20××年6月某日。
東京 新宿。
AM 2:25。
天気 小雨。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
男は薄明かりの中、細く曲がりくねった裏路地を全速力で駆けていた。
右手に黒いアタッシュケースを持って・・・。
この男も30後半にもなって、全力疾走するとは思わなかったであろう。
男は、走りながら後ろを振り向き、追走者の様子を伺った。
お互いの距離は離れつつあるが、一向にあきらめる気配がない。それどころか
「待ちやがれ!!!この野郎!!!殺すぞ!!!!」
と、拳銃をもったまま鬼の形相で叫んでいる。
「ひっ!!」
追われる男は、顔を更に引き攣らせ、最後の力を振り絞り走った。
男が路地を左に曲がった時、追う若い男は走るのをやめ、右耳に挟まっている超小型無線機を軽く人差し指で押した。無線機からは、細長いマイクが口元に伸びてきた。
「・・・お〜〜い、そっちに行ったぞ・・・。後は任せた。」
[了解・・。]
右耳に仲間の返答が聞こえた。
追っていた男の顔は、顔中汗だらけである。自慢のツンツン尖がりヘアーも少々元気がない。もちろん、彼が着用している戦闘用アーマードスーツも汗ダクである。
「あ゛あ゛あ゛・・・。きぼぢわる〜〜〜〜」
そう言いつつ、持っていた拳銃コルトガバメントを左脇下にあるホルダーに収納しながら座り込むと、ズボンのポケットから愛用のマルボロライトと100円ライターを取り出す。
その時、頭の中に少女の声が響いた。
(キョウく〜ん。タバコやめれば〜〜。そうすれば、もっと走れるよ〜。)
「ほっとけ!」
声の主に悪態をつきつつ、タバコに火を点け、一服する。
「あ〜うめ〜〜。これがビールだったらな〜〜〜。」
(・・・・おやじ・・・。)
「・・・・・・・・・・。ガキが!!」
(!!)
その頃、追われていた男は、追っ手の気配が消えたのに気づき、走るのを止め、ヨロヨロと歩いていた。
(あと少し。・・・もう少し・・・。あの角を曲がれば・・・・)
角を右に曲がると、そこには、ビルとビルに挟まれた空き地が広がっていた。
手はずでは、仲間数人が逃走用の車と共に待っているはずだった。
しかし、そこにいたのは、仲間でも車でもなく、一人の少年だった。
彼もまた、先ほどの追っ手と同じ戦闘用アーマードスーツを着用していた。彼の太ももの外側には、拳銃ホルダーが付き、背中の腰の部分には刃渡り15cm・柄はグリップ式になっているファイティングナイフが装備されている。どちらも、いつでも取り出せる。
「特機め・・・」
男は、苦々しそうに呟いた。
少年は男に向かって右手を差し出しながら
「そのアタッシュケースを渡して、投降してください。あなたの力では
僕には勝てません。」
と、告げる。
薄明かりの中では、相手の表情はわからない。自分より若いと思われる声の主にそう言われて「はい、そうですか。」と答えるワルはいない。自分より若くなくても言わないが・・・。
男の目がキラリと光った。と同時に、無風であった空き地に、真空の風が起こる。その風は、少年に向かって行く。・・・かまいたち。
少年は『かまいたち』を、顔の前でクロスさせた両腕で回避した。最先端の技術で作られたアーマードスーツは、これしきのことでは傷つかない。
風が止み、少年が両腕を解いた時、男が目の前にいた。青白い光に包まれた握りこぶしを振り上げて・・・。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
男が絶叫しながら右手の拳を振り下ろし、少年の頭に命中すると思われた瞬間、拳は少年の左手に受け止められていた。その左手も青白い光に包まれていた。
「なに!?」
男は驚いた。『かまいたち』が止み、拳を振り下ろすまでの時間は「瞬間的」な時間しかない。プロボクサーでもかわしたり、受け止める事は不可能だ。しかも、サイコパワーを集めた拳を受け止めるなど、同じサイコキネシストでも無理だ。骨折をする。しかし、少年はやすやすと受け止めている。
驚いた眼差しのまま男が少年の手から少年の顔へと視線を移す。
「!!」
男の顔から血の気が引く。
少年の瞳は左がアイスブルー、右がエメラルドグリーンのオッドアイ。そして、漆黒の髪。犯罪社会に身を置く保持者が知らないはずのない特徴・・・・・・・。
「きさま・・・!!」
そう男が呟いたとき、男の胃の辺りに熱い衝撃が走った。
男の胃の上に少年の右掌が添えられていた。いや、添えられている様にみえるだけで、衝撃波が加えられていたのだ。
ぐふっ・・。
男が血を吐き、その場に崩れ落ちる。
その様子をみながら
「だから、勝てないと言ったのに・・・。」
と少年が呟いた。
少年は男をそのままに、空き地に放りなげられたままのアタッシュケースの方に歩み寄り、拾い上げる。
カチッ
アタッシュケースを開け、中身を確認する。小切手・株券・地券など有価証券の山だ。
「あ〜やと〜〜〜。無事解決か〜〜〜〜。」
後ろから間延びした声がする。アタッシュを閉じ、声の主の方に振り向く。
「京(キョウ)・・・、被疑者を足蹴にするのはやめてください。」
京と呼ばれた彼は、先程までの走り疲れが嘘の様に清清しそうに、うつ伏せに倒れ気を失っている犯人の背中に右足を置き、豪快にタバコの煙を吐き出している。
「あ〜〜〜ん、こいつのおかげで、どれだけ俺様がツライ思いをしたと思ってんだぁ〜。本来なら、ギタギタのメッタメタにしてやりたい所だが、意識の無い人間にそこまでする程根性曲がってねぇからよ、これですましてんじゃねぇか。あと、綾人の立場もあるしな〜〜〜。」
どわっはっはっはっは と笑いながら、京はタバコの灰を犯人に落としていた。
「それは、どうも・・・。タバコの量を減らすなり、止めるなりすれば、楽になりますよ。まぁ、それは兎も角、アリスに連絡して回収してもらいましょう。」
「お〜〜、そうしよう!!早く帰ろうぜ〜〜。クタクタでよ〜〜〜。」
京は、犯人を2・3度蹴りながら答えた。
それを見ていた綾人は、頭を抱えた・・・・。
(・・・・これが、28歳になる男のすることなのだろうか・・・・・。)
人間(ひと)が猿から進化をし、知能を得、文明を築いて一体どれくらいの月日が流れたのであろうか。長い歴史の中、人間は戦いを繰り返しながら、科学と文明を発展させてきた。そして今、世界中を巻き込んだ戦いの後、世界は二分された。経済力にしろ、軍事力にしろ、力を持つ国と持たない国。それは、豊かさを持つ人と持たない人にも分かれた。
そう、持つ者と持たない者に世界は分かれたのだ。
そして、人しての種にもそれは当てはめられた。戦いを繰り返す中の環境の変化がそれを促したのか、いまだ、はっきりとはしないが、ある学者は「使われていなかった脳の一部が目覚めたのだ」と言う。人に緩やかな進化が訪れたのだ。しかし、進化がみられる人間は少なく、大半の人間は昔からの『人』なのだ。脳が目覚める事によって得た能力を持つ者(保持者)と、目覚めず能力を得る事ができなかった持たざる者(非保持者)。
得た能力はESP。
種の保存という本能のなせる技なのか、突然現れた数少ない保持者(エスパー)達を非保持者は差別し、排除しようとした。異端者を排除する野性の動物のように・・・・。社会的に忌み嫌われ、抹殺され様とする彼らが行き着く先は、どの時代も一緒で、『悪=犯罪』だ。能力がある人間が悪事を働くのだから、能力のない警官が捕まえる事ができるはずもなく、犯罪率はうなぎ昇りに上がり、反対に検挙率は激減していた。
どこの国も自国の治安を良くしようと躍起になった。
そして、「目には目を。歯には歯を。毒には毒を。」で、保持者による犯罪は、保持者によって解決させようと動き出した。
日本もその動きに同調し、10数年前に保持者の犯罪専門の警察機構「特別機動隊」が設立された。略して「特機(とっき)」。実戦部隊は、保持者のみで構成され、常に危険に晒される彼らには、世の中に未発表の最先端技術が施された防具や機器が配給されている。運用面は、保持者と、差別を良しとしない非保持者によってなされた。
そして、保持者の差別をなくそうとする動きも出始めてきたが、長年の両者の隔たりは、そう簡単には埋まりそうになかった・・・・。 |