が終わってから直行した。」
「電話?」
「うん。美咲が熱を出して会いたがってるって。」

綾人が満面の笑みで答える。
美咲は、彼がいかに忙しい人間か身を持って知っている。だから、自分の事で迷惑を掛けたのでは無いのかと思うと、素直に喜べなかった。

「ごめんなさい・・。忙しいのに・・・。」

眉尻を下げて誤る。
美咲の心中を察した綾人が残りの左手で彼女の髪を優しく撫でる。

「病人がそんな事を気にしない!今日は、会議が終わったら直帰する予定だったし、明日・明後日は代休消化する事になったから、思う存分甘えなさい!」
「うん。ありがとう。」

綾人は、やっと美咲の笑顔が見られた。それが嬉しくて自分も微笑む。

「礼なら、ご両親と、お姉さんに言いな。3人が電話して『うちに来てくれ』って
頼まなかったら来てないから・・・。」
「うん、そうだね。」

美咲は、心底家族に感謝した。彼女にとって、最高のお見舞いだった。

熱がすっかり落ち着いた美咲は、その日の夕食の「卵雑炊」は綺麗に平らげた。
自室で、一口一口ゆっくりと綾人に食べさせてもらった。
最初は恥ずかしかったが、慣れると結構幸せだった。
熱を出す前から食欲が落ちていたので、下げられた空っぽの器を見て家族は安堵し、

(綾人という特効薬は、風邪薬より効くらしい。)

と、全員が思った。

特効薬が効いた美咲は、翌日には咳も収まり回復の兆しを見せていた。彼女は、自宅マンションに帰る綾人に家族に無理矢理くっ付いて行かされ、それからの二日間を綾人の奏でる優しい静かなピアノの音色の中で静養することになる。
美咲の風邪のおかげで、思いがけず、二人でゆっくり過ごす事ができた。
二人共、心の中でちょっとだけ風邪に感謝した。



『風邪の功名 part1』 END
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