御伽噺になろう
■ その1.初顔合わせ の事 ■

昔、昔。
腕に覚えのある武将達が天下人を夢見、戦に明け暮れる乱世の世。
とある国のとある山の中で、一人の小柄な少年が、山賊達に取り囲まれていた。
少年は、柄の悪い男達に向かって体に似合わぬ刀を向け、睨みつけている。

「ぼうず、そんな物騒なもんは閉いな。」
「そうそう。お前にゃ無理だって。置いてくもん、置いてけば悪い様にはしねぇよ。」

少年の正面にいる男二人がそう言い放つと同時に周りの仲間も不気味な笑い声を立て始めた。少年は顔中に冷や汗を掻きながらも刀を鞘に収める事無く、更に睨みつける。多勢に無勢にも関わらず、この少年は男達に屈する気はなさそうだ。

「・・・ったく、強情なガキだぜ・・。痛い目を見ないとわからんらしいな・・・。」

脇にいた顎鬚をたくわえた大男が指を鳴らしながら少年にゆっくりと近づいてくる。それに対して少年は刃を向ける。が、いともあっさりと大男に素手で跳ね除けられ、刀は地面に叩きつけられた。

「あっ!!」

無意識に唯一の心の支えである刀を拾おうとするが、それを髭面の大男に阻まれる。男は少年の胸倉を左手で掴みあげ、右手で彼の顎を持ち、顔を上げさせる。

「近くで見ても、綺麗なボウズだな・・。お頭、こいつ、そういう趣味の旦那に売れば高く売れるんじゃないんですか?」
「なっ!!」

男の言葉に少年の顔が青ざめていく。話しに聞いた事はあった。時々、女だけではなく少年も売られている事を。しかし、絶対数的に女性の方が多かったので自分がその対象になるとは露にも思っていなかった。
こんなことなら、後のことなど考えず、素直に有り金を渡しておけば良かったかもしれない・・。
今更、後悔しても遅かったが・・・。

「ちょうどそういう依頼が来てる。この手の上玉は、女以上に高く売れるからな・・・。ぼうず、素直に有り金だしとけば、人生、売る事もなかったのになぁ・・・。」

お頭と呼ばれた、先ほど、少年の正面にいた中年男性がいつの間にか側まで来て、自分の顎をしゃくりながら最終通告をしてきた。
少年がきつく唇を噛んだ時だった。

「そりゃ、そうなんだけどさっ。」

と、この場のむさくるしい男達の声ではない、澄んだ声が聞こえたかと思ったら、少年を掴んでいた髭面の大男が「ぐは!!」という断末魔と共に背中から血飛沫をあげながら少年の足元に転がった。そして、そこに現れたのは、刀から血を滴らせたまま、不適な笑みを湛えた若い男が立っていた。

「だからって、売る事はないんじゃないか?これだけ脅しておけば、これからこのボウズもお前達みたいのに会ったら、素直に金出すよ?なぁぼうず?」

なんとも緊迫感のない笑顔が現状に付いて来ていない少年に向けられる。それにつられるかのように少年は、ブンブンと音がする程首を縦にふった。

「ほら、彼もそう言ってるんだし、今回は許してあげたら?大人としてさ。」

今度は、思いっきり警戒している賊の頭に微笑みかける。
頭は何も答えず、青年を凝視し続けた。
頭は、内心、この一見緊迫感のない青年を恐れていた。それもそのはず、彼は、この大勢に気づかれる事なく、手下の背後をとり、簡単に殺している。そして、彼の刀。
青年は、ボサボサの髪を後ろで括り、着物もそこらの平民と変わらぬ粗末な物を着ているが、それに不釣合いな程手入れされ、水面に映る太陽の光の様に光り輝く刀は、名のある刀の様に思われた。
それと、底知れぬ圧倒感・・・。

長年の勘がいう「こいつは、只者じゃない!」と・・・。

「貴様!何様のつもりだ!!」

賊の一人が青年に向かって刀片手に襲い掛かった。が、次の瞬間、彼は胴体と首が切り離されていた。首は何処かに吹っ飛び、残された体はその場に崩れ落ち、地面に大量の赤い液体を流れ出している。
一瞬の出来事に、その場にいる誰もが目を見張る。

仲間が襲いかかっていったのは見えた。
しかし、仲間を切った青年の太刀筋は見えなかった・・・。

「う〜〜ん。今一、技にキレがないな・・・。」

ほとんど不意打ちと言って良かった攻撃を簡単に交しておきながら、青年は不服そうに首を捻っている。彼の行動と言葉の不一致に恐れを抱く者も居れば、逆に怒りを覚える者も居た。

「て・・・てめぇ!!」

怒りを覚えた数人が、抜刀し怒りの根源に向かって襲い掛かろうとした。
青年の目が瞬時に冷たく細くなる。
青年の刀が今まさに一人の胴を捕らえようとしたその時、

「やめねぇかっ!!!」

お頭の怒号が山中に響き渡る。
その声に青年に襲い掛かろうとしていた手下数人と青年の刃(やいば)がピタッと止まる。

「ひくぞ!!」
「か・・頭!!」
「いいから!さっさとひけ!!!」

先ほど以上の怒号に先走りした手下達はしぶしぶと言った感じで刀を鞘に収め、後ろに残っている仲間と共に山の中に消えていった。
それを見届けた青年も、刀を一振りし、血を軽く落とすと鞘に納める。
それを見ていた頭が

「おめぇ・・。何モンだ・・・。」

と問いかける。
問いかけられた方は、

「聞かないほうが貴方の身の為だ。」

と、ニヤリと笑う。
普通の人間がみれば、大胆不敵な笑みにしか見えないが、これは、「これ以上詮索すると命がない」という警告の笑みだった。
それを感じ取った賊の頭は

「ボウズ、自分の幸運に感謝するんだな。」

と、ただ呆然としている少年に向かってそう言い放つと、手下の後を追うように山の中へと姿を消した。

「・・・ふむ。意外と物分りのいい山賊だったな・・。もう少し、遊んでやっても良かったのだが。」

青年はそう呟きながら、呆然としている少年に歩み寄ってきた。途中、彼の刀を拾い上げて・・・。

「おい、大丈夫か?まったく、刀の修業をろくにしてないような奴が、あんな荒くれ相手に歯向かってんじゃないよ。ほら、ちゃんと鞘にいれろ。」
「・・・は・・・・はい・・・。」

無造作に渡された自分の刀をオズオズと受け取ると少年は自分の脇に差してある鞘に刀を納めた。この短時間の間に自分の身に降りかかった現象に、未だに頭が付いていっていないようで、少年はどこかボウッとしていた。

(やれやれ・・・・。)

青年は、心の中でそう呟くと

「で、名前は何て言うんだ?」

と少年に聞く。
ただそれだけの事に、何故か少年はあたふたしている。

「あ・・・・えっと・・・・その・・・さ・朔哉(さくや)と申します。・・・・えっと、・・・
危ないところを助けて頂きありがとうございました。」

朔哉と名乗った彼は、ぎこちなく頭を下げる。
その様子に何故か青年は不服そうだった。

「・・・・礼はいいが・・・。俺が聞いたのは、お前の名前だ。」
「あの・・・ですから、朔哉と・・・。」
「それは、本当の名前じゃないだろう?俺が聞いてるのは、お前の本当の名前。・・・女としての名前だよ。」
「な・・・なにを・・・・。」

朔哉と名乗った少年は、賊に襲われた時以上に顔面が蒼白になり、口から言葉が出ずにパクパクしている。

「あぁ!?あの馬鹿共は騙せても俺の目は騙せないぞ。お前は、女だ!」
「ち・ちが・・・」
「確かに、女の一人旅は危険極まりないから、男装するのが一番だが、もうちょっと上手く化けられないかね〜〜。ま〜〜〜、よく、今まで何も無かったよな。あの親父じゃないが、自分の幸運に感謝しろ。・・ああ、言っておくが、俺は素性の知れない女に手を出すほど不自由してないから安心しろ。」
「・・・あ・・・・・あう・・・・・。」

青年は、男装した少女に反論する隙を与えず、自分の言いたい事を言い放つ。
そして、少女は、なし崩し的に彼のペースに巻き込まれていく。

「で、名前は?」
「・・・・・。」
「な・ま・え・は?」
「・・・か・・・・伽耶(かや)・・・・。」
「伽耶か・・・。可愛い名だな。」

そう言って微笑む青年に、伽耶の顔が赤くなる。

「さてと、伽耶。日が暮れないうちにさっさとこの山おりちまおうぜ!」
「え!?」
「なんだ?また、襲われたいのか?」
「違います!なぜ、私が貴方と一緒に山を下らなければならないのですか!!」

伽耶はやっと、マイペースな青年に言い返す事ができた。
しかし、少女の非難も彼には何も効いていなかった。

「あ!?女一人じゃ危ないだろ?だから、おれが、伽耶の目的地まで護衛をしてやるよ。」
「はぁ!?」
「ほら、荷物をさっさと背負う!」
「えっ・・・は・・・はい・・・・・。」

なんだか、釈然としなまま、伽耶は地面に落ちたままになっている自分の荷を拾い上げ背負うと一足先に歩き出している青年の後を追った。

「あ・・あの・・・。貴方のお名前は?」

追いついた伽耶が隣の青年を見上げて訊ねる。

「俺は、たか・・・・(じゃなくて・・・)コウだ。」
「コウさん・・・。」
「コウでいい。「さん」なんて柄じゃないからな。」
「はい。」
「でさ、伽耶。」
「なんでしょう?」
「伽耶は何処まで行くんだ?」
「あ・・・・・。」

伽耶は、背中の荷を落としそうになった。

「護衛してやるって豪語しておいて、俺、伽耶の目的地知らなかったよ。」

そう言いながら、コウは、伽耶を見てニコニコと笑っている。
伽耶はこの笑顔に一抹の不安を覚えた。
この男は、剣の腕前は天下一品といっていい程の腕前であるが、行動の強引さとこのボケっぷりは頂けなかった・・・。

(私、この人と、ずっと関わってなければいけないのかしら・・・・。)

ニコニコと笑い続けているコウを見ながら、伽耶は顔が引き攣っていた。
そして、伽耶は、山賊よりもやっかいな男と関わってしまったのではないかと、自分の運の無さを心底嘆いていた。

next >>