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a little waltz |
バレンタインデーまで、あと1週間。
かすみは、美咲の自宅で手作りケーキを教えてもらっていた。もちろん、陽介にプレゼントする為の練習である。かすみは、料理は得意だが、お菓子作りは苦手であったので、料理は苦手だが、お菓子作りは得意な友人に先生を頼んだのだ。
この二人は、色んな意味で正反対だった。
それをいつか綾人が
「そんだけ、正反対なのに息がピッタリっていうのも珍しいな。」
と言って笑っていた。そして、
「でも、それだけ正反対だから合うのかもな。」
という、フォローも忘れてはいなかった・・・。
真山家のキッチンには、甘い香りが漂っている。
その香りの中、二人はダイニングテーブルに向かい合わせに座り、紅茶を飲みながら、ケーキが焼きあがるのを待っていた。
「は〜〜〜〜。ケーキって大変・・・。やっぱ、私、食べる専門でいいよ・・・。」
初めてのケーキ作りに、悪戦苦闘したかすみは、その言葉を残し、テーブルにつっぷしてしまった。今、彼女は、陽介に手作りケーキをやると決めたことを心底後悔し始めていた。
「別にケーキじゃなくても・・・。チョコだと簡単よ?」
美咲が、世の恋人達のイベントに初めて積極的に参加しようとしている友人をなんとか立ち直らせようと助言する。
それを聞いたかすみが、半開きの目をして顔をあげた。
「だめ・・・。そんな溶かして固めただけなんて手作りとは認めない!私は認めないわよ!!」
「・・・・・あっそう・・・・。」
かすみの鬼気迫る迫力に、美咲はそれ以上なにも言えなくなった。
しかし、ある疑問が頭をかすめる。
「でも、どうして今回はそんなに気合がはいってるの?今までの彼氏なんて、既製品のチョコだったじゃない?」
マグカップを抱え込んで、美咲が首を傾ける。
「うっ・・・・。」
かすみは痛い所をつかれてしまった。何とか誤魔化せないか考えたが、友人の丸い大きめの瞳に見つめられ、その無邪気さに毒気を抜かれてしまい、誤魔化すのをやめた。
ノロノロとつっぷしたままの上半身を起こし上げ、
「笑わないでよ・・。」
と、念を押す。
美咲は、それに対して一度コクリと頷いた。
「あのさ・・・。陽介君・・・もちろん如月君もだけど、その・・・・職業が特殊じゃない?いつも危険と隣合わせでさ・・・。それなのに、そんな事は私達のまえでは一切出さないし・・・。」
「うん、そうだね。」
「いつも笑ってくれてて、逆に励まされたりなんかしてさ・・。本当は、私が支えてあげたいのに、なんだか支えられてるような・・・。文字通り命掛けで守ってくれてる彼に対して、その辺の売り物なんて軽すぎて・・・。感謝の気持ちと、それと・・・・・・愛をね・・・込めて作りたかったの・・・・。」
かすみは最後の言葉に顔を真っ赤にして俯いてしまった。自分のキャラに似合わない事を言ったと、非常に照れてしまい、向かいに座る美咲の顔がまともに見れなかった。
美咲は、初めて見るかすみの女の子の表情がとても可愛く思えた。
「ねぇ。かすみは、陽介さんの何になりたい?」
「はぁ?」
かすみは、何の脈絡もない質問に、俯いていた顔を勢いよく上げる。早くも、顔色は普通に戻っていた。怪訝そうな顔つきの友人に美咲はニッコリと微笑むと、手に持っていたマグカップをそっとテーブルに置き、
窓の外に視線を移して静かに話し出した。
「私は、綾人君を包むもの全てになりたい。彼を照らす月の光にも、燦々と輝く太陽の光にも、彼を取り巻く風にも・・・・。戦い、傷ついた彼を優しく抱きこむもの全てになりたいと、いつも思ってるの。」
「・・・・・・・。」
「彼の負担にならない様に、でも、いつも側に居て、そっと彼を包み込み暖めてあげられるものになりたい。」
美咲は、変わらず窓の外の風景から視線を戻さない。
かすみも美咲と同じ方角に視線を移す。そこには、庭先に冬の日差しを浴びて緑輝くバラが茂っていた。
温室ではないので、まだ季節ではない今は花は咲いていない。
かすみは、バラが、綾人が株分けをした「アストレ」だという事を思いだした。そして、彼が大事に育てたバラを自分も彼だと思って大切にするのだと友人が言っていた事も。
かすみの脳裏に、数日前、片腕に怪我を負いながらも「大した事ないよ〜」と心配する自分にのんびりとした口調で柔らかに微笑んでいた陽介の顔が浮んできた。心配させまいと微笑む彼の心遣いに胸が熱くなる。
「うん。私も同じ。春も夏も秋も冬も、そっと側に居て、ずっと包み込んでいたいな・・・。」
「朝も昼も夜もね・・・。」
「うん・・・・。」
二人は、窓の外を見ながらそのまま黙ってしまった。
二人の想いは、各々の愛しい人へと飛んでいく。
今、二人の目には外の風景は映っていない。
美咲には綾人の優しい綺麗な笑顔が、かすみには陽介の柔らかな温かな笑顔が映し出されていた。二人の胸は、今のこの瞬間も命を張って仕事をしている男達を想い、甘く締め付けられていく。
しばらく、ダイニングキッチンには、焼きあがりかけているケーキの甘い香りと、女性二人が醸し出す「恋」という名の甘く切ない空気が立ち込めていた。
そのいい雰囲気をオーブンの電子音が打ち砕く・・・。
「あっ、できたわね。」
美咲が爽快に席を立ち、オーブンへ向かう。
「うううう・・・・。」
出来上がりにイマイチ不安があるかすみは、足取り重く立ち上がりオーブンへと向かう。かすみがオーブンへと近づいたときには、美咲が耐熱ミトンを両手に付け、オーブンの中から天板を抜き出していた。
「大丈夫よ。かすみ。」
美咲が、コンロの上に天板を乗せながらかすみに微笑みかける。
「本当に〜〜〜〜?」
かすみは、美咲の後ろから天板の真ん中にある、円形の型の中を恐る恐る覗いてみる。そこには、黄金色した、綺麗に膨れ上がったスポンジケーキがあった。
それを見たかすみの顔に安堵の色が浮ぶ。
「あっ、大丈夫そう・・・。」
「ねっ!さぁ、仕上げにはいろう!」
美咲の号令で、スポンジケーキのデコレーションが始まった。
かすみは、始めて使うヘラや絞り器などを恐々使いながら、美咲が教える通りにただのスポンジケーキを飾りたてていく。少し前の愚痴は何処かへ吹き飛び、練習ではなく、まるで本番用のケーキのように真剣だった。
出来上がったケーキは、見た目、お世辞にも「上手」とは言えなかった。全体を覆うチョコクリームは、均等に塗られずにデコボコだし、生クリームも渦巻きが崩れている。しかし、味は初めてとは思えないほどおいしかった。
「見た目より味よね!」
自分ではじめて作ったケーキを頬張りながら、かすみは自画自賛している。思いのほかの美味しさに気を良くしたのか、かすみはひと時前の自信なさげな表情からいつもの自信満々の表情になっている。
「14日なんだけど、私、綾人君のマンションでケーキ作るんだけど、来る?不安だったら一緒に作ろうか?」
「お願いします。」
かすみは、美咲の有難い誘いに軽く頭を下げてお願いする。一度の練習では、やはり不安であった。
「ところでさ、美咲は何を作るの?」
「うんとね〜、チョコシフォンと一口クランチ・チョコ。時間があったらチョコクッキー作ろうかな〜とも思ってるの。」
事も無げに言う友人に、かすみの頬が引き攣る。
「まじで?その量を一日で作る気?っていうか、奴が貰うチョコの量がハンパじゃないでしょうに・・・。美咲がそんなに作る必要ないでしょう?」
かすみが言うとおり、綾人がバレンタインデーに貰うチョコの量は半端ではなかった。特機本部の女性職員は、所属部署の間でのみやる事を決めていたので(そうしないと男性が多いので自分達がやっていけない)綾人が貰うのは春麗とアリスからの義理チョコ2つだが、他の所轄署の女性職員からの個人的プレゼントは
毎年、彼の頭を悩ませていた。膨大なチョコを一人では食べきれないし、でもプレゼントを捨てるわけにはいかない・・・。
そのチョコの量を去年、美咲とかすみは目の当たりにして絶句した。
友人の言葉に美咲の目の奥が厳しく光る。どうも、かすみは地雷を踏んだらしい・・・。
「だ・か・ら・よ!!」
美咲は、一文字・一文字をはっきり、くっきりと区切り、力強く言い放つ。
いつも温厚な友人の半分怒った様な表情に、かすみが恐怖に先程とは違った頬の引き攣りを起こしていた。
「あの本命チョコの山になんて、負けてられないもん!!私のをたくさん食べてもらうの!!」
「はいはい、そうですね。・・・・・でも、美咲バカのあの男には、そんな手の込んだことしなくても、あんたにリボンでも巻いてマンションに居るだけでじゅぶんだと思うけど?」
美咲の迫力に少し押されながらも、かすみは友人をからかう。
美咲は顔が赤くなりながらも負けじと
「その言葉、そっくりそのまま、かすみに返すわよ。」
と反論する。
意外な反論にちょっとびっくりしながらも、かすみは、
「私?そんな事、私がやっても可愛くないって!美咲がやる事に価値がるのよ〜〜。私の前でやられても私が襲っちゃうよ〜〜〜。」
と言って、盛大に気持ちよく笑い出した。
長い付き合いの美咲でも、かすみに口では勝てないようだ。美咲は、少し口を尖らせ、大笑いしている友人が落ち着くのをまっている。
「しかし、私達は女冥利につきるかもね。」
やっと、笑いが収まったかすみが突然真顔で美咲にそう話しかけてきた。
友人の意図が分からない美咲が、きょとんとかすみの顔をながめる。
「だって、文字通り戦う男なんて錚々いないわよ?あんなに強い格好いい男の側に居られるなんて女の幸せそのものよ。」
かすみは、不敵な笑みを浮べ美咲を見つめる。
その言葉と笑みを美咲は小さく微笑んで受け取った。
『この気持ち、あの男どもにどうやって教えようか?』
二人は、見つめあい、同時に囁き合った。
そして、2月14日。バレンタイン当日。
〜美咲&綾人side〜
今日は、何事もなく仕事から綾人は帰ってきた。時刻は午後7時すぎ。
彼は、家中にたちこめる甘い香りと、美咲の笑顔、それに、キッチンのカウンターに並べられた彼女からのプレゼント達に迎えられた。
カウンターのプレゼント達・・・白い皿に其々盛り付けられた「チョコシフォンケーキ」「クランチ・チョコ」「チョコチップクッキー」を前に綾人が軽く微笑む。
「今年は、随分はりきったんだな。」
「ま・まあね・・・。」
美咲の心を見透かしたかのような綾人の瞳に、美咲はドギマギしながら当たり障りのない返事をする。目がどことなく泳いでいる美咲を綾人が軽く抱きしめ、自分の口を彼女の耳元に持っていく。
「去年のお詫びもはいってるのかな?それとも、大量のチョコ達に負けないように頑張ったのかな?」
(・・・バレてる・・・・。)
美咲は、綾人の腕の中で肩を落とし、うな垂れる。
「どうなの?」
綾人が耳元で美咲の答えを催促する。その優しい囁き声に美咲は観念する。
「・・・・両方です・・・。」
満足する答えが聞けた綾人は、口の端を上げて微笑むと、美咲の背に廻した自分の両腕はそのままに顔を彼女の耳元から離す。
美咲は、綾人の腕の中で顔を赤らめ、むっとした顔、且つ上目遣いで彼を見上げていた。
「・・・今年は、例のチョコはどうしたの・・・。」
「今年は、一個も受け取ってないよ。」
「え!?」
今年も、去年同様の大量のチョコレートを拝む事になるだろうと、覚悟をしていた美咲は予想外のことに目を丸くして驚いた。
そんな彼女に綾人が軽く口付ける。
「去年の二の舞はごめんだからね。あのチョコを見て、作ってきたガトーショコラ持って帰って、しかもしばらく口もきいてくれず、体に触れさせてもくれなかったのは誰?」
「・・・・私です。・・・だって、あれは・・・。」
「やきもちでしょう?」
さらっと人の心を言い当て、なおかつ、嬉しそうに微笑む綾人に見つめられ、美咲は、折角ひいてきた顔の赤らみが先程より一段と濃くなっていた。
「まぁ、やきもちを妬かれて嬉しくはないのだけれど・・・。」
そう言いながら、綾人は、美咲の背に廻した両腕に力をいれ、彼女を自分の体に抱き寄せる。美咲の頬に黒いカシミアのセーターが柔らかく触れ、耳には彼の規則正しい鼓動の音が聞こえてくる。目を閉じると、彼の為に調合されたコロンの清々しい香りと共に心地よい彼の体温が美咲の体に静かにしみこんで来た。
「でも、怒った顔より笑ってる顔の方がいいな。・・・何もいらないから。ただ、笑って側に居てよ。それだけで俺は充分だから・・・。」
「綾人君・・・。」
「俺がどんなに美咲の事を想ってるか見せてあげられたらいいのに・・・。」
(えっ!?)
自分と同じ事を思っていた綾人の小さな囁きに美咲が彼の胸の中で目を開ける。その時、綾人の腕にも少し力が込められる。もっと、もっと近くで彼女を感じたかったのだ。
「私も同じ事考えてたよ・・。」
綾人の胸の中でそう呟くと、自分と綾人の間で挟まれる形になっている両腕をそっとずらし、綾人の背に廻す。二人の密着度が高まる。
そして、再び綾人の顔が美咲の耳元に近づいてきた。
「Misaki....I Love you」
熱い吐息と共に紡ぎだされた甘美な言葉に、美咲は胸が一杯になり彼の背に廻した両手に力を込めて答えるだけで精一杯だった。
美咲は、この日、綾人に甘い魔法をかけるつもりであったのに、逆に綾人にかけられてしまっていた。
〜かすみ&陽介side〜
かすみは、夜勤明けの陽介の体調を考えて、夕方、彼のマンションにやって来た。赤いリボンをかけた四角い白い箱を片手に・・・。
合鍵を使って中に入るとちょうどシャワーを浴びて浴室から出てきた陽介とかち合った。
「あ〜。いらっしゃ〜い。」
いつもののんびりとした口調と朗らかな微笑みがかすみを出迎える。
初めての手作りケーキを彼にプレゼントするという、人生最大の難関を目の前に、珍しく緊張していたかすみの心が、その笑顔で一瞬にしてほぐされていく。
(やっぱ、適わないな・・・。)
かすみは、心の中でそう呟いた。
二人は、連れ立ってリビングへ行くとソファに隣同士に腰掛ける。
「開けてみて・・・。」
かすみは、自分達の膝の高さほどのテーブルの上に置いているケーキの箱を指差す。
「うん。」
陽介は、少し前かがみになりながら、丁寧にリボンを解く。続いて上箱を両手で挟んで上へ引き抜くと、中からビターチョコでコーティングされ、更に粉砂糖が粉雪のように振り掛けてある円形のケーキが出て来た。
結局かすみは、この前の出来栄えで、デコレーションはあきらめ、溶かしたチョコレートをかけてコーティングするという簡易版のケーキに変更した。
陽介は、上箱を持ったまま黙って、じっと穴が開くほどかすみのケーキを眺めている。
何も言わない陽介に、かすみの緊張がどんどん高まっていき、心臓がそのうち飛び出てくるのではないかと思うくらい力強く脈打ち始めていた。
もう、かすみが限界に達した時、やっと陽介が口を開いた。
「ねぇ、かすみちゃん。今日って何かお祝いの日なの?」
いまだに箱を持ったまま、首を傾げる陽介に、かすみは緊張の糸がブチッという派手な音を立てて切れた。
そして、次に襲ってきたのは脱力感だった。
初めはいつもの微笑みを湛えて自分を見つめている陽介を見て冗談かとも思ったが、よくよく彼の顔を見てみると冗談では無さそうだ。
最近では、かすみもなんとか笑顔の裏の彼の気持ちが読み取れるようになってきた。しかし、本当に微妙にしか表に現れないので、それをなんなく解読できるのは彼の両親くらいだろう。まだ、かすみも修行中である。
「今日、何日か分かってる?」
「え〜〜〜っと・・・・・・何日?」
かすみのなんでもない質問に真剣に悩んだ後、陽介は傾いている首を更に傾けた。不規則な生活で彼の頭の中ではカレンダーが機能していないらしい。ちなみに、彼の部屋にカレンダーはない。
「14日。バレンタンデーよ。」
かすみは、陽介が持ったままの箱を取り上げテーブルに置き、半ばあきれながら答える。
かすみからの返答で、陽介は合点がいき、左の掌を右の拳で軽く叩く。
「おお・・・。じゃあ、これは僕へのプレゼントなわけなんだね。」
「そうよ・・・。頑張って手作りよ・・・。」
このうえなく緊張していた自分がバカらしく思えるほど脱力感に襲われているかすみは、自分からあっさりとバラしてしまった。
しかし、気力の欠片もないその言葉に陽介の顔が嬉しさに満ち溢れてくる。お菓子作りが苦手な彼女が自分の為に頑張ってくれたことが、ことのほか嬉しくて無意識に締りのない顔になっていく。
「ありがとう、かすみちゃん。嬉しいな〜。」
「ど・・・どう・・いたしまして・・・・。」
屈託のない笑顔に、かすみの心は今更ながら落ち着きをなくしていく。
顔を赤らめ、自分と視線を合わそうとしないかすみのいじらしい態度が、陽介の悪戯心に火をつけた。
「ケーキのプレゼントも嬉しいけど・・・。」
そう言って彼が見たものは、テーブルの上に無造作に置かれている赤い長めのリボンだった。
(も・・・もしかして・・・・・。)
彼の視線の先の物体を見て、かすみの背に悪寒が走り、頭には嫌な予感が駆け巡っていた。陽介は、リボンを手に取ると、かすみに抵抗をする暇を与えず、手早く器用に彼女の体に巻きつけて行った。
彼女の胸の前でリボンをキュッと結ぶと、
「僕的には、こっちの方がより嬉しい。」
と言い、いつもの柔らかな笑みをかすみにむけた。
しかし、その笑みは、かすみにとって小悪魔の微笑みに見え、思わずソファの上を後ずさる。まさか、美咲に言ったことが自分の身に起こるとは、さすがのかすみも思っても見なかった。
「ね・・ねぇ・・・。ケーキ食べようよ・・・。」
「食べますよ。こっちをおいしく頂いた後にね。」
陽介が、じわじわと後ずさるかすみの体を抱きしめる。逃げ場をなくしたかすみが一応無駄だと分かりながらも彼の腕の中で、ジタバタともがく。
そんな彼女に相変わらず温かな微笑をむけながら彼は、
「では、いただきます!」
と言って彼女の唇に優しいキスを落とした。
長く優しい彼の口付けに、かすみの抵抗が収まり、自ら唇を少しだけ開け彼を受け入れる。
一転して激しさを増した口付けを交わしているとき、かすみが
(お願い・・・この熱と共に私の想いを彼に伝えて・・・。)
と誰とはなしに願った。かすみは、陽介と出会うまで神様もしくはそれに匹敵する存在に願をかけた事はなかった。自分で叶えられない夢や希望はもたないという主義だったので・・・。
しかし、彼と付き合うようになって彼女は、彼の事を願わない時はなかった。無事を・・そして、自分の心に溜まった言葉にはだせない愛情を伝えてくれるようにと・・・。
陽介が激しく責めあげていたかすみの唇を解放する。かすみは、上気した顔で口を開き、激しく息をしている。
そんな彼女の髪を陽介が優しく撫でながら、
「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ。痛いくらい僕の胸に突き刺さってるよ。」
と告げる。
まるで、自分の心の声が聞こえたかのような彼の言葉に半開きだったかすみの瞳が最大限に開かれる。
陽介は、髪を撫でながら話しを続ける。
「かすみちゃんの気持ちは、いつも感じてる。君の笑顔から、言葉から、重ねあった肌から・・・。」
「陽介君。」
「君の暖かい気持ちに守られてるから、僕は帰ってこれるんだよ。どんな事をしてでも、僕は君のところに帰ってくるんだ・・・。」
陽介の温かな言葉にかすみの胸が甘く締め付けられ、感極まった彼女の両方の瞳からは次々と涙が溢れ出てきた。
それを陽介の唇が受け止める。
「大好きだよ、かすみ。どんな時も、君だけを想ってるよ・・・。」
この愛の告白は、今まで付き合ってきた男達が彼女に囁いたどの言葉よりもかすみを痺れさせた・・・。
St.Valentine´s Day―――――。
この二組のカップルに幸多からんことを・・・・。
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『a little waltz』 END
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