ここは、とある私立高校。
勉強にしろ、スポーツにしろ、やることをきちんとやっていれば、なんの文句も言われない自由奔放な校風。したがって、制服や指定カバン、バイク禁止なんて無粋なものは存在しない。
その学校の2年の教室。
授業中なのにも関わらず、生徒達は思い思いに固まりを作り、談笑している。
黒板には『自習』の二文字。
「この雨どうにかなんないの〜〜〜。」
シトシトと降り続く雨を見ながら、桜井かすみがぼやく。
彼女は、猪突猛進的な活発なショートカットの女の子で、こういう憂鬱な天気は好きではなかった。その彼女とは机を挟んで真向かいに座る友人の真山美咲(マヤマ ミサキ)がニッコリ笑って、
「かすみは、小さい時から雨は嫌いよね。外に出られないから。」
と答える。
美咲は、かすみと違い少々おっとりとした女の子である。二人は、小学校の時からの気心の知れた友人である。
「こんな気分の時は目の保養でもして、気分転換っと。」
そう言いながら かすみ は、この喧騒の中、静かに窓際の席で文庫本を読んでいる男子に視線を移す。
「お〜〜〜、いつ見ても美少年だね〜〜。変態親父に写真売ったら、高く売れるんだろうな〜〜〜〜。」
「か・かすみ?」
美咲は、友人の発言に笑顔がひきつった・・・。この友人は本当にやりかねないからだ。
二人の話題になっている彼は、名前を如月綾人(キサラギ アヤト)という。切れ長の黒い瞳にすっと伸びる鼻筋。男性なのに、女性のようにすっきりとした輪郭。左耳には、青い石のピアス。肌もニキビ一つ無いスベスベした肌である。いつぞや、その肌をうらやましがり かすみ が「肌の手入れは何を使ってるの?」としつこく聞いて、綾人を困らせていた。
そんな恵まれた面持ちの彼なので、女生徒にはモテた。が、彼のかもしだす静かな雰囲気に表立って騒いだり、話しかけたりする子はいなかった。かすみ以外は・・・。
「私さ〜、常々気になってるんだけど、彼っていいとこの坊ちゃんなのかしら?」
視線は綾人に向けたまま かすみ が美咲に問う。
「どうして?」
「だって、彼の着てくる服っていつもブランド物じゃない!」
「え!?そうなの??」
「う〜〜ん、あんなに嫌味なく自然に着こなされては気づかないよね〜。本日の彼の洋服はですね、某ブランドのジップアップ黒半そでシャツ、推定価格1万。某ブランドのジーンズ推定価格4〜5万。靴下は見えないからわかんないけど、革靴も某ブランドの推定価格5万のやつね!これは、この前発見したんだけど、彼の腕時計、スピードマスターなのよ!!それ一本で私らの洋服いくつ買えると思ってんのよ!」
かすみ は、どこかの服飾評論家の様だった。
「うっそ〜〜〜〜・・・。」
美咲は、友人が告げる事実に目を丸くし、綾人の方を向いた。
彼は相変わらず本を読んでいる。
(綺麗・・・。)
と、美咲が、自分の恋人の存在を忘れて、彼を見た感想を素直に心のなかで呟いた瞬間、視線に気づいた綾人が二人の方に振り向いた。彼は、自分を見ている二人が何か用があるのかと思い、首を横に傾ける。しかし、かすみが「やっほ〜〜」と言って手を振るだけだった。彼は、思わずつられて手を振り替えして(別に用があるわけじゃないのか・・・。)と思い、本の続きを読み始めた。
「う〜〜〜ん、かわいい。」
自分の顎を右手の人差し指と親指で撫でながら かすみ がうれしそうに言う。
「・・かすみ・・、親父くさい・・・。」
「・・・、それはさておき、『天は二物を与えず』って言うけど、彼に関してはあてはまらないよね。格好よくて、成績優秀、運動神経抜群、で、金持ち(<−決め付けられている・・・。)なんてね〜〜。与え過ぎだわ。」
かすみ の発言に、美咲も、肩まであるセミロングの髪が音を立てる程、勢いよく頷いた。
この時、綾人も美咲もお互いがお互いの人生に深く関わる事など微塵にも思わなかった。 |