映画のような・・・

冬の厳しさがほんの少し緩んだ日。
澄み切った青空は愛しい人の一つの瞳の色を思い出させ、逢えない日々を過ごしていた美咲は一日中切なかった。

「ねぇ、真山さん。これから、営業1課の男共と食事に行くんだけど、どう?」

終業時刻直前に、同じ秘書課の先輩に美咲は誘われていた。
美咲はちょっと考える。
母と姉は仕事で遅くなるし、父は海外で取材中で家に帰っても一人だ。
綾人も先週から10日程出張中で帰ってくるのは明後日の夕方。彼のマンションに行ってもしょうがない。

「いいですよ。」

美咲が微笑んで承諾する。

「本当!?良かった〜〜〜。」

何故か先輩が安堵している。

「何が良かったんですか?」

首をかしげて聞く。
先輩は大げさに両手を振る。

「いやいや、こっちの話。駅の先に出来た無国籍料理の店なのよ。大丈夫?」
「ええ。そんなに好き嫌いはありませんから。」
「じゃあ、帰り支度済んだら行きましょう。」
「はい。」

秘書課の女性陣5人は、駅前の大通りを目的の店を目指し、談笑しながら歩いていた。ちょうど、通りを挟んだ向こうにある駅前広場の前に差し掛かった時、美咲の携帯がバックの中で鳴る。着メロは「ガーシュインのラプソディ・イン・ブルー」。これは、綾人専用の着メロである。
出張中に何かあったのかと思い、急いで携帯に出る。

「もしもし!!綾人君、どうかしたの!!」

その口調に周りの同僚達も心配になる。しかし、

「え!?帰ってきたの?」

という言葉に安堵する。

「うそ・・・。どこ・・・・・。」

彼氏が駅前広場に居るようだ。
美咲は、携帯片手に通りの向こうの駅前広場を見渡す。
その行動に同僚達も駅前広場を見る。写真も見せてくれず、どんな人なのか詳しく話しもしてくれない美咲の恋人が見たかったのだ。まさしく、今がチャンスなのだ。しかし、この時間の駅前広場は、携帯片手に待ち合わせをするカップルで賑わっており、どれが美咲の相手か見当も付かない。

「あ!!わかった!!今行く!!」

すぐに見つけた美咲は、携帯をバックに入れると、

「ごめんなさい。私、帰ります。また、誘ってください!!」

同僚達に頭をさげ、詫びると、駅前に向かって走りだした。

「あ・うん。またね・・・。」

先輩の一人が、美咲の後ろ姿に呆然としたまま声を掛ける。

気を取り直し、彼女達は美咲を見続け、相手を探ろうとその場を動かなかった。
そして、彼女達は目撃する。美咲が嬉しそうに、黒のロングコートを着たサングラス姿の長身の男性に走りより、一言二言話したかと思うと、背伸びして彼のサングラスをはずし、彼の首に腕を回し、自分からキスをねだっている所を。

(えええええ!!!)

大人しいイメージの彼女がそんな大胆な事をするとは、その場に居た人間は誰一人思わなかった。そのまま見続けていると、男性は、軽く微笑むと美咲の腰に右腕を回し頬に左手をあてがい、熱い口付けを彼女に与え始める。
本当なら、(なに人前でキスなんてしてるのよ!!)とやっかみ半分で怒るところだが、二人のキスは、まるで映画のワンシーンを見ている様で、思わず見とれてしまった。

「いいわね・・・。」

誰かが呟いた言葉に全員が頷いた。

それから数分後。
美咲を除いた秘書課の女性達が目的の店に着いた。

「あれ?真山さんは?」

先に来ていた男性陣の一人が少し不満気に聞く。

「途中で、彼氏に持ってかれた。」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

美咲が目当てだった数人の男性が落胆する。これで、今日の食事会のトーンが半分落ちる。だから、先輩は美咲に来て欲しかったのだ。でも、彼氏相手では無理は言えない。前に仕事が忙しくて中々会えないと教えてくれた事を思い出す。

「遠目ではっきりとは見えなかったんだけど、あれは結構いい男よ。あんたらさっさとあきらめな!」

慰めにならない慰めを誰かが吐いた。

その頃、8日ぶりに会う恋人達は、甘い夜を過ごしていた。



『映画のような・・・』 END
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