主導権はどっち?

かすみは、朝食というには重すぎるメニューを黙々と平らげていく恋人を目の前に何だか不機嫌だった。
食の進みも遅い。

「どうしたの、かすみちゃん?具合でも悪い?」

食の進みが遅い事に気が付いた陽介が食べるのを一時中断し、心配そうに聞く。
かすみの右眉が上がる。

「陽介くんのせいじゃない・・・。」
「ほへ?ふぉく?」

フォークに刺したハンバーグを口にもってきたばかりの陽介が首を傾げる。
かすみが大きく頷く。ブンっという音が聞こえた。

「なんで?」

陽介が、子犬が縋るような目で聞く。

(うっ!!)

かすみは、思わずこの目つきに負けそうになるが、なんとか持ちこたえ、

「早番だから、早く帰ってくるって言ったから、マンションに来て、晩御飯作って
待ってたのに、帰ってきたのさっきじゃない!!」

と不満をぶちまける。

「連絡したじゃないか〜。それに、晩御飯なら今ちゃんと食べてるし・・。あっ、
おいしいよ。」

かすみの怒りに怯む事無く、陽介は、にこ〜〜〜っと満面の笑みで答える。
そう、陽介は、かすみが晩御飯にと用意した「ハンバーグ・クラムチャウダー・シーザーサラダ」を食していた。かすみは、「食パン1枚・ハムエッグ・ヨーグルト」の普通の朝食である。
いくら約束を破ったからといって、朝からこの料理を食べろと言われても、普通の男は食べないだろう。綾人あたりは、気絶するかもしれない・・・。
それを食べているのだから許してやって欲しい・・・。
でも、彼女の怒りは収まらない。

「久しぶりに会えると思って、すっごく楽しみにしてたのに!!」

かすみは、手にしている食パンを目の前の陽介に投げつけそうな勢いだ。
陽介の顔が主人に怒られた子犬の様になる。

「仕方がないじゃないか・・。僕達の仕事は規則正しくはいかないんだよ?付き合う時に言ったよね?」
「・・・うん・・、でも!!」
「僕なんかいい方だと思うよ?休暇はよっぽどの事が無い限りつぶれないし、
徹夜明けはこうして帰って来るんだし・・・。綾人君は、休暇でも呼び出されるし、
徹夜明けだろうが、連続出勤だろうが事件が一段落しないと帰れないんだよ?」
「うっ・・・。」

かすみもそれを言われるとツライ。
美咲が、綾人に会えないことより、仕事が忙しい彼が倒れないかと心配している事を知っているから。
本来なら、この辺で折れるのだが、今日に限ってかすみはしつこかった。
それは、いつも、いつの間にかやんわりと陽介にやり込められているので、今日こそは自分がやり込めてやるという無謀な野望があったからだ。

「それは、そうかもしれないけど、うちはうち!よそはよそ!!」
「それも一理あるね。」

クラムチャウダーをスプーンで掬いながら、陽介が妙な納得をしている。
緊迫感が無い・・・。一応、かすみ的にはケンカをしているつもりなのだが。
いつも、いつもこの調子で交されている。
なんだか、バカにされている様な気になってきたかすみは、とうとう心にも無い事を言ってしまう。

「もう、いい!!陽介くんなんて知らない!!別れる!!!」

ダイニングテーブルの上の皿達が振動で小刻みに震えるくらいの勢いでテーブルを叩く。
かすみは、真っ赤な顔をして陽介を睨みつけている。

(今日は、いつも以上にご機嫌ななめだな〜〜。)

陽介は、別離宣言を受けてもマイペースで食事を続けている。
最後のハンバーグを口に入れ、胃に流し込むと、

「ご馳走様。」

と言って手を合わせる。
相変わらず、かすみは睨んでいる。
陽介がにや〜〜〜と笑って、

「かすみちゃんは、それでいいの?」

と聞いてきた。
かすみが、つい言ってしまった事をわかっているので余裕である。
今回も主導権が陽介に渡った事をかすみは悟る。
でも、負けない。

「い・・いい!!」
「そうか・・。僕は、良くないな。かすみちゃん無しじゃ生けていけないもん。」

陽介は、小春日和のような温かな笑みをかすみに向ける。

(はう・・・・・。)

この笑顔と甘いセリフにかすみの釣り上がった眉が逆に垂れ下がる。
これに弱い事を知っていて陽介はするのだ。ちょっと質が悪いかもしれない。

(かすみちゃん、かわいい・・・。)

陽介の笑みがより一層増す。
その笑みにかすみは白旗を揚げる。

「よく・・・ないです・・・・。」


完敗・・・・。


陽介は、事が終わったので、目の前の食器を綺麗に重ねて、キッチンのシンクまで持って行き、水に浸ける。そして、そのままリビングの隣の寝室へ向かう。

「ねぇ、かすみちゃん。お昼になったら起こしてよ。」
「え!?今からだと3時間くらいしか寝れないじゃない!」

かすみは、側に立つ陽介を見上げる。
陽介はまたもや、にっこりと笑う。

「へ〜き、へ〜き。軍に居た時は、三日三晩寝ずに山の中とか歩かされたから、それに比べたら、寝れるだけまし。起きたら、ドライブに行こう。天気いいから気持ちいいよ。じゃあ、頼んだよ。」

自分の言いたい事だけ言うと、かすみの返事も聞かずにさっさと寝室に入り、ベットの住人となる。そして、一瞬のうちに熟睡してしまった。

「ふぅ・・。」

かすみは、大きなため息を付くと、残りの朝食はそのままに立ち上がり、陽介が眠る寝室へ向かう。彼の可愛い寝顔を見ながら、自分もベットに横になる。
彼女も事件で帰ってこない彼を心配して一晩寝ていなかった。
陽介の胸に顔を埋めるとすぐに睡魔が襲ってきた。かすみが意識を手放すのに時間はかからなかった。

結局、お昼に起こされたのは、かすみの方だった。
キッチンのダイニングテーブルは、朝食の後が綺麗に片付けられ、代わりにかすみの好きな“オムライス”が盛り付けられた皿がのせられていた。

「心配かけたお詫び。」

そう言って、陽介がかすみの頬にキスをした。



『主導権はどっち?』 END
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