きよし、この夜・・・
12月24日 クリスマス・イブ。
街中がイルミネーションと赤と緑のクリスマスカラーに染まり、行き交う人々が何処となく浮き足だって見える中、彼は必死に走っていた。
時折、人にぶつかり、平謝りしながら・・・。
 
(・・・ったく。なんで、今日に限って教授に捕まるかな・・・。あの人、話しだすと
 長いんだよ・・・。でもって、携帯・・・。かあさん、恨むよ・・・・。)

彼は、朝の出来事を思い出す。
ダイニングテーブルに置いておいた携帯に、母親が豪快に味噌汁椀をひっくり
返したのだ。
彼の携帯は、即、昇天。
後日、買い換える事になった。おかげで、待ち合わせている人に「遅れる。」と
連絡できない。
信号に掴まった時、彼は腕時計を見てみる。
約束の時間から一時間半が過ぎている。

(待ってるかな・・・。)

急速に不安に駆られる。

(・・・なんで、今日はこんなについてないんだ?朝の携帯に始まって、さっきの
 人身事故・・・・。一体どのくらい、電車に缶詰だったんだ?俺・・・。)

今日の彼は朝からついていなかった。朝一で携帯が壊れ、大学では教授に捕まり、前に提出した論文の事で本来ならありがたい話しなのだが、今日の彼にとっては迷惑この上ない話を延々とされた。
教授から解放された時、約束の時間から30分過ぎていた。
急いで駅に向かい、飛び乗った電車が人身事故で停車。
満員電車の蒸し暑い中、立ったまま40分ほど閉じ込められていた。
やっと運転が再開しても徐行運転。やっと目的の駅に着いた時は、約束の時間から一時間半が過ぎていた。

(何か、俺、悪い事したっけ?・・・もしかして、これから俺のしようとしている
 事に対して神から挑戦されてる!?・・・そうだ・・・そうに違いない!)

信号が赤から青に変わる。

(負けないからな!!)

彼は、気合を入れて、また、人波の中を走り出した。
 
この寒空に似合わない汗を顔に掻き、息も絶え絶えの彼が来た場所は、とある公園の巨大なクリスマス・ツリーの前。
暗がりの中に色とりどりの電飾が光るツリーは大変幻想的で、しばし、当初の目的を忘れて見入ってしまった。

(違う・・・。呆けてる場合じゃない・・・。探さなきゃ・・・。)

我に変えった彼は、名物と化している綺麗なツリーを見に来たカップル達の中を、ここで待ち合わせをしている人達の中を、ある人物を探して廻った。
巨大なツリーの周りを三周したが、その人の姿を見つける事は
出来なかった・・・。

「だよな・・・・。」

自嘲気味に笑い、ポツリと呟いた彼は、ダッフルコートのポケットから小さな箱を取り出した。
水色の包装紙に包まれ白いリボンを掛けられているその箱は、彼がバイトの時間を増やし、欲しい専門書を我慢して溜めたお金で買った、幼馴染の彼女へのプレゼントだった。
彼はこのプレゼントと共にある行動にでるはずだった。

「怒って帰っちゃったかな・・・。」

彼は無造作に、小さな箱をコートのポケットに放り込み、ツリーから少し離れた場所にあるベンチへと向かった。
そして、唯一空いていたベンチに座る。
周りのベンチは、自分達の世界の住人と化しているカップルだらけだった。
選択を誤ったかとも思ったが、走り疲れ、本来の目的が遂げられなかった彼は、もうどうでも良かった。

(一時間半・・・、そりゃ怒って帰るわな・・・。連絡なしだし・・・・。しかも、俺たち
 ただの幼馴染だし・・・。あ〜〜あ・・・)
「ついてねぇ〜・・・・。」

彼がうな垂れ、心の声を口にした時だった。

「あっ!こんなところに居た!!」

幼馴染の彼女の声が上から降ってきた。

「へっ!?」

勢い良く顔を上げると、両手を腰に置き、少し頬を膨らませた彼女が立っていた。

「もう、やっと来たかと思ったらいなくなるんだもん!!」

そう言いながら、彼女は彼の隣に座る。

「え!?あれ!?帰ったんじゃ・・・。」
「来るのが遅いから、公園の前のコーヒースタンドに居たの。そこね、お店から
 公園に行く人が見えるのよ。で、やっと来たから追いかけてきたら居ないん
 だもん・・・。」
「ごめん・・・・。」
「いいわよ。こうして、会えたんだから。」

満面の笑みを湛える彼女に、彼は胸が鷲づかみにされる。ツリーからの光で
ほんのりと照らされる彼女の微笑みは、天使の微笑みだった。

「ありがとう。待っててくれて。」
「別にお礼を言われる事なんてしてないけど?」
「だって、約束の時間から結構遅れた・・・・。」
「でも、約束やぶった事ないじゃない。来るって思ってたもの。何か
 あったんでしょう?」
「うん、まあ、色々・・・。」

彼は朝からのついていない一連の出来事を彼女に話して聞かせた。
聞き終わった彼女は、あきれながらもクスクス笑っている。

「笑い事じゃないって・・・。」
「ごめん。でも、そんなについてない日ってあるのね。・・・でも、そんなに
 ついてない事ばっかりだったら、最後に一つくらいいい事があるかもよ?
 もしかしたら、その為に悪い事ばっかりだったりして。」

彼女のなにげない一言に彼の心臓が一度大きく脈打った。
なんだかまるでこれから自分がしようとしている事がバレている様な気がした。
彼は、コートのポケットに手を入れ小さな箱を握る。

(本当に、いい事がありますように!)

小さな祈りを込めた箱をそっと取り出す。

「ええっと・・・・これ・・・・。」

緊張のあまりうまい言葉が出ず、ぶっきら棒に小さな箱を彼女に差し出す。
差し出された箱の包装を見て彼女が驚く。

「え!?これって・・・・。」
「いいから、受け取ってよ・・・。」

気恥ずかしくて心臓が張り裂けそうだった。暗くて彼女からは分からないだろうが、彼は顔が赤かった。
申し訳無さそうに彼女は受け取る。

「開けて・・・。」
「う・・・うん・・・・。」

二人になんとなく緊張した空気が流れ始める。
彼女は丁寧に白いリボンを解き、水色の包装紙を開ける。そして、白い小さな箱を開けるとベルベットのリングケースが出てきた。
贈った彼も贈られた彼女も脈が速くなり、手に汗を掻いてきた。

「うそ・・・・。」

リングケースを開けた彼女の第一声だ。
びっくり眼で隣の彼を見上げる。彼は照れくさそうに頬を人差し指で掻いている。

「覚えててくれたの?」
「うん。まぁ・・・。」
「ありがとう!」

彼女は、彼にはちきれんばかりの笑みを贈る。それを見た彼はあまりの可愛さに頭がクラクラしてきた。
この笑顔が見れただけでもバイトを頑張った甲斐があったというものだ。
いや、それで満足していては頑張った意味がない。
 
彼が贈ったリングは、夏に映画を見た帰りに立ち寄った宝飾店で彼女が気に入ってしばらくショウケースから離れなかったものだった。もともと高い店の中でも、良心的な値段の物ではあったのだが、学生の身分ではそれさえもきつかった。
 
しげしげと嬉しそうにリングケースの中のリングを見つめる彼女の横顔を見ながら、彼は決心が揺らいでいた。
あの言葉を言おうか。言うまいか。・・・・言って、返事が「OK」だったらいいのだが、もし「NG」だったら・・・。
 
いつもの弱気が顔を出す。
 
そうこうしているうちに、嬉しそうだった彼女の顔が曇り始めてきた。

「ど・・どうした?」
「・・・これ、高かったよね・・・。もしかして、最近、バイト増やしたのって
 専門書のためじゃなくて、これの為でしょう?・・・・どうして、こんな事
 してくれるの?」

泣きそうな彼女の顔が彼の迷いを一気に吹き飛ばした。
自分は、彼女を泣かせる為にプレゼントしたわけではない。

「お前が好きだから。」
「・・・えっ?」
「お前が好きだから。喜んで欲しくて頑張った。」
「あの・・・・。」
「いつからかなんて覚えてないくらい、お前の事がずっと、ずっと好きだった。
 ・・・・付き合って欲しい・・・。」

彼女を射る様な真剣な目つきの彼。
幼い頃から一緒にいて、始めて見る彼の表情に、彼女は驚き、
戸惑ってしまう・・・。
でも、すぐに彼女は微笑み、手にしたリングケースを彼に差し出す。

「はめて。」
「はい?」
「あなたが私の左手にこれを嵌めて。」
「え?あ・・・うん。」

彼は、(返事は?)と思いながらも、彼女の笑顔に押されて従ってしまう。
リングケースを受け取り、その中からプラチナのリングを取り出す。そして、間髪入れずに差し出された彼女の手を取る。

「なぁ・・・どの指?」
「あんたはどの指を想定して買ってきたの?」
「そ・・・それは・・・・・」

照れながら、彼は彼女の左の薬指にリングを静かに嵌めていった。
リングは、まるで彼女の為にあつらえたかの様にピタリと指に収まった。

「すごい!ぴったりよ!!」
「当たり前だろ?何年の付き合いだと思ってるんだよ。お前の指の大きさくらい
 分かってるよ。」
「うん。最高の彼氏ね。」
「そうだろう・・・って・・・今、何って言った?」

驚いている彼に小さく微笑むと彼女は、彼の首に両腕を廻しそっと抱きついた。

「最高の彼氏って言ったのよ。」
「えっ・・・って事は・・・。」
「うん。私も、ずっと、ず〜〜〜とあなたの事が好きだったよ。だから、私を
 彼女にして。」
「うん、する。後で、やっぱ取り消すとか言ってもダメだからな。」

彼が、彼女の背に内心ドキドキしながらそっと手を廻す。

「言わないよ〜。」

彼女が彼の耳元でクスクス笑う。
それが、彼の耳に心地よく響く。
 
(こんなに小さかったんだっけ・・・。)

これは彼。

(うわ〜・・・。私、すっぽり入っちゃってる・・・・。)

これは彼女。
 
良く知った者の体の違いに改めて驚き、戸惑い、照れながら二人は
少しだけ体を離す。
二人の間に微かな空間が出来る。
彼が彼女の小さな顎に手を置き、上を向かせる。
彼女は照れながら目を閉じる。
そして、彼は飛び出そうな心臓を何とか落ち着かせながら、彼女の唇に
自分の唇を重ねた。
 
二人とも、自分に都合のいい夢を見ているのではないかと思われた。
長い間、幼馴染という関係を壊したくなくて、何も言えなかった二人だから、
そう思っても仕方がない。
 
唇が離れ、そっと目を開ける。
そこには、夢ではなく、現実にお互いの大切な人の顔があった。
 
どちらともなく微笑んだ二人は、お互いの額を軽く合わせた。そして・・・。
 
 
『Merry,Christmas!!』
 
 
 
二人の新しい関係が始まった・・・。
 
 



『きよし、この夜・・・』 END
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