彼をあきらめよう。
彼を忘れよう。
でも彼の鮮やかな刻印はそれを許さない・・・。
Way of Difference PartT Scene1
綾人が美咲の前から去って、二年七ヶ月が過ぎようとしていた。
街には『祝・卒業』や『祝・新社会人』などの文字が氾濫している。
―――3月。
多くの人にとって、転機の季節だ。
卒業・入学・就職・転職・転勤・・・。多くの転機がこの季節に集中する。
 
街角の大型ヴィジョンで、桜は平年並みの開花だとニュースが伝えている。
 
あの事件後、美咲達は、無事に高校を卒業し、次のステップへと進んだ。
美咲は国立大学の文学部英米文学科へ、かすみは美咲と同じ大学の文学部心理学科へそれぞれ入学し、4月から2年次へ進級する。
誠は、警察学校へ入学し、この3月に卒業する。
あの後も、美咲と誠は付き合っている。外見的には、今まで通りであったが、内面的には、微妙な隔たりを感じながら・・・。
 
(やっぱり、違った・・・・。)
美咲は、喫茶店のウィンドウから見える人ごみに、とある人物の影を見つけたが、人違いである事が分かり、落胆する。
彼女は、この二年強の間、無意識のうちに人ごみの中に彼を探してしまう。似た人を見つけては、間違いである事に気づき落胆する。これを繰り返していた。
そして、その度毎に自己嫌悪に陥るのだ。
彼が自分の元を去り、彼をあきらめ、自分を必要としてくれている誠の側に今まで通り居ようと決めたのに、心の隅であきらめていない自分が居る事が嫌になる。誠に対しても申し訳ない・・・。
「どうした?疲れたか?」
浮かぬ顔をして往来を見つめる美咲を心配して、彼女の対面に座る誠が声を
掛ける。
その声に我に返った美咲は、笑顔を作り
「ううん。来週の誠君の卒業パーティに着て行くのが無くて、困ったなって
 思ってただけ。」
と答える。
「結構、盛大なんでしょう?偉い人も来るって聞いたけど・・・。」
「そうだけど、格式ばったイベントじゃないから、結婚式に着ていくような
 パーティドレスでいいんだよ。持ってるだろう?」
「うん。去年、いとこの結婚式の時に買ったヤツがある。」
「じゃあ、それにしろよ。桜井にも、気張ってくると後が大変だぞって伝えとけよ。」
「わかった。でも、私達が行ってもいいの?」
「大丈夫。うちの親は出席しないから俺の分の招待枠が余ってんだよ。美咲
 たちは親戚って事で申請してあるから。」
「ありがとう。」
美咲は微笑むと少し冷めてしまったダージリンを啜る。
誠は、美咲をじっと見つめる。
「あのさ・・。」
「なに?」
美咲がカップをソーサーに置きながら答える。
「いや・・なんでもない。」
誠は、小さく首を横に振り、視線を美咲からテーブルへ落とす。
「変な誠君。」
そう言って微笑む美咲の笑みは、優しげではあるが、どことなく陰りがあった。
その微笑は、彼女の心の隅に住まう彼が時折見せる笑みに似ていた。
(無理して笑うなよ・・・・。)
誠は、心の中で呟く。
彼は、気づいていたのだ。
あの横浜での事件以降、美咲の笑顔が作り笑いである事に。
皆に心配を掛けないように、笑顔を作っている事を。
付き合いの長いかすみは、誠より早く気づいていたが、美咲の傷をえぐる様な真似はしたくなかったので、今はまだ、気づかないふりをしている。
 
横浜の事件は、三人に少なからぬ影を落としている。
 
そして、美咲にとっての転機が訪れる。
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