missimg piece
■ 傷 ■      

「はぁぁん!!」

絶頂を迎えた私は、反射的に体を弓なりにしならせる。

「くっ・・・。」

彼の動きが止まり、オッドアイの瞳が歪んだ瞬間、私の中で彼がすべてを出し切る。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・。」

私は、喘ぐように口で息をするのが精一杯なのに対して、彼・・・綾人はさっさと私から離れるとベットから降り、避妊具を手早く処理し、ユニットバスへと向かう。
ワンルームの部屋の中にシャワーの水音が響き渡る。
今日に限った事ではない。いつもこんな感じだ。
本当なら、情事が終わった後ならば、キスの雨の中、甘い言葉の一つや二つは交し、しばらく抱き合っているものなのだろうが、生憎、私達はお互いそんな甘い感情は持ち合わせていなかった。


そう・・・体だけの関係。


私達の事を良く知らない普通の人が見れば、刹那的な関係かもしれなが、この割り切った関係が私には大変居心地が良かった。
気を使うことも、使われることもない。
それは、綾人も同じようで、お互いの事を未だに良くは知らないのに

「俺たち、似たもの同士だね。」

と、軽く笑ったときがあった。
バラ園では気が付かなかったが、綾人の綺麗な微笑みは目の奥に悲しい光りが灯っている。
彼も心に傷をもっているようだ・・・。

「よいしょっと・・・。」

なんとか息が整った私は、上半身を起こし上げ、枕もとのスタンドのスイッチを入れる。
薄暗かった室内がほのかに明るくなる。
スタンドの横にあるタバコとライターを取る。箱を揺らし、中から一本取り出し、口に咥え火を付ける。
タバコは、あの件以降吸うようになった。
おいしいとは一度も思ったことがないが、ただ、何となく吸ってしまう。

「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜。」

目の前に白い物体が漂う。それを消えるまでなんとなく見ていたら、綾人がジーンズとシャツを着てユニットバスから出てきた。
シャワーに濡れた漆黒の髪が、更に艶が出て、あの端整な顔を際立たせていた。

「茜は、子供を産む気がないの?」

そう言いながら、綾人がベットの方に近づいてきた。
他の何に関しても何も綾人は言わないが、このタバコだけは反対する。でも、口うるさく言うわけでも、説教をするわけでもない。時々、思い出したかのように一言ポツリと呟く。押し付けがましくもない、優しい物言いに幾度も止め様と思ったが、中々手放せない。
タバコを口に咥えたまま、む〜〜っと考え込んでいる私の横に座りながら

「しょうのない人だね。」

と言い、綾人は私のタバコを口から取り上げ、自分の口に持っていく。
まぁ、その仕草の自然な事・・・。こいつの実年齢を疑ってしまう。

「あんたこそ、未成年でしょうが・・・。」

上目遣いで抗議する私に対して、綾人は、口にタバコを咥えたまま口の端を上げて微笑むと

「いいの。俺は。」

と断言した。
綾人のこの仕草と落ち着いた雰囲気に、一体何人の人がこの子の実年齢を言い当てる事が出来るだろうか。私も、バラ園では、年下であろうとは思ったが、まさか十も下とは思わなかった。

「あんた、ほんとうに15なの?」

思わず、心の疑問が口をついて出る。

「15だよ。あと、一月半で16。」
「詐欺だわ・・・・。」

心底そう思う。こんな、女慣れした、男の仕草をする、しかもそれが自然だという
15・6歳が何処にいる・・・。

「はいはい。」

私の抗議をあっさりと交しながら、綾人は近くのテーブルの上にある灰皿を手に取り、タバコの灰をその中に落とす。
人から取り上げたタバコを吸い続ける綾人を見ていて、先程の彼の言葉が頭をよぎる。

「女って面倒・・・。子供を産むから、あれ駄目、これ駄目・・・。子供を産む機械みたい・・。」

私の突然のぼやきを聞いた綾人が、軽い溜息と共に白い煙を吐き出し、灰皿に小さくなったタバコを押し付ける。

「茜・・・。」

そう言いながら、綾人は、私の両頬を自分の両手で挟むと私の顔を自分の方に向けさせる。
珍しく目が怒っている。

「機械だなんて、誰も思ってないよ。命の神秘に係わる事をそんな風に言うもんじゃない。制限されるのはツライかもしれないけど、それは、母体となる女性と小さな命を想っての事なんだから・・・。将来、産みたくなった時に後悔しても遅いんだよ。」
「はい・・・。」

これでは、どっちが年上なのか分からない・・・。
綾人は、3・4年前までは敬謙なクリスチャンだったらしいから、こういう事には敏感なのだろうか・・・。
他の保持者とは違い、7歳の時に保持者だと分かった後も彼は神を信じていた。それが何が原因で信じなくなったのかは分からない。
綾人は、私の唇に軽くキスをすると

「ごめん。ちょっと、きつく言い過ぎた・・・。」

と謝って、私の頬から手を離した。
別に彼が謝る必要はない。彼は正しい。
あれ以来、すねっぱなしの私が悪いのだ。
綾人に謝ろうとした時、

「そろそろ、帰るよ。」

と言って、綾人がベットから立ち上がり、床に放り出されたままのジージャンを手に取り、私に背を向けた格好で羽織はじめた。
綾人は、どんなに遅くなっても一人暮らしの自宅に帰る。これが、私達の関係を如実に現わしていた。
謝り損ねた私は、その行為をただ黙って見つめていた。
その時、ふとある事を思い出した。

「ねぇ、綾人。」
「なに?」

左腕に袖を通しながら綾人が振り返る。

「あんた、来週、高校の入学式でしょう?お祝いに何かプレゼントするわよ。何がいい?」

なんてことは無い普通のセリフに綾人の顔が急速に曇り始める。

「俺が必要な物は、神様が持っていってしまったよ。だから、この世には存在しない。」

今までに見たことの無い冷たい目つきと、聞いた事のない冷たい声に、私は背筋が凍る想いがした。
私は、どうも、触れてはいけない物に知らず知らずに触れてしまったらしい・・・。
彼の傷は私が思う以上に深いのかもしれない・・・。

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