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御伽噺になろう 参 |
いつもとは違い、髪を結い上げ、直垂を着た高彬は、表面はいたって冷静であったが、内心、非情に不愉快だった。
今、謁見の間において、隣国からの使者と会っているのだが、この使者が持ってきた話が彼は気に入らないのだ。表向き、病に倒れた殿の見舞いに対するお礼であったが、本来の目的は、ついでのように提案された「側室」の話しだった。末娘を高彬の側室にどうかと言ってきたのだ。
今回だけではない。ここのところ、こういう話しが多いのだ。
先日など、将軍の使者が訪れ、「孫娘を側室に」と言ってきた。本来なら、この申し出は大変名誉な事で、二つ返事で承諾する所であるが、高彬は、丁重にお断りした。高彬は、天下も出世もさほど興味がないので、将軍家と親戚になる気はなかった。というよりこれ以上の柵は必要ないので、親戚などにはなりたくなかった。
この話を聞いた諸大名たちは口々にこう囁いた。
「なんと勿体無い・・・。」
しかし、あきらめの悪い・・・というか、才能溢れる高彬を今以上側に置いて置きたい将軍は、「側室」の話を手紙でしきりにしてくる。近頃では、孫娘(伽耶より年下)からまで手紙がくる。鬱陶しい事この上なかった。
何故、このように「側室」の話が次々と舞い込むのかというと、結婚して一年以上経つ高彬と伽耶の間に子供が出来ていないからだ。英家との絆を築きたい武将達が、それを盾に何とか自分の娘もしくは孫娘を高彬の側室に入れ、子をなしたいのだ。
しかし、それが、高彬の神経を逆なでしていた。
「その話は、以前お会いした折に石倉様に直接お断りしたはず・・・。」
「はい。ですが、我が殿は時間が経てば、考えが変わっておられるやもしれないと。」
「変わっておりませぬ。」
高彬は満面の笑みを浮べ、使者の言葉を一刀両断にする。
しかし、自分の主人より使命を帯びている使者も下がらない。
「伽耶様を大変大事になされておられる事は、我が殿も重々承知しております。しかし、殿は英家の将来を案じておられます。このまま、お子様が無いままでは・・・。」
「・・・我が英は諸大名の方々と違い、嫡子・嫡男が後を継ぐわけではありません。その点に関しては心配ご無用とお伝えください。」
「しかし、高彬様ほどの才能を受け継ぐお子様がいないのは、もったいのうございましょう。」
「親が天才だからと言って、その子が天才とは限りませんが?」
「そ・・・それは・・・・。」
先ほど以上の笑みを浮べ、またもや一刀両断にする。
高彬よりも倍の人生を歩んでいるはずの使者が、年若い殿様に口でやりこめられている。やり込められるのは彼だけではない。高彬に謁見した者全てがやり込められ、使命を果たせずスゴスゴと帰って行っている。
その姿を見た城内の者はみな
(うちの殿様相手に口で勝とうなど、戦場で殿の首を狙うより難しい事であるのに。お気の毒に・・・。)
と、同情していた。
余裕綽々で微笑む高彬とは違い、使者は何も言えずただ顔から冷や汗を流すだけであった。
「信春!主税(ちから)!」
謁見が終了した事を察した高彬が隣の部屋に控えている、副将の金谷兄弟を呼ぶ。それに答えて、襖が開き、座した男性二人が姿を現わす。
「ご使者殿のお帰りだ。主税、国境(くにざかい)まで丁重にお送りしろ。」
「はっ!」
「では、ご使者殿。石倉様にぶり返さぬよう、しっかりと養生なさってくださいとお伝えください。道中、お気をつけて。」
高彬は、使者の返事も聞く事無くさっさと席を立つと、さっさと部屋を後にした。その後を、信春が続く。
「お待ちを、高彬様!!お待ちを!!」
背に使者の悲愴な呼び止める声が聞こえてきたが、無視して大股で先へ進む。
「あ〜〜〜〜!!!腹立たしいっ!!!」
高彬は、板張りの廊下をダンダンダンと凄まじい音を出しながら歩いている。この事でどれくらい彼が怒っているかが伺われる。怒りに任せたまま歩みつつ、高彬は、結い上げた髪を荒々しく解く。公式の場以外で髪を結っている事を嫌う高彬は、綺麗に結い上げた髪を用がなくなるといつも惜しげもなく解いてしまう。それは、家臣たちの悩みの種であった。
(解いてしまわれましたよ・・・。まだ、御前会議があたのですが・・・。)
それを見た信春が心の中でため息をつく。
「仕方ありませんね・・・。英を攻め滅ぼしてしまいたい方々と同じくらい、英と縁を結びたいと願う方々もいらっしゃいますので、お二人にお子様が出来ていない事はその方たちにとっては身内を送り込む良い機会でしょう。」
宥めるような信春の言葉に、高彬の歩みが止まり、後ろに付き従っている信春を自分の髪を後ろでまとめながら返り見る。
「・・・・まだ、一年だ。」
「はい?」
「私と伽耶は一年しか経っていない。これから何十年と一緒にいるうちのたった一年だ。しかも、伽耶はまだ若い。これから懐妊しないとは言えぬだろう。それに、私の実子が私の跡を継ぐわけではない。」
「左様でございます。しかし、結婚とお子様、そして当主の座に関しては、諸大名と我らとは意味が違います故、この様なことも起こるのでしょう。」
「・・・信春。今後、使者の相手は、大殿(先代当主・高彬の伯父)か利勝(参謀・実兄)に任せろ。」
「かしこまりました。」
信春はうやうやしく頭を下げ、高彬はその彼に踵を返し再び歩み始める。
「そういえば、殿。これからどちらへ?」
「伽耶の所。」
「仲の宜しい事で。」
「お前と千絵殿(信春の妻・高彬の実姉)には適わぬよ。ケンカ一つしないらしいではないか。」
「それは、千絵が怖いので怒らせないようにしているだけです。」
信春がにっこりと穏やかに主君の背に微笑む。
「よく言う。あの姉上を手のひらで転がしているのは何処の誰だ?」
高彬は立ち止まり顔だけを後ろに向ける。
「さぁ?誰でございます?」
信春は更に微笑む。
「・・・喰えぬ男だな。」
「殿に比べたら、まだまだ。」
「よく言う・・・。」
高彬が口の端を上げ、あきれたように言う。
この会話の中に伽耶が居たらきっと「どっちもどっち」と言っていたに違いない。
金谷信春。この高彬の「一の副将」を務めるだけあって、主同様底知れぬ人物である。
そんな狐と狸の化かしあいの様な会話をしている時、伽耶付きの侍女の一人が血相を変えて二人に向かって走ってきた。
「と・・殿!!」
「如何した?その様に慌てて・・・。」
「伽耶様が!」
「伽耶が?」
「城内の何処にもおられません!!」
「ふ〜〜ん。」
高彬の気の無い返事に侍女の気力が一気に萎える。側に控える信春も「それがどうかしたのか」と言った顔をしている。何故二人がこの様な反応をしているのかというと、一ヶ月に一度程度、伽耶は黙って城下に出かけるので、彼女が突然居なくなるのは珍しくなかった。この事を英の最古参の侍女・ヤエが「殿の変な癖(=何も告げずに長期外出)をマネないでください!」と注意していたが、高彬の思いつきの行動とは違い、黙って出かけるのに伽耶にはそれなりの理由があった。
気晴らしに出かけるのに大勢のお付の者が居ては、気晴らしにならないからであった。付いてくるのは、はなと疾風、密かに付いてきてくれている楓で充分だった。
「殿?」
「どうせ、城下に行っているのだろう?いつものことではないか・・・。」
「それが、城下にもいらっしゃらないようで・・・。みなで手分けしてお探ししているのですが・・・。」
「それは、困りましたね。」
そう言う信春は、困ったような顔ではあるが、言い方と雰囲気が全然困った感じがせず、また、侍女の気力を奪う。
「お二人は何故、その様に冷静でいらっしゃるのですか・・・・。」
「伽耶一人で出かけているわけではないではないか。はなと疾風、影から楓が見守っているからそのように心配することではなかろう。」
「殿〜〜〜〜・・・・・。」
侍女は涙を溜めた目で、高彬を縋るように見上げる。
これを見た、高彬と信春は同時に心の中でため息をついた。この二人、自分の伴侶以外の女性が泣こうが喚こうが叫ぼうが一切動じないのだが、その後の周りの反応が面倒くさかった。
「私に一箇所思い当たる所がある。そこへ行ってみるので、ヤエに言って城下の者を城に引き上げさせろ。そんな大事になっていては伽耶も帰り辛いだろう。」
「はい!では、さっそく!!」
途端に元気になった侍女は、現れた時と同じように慌しく走り去っていった。
その姿に高彬は、
(乙女心と秋の空・・・とは良く言った物だ・・・・。)
と妙に感心してしまった。
「と、言うわけで、私は少し留守にする。」
「かしこまりました。しかし、御前会議までにはお戻りくださいませ。」
「・・・・・あっ・・・・・・。」
高彬は自分の頭に手を置いて、顔を引き攣らせる。彼の頭の中に「公式の場では髪を結い上げるというお約束でしたでしょう!!」と言って鬼のような形相で怒るヤエの姿が浮んできた。
「・・・・なんで止めなかった・・・・。」
「そんな暇無く、解かれてしまったではありませんか。」
顔を引き攣らせながら抗議の顔を向ける高彬に怯む事なく、信春は、これでもかと言わんばかりの穏やかな笑みを見せる。
高彬の顔が更に引き攣る。
(やっぱり、こいつの方が喰えねぇ・・・。)
「まっ、髪の毛は後でなんとかしよう。とにかく、伽耶を迎えに行って来る。」
「はい。お気をつけて。」
信春は、笑顔で頭を下げる。
その頃、伽耶は浜辺に立ち海を眺めていた。
季節が季節だけに、波は少々荒く、海風は冷たさを含んでいた。
「伽耶様〜〜。そろそろ、戻りませんとみなが心配しておりますよ・・。それに、お体に障ります。」
肌寒さに小さくなっている はな が伽耶に戻るように進言する。
「う〜〜ん。もうちょっと・・・。」
「伽耶様〜〜〜〜・・・・・。」
もう、これで何度目の「もうちょっと」であろう。
はなは、心の中だけではなく、本気で泣きたくなった。今の伽耶の体に何かあったら、絶対自分はお手討ちに合う・・・。そんな恐怖に更に身が縮こまる。先ほど、松の防風林の下に佇む楓に向かって目で
(何とかしてください!)
と合図したが、
(大丈夫。大丈夫。)
と笑い返されてしまった。
(何かあったら楓様が責任とってくださいよ・・・・。)
はなが心の中で悲愴な抗議をしている時、
「やはり、ここだったか。」
高彬がやって来た。はなの心が救われる。
「殿〜〜〜!!」
「どうした、はな?その様に死にそうな顔をして。」
「わたくしの事はいいですから、早く伽耶様をお城にお連れして下さい。」
「わかった。わかった。」
高彬は、はなの頭をポンポンと軽く叩くと、じっと海を見続けている伽耶へと歩みを進める。
救世主(?)の登場で、肩の荷が降りた はな はその場に力なく座り込んでしまう。
「だから、大丈夫って言ったでしょう?」
いつの間にか はな の側に来て、ちょこんと座っている楓が はな の頭を笑いながら撫でる。
高彬は伽耶の横に立つ。
それでも、伽耶は変わらず海を見続けている。
「伽耶は、本当に海が好きだな。」
「はい。大好きです。」
「そうか・・・。」
高彬は、妻の横顔に微笑む。
それに答えるかのように伽耶がくるっと高彬に体ごと振り返る。
「前に頂いた伴天連(バテレン=ポルトガル)の本(=訳本)に『母なる海』という言葉がありました。」
「ほ〜う。それは、良き例えだな。」
「はい。穏やかにそこに居て、全てを包み込むようなそんな感じは私も母を思い出します。」
「・・・時々、怒り狂うがな。」
「確かに。」
クスクスと伽耶は笑い出す。
「高彬様。」
「うん?」
「伽耶はこの海の様な母になりたいと思います。」
伽耶がはちきれんばかりの笑みを高彬に向ける。
その目は、「そうなりたい」と願うのではなく「そうなるのだ」という決意が感じられた。城内の騒動、先ほどのはなの顔色、そして伽耶のこの言葉に高彬に一つの事実が思い浮かぶ。
彼の顔が険しくなる。
「伽耶・・・まさか・・・。」
「お待たせいたしました。伽耶は、高彬様のお子を身ごもりました。」
「伽耶!!」
愛らしく微笑む伽耶を高彬は力強く抱きしめる。
その顔は険しさから一転して喜びに満ちていた。
「よくやった!よくやったぞ、伽耶!!」
「これで、「側室」のお話は少しは落ち着きましょうか?」
この言葉に高彬の力が更にこもる。
「・・・気にして居ったのか・・。すまなかったな、嫌な思いをさせて。」
「いいえ。高彬様が悪いのではありませんから・・・。ところで、高彬様は、男の子と女の子どちらがよろしいのですか?」
「別に。元気に生まれてくれば、それでいい。・・・頼むぞ、伽耶。」
「はい。」
高彬の腕の中で、伽耶はうれしそうに微笑む。
打ち寄せる波音と共に満ち足りた幸せが抱き合う二人を包み込む。
伽耶は夫の腕の中で「眩暈のするほどの幸せ」と言うものを実感していた。婚礼前日に高彬が言ったようにツライ過去を忘れそうなくらい幸せだった。
「おっと。いかん、いかん。」
何かを思い出したかのように、高彬は伽耶を引き離す。
何事かと伽耶は夫の顔を覗き込む。
「その様な体でいつまでも此処に居ては体に障る。さっさと城に戻るとしよう。みなも心配しているであろうし。」
「ああ。そうでしたね。」
小さく笑うと伽耶は海を後にしようと歩き出した。が、
「ちょっとまて。伽耶。」
と、高彬が引き止める。
「はい?」
「伽耶、私の首に両方の腕をまわせ。」
高彬は、伽耶の横で少し身をかがめる。何の事か分からず、伽耶は言われた通りに高彬の首に両腕を廻す。
「しっかり、?まってろよ。」
そう言うと、高彬は、自分の右腕を伽耶の背に、左腕を伽耶の両膝の裏に当てると彼女を軽々と抱え上げた。
「きゃ!!」
予期せぬ出来事に、伽耶がパニックになる。
「あ・・あの・・。た・高彬様!?」
「こら、騒ぐと落ちるぞ。ちゃんと、つかまっていろ。」
「はい・・・・。」
またも高彬のペースに巻き込まれ、丸め込まれ、伽耶は彼の首にしっかりと?まる。それを確認した高彬は、伽耶を抱えゆっくりと歩き出す。
「あ・・・あの・・・。重いでしょう・・・。自分で歩きます・・・・。」
「伽耶。軽くては困る。」
「はぁ!?」
「私のこの腕の中には、とても大切な命が二つあるのだ。軽いはずがないだろう?」
いつもの様にニヤッと笑う高彬に、伽耶の顔は真っ赤に染め上げられる。赤くなりすぎて湯気が出てきそうな勢いだ。
「やっぱり、お前は可愛いなぁ。」
「もう・・・。」
笑いながらまじまじと見つめる高彬に伽耶はむっとした顔をするが、目は笑っている。婚礼前日に誓ったように、二人は一緒に幸せを築き上げていた。
その後、伽耶は元気な女の子を産み落とす。
高彬の喜びようと、可愛がり様には誰も何も言えなかった・・・。
そして、子に恵まれなかった一年が嘘のように次々と二人は子に恵まれる。
三男四女。どの子供たちも城内の者の手を焼かせるほど、元気有り余る子供たちであったという。
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『御伽噺になろう 参』END
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