missing piece
■ 一本の薔薇 ■
 
その頃の私は、長年付き合っていた彼氏が、実は、事もあろうか私の友人と二股をかけていた事を知り、ショックで人間不信に陥り、仕事も辞め、アルバイトをしな
がら食いつないでいた。
その日は、何となくバイトに行く気がせず休みの電話を入れたが、かと言ってマンションに一人でいると、真実を告げた友人に対して私が吐いた言葉と、その後の彼女の泣き顔が思い出され、なんとも惨めな気分になるので、とりあえず、あてどもなく外へ出た。
秋の柔らかな日差しの中、あてどもなく電車に乗り、気が向いた駅で降りる。
そして、また、歩き出す。

(不毛だわ・・・。)

と思いつつも、何処にも行く所のない私は、ひたすら歩き続けた。
信頼していた二人に裏切られた私は、今まで大事にしてきた人間関係から遠ざかった。事情を知る友人達の腫れ物に触るような態度が癪に障ったし、なによりも、自分自身が誰も信用できなかった。
優しい家族や友人の態度に「何かあるのではないか?」と疑ってしまう。
そんな自分が汚らしく感じ、とても嫌だった。


だから、離れた。

故に、行くところがない。


そんな私の目に、バラ園が入ってきた。ちょうど、バラが満開らしく、平日にも係わらずたくさんの人が吸い込まれるように園の入り口へと入っていく。
別にバラに興味があるわけではなかったが、何処へ行くわけでもないし、ブラブラ歩いているより、花の観賞をした方がマシのような気がしたので、人波に乗り、バラ園へ歩みを進める。
入り口で入場料を払い、入場券と園内の地図が付いた薄いパンフレットを貰う。
東京ドーム2個分あるという広大な園内には、様々なバラが咲き乱れ、艶やかな色と共に、特有の甘くも気品のある香りが私を出迎えた。

(バラって結構、種類が豊富なのね・・・。)

などとバラへの認識を改めながら歩いていた時だった。
美しいバラ達の中にいて、一際目立つ男性が立っていた。彼は、周りの人が口々にバラに対して感嘆の声をあげ、上気した顔で鑑賞しているのに反して、ただ黙って、静かにバラを見つめていた。
彼が目立って居たのは、周りとの温度差だけではなかった。



綺麗なのだ・・・。



周りのバラが引き立て役に回ってしまう程、綺麗な男性なのだ・・・。
彼に降り注ぐ太陽の光でさえ、彼を飾る宝石の一つにしかならない。
だれもが、遠巻きに見つめる彼に、何故か私は磁石で引かれるかのように近づいていく。

「ねぇ、君・・・」

もう、誰とも係わりたくなかったのに、何故か彼とは係わりを持ちたかった。
私の呼びかけに答えて振り替えった瞳は、アイスブルーとエメラルドグリーンの美しいオッドアイだった。

「一人?」

自分でも自分の行動が信じられなかった。
人間不信に陥る前でさえ、私は、男性に声を掛けるなどした事がない。

「一人ですよ。」

私の問いかけに、彼は、小さく微笑んで答えた。
その笑顔も、周りの薔薇が色褪せるほど綺麗だった・・・。


この日、私・・・神崎茜(かんざき あかね)は、綾人と名乗る15歳の少年をナンパした・・・。

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