恋の終わらせ方  [2.届かぬ想い]
テレビの天気予報では“行楽日和”なんてことを言っていたけれど、
一人暮らしで、彼氏もいない私にはそんな事はど〜〜〜でも良かった。
「洗濯物が良く乾くな」・・・その程度。

同じ大学に通う高校からの友人が買い物に誘わなければ、この突き抜ける程の
青空のもと、ワンルームでゴロゴロと不毛に過ごしていたに違いない。
連れ出してくれた友人に感謝!・・・したい所だけど、こんな天気のいい日は、
家族連れもさることながら、カップルがうじゃうじゃと街中を席巻している。

そうよね・・・。
“行楽日和”だもの、部屋にじっとしてるカップルなんて少ないわよ・・・。
それにしても、一体何処からこれだけの人っていうか、カップルが沸いて出て
くるんだろうねぇ。
しかも一つの街に・・・。ここに繰り出した人達だけで、私が育った町の人口とタメ
はるんじゃない?
・・・超えてたらどうしよう・・・・。

どうもできないけどさ・・・。

そんな事を一休みに入った喫茶店のウィンドウから往来を見ながら考えて
いたら、一組のカプッルが目に入って来た。私達の周りにいるベタベタ・ネトネトな
「公衆の面前でキスなんてすんな!!!」と蹴りでも入れたくなるような部類では
なく、随分昔のカップルのような手を繋いで微笑み合うだけのカップル。

初々しくて新鮮ささえ感じてしまう。ぱっと見の年齢からいえば、私より幾分
年上のようなのに、恋したばっかりの中高生のよう。ただあそこにその人が居る
だけで幸せっていう感じの二人に視線が釘付けになってしまう。

理想だな・・・。「好き好き好き〜〜〜」と体毎ぶつかるのではなく、
穏やかに相手を想って年を重ねていく・・・。周りからすれば少し盛り上がりに
掛けるかもしれないけれど、私はそんな恋がいい。
起伏の激しい騒がしい恋ではなく、流れるような静かな恋。

とはいえ、理想は理想。なんてったって、私には恋を語り合う相手がいない。
語りたい人には、既に彼女がいるし・・・。

・・・・悠木君、今頃彼女とデートだろうなぁ。こんないい天気に彼が彼女を
連れ出さないわけがない。惚気話を聞いていると、彼は彼女に天然でマメだ。
女性全般にではなく、彼女限定。非常に羨ましい・・・。

いつぞや、同じサークルの男性が「そんなに彼女に気を使って大変だなぁ」と
言ったら、悠木君に「気なんかつかってませんよ?俺が眞乃亜にしてやりたい
からしているだけです。彼女だからしてやりたいんです。」と更に惚気られていた。

どんな子なんだろう・・。悠木君をそこまで夢中にさせる女性って・・・。
弓道の大会には応援に来ているみたいだけど、彼ってば大会が終わると
何時の間にか消えてるから誰も会った事がないのよね・・・。
あの悠木君のお相手なんだもん。ガングロでもブランドに身を固めてもいない
はず。
・・・だといいなぁ・・・。

悠木君と彼女は、きっと、さっきのカップルのように穏やかな気がする。
あくまでも想像だけどね。
案外、イケイケだったりして・・・。

って、なに馬鹿な事考えてるんだろう。片思いしてる人の相手なんて
どうでもいいじゃない。悠木君の彼女がどんな人だろうが、私は勝てないん
だから・・・。

「はぁ〜〜〜〜〜〜。」
「やだ、はな・・・。ため息つくと幸せが逃げるわよ?」

目の前の友人・・涼子が眉をしかめている。
そんな顔してそんな事いわれてもさぁ・・・。

「これ以上、逃げようがないと思う・・・。何で、好きになる人にはいつも彼女が
いるんだろう・・・。」
「う〜〜ん・・・。相手も恋してるから?」
「なにそれ?」
「恋して輝いてるから、それに惹かれるんじゃない?」
「なんだか、光に群れる虫みたいじゃない・・・。」
「あら?恋なんてそんなもんでしょう?惹かれる物があるから、
寄ってくるんでしょう?あんたも人に惹かれてばかりじゃなくて、手玉に取れる
くらいに寄せ付けられる女になりなよ。」
「あんたは何の苦労も無しに男が寄ってくるからそんな事がいえるのよ・・・。」

そうなのだ、この友人、あの田舎に居るときから男が絶えた事がない。
別に彼女が男に対して媚を売るとか、色目を使うとかそんなんじゃなくて、
ただ普通にすごしているだけで男が寄ってくる。

振り返るほどの美人でも、撫で回したくなる程可愛いわけではない。可もなく、
不可もなく。
でも、何故か男性の庇護欲をそそるらしく、彼女が動けば誰かしら助けてくれる。
私がクラス全員分のノートを抱えていても誰も助けてはくれなかったけど、
涼子が抱えていたときは、職員室を出た瞬間に通りかかった男子が持って
くれてた・・・。

そそっかしい所がある彼女は、よく躓いたり、転んだりする。
靴下が片方ずつ違うなんてことは、しょっちゅうだ。
そんなところが男性を惹き付けるのだろうか?
・・・・確かに、私も時々この友人が放っておけない事がある。

そんな所だろうな・・・。
ちょっと頼りないところが男性を惹き付けるんだろう。
私は、「強くて頼りがいのある人」らしいから、手玉に取るほどの男性を
惹き付けるのは無理ね・・。気取らずにすむ友人は寄ってくるだろうけど・・・。
実際、男友達はそう評価する・・・。

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。」
「もう・・・また・・・・。」
「ごめん・・・・・。」
「まあいいわ。ここのお勘定は、はなが持ってね!暗くした罰よ!」
「はいはい・・・。」

お昼を涼子に奢ってもらったから、ここのお茶代くらいはどうって事はないけどね。

「ほら、ぼさっとしてないで!次に行くわよ!!」
「ええ!!まだ買うの!?」
「当たり前じゃない。こんなんじゃ、今シーズンは過ごせないわよ!!」

そう言って、隣の椅子から涼子は特大の紙袋を肩から下げた。
・・・・・充分でしょう。それだけ買えば・・・・。私なら、今シーズンだけでなく
2・3年持つわよ・・・。
体型が変わらなければ、それ以上持つわ・・・。実際、高校の時に買った服を
部屋着として着てるし・・・。

「ほら、早く!!」
「はいはい・・・。」

私は、友人に急かされるままに席を立った。
ちなみに私の荷物は、背負ってきた黒いリュックだけである。



「ごめん、涼子。此処に寄ってもいい?」
「いいわよ。」
「此処にだったら捜してる本が見つかるかも。」

私達は、ビル一個丸まる本屋という、田舎では考えられない場所に入って
いった。
売り場が細分化されていて、時々どこに捜している本が分類されるのか
困るけど、店員に聞けば懇切丁寧に教えてくれるし、大概の物は置いてある
ので大変便利である。

涼子には、「インターネットで取り寄せればいいのに」と言われるが、
私は機械全般が苦手だし、やっぱり手にとって見てみたい。
自分の目で確かめたいし、作者の気持ちを感じてから買いたい人なのだ。

古いと言われればそれまでなのだけれど・・・。

総合案内所(本屋でこういうのがあるというが信じられない・・・)で、捜している本
の題名を言い、売り場を教えてもらった。検索用パソコンも置いてあるんだけどね・・・
使い方がわかんないのよ・・・。案内所のお姉さんに検索してもらって教えて
もらった方が早い・・・。

「あんた、駅の券売機が変わるとお年寄り並に困惑するタイプね・・。そんなんで
この世の中を生きていけるの?」

涼子が私の背中に向けて呆れた様に言ってきたが、何も返さずに教えられた
フロアを目指してひたすら歩いていった。
実は、本人もそう思っていたりする・・。それでいて田舎には帰りたくないんだから
困ったもんだ・・・。

目的のフロアも他のフロアのように沢山の人が行き交っている。
本屋なのにねぇ・・・。ごめんなさい、私の本屋のイメージって閑散としているから
・・・。
それは置いておいて、目当ての本を探さないと・・・。

この大量な本の中から一冊を見つけると言う作業は、キツイけど結構楽しい。
見つけたときのあの宝物を見つけたかのような高揚感は何ともいえない!!
沢山の本の中からやっとめぐり合えた大切な一冊。なんだか、人と人との出会い
に似ている気がする。

そんなことを思いながら本を捜していたら、人にぶつかってしまった・・・。
視線がおもいっきり本棚に集中していたから、立ち止まっている人が視界に
入っていなかった。

「す・・・すみません!!!」
「あ・・いえ。こっちこそって・・・先輩?」

反射的に下げた頭を上げると、そこにはちょっと驚いた顔をした悠木君が居た。
私は、彼以上に驚いた。
だって、こんないい天気の休日にこんな人が沢山集まる街で、しかもこんなに人
が沢山いる本屋で彼に会うなんて想像にもしてなかったもの。
彼女と遠出していると思ってた・・・。

「あれ〜〜。悠木君じゃない。」
「こんにちは、涼子さん。」

涼子は弓道部員ではないけれど、私とよく一緒にいるから必然的に彼とも
知り合いになっていた。そして、言われるのだ・・・「あの子はあんたには
もったいない」・・・と。
分かってるってば・・・・。

それはそうと・・・・。

「びっくり〜〜。こんな所で会うなんて。」
「ですね。」

にっこりと微笑む彼に私は眩暈を起こしてその場で倒れそうだった。
耳元で涼子が

「ヨダレ・・・ヨダレでそうよ・・・。」

と囁かなければ、現実世界に戻っていなかったかもしれない・・・。

どうしよう・・・。すっごく嬉しい・・・。
今までの暗い気分が嘘のように晴れ渡っていく。胸がときめいていく。

すっごい確率。
すっごい偶然。

これで、ときめくなと言われても無理だ。
分かってる。彼女が居る事は百も承知だ。でも、この恋心は止められない。
想いがとめどなく溢れてしまう。

これが初恋ではない。
恋は何度もしたし、こんな私でも一人だけだけど付き合った人がいた。
その人の時もときめいたけど、こんなに激しくはなかった。
何時の間にか、彼の事を考えていたなんてこともなかった。
こんな、胸がつぶれるような、息が止まりそうな恋は悠木君が初めてだった・・・。

「先輩達は、買い物の途中ですか?」

彼は、涼子の肩から下がっている特大の紙袋をちらっと見て微笑んでいる。
私がした買い物じゃないのに、私が呆れられたみたいで恥ずかしい・・・。

「ええ。涼子のね!」

思わず強調してしまった・・・。
許せ友よ・・・。片思いで実らない恋だと分かっていても、いらんイメージは
付けたくない・・・。
その辺を涼子も分かっているようで、苦笑いをするだけで何も言わない。
夕飯を奢ろう・・・。

「そういう悠木君は?なにしてるの?」
「えっと・・・暇つぶし・・・かな?」
「へ!?」

首を傾げて歯切れ悪く言う彼に驚いてしまう。
“暇つぶし”??
彼女は?彼女はどうしたの???
一緒じゃないの???

何かあったの?彼女の具合が悪いとか?
もしかして喧嘩!?あわわわわ・・・・・。
・・・・・って、私がそんな事心配してどうすんのよ・・・・。

「何か探してるんでしょう?俺も捜しましょうか?」

心の中で一人でボケてツッコミを入れてる私に、何とも幸福な台詞が降ってきた。
もう心は躍りださんばかりに喜びで一杯だったが、ここはぐっと抑えて

「え・・・でも、悠木君も何か用があってきてるんでしょう?いいわよ、自分で探す
から。」

と、しおらしくお断りした。
もちろん、心とは裏腹ですよ。折角会えたんだもん。
本当は、一秒でも長く一緒に居たいし、一言でも多く話しがしたい。
でも、相手には相手のやる事があるだろうと思うと甘えられない。

これは、悠木君に対してだけではなく、皆に対してこう・・・。
甘える事が下手なのかもしれない・・・。中学の時から誰かに助けを申し出られ
ても「大丈夫」と断ってしまう。「ありがとう!助かる!!」と素直に受け入れる
友人達が羨ましかった。

こういう性格が更に「頼れる人」を形成して男性を遠ざけるんだろうなぁ・・・。
やっかいだな・・・。

「別に、本を探すことぐらい、遠慮しなくていいですよ。先輩は、そうやって人と
一線を画す癖をどうにかした方がいいと思いますよ。相手を思いやる事は大切
だけど、行き過ぎると逆効果ですよ。」
「え!?」
「悠木君もそう思うよね!!ほんと、この子ってば何でも自分で何とかしようと
するのよ!悩み事かかえてそうなのに、私が『どうしたの?』ってきいても
『なんでもない』って言うし〜。」
「だって・・・・。」

涼子が場所もわきまえずにプンスカ怒っている。
そんな事言われたって・・・皆、自分の事で大変なのに、私の事で煩わせるのは
悪い気がして・・・。
それに私の悩みって、他の人に比べたらそんな大した事じゃないような気がする
のよね。いつも・・・。

「友人も恋人も適度に甘えあった方がいいですよ。信頼感が増しますから。」
「はい・・・。」

なんでかな・・・。彼にそう言われると素直に従ってしまう。
お説教がましくない物の言い方なんだろうか。それとも彼の雰囲気なんだろうか。
反発することなく素直に聞き入れてしまう。

「で、何を捜してたんですか?」
「ええっとね・・・。」

彼に作者名と題名を告げる。

「じゃあ、これですね。」

そういって彼は私に手にしていた文庫本を差し出した。
それは、まさに私が捜していた本だった。
なんたる偶然・・・・。

「頼って良かったですね。すぐ見つかりましたよ。」
「でも、これ・・・。」
「別に買おうと思って手にしたわけじゃないんですよ。面白いって聞いたんで、
どんな本かと思って手にしたときに先輩がぶつかったんです。なんだか、
取られたくなかったみたいですね。」

穏やかに笑う彼に、私は何も言えなかった。顔が熱い・・・。
きっと赤くなっているに違いない。
恥ずかしさと供にときめきも押し寄せてきた。

「というわけで、どうぞ遠慮なく受け取ってください。・・・あ、良かったら貸して
ください。」
「もちろん。」

私は自然に微笑んでいた。
こんな素直な気分はいつ以来だろう。とても心地いい。
彼は、コチコチに固まった私をこうやって何でもなく溶かしていく。

そして、実感する。
この人が好きだと・・・。

悠木君が『眞乃亜』という彼女に恋をして輝いているからじゃない。
彼自身が輝いているから、私は惹かれたのだ。
私は、『悠木 泉』自身に惹かれている。

彼を自分に振り向かせるほどの魅力は私にはない。そんな事より、彼は彼女から
心変わりする様な人じゃない。彼が彼女をどれだけ大事にしているかは、常々
聞いている話しから嫌と言うほど知っている。
そんな彼だから惹かれた。

実らないと分かっていても気持ちが抑えられない。
彼を想う気持ちが溢れかえってしまう。
外に出られない想いだから、どんどん溢れてしまうのだろうか・・・。

そんな、私が彼に対する想いを再確認している時だった。

「泉君。お待たせ。」

澄んだ綺麗な声が聞こえてきた。
そして、彼の横に一人の女性が近寄ってきた。
彼の顔つきが変わった・・・。

「もういいのか?眞乃亜?」
「うん。充分堪能してきました。」
「そっか。」

そう言って微笑む女性に、悠木君も穏やかに微笑み返していた。
でも、それは私達にする笑みとは違い、計り知れないほどの愛しさが込められていた。

目の前に現れた女性は、彼の彼女だ・・・。

やっぱり一緒だった。「暇つぶし」とは一日のことではなく、彼女の用事が
済むまでの一時のこと・・・。

初めて会う彼女は、もうただ「綺麗」としか表現しようがない。
どんな言葉も、彼女の前では陳腐な物に成り下がる。
それ程、眞乃亜さんは綺麗だ。

薄い茶色のサラサラロングのストレートヘアー。
透けるような白い肌。
オフホワイトのカシミアのタートルネックのセーターに、
こげ茶色のベルベット生地のロングタイトのスカート。
同系色のローファーと少し小さめのトートバック。
首元は皮ひものネックレスが飾られている。

まるで、ショーケースから飛び出てきたビスクドールのよう・・・。
「女の子」というものを全て集めた様な人・・・。

それに比べて私は・・・。
ジーンズにボーダーTシャツ。
黒のジャケット。
足元はスニーカー。
アクセサリーなんて身につけてるはずが無い。持ってないんだもん・・・。

少年の様なショートカットで、色黒の肌。
何もかもが、彼女とは正反対で、彼女が眩しすぎて自分が惨めに思えてくる。

この場から消え去りたい・・・・。

「あ・・・。眞乃亜、こちら俺の大学の先輩。」
「え?やだ・・・すいません・・・。私、藤崎眞乃亜です。」

彼女がお辞儀をしたとき、髪の毛が心地の良い音を立てて流れ、
私の鼻を品の良い香りがくすぐった。

「こちらこそ・・・・・はじめまして。」

彼女の『女性』に圧倒されて、上手く言葉が紡げない。
お辞儀もどことなくぎこちなかったかもしれない・・・。

あ・・・名前・・・。告げるべきだったんだろうか・・・。
彼女はちゃんと告げていたのに・・・。でも・・・・・・。

「じゃあ、俺はもう暇つぶす必要がなくなったから、これで失礼しますね。」

私が一瞬考え込んでいる間に、悠木君にこの出会いに幕を引かれてしまった。
そして、彼は彼女の肩からトートバックを抜き取ると自分の肩に掛けなおし、
彼女の手を取った。
それはとても自然な流れで、きっとこの二人にとっては当たり前の日常なの
だろう。

見ているこちらとしては、二人の仲の良さを見せ付けられているだけなの
だけれど・・・。

「じゃあ、大学で。」

そう言って、彼は軽く頭を下げたあと、彼女の手を引いてさっさと歩き出し、
この場を離れてしまおうとしている。
彼女は、振り向きざま、もう一度別れの会釈をしてくれた。
私達は、彼のあまりの行動の素早さにただ黙って見送る事しか出来なかった。

「へぇ。意外な一面・・。二人っきりになりたいのは分かるけど、こんなにさっさと
行かなくても・・・。もう少し、彼女と話をさせてくれてもいいと思うのよね。
案外、子供ね。彼も。」
「そう・・・ね・・・・。」

友人のそんな言葉をききながら、私はフロアを出て行く二人を見つめていた。
綺麗な幸せ色した二人。
周りがモノクロになり、あの二人だけが浮かび上がる。

想像したとおり・・・ううん、それ以上に穏やかで幸せそうな二人。
私が入り込む隙が無い事なんて分かっていた事だけど、それを
見せ付けられればやっぱりショックで・・・・。

此処が一人だけの空間なら泣き叫びたいところだった。
醜い自分を余す事無く曝け出していただろう。

でも、幸か不幸か此処は沢山の人がいる。
醜い自分を押し込めて、ぐっと歯に力を入れて涙を止める。
そして、笑顔・・・・。

「いや〜〜、居るんだねぇ。同性が見ほれるくらいの美人ってのが〜〜。」
「本当ね。女優も真っ青よ。」
「それはさておき。私、この本、買って来るね。」
「はいは〜〜い。」

私は、一時の幸せをくれた本を手にレジへと向かった。
本当・・・幸せだったのにな・・・。それが、一気に地獄に叩き落されちゃった・・・。

神様って居るとしたら、意地悪ね。人を上げるだけあげといて、まっ逆さまに
突き落とすんだもん・・・。もしかしたら、私、何か悪い事してその罰を受けてるの
!?
思い当たる事なんて無いけど・・・。先祖が何かしたのかしら・・・。

だったら、私のせいじゃないし・・・。

まあ、なんにせよ、更に憂鬱な休日になった事だけは確かだった。


<<backnext >>