私は、恋をした。
一つ年下の彼に。
猫っ毛のサラサラヘアをした、ちょっと童顔な彼は、笑うと笑窪が出来る。
人懐っこく、すぐに誰とでも打ち解ける彼に恋心を抱くのにそんなに時間は
掛からなかった。
大学の弓道部仲間の彼。
・・・でも、その彼には、彼女が居た・・・・。
「せ〜んぱい!」
秋の清々しい風の中、木陰のベンチで気持ちよく自作弁当を食している私の周り
が薄暗くなる。
目の前に立つ声の主を、少し恨めしげに見上げる。
「悠木君・・・。光合成の邪魔をしないでくれる?」
「おっとっと・・。失礼しました。」
そう言うと彼は私の隣に当然のように座ってきた。そして、そのまま手に持って
いた缶コーヒーを開け、飲み始める。
ベンチに二人きり・・・。かなり嬉しいんだけど、かなり緊張する。
「ねぇ・・。一応、女性の隣に座るなら、一言断らない?」
ちょっと強がって、抗議してみる。
「え!?女性って何処?」
彼は、首を大げさに左右に振り何かを探す仕草をする。
ムカッ!!
どうせ、胸は小さいし、腰も張ってないし、今着てるのは長袖Tシャツと
ジーンズで、ショートカットとくれば、後ろ姿は男の子よ!!
キャップ被ってスーパーに買い物でも出た日にゃ〜、あ〜た「あら?お手伝い?
男の子なのに偉いわね〜。」って店員のおばちゃんに言われるわよ!!
わ〜〜〜〜るかったわね!!!
箸を握ったまま拳を作り、いまだに探している彼の目の前に突きつける。
「殴られたいか?」
「あは・・。ごめんなさい。華絵さん。」
「下の名前で呼ぶな!!」
結局、思いっきり彼の頭を殴ってしまった。でも、箸を握ったままだったから
私の手の方が痛かったかも・・・。
隣の彼はというと、一応側頭部を手で撫でながら
「結局、殴ってるし〜〜〜。」
と言いながら、クスクス笑っている。
「だって、嫌いなんだもの。・・名前のイメージと実物とのギャップがあるっつ〜の!!華やかの「華」だよ?私のどこにそんな華麗で綺麗な漢字が当てはまるのよ!!」
「かわいいと思うけどな〜。」
「かわいくない!!」
ムキになって言い返してしまう。
だって、本当に嫌いなのよ。自分の名前・・・。“真宮寺 華絵”(しんぐうじ
はなえ)なんて名前だけ見たら誰だって、どこかのお嬢様・・とは言わなくても、
どんな美人さんかと思うわよね!
私が他人だったら思うね!
でもさっ、その期待を裏切ってこ〜〜〜んな少年っぽいのがその名前の持ち主
なのよ?
「名前負けしてる。」悪気のない言葉が思春期の私を打ちのめし続けてきた。
期待を込めて付けてくれた両親には悪いけど、大ッ嫌い!改名できるなら改名
したい!!
でも、・・・・・「かわいい」・・・・・かぁ。
社交辞令であっても、好きな彼に言われるのはドキドキする。
しかも爽やかな微笑みで私を見つめる目は更に私の鼓動を早める。
悠木 泉(ゆうき いずみ)。経済学部経済学科2年。
難関で知られる経済学部に入っているのだから頭はいいのだろう。私は、
ちょっと勉強すれば入れる文学部だから、彼の成績なんて知らない・・・。
本人に聞いても「普通ですよ。普通〜。」とやんわりと答えられてしまう。
それはさておき。
罪な男だ・・・。
計算されていない言葉と微笑みに何度私は貴方に恋しているのだろうか・・・。
でも、貴方はそんな事は知らない・・・。
知って欲しいわけではないけれど、知られていないというのも悲しい・・・。
でも、知られたからといってそれがどうなる事もない。だって、彼には愛しい彼女
がいる。
ドキドキしたり、悲しくなったり、ほんの数分でクルクル変わる自分の心を
持て余し始めた私は、握りしめたままの箸で玉子焼きを親の仇の様にぶっ刺し、
それを口の中に押し込んだ。
物凄い勢いで噛み始める私を悠木君は半分あきれた顔で見ている。
「そんなに嫌わなくても。先輩に合った名前だと思いますよ?」
自作弁当を勢いよく食べる行動が名前の事で怒っての事だと思っている彼は
そう言って私を落ち着かせようとする。
ゲンキンだ。私って、すっごくゲンキンだ。
彼のたったこの一言で10年近く嫌いだった名前がちょっと好きになってきた。
彼の言葉は魔法のようだ。
「ほ・・・褒めても何もでないわよ・・・。」
あ〜〜〜〜。素直じゃないな・・・。
ここで「ありがとう」って、ニコッて笑えよ。私・・・。
その辺の女の子みたいにさぁ・・・・。
なんで、口をついて出てくる言葉がこれなの・・・・。
ふと隣を見ると、肩を震わせて笑っている。
「何がそんなに可笑しいのよ!」
人が内心落ち込んでいる横で笑うとは!失礼な男ね!!
「だって、先輩らしい返しだな〜って思って・・。あははは・・・。」
う・・・・・まぁ、私らしいっていえば私らしいけど、そんなに笑う事はないと思う
のよね・・・。
その「私らしさ」で少し落ち込んでたんだけど・・・・。
「あのね!!」
私が新たに抗議しようとした時、彼の携帯から目覚まし時計のようなデジタル音
が鳴り、着信を知らせてきた。彼は、着メロというものを使っていなかった。
前にどうして昔ながらの着信音を使っているのかと聞いたら
「周りが着メロばっかりだから、逆に自分の携帯が鳴っているのが分かり
やすいから。」
と、とってもごもっともな答えが返ってきた。
その合理的(?)な彼は缶コーヒーを飲みながら電話をしている。
「どうした?千鶴?・・・・・・マジで?それは捕獲するしかないっしょ・・・。」
悠木君の目がいたずらッ子の様に楽しげに、且つ、怪しく光っている。
何の相談なんだか・・・。千鶴君って確かこの前、会ったあの爽やか君よね?
で、悠木君の親友。
「捕獲部隊は誰?・・・よしよし。連行場所は押さえてあるのか?」
捕獲部隊?連行場所??
あの〜〜、出てくるお言葉がとっても怪しげなんですけど・・・。
この爽やか君達は一体何を話し合っているんだか・・・。
私は、心の中で冷や汗をかきながら、でも表面は冷静に弁当の残りを食し
始めた。
「分かった。じゃあ、7時にな。・・・頑張れよ!」
もうこれ以上ないといった感じで楽しそうな彼は、満足そうに電話を切り、一気に
残りのコーヒーを飲み干した。
「何か、怪しげな会話ね・・・・。」
悠木君が缶コーヒーから口を外すのを見計らって話しかけた。
人の話しに関係のない私が入り込むのはどうかとは思ったけど、例の言葉が
気になってしょうがなかった。
私の質問に彼は、
「楽しげの間違いでしょ?」
と、にっこりと笑ってきた。
その柔らかな微笑みに私の鼓動が早くなる。
「そ・・・そうとも言う・・・。」
口から飛び出そうな心臓を押さえ込みながら何とか答え笑い返す。でも、
その笑みはきっと彼には適わない。
「今の電話は千鶴っていう俺の悪友からなんですけどね。」
「この前、大会で会った子よね?あの爽やかな。」
「さ・・・爽やか・・・・あ〜〜〜ね〜〜〜〜〜・・・。」
「???」
なんでか悠木君が頬をポリポリ掻きながら、苦笑いしている。
なんで?
私、なんか変な事言った??
私の疑問はそっちのけで、悠木君は苦笑いの残った顔のまま話を続けた。
「うん、ま〜その爽やか君からだったんですけど、学園に残った元生徒会役員の
一人に彼女が出来たらしくて、そいつを拉致って元役員で色々と話を聞きだそう
となったらしいですよ。」
「こらこら・・・。人の恋路を・・・。」
「だって、彼女いない歴20年ですよ?そいつに彼女が出来たんですよ?
どうやって落としたのか聞きたくなるのが人情ってもんでしょう。」
「・・・・人情って・・・・・。」
本当に楽しそうに話す結城君に、私は本気で呆れてしまった・・・。
悠木君は、実は中・高・大と一定の成績を保っていればエスカレーター方式で
進学できる私立校に通っていたらしいのだけど、「物足りないから」という理由で
今の大学を受験したらしい。
私は県外からの受験生なので、彼の学校のレベルは良くは知らないが、ここの
経済学部ほどではなくても、そこそこのレベルだと聞いた。それを「物足りない」と
いう彼はやっぱり頭がいいのだろう。
でも、聞いても「普通」としか答えは返ってこないだろうけど・・・。
そして、彼は生徒会の会長だったらしい。
らしいと言えばらしいかもしれない。あの人懐っこさと、頭の回転があれば、
誰でも彼に票をいれるだろう。
私だったら、何十票といれてるね!・・・不正行為だけど・・・。
でも、別々になってからも連絡をとりあうなんて、よっぽど仲が良かったのね。
中学・高校の彼か・・・。どんな子だったんだろう・・・。
思春期を共に過ごしてきた彼の仲間たちが凄く羨ましい。
「人の恋路で遊ぶとバチがあたるわよ。」
「遊ぶ?とんでもない!冷やかすだけです。」
「まったく・・・・。」
「ところで、先輩の弁当って手作りですか?」
「うん。外食するとお金かかるでしょう?節約のためにね。」
一応バイトもしてはいるけれど、親の仕送りがほとんど頼りの私にとっては、無駄
なお金は使いたくない。意味のある使い方をしないと親に申し訳がない・・・。
「へ〜〜。偉いですね〜〜。って褒めたご褒美にその肉じゃが下さい。」
「へ!?」
ゆ・・・悠木君に、わ・・・私の料理を〜〜〜〜〜!!!!
こ・・・こんな、昨夜の残り物を??
え?ちょ・・ちょっとまって!!
「下さい。」
予想していなかった出来事にパニックに陥り、固まってしまった私に、彼は、
この陽だまりの光を全て集めたかのような笑みを浮べ、言葉の外で拒否する事
を許さないかのような口調で迫ってきた。
「でも、これ、昨夜の残り・・・・。」
なんとか出た言葉に、彼は何も答えずに、ただニッコリと微笑んで私を見つめて
いる。
違う状況なら、結構うれしいシチュエーションなんだけど、今はただただ困る・・・。
でも、あげないとず〜〜〜〜っとこのままなんだろうなぁ・・・。
ええい!!
「味は保障しないわよ!!」
もう、やけになって、お弁当用に小さく刻んできたジャガイモを挟み、勢い良く
彼の顔の前に差し出した。
彼は、それを何の躊躇いもなく口で受け取った。
「すっごく、美味しいですよ。先輩、いいお嫁さんになれますね。」
この言葉に、私の奥底の何かが熱く火照りだし、それが一気に体全体を
包み込みだした。
社交辞令だと分かっていてもすっごくうれしい。
天にも昇る気持ちというのは、こういう事だろうか・・・。
あれ?・・・さっき、私達って街角でよくカップルがやっている「はいあ〜〜ん。」
「ぱくっ」っていうのをやったんじゃ・・・・・。
ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!
は・・・・・・恥ずかしい・・・・・・・・・。
恥ずかしさと、嬉しさで、目が眩みそう・・・・・。
「ほ・・・褒めても」
「何もでないんでしょう?」
あまりの恥ずかしさに、またもや口について出た可愛げのないセリフを悠木君が
笑いながら続けたお陰で、更に私は体温が上がった。
「先輩は、もっと自分に自信を持っていいと思いますよ。折角のダイヤが
泣きますよ。」
「ダイヤ?」
私はこの一般の「女の子」とは程遠い外見で、アクセサリーというものは身に
付けない。
故に一切持っていない。
なのに、「ダイヤが勿体ない」とは?
訳が分からず呆けてしまう。
「人はね、生まれた時にダイヤの原石を持って生まれてくるんですよ。
そして、それを自分なりにカットし、磨きながら生きていくんです。
先輩も良いものを持っているんだから、隠したりしないで。ね?」
「え・・・う・うん・・・。」
この日差しにも負けない笑顔で言われて、思わず首を縦に振ってしまった。
そしたら、更に微笑まれてしまった・・・。
うう・・・。弱いんだよ・・・その笑顔・・・・。っていうか、それに惚れたから・・・。
「ダイヤの原石かぁ・・。随分とロマンティックなんだね、悠木君てば。」
「そうですか?」
「だって、それって“個性”とか“魅力”って事でしょう?」
「当たり。さすが、国文学専攻ですね。それともセンスがいいのかな?」
「そんな事・・・・」
「ほら、そうやって隠す・・・。先輩は、もっと自分に自信を持っていいと
思いますよ。そんなに素敵なんだから。」
「な・・・な・・・・なにを・・・・・。」
言われ慣れていないことをサラッと目の前で言われてしまい、私の方が慌てて
しまう。
何かを言い返したいのに、口が酸素を求めている金魚のようにパクパク動くだけ
だった・・・。
体中が火照って汗が・・・・。
もう!もう!!もう!!!
「そんなにパニクらなくても・・・。」
「だ・・・だって!!」
「わざと見せ付けるのもどうかと思うけど、隠すよりはいい。
せっかく生まれてきたのに。自分と言う個人はこの世の中でたった一人。
それを卑下する事はないと思います。」
「・・・・・。」
「人は何かと他人と自分を比べてしまう。それが向上心に繋がればいいんだけど、そうじゃない人もいるでしょう?他人と比べる前にもっと、自分が自分を
知るべきだと、自分を好きになるべきだと思いますよ。」
「悠木君・・・・。」
彼は、知っているのだろうか。
私が自分を嫌っていることを。なんでもっと女の子らしく生まれてこなかった
のかと悲観し続けてきたことを。
まるで、それらを見透かされたかのような気分だ。
――自分を知る。
――自分を好きになる。
良く耳にしてきた言葉だけれど、その度に蹴飛ばしてきた。
ただの奇麗事だと・・・。
でも、何故か、彼の言葉には素直になれた。彼が私の想い人だからとか
そんなんじゃなくて、言葉に温かみが感じられた。
なんと言っていいかわからないけど、今までの言葉とは全然響きが違った。
心に素直に入ってきた。
「と・・これは父親の受け売りですけどね。」
「お父さん!?」
「そっ。俺の父親、童話作家なんですよ。」
「うっそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「本当です。結構、有名人ですよ?もしかしたら、先輩も読んだことあるかも
しれませんね。小さい時とか。」
「はぁ・・・・。」
どびっくり!!!
作家とか、外交官とか、医者とか、政治家とか、有名会社の重役とか・・・、
まあそんな感じの人達は雲の上の存在で、自分の近くにいないと思っていたから
・・・。
だって、田んぼ広がる田舎で、普通のサラリーマンとおじいちゃんの農業の
手伝いをする母親との間に生まれ育った私にとって、都会に住むってだけでも
夢の様な話しなのに・・・。
童話作家さんですか・・・。
「素敵なお父さんだね。なんて名前なの?」
「秘密です。」
「なんで〜〜。けち〜〜〜。」
「童話作家は、夢の国の語り部なんだそうです。“物語を伝える者が前面に
出てはいけない。物語を世の中に出す事が私の仕事なのだから、読んでくれた
人が物語りから何かを得てくれればそれでいいんだ。皆が想像している語り部が
『私』だ”というのが父親の持論なので、それを息子の俺が破ってはまずい
でしょう。」
「そう?」
「そうです。現実の父の事を知った先輩は、本屋で父の名前を見るたびに
思うんですよ。“悠木君のお父さんなんだ”とか“あんな大きな息子さんが
いるのね”って。それは駄目なんです。童話作家の父は、夢の国の住人で、
現実世界にいてはいけない。」
「・・・なるほど・・・・。わかった、もう、聞かない。」
童話作家は、夢の国の住人かぁ・・・。
なんだか、とっても身近になったなぁ。
それにしても、格好いいお父さんだなぁ。この悠木君のお父さんなんだもん。
考え方だけじゃなくって、容姿も格好いいんだろうなぁ。
うちの田舎の父親みたいに、日曜日に、ジジシャツとボロボロのスウェット
履いて、テレビの前でゴロゴロとかしてないはず!
糊の効いた白い開襟シャツとこれまた糊の効いたチノパン履いて、
沢山の本に取り囲まれた書斎で、白い原稿の上をさらさらさら〜〜っと
万年筆を走らせてるの!
いや、今はパソコンか・・・。の前に、私の想像ってチープすぎ?
・・・・仕方ないじゃない・・・・田舎の親父なんて、そんなもんなんだもん。
都会的なお父さんなんて、ドラマでしか知らないし・・・。
それはさておき。
お父さんの受け売りだって言ってたけど、でも、それを他人に自信を持って
言えるって言うのは、自分の物にしてるからだと思う。
じゃないと、心に響かないもの。
あ〜〜あ。
本当にいい男だよなぁ。
あきらめたいのに、あきらめられないよ・・・。
「なんですか?俺の顔に何かついてます?」
「え!?な・・・なんでもない!!えっと・・・うちの父親と同じくらいの年代の
お父さんとは思えないなぁと・・・。」
びっくりした・・・・。物思いにふけっている間、知らず知らずに見つめていた
みたい・・・。
焦った・・・・。
あれ?なんだか、悠木君が苦笑いしてる・・・。
何か、変な事言ったかな?
「・・・う〜〜ん・・・。物の考え方は職業柄っていうのもあるんだろうけど・・・・。」
「そっか。そうだね。」
「・・・・・先輩のお父さんと俺のお父さんは、年代凄く違いますよ。」
「え?うちは52だけど・・・。若いって、40後半?」
「・・・・いえ・・・・・。もっと・・・・・。今年で38です。」
「・・・・・・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・・・。」
さんじゅう・・・・・・は・・・ち・・・?
・・・それは、世間一般的に小学校とか中学校とかに行ってる子供さんが
いらっしゃる年代では?・・・
いや。その前に、一体いくつの時の・・・。
えっと、いま彼は20歳だから・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・じゅう・・・はち・・・・」
「そうです。父が18、母が20の時の子供です・・・。」
「すっごい!!もしかして、都会じゃ当たり前なの!?」
「そんなわけないでしょう!!」
「だよねぇ〜〜〜。でも、えらく早いことで・・・。」
「はぁ。うちの両親は訳ありで・・・。そのせいか大恋愛で、今でも息子が
恥ずかしくなるくらいラブラブですよ。」
悠木君は、何だかげんなりした顔してるけど、それって・・・
「やだ!素敵!!訳ありな大恋愛で、今もラブラブなんて!!
ドラマみた〜〜〜い!!ねぇねぇ!!どんな出会いだったの!
どんな恋愛だったの!!!」
大興奮!!
だって、女性の憧れっていうか、ドラマのテーマっていうか、そんなものを凝縮
したような恋がまさか現実にあるなんて思わないでしょう!?
こんなチャンスないよぉ!!
聞かせて!!!!
「そ・・・そんなに聞きたいものですか?」
「もちろん!!そんなドラマみたいな話、女心をくすぐりまくりよ!!」
握りこぶし作って力説しちゃった・・・。
あ・・・・笑われてる・・・・・。
「女の人の興味をそそるんですねぇ。眞乃亜(まのあ)も同じ事言ってたもんな。」
彼の口から出た名前に、私の中の熱が急速に静まって行った。
あんなに火照っていた体が、今度は急に冷たくなってきた。
小さく微笑む彼を見ても嬉しくない。それどころか益々冷たくなっていく・・・。
だって、今、彼が微笑んでいる対象は・・・・。
そして、タイミング良くと言うか悪くと言うか、また、彼の携帯が無機質に鳴った。
携帯の画面を見た彼の顔が、「男」の顔になる。
「どうした?眞乃亜?」
口調も「男」・・・。
「ああ、聞いた。もちろん、行くよ。・・・あははは、お前らしいな。わかった、
付き合うよ。じゃあ、駅前で待ち合わせしよう。俺は午後も講義があるから・・・」
私は、耳を塞ぎたかった。
目を閉じたかった。
ううん。この場を走り去りたかった。
でも、どれも出来なかった。
私には見せてはくれない表情でも、私には聞かせてくれない口調でも、
私とはしてくれない約束でも、見ているしか、聞いているしか出来なかった。
私がいつもと違う態度を取る事で、彼に気を使わせたくなかったし、
折角の雰囲気を壊したくなかった。
私は、彼の先輩だから、優しく後輩の恋を見守るの・・・。
つらいけど、仕方がない・・・。
私は、楽しそうに話し続ける悠木君を横目に、残りの弁当を食べだした。
味はしない・・・。
―――眞乃亜
彼の愛しい彼女・・・。
見知らぬ彼女を、この時程、憎らしいくらい羨ましく感じた事はない・・・。
|