御伽噺になろう
■ その2.旅は道連れ、世は・・・・ の事@ ■      

コウと伽耶の即席コンビは、なんとか日暮れ前に山の麓にある小さな宿場町に辿りついた。そこで、二人は旅宿の一室に泊まることにした。
伽耶としては、命の恩人とはいえ見ず知らずの男と一緒の部屋は避けたかったのだが、自分自身を男と偽り、しかもコウとは兄弟という事になっているので、別の部屋を取るわけには行かなかった。
それにしても、コウは伽耶の男装がなってない様な言い方をしていたが、この宿屋の者達は伽耶の事を可愛らしい男の子と信じて疑わない。
そう、別に伽耶の変装がヘタなわけではなく、コウの目が利きすぎるのだ。
そのコウが部屋ですっとんきょうな声をあげている。

「はぁ!?鎌倉!?・・・・英(はなぶさ)のお膝元に武士でもない女のお前が何のようだ?あそこは、有名な市が立つわけでもなし・・。伊勢神宮参りとか出雲大社参りは聞いた事はあるが、鶴岡八幡参りなんて聞かないが?」
「市に行くわけでも、お参りに行くわけでもありません!」
「じゃ、何しにいくんだ?」
「ち・・父上が・・・。そう、居なくなった父上が鎌倉に居ると聞いたので探しに行くのです。」
「父上?」

コウが怪訝そうな顔つきで聞き返してきた。

「はい。・・・あの何か?」

何故コウの顔が険しくなったのか良く分からない伽耶は、きょとんとした顔つきで更に聞き返してきた。コウは、怪訝そうな顔つきのまま伽耶をじっと見つめている。

「・・・おまえ・・・武家の娘か?」
「えっ!?」
「お前は、格好は平民出の修行中の男の様だが、本当の平民なら「父上」なんて言わないからな。」
「あっ・・。」

伽耶は、コウの指摘に「しまった」といった顔つきになり、全身に緊張が走る。
が、

「ま〜〜、伽耶が平民の娘だろうが、武家の娘だろうが、俺には関係ないけどさっ。」

という飄々としたコウの発言に、全身の力が一気に抜けてしまった・・・。

(・・・な・・・なんなのこの人・・・・。)

さっきまでの緊迫した雰囲気とは逆に柔らかな雰囲気になったコウを見ながら、伽耶は頭を抱え込みそうになった。

「で、いなくなった「父上」とやらは、主(あるじ)を英にでも鞍替えしに行ったのか?」
「さぁ・・・。朝起きたら、「後を頼む」という置手紙だけが父上の部屋にあったのです・・・。」
「ふ〜〜ん。・・・まっ、父上をとッ捕まえれば分かる事だな。」
「え・・・・ええ・・・・・。」

伽耶はなんとなく力なく答えた後、無意識にコウから視線を逸らした。彼の真っ直ぐな目がこの時、伽耶は素直に見ていられなかった。全てを見透かしているかの様な目を見ていると、胸の奥がズキズキと痛み出す。

(・・・ごめんなさい・・・。)

伽耶は、心の中でコウに謝った後に

「あ・・・あの・・・ちょっと・・・か・・・・・厠へ・・・。」

と、特別用も無いのに部屋を出て、厠へと向かった。このままコウと一緒の部屋に居ると自分の全てを暴かれそうで、怖くなってしまったのだ。
伽耶は、中庭に面した廊下まで出るとそこで立ち止まり、小さな庭園を見つめる。

「・・・父上・・・母上・・・・犬千代・・・。」

小さく呟いた伽耶の目から一筋の涙が頬を伝い、板張りの廊下に零れ落ちた。


一方、コウは、伽耶が出て行ったあと、なにやら考え込んでいたかと思うと、突然、天井を見上げ、

「楓(かえで)!虎若(とらわか)!」

と人を呼んだ。
傍で見ると誰も居ないはずの天井に向かって人を呼ぶのはおかしな行為だが、それに反して、天井の板の一枚が音もなく外され、中からうら若い女性と角ばった顔の男性が顔を出してきた。

コウの雰囲気が、飄々とした物から威厳のある物に変わり、目つきも鋭くなっている。

「虎若、お前は、半年前に安達に攻め入られ属国となった鷲尾の姫の消息を探れ。楓は、叔父上と信春に「そのまま準備を進められよ」と「私はちょっと寄り道をしてくるので帰りが遅くなる」と伝えてこい。急げよ。」
『御意。』

忍びの様な二人は、短く答えると、またもや音もなく天井の板をはめ込み、闇夜に静かに消えて行った。

「私の推測が当たっていれば、なんとも楽しげな帰り道になるなぁ。」

コウは、不敵な笑みを浮べ、そう呟いた。



その夜、伽耶は悪夢にうなされていた。

燃え盛る炎の中、幼い弟の手を引き逃げ惑う伽耶。

「父上!母上!」

逃げ惑う人々の中を必死に彼女は、父と母の姿を捜し求める。

「父上〜〜!!母上〜〜〜!!」

隣の弟も懸命に叫び、姉同様に父と母を捜す。
しかし、それをあざ笑うかのように炎は勢いを増し、二人を襲う。
その炎に弟の足がすくむ。

「姉上〜〜。もう、ダメだよ〜〜・・・。」
「犬千代!次期当主がそのような事でどうするのですか!さぁ、一刻も早く父上と母上をお探しするのです!!」
「は・はい!」

伽耶の叱咤に弟の犬千代が勇気を振り絞り、震える足で歩き出す。
その姿を伽耶は一度頷いて見届けると、自分も歩き出す。
そんな二人の前に捜し求めていた、父と母の姿があった。

『父上!母上!』

二人は同時に叫ぶと、両親にむかって走り出した。
しかし、そんな二人の呼び声を聞き、振り返った母が制止する。

「二人とも、来てはなりませぬ!!」
「母上?」

二人は、母の激昂に立ちすくみ、怯えた顔で母を見つめる。
そんな我が子を母は、更に睨みつけ

「早く、ここからお逃げなさい!!早く!!」

と叫ぶ。そして、そのすぐあと、彼女は

「ぐふっ・・。」

という声にならぬ言葉と血を口から吐き、こときれる・・・。

母の腹部からは、刀がまるで生えてきたかのように突き出ていた。彼女は、背後から一突きされていたのだ。

「は・・・母上!!」

二人が母に駆け寄ろうとした時、その目の前に、大量の血飛沫をあげながら重々しい物が倒れ込んできた。
それは、首の無い甲冑姿の死体であった。

「ひっ・・・。」

その無残な姿に二人は息をのむ。

(・・・・この甲冑・・・・まさか・・・。)

伽耶が見覚えのある甲冑を良く見ようと、死体に近づいたとき、鬨(とき)の声(*注)が上がった。

(うそ・・・・。まさか・・・・・。)

伽耶は、力なくその場に座り込んでしまった。

「鷲尾 朔哉の首、討ち取ったり!!!」

どこからともなく、勝利の雄叫びが聞こえてきた。

「父上!!!!」

犬千代が首なき死体に縋りつく。そう、二人の前に倒れ込んできた物は、二人の父親の亡骸だった。伽耶は、両目から滝のように涙を流す。

「い・・・・いやあああああああああああああああああああああ!!!」

伽耶は絶叫と共に跳ね起きた。
全身、汗まみれで息も上がっている。

「伽耶!伽耶!!」

肩で息をし、焦点定まらぬ目をしている伽耶を心配してコウが彼女の肩に手を置き、声を掛ける。

「・・・あ・・・・コウ・・・・。」
「大丈夫か?随分、うなされてたぞ・・・。」
「ごめんなさい・・・。大丈夫です・・・・。」

そう言いながらも、伽耶の両腕は小刻みに震えていた。
誰かに縋り、泣きたいはずなのに、彼女は必死に何かに一人で耐えていた。その姿がコウにはとても痛々しく写った。
彼は、必死に自分を落ち着けようとしている伽耶をそっと抱きしめる。

「コ・・・コウ!?」
「・・・大丈夫だ。もう、怖がる事はない。伽耶が眠るまで俺が側にいるから・・。」
「コウ・・・・。」

コウが紡ぎだす温かな言葉と、彼の体温に伽耶の強張っていた体は徐々に解されていき、恐怖に彩られていた心にも安堵が広がっていった。
伽耶が安らかな眠りに落ちるまで時間はかからなかった。

翌朝。
コウと伽耶は、朝食を済ませるとすぐに宿場町を後にした。
この日、伽耶は、コウの数歩後ろをうな垂れながら歩いていた。それは、朝、目が覚めると自分がコウの腕の中にいたからだ。彼女はあのまま、コウに抱きしめられたまま熟睡してしまったのだ。
何もなかったとはいえ、嫁入り前の乙女が男と一つの布団で眠ってしまったのだ。恥ずかしくて堪らないとともに、そんな軽はずみな行動をとった己が許せなかった。

「どうした?伽耶?気分でも悪いか?」

ずっと、自分の後ろを元気なく歩く伽耶の事が心配で、コウは歩みを止め、伽耶の顔色を見てみる。

「え!?・・・どうもしてませんけど・・・・。」

そういう伽耶の顔色は悪くは無い。しかし、どこかぎこちない。
確かに、昨日知り合ったばかりなのでそんなに打ち解けては居ないが、今更警戒される事は無い様にコウには思われた。昨日は、宿場町まで並んで歩いたのだから・・・。

「本当に、どうもしてないのか?」

コウが伽耶に近づく。

「どうもしてません。」

コウが近づいた分、伽耶が後ずさる。

「本当か?」

またもや、コウが近づくと伽耶が張り付いた笑みを浮かべて後ずさる。

(なんだ?なんだ?)

伽耶の行動と作り笑いの意味が理解できないコウは眉を顰め、悩んでしまう。
はっきりいってコウは避けられている。しかし、彼には思い当たることがない。
きっと、彼女は避けている理由は教えてくれない。このまま押し問答をしていてもはじまらないので、コウは先を急ぐ事にした。

「何でもなければ、それでいいんだけどさっ。後ろをトボトボ歩いてて俺とはぐれるなよ!」
「は・・はい・・・。」

二人は、微妙な距離を保ったまま旅を再開した。

そんな状態で二人は歩き続けた。
しばらく歩いたあと、小さな川の橋を渡り、林をぬけた。林を抜けた先は、広々と広がる田園風景だった。緑豊かな田畑の中にこの村の人の家がポツリポツリと点在している。風に緑の稲穂が揺れ、田畑で働く人々の声が聞こえてきた。

「すごっ・・・。」

今まで歩いてきたのが、山道か、荒廃した農村だったので目の前に広がる緑豊かな田園風景は伽耶の心を捉えて離さなかった。

「びっくりしたか?」

コウの問いかけに、伽耶は首をブンブンと縦に振る。
それをみたコウは小さく微笑む。

「もう、ここは、あの英の国なんだよ。天下の英の国に攻め入る馬鹿はいないからな。今までの国とは違って戦で荒廃することがない。緑豊かな国さ。」
「英の国ってことは、鎌倉は近いの!!」

伽耶がさっきまでの陰鬱な顔つきとはうって変わって、目をきらきらと輝かせ、物凄い勢いでコウに聞いてきた。
一方、コウは肩から思いっきり力がぬけて、ちょっと呆けた顔をしている。

「・・・・お前、世間しらなすぎ・・・・・。」
「え!?え!?」
「あのな。ここは、今の天下人である人物でさえ一目置く英の国だよ?そんじょそこらの小国とは規模が違うの。ここは、国の端っこで、お膝元の鎌倉は更に3・4日歩かないと着かないの。」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

伽耶は驚きのあまり体中で叫んでしまった。
コウは、両耳を両手で押さえて騒音に耐える。
近くで作業していた農民もびっくりした顔で旅姿の二人を見ている。

「まだ、そんなに歩くの〜・・・・。」

一転、落胆した顔つきになった伽耶がガックリと肩を落とす。

「そう言うこと。ほら、うな垂れてたって、鎌倉は近づいてはくれないからな!さっさと歩く!」
「は〜い・・・・。」

コウはげんなりしている伽耶をほってさっさと歩き始め、それに少し遅れて伽耶がトボトボと歩き始めた。
結局、この日、二人は並んで歩く事は無かった。




(*注)鬨の声(ときのこえ)
合戦で、開戦に際し、士気を鼓舞し、敵に対して戦闘の開始を告げるため に発する叫び声。また、戦勝の喜びの表現としても発した。

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