「げ〜〜〜〜〜、こいつらゾンビかよ〜〜〜〜!!」
丑三つ時の東京湾工場地帯に、京の声が響く。
今、ボロボロになるまで殴り倒した男二人が、腫れ上がった顔に、ニヤニヤした気持ち悪い笑みを湛えながらユラリと立ち上がる。二人の両腕は、本来とは逆の方を向いている。
「ったく、しょうがねぇな〜。京様スペシャルの出番か〜〜?」
と言いながら、京は、自分の胃の辺りに両の掌を彼らに向けた格好で広げる。
京の掌の前の空間が歪みだす。
ゾンビの様な二人は、例の笑みを浮かべたまま、足を引きずりながら京に一歩・一歩近づいている。
「大人しく寝てろ!!!!」
その叫び声と共に、京の掌が勢いよく前に押し出される。京に近づいていた二人は、見えない圧力により数メートル先まで吹き飛ばされた。
ドサッ!
ドサッ!
という音と共に砂埃が舞う。
また、あの二人が立ち上がらないか心配であった京は、砂埃が風によって消え
去るまで、彼らの落下地点を凝視していた。
今回は大丈夫そうである。二人ともピクリともしない。
それが、気絶しているのか、昇天しているのかは、京の所からは暗くて分から
ない。
その確認は事後処理をしてくれる、鑑識と二課、法医学者に任せる事にした。
ズザザザザーーーーーーーーーーーーッ!!!
京の後ろから何か重い物が滑る音がした。
振り返ると綾人が大男を投げ飛ばしていた。
この男も、ここで大人しく終わる事無く、立ち上がり、綾人に向かってきた。
「チッ!」
綾人は、軽く舌打ちをし、自分の戦闘用アーマドスーツの右太ももに装着されている拳銃ホルダーからコルト・パイソンを抜き、男に向け構えると、男の右足の甲、左太ももを撃ち抜いた。
男は前のめりになり倒れたが、それでもなお、両腕で匍匐前進し、綾人へ向かって行く。それを綾人は、両肩を撃ち抜き止める。
やっと、この男も戦意を喪失する。
(やれやれ。)
と綾人が思った、その時、
「綾人!!」
という京の叫び声と共に一発の銃声が響いた。
綾人のすぐ後ろで人が倒れる音がし、彼が振り向くと、側頭部を打ちぬかれた男が目を開けたまま倒れていた。
「すみません。助かりました。」
コルト・ガバメントを左脇下の拳銃ホルダーに収めながら、自分の方へ歩みよる京に礼を言う。
綾人が自分の背後を取られるのは珍しい。
「いいってことよ。連日の戦闘でおめぇも疲れてんだろう。」
「それは、皆も一緒でしょう。」
綾人はコルト・パイソンをホルダーに収めながら言う。
「こっちも無事に終わった様ですね。」
陽介が両手に強化金属製のファイティングナイフを持ったまま綾人達に歩みよって来た。彼の二つのナイフは、大量の血が滴っている。
「おう。陽介の方も終わったんだな。」
「ええ。あまりにもしつこい三人だったので、息の根止めちゃいましたけど。」
陽介は、ナイフの血を振り払いながらやんわりと笑う。
京が、その言葉と笑顔の不一致さに、顔を引き攣らせている時、三人が居る場所から離れた所からドンッという爆発音の後に火柱が上がるのが見えた。
「姐さんだな・・・。」
「そうですね・・・。」
「綾人君。消防車呼ぶ?」
「お願いします。」
お願いされた陽介は、右耳の超小型無線機で、後方待機中の二課に科学消防車の要請をした。
春麗は、男一人女二人を引き連れて走り回り、小型燃料タンクの前までおびき出すと、自分の発火能力で火を点け爆発させたのだ。
三人は爆死である。
きっと、遺体は男女の区別もつかないほどの状態になっているであろう。
「な〜〜、こいつらも『ブラック・エンジェル』の常習だよな〜。」
京が自分が撃ち殺した男の死体をつま先でこづきながら綾人に聞く。
「戦闘不能状態でも戦意を失くさない事といい、目の空ろさ加減といい、
それしか考えられないでしょう。で、死体をこづくのは止めてください。」
綾人が京の肩に手を置く。
「お・・おう・・。しかし、連日こんな感じで出動させられたら俺様といえども、
過労死すんぞ。香苗を未亡人にはしたくねぇぞ・・。」
「はいはい。」
綾人が京の肩に置いたままの手でポンポンと軽く叩きながら答える。
「しかも、今日の夕方から学卒のパーティーだろう?・・・帰って寝せろよ・・・。」
京はガクッと肩を落とす。
「自分のクジ運の良さを呪うのね!」
いつの間にか戻ってきていた春麗が腰に両手を置き、憮然と言う。
彼女もここ数日の戦闘続きで疲労が溜り、機嫌が悪い。
「この事件の事後処理と報告書が終わったら、私と陽介は帰るからね!!」
春麗は、綾人に向かって人差し指をビシッと差し宣言する。
綾人は、
「はいはい。ゆっくり休んでください。」
と軽く両手を上にあげて答える。
「親父、何でこんな時に海外出張してるんだよ・・・・。」
京は、更に肩を落とし、自分のクジ運の良さを呪った。
この日の夕方から行われる、警察学校の卒業パーティーには、特機から渡辺本部長と綾人が出席することになっていたが、渡辺に急遽海外出張の辞令がおり、その替わりを未成年のアリスを除く三人で決める事になった。
当たりが出席、はずれが免除という変則のあみだくじで・・・。
見事に当たりを引き当てたのが、京だった。
「でも、ここ一年『ブラック・エンジェル』がらみの事件は増えすぎですよね・・・。」
陽介の呟きに、他のメンバーの顔が曇る。
『ブラック・エンジェル』――――――――。
4・5年程前から世界で蔓延し始め、日本にも3年程前に上陸した新種の麻薬である。この麻薬は、既存の麻薬と違い、服用した物の能力を一気に引き上げるという特色を持っていた。保持者が服用すれば、保持能力を強め、非保持者が服用すれば、戦闘能力が高まる。そして、大変好戦的になる。
初期段階では、自制はきくが、末期段階では、動く物全てに対して自分の命が消えるまで襲い掛かる。そして、無理矢理超人的な力を引き出された体は急速に老化し、最後まで服用し続ければ老衰する。
既存の麻薬同様、厄介な薬である。 |