悠木君の彼女との出会いから数週間がたっていた。
大学は、学際の準備でおおわらわだ。
私達のサークルでもお好み焼きの模擬店を出す事になっており、
材料の手配、内装品の確保、衣装のレンタルなどなど講義そっちのけの日々が
続いていた。
お陰で悲しんだり、落ち込んだりしなくて済んで助かっている・・・。
校内の並木道を一人、ぽてぽてと図書館を目指して歩いていたら、
木陰のベンチで真剣な顔つきで少々厚めのファイルを読んでいる悠木君を
見つけた。
眼鏡・・・かけるんだ・・・。
初めてみる彼の姿を声を掛けようかどうしようかと悩みながら見つめていたら、
彼の方が気が付いてしまった。
「どうしたんです?そんな所に突っ立って?」
「う・・うん。真剣に読んでるから声がかけずらくって・・・。」
プラス、眼鏡姿に見とれてました・・・。
「遠慮しないで、かけてくれれば良かったのに。大したものは読んでませんよ。
良ければ、隣、どうぞ。」
笑いながらそう言って、彼は、静かにファイルを閉じた。
あの厚みのある物を閉じるときに出る音をさせながら。
気恥ずかしながらも遠慮なく、彼の隣に座らせてもらう。
彼はカバンから眼鏡ケースを取り出すと眼鏡を外し、その中に閉った。
ちょっと、勿体無い・・・。
だって、すごく格好良かったんだもん。インテリぽくって。
・・・・インテリなんて今時使わないか・・・・。
「眼鏡かけるんだ。」
「文字読んだり、パソコンを使うときだけですけどね。・・・あんまり好きじゃない
んですけど・・。」
「どうして?格好良かったよ?」
「そうですか?頭、固そうに見えるから嫌なんですよね・・・。」
「変なの。普通は、頭良くみせたいもんじゃないの?」
「自分じゃないものを誇示したって意味ないでしょう?」
「うん、まあね・・・。でも、悠木君は頭いいんでしょう?」
「普通です。」
出たよ「普通」・・・。
普通ね・・・。ここの経済学部を合格できる頭を持っていて普通ね・・・。
一度でいいから言ってみたいもんだ。ニュースで出てくるあの難解で怪しげな
呪文の様な経済の言葉を普通に理解して、さらにそれを追求していながらも
“普通”ってさ・・・。
「そういえば、あの本って面白かったですか?」
彼の横顔をぼんやりと見ていた私を、彼が現実に引き戻した。
「う・・うん!すっごく、面白かったわよ!読み返してるところなんだけど・・・。」
そう言いながら、私はトートバックを開け直ぐに取り出せる位置にあった例の
文庫本を取り出した。
「はい。どうぞ。」
「え?まだ、読んでるんですよね?」
「でも、一回読んでるし・・・。返してもらってからまた読めばいいことだもの。」
「じゃあ、遠慮なく。」
穏やかなその顔に何故か眞乃亜さんが思い出され、思わず
「そういえば、彼女、元気?」
と聞いてしまった。
聞こうと思ったわけじゃないのだけど、自然と口をついて出ていた・・・。
馬鹿?
「元気ですよ。」
さっきの「普通」と変わらない至極簡単に答えられてしまった。
このまま終わらせておけばいいのに、何でだろう・・私の口は私の意志とは
反対に彼女の事を話しだす。
「綺麗な彼女だね。思わず見とれちゃったよ〜〜。
涼子がもう少し話したかったって言ってたよ〜〜。隠したい様に連れて
行くんだも〜ん。私ももう少し見てたかったよ〜〜。」
「ははは。すみませんね・・・。眞乃亜が、人見知りなもんで・・・。」
「へ?」
「その“綺麗”のせいで、彼女は辛い目に遭いましてね。人の視線に敏感
なんですよ。・・だから、あの場を少しでも早く立ち去りたかったんです。それで、
先輩達に嫌な想いをさせてしまいましたね。」
「いや・・・それはいいんだけど・・・。」
“綺麗”で辛い目って何?
普通は、いい目に遭うんじゃないの??
私みたいなのが、辛い目にあうんだと思いますけど・・・。
「・・・先輩って見ててあきませんね・・・。表情がくるくる変わって。」
「なに!?」
楽しそうに笑う彼に思わず拳骨を振りかざす。
こちとら、真剣に考えてるっていうのに!!
しかし、彼は握りこぶしに臆する事はなく、穏やかに私を見ている。
まあね・・女の私の拳でびびっる男はいないけどさ・・・。
そんな目で見られると、こっちが気まずいんですけど・・・・。
「こういうところは尊敬します。」
「貶してる?どうせ、男っぽいですよ!!!」
「褒めてるんですよ。本当に。・・・・・眞乃亜にもそういう一面があったら・・・。」
「悠木・・・・君?」
ちょっと悲しげな悠木君に自然と上げていた拳が降りてくる。
「先輩は、眞乃亜の容姿って羨ましいですか?」
「もちろんじゃない!完璧だもの!!どこをどう見ても女の子って感じで羨ましい
よ〜〜。」
「・・・でも、眞乃亜は先輩を羨ましがってる。」
「はあ?」
眉間に皺が寄る。
結構、変な顔になっているだろうけど、許して欲しい。
だって、あの彼女がどうして私みたいな男っぽい女を羨ましがるわけ?
わからない・・・・。
「先輩が薄茶の髪・薄茶の瞳・白い肌に憧れる様に、眞乃亜は黒い髪・黒い瞳・
黄色味がかった肌に憧れる。」
「なんで?世の中は、その黒一色が嫌で染めたり、カラコン入れたりするのに?」
「・・・・・眞乃亜は、祖父がドイツ人のクウォーターなんですよ。」
「へ?」
「だから色素が薄いんです。・・・・皆が憧れるものは時に異質なものでもあるん
です。
・・・・彼女、小学校の高学年のときにそれでいじめにあったんですよ。」
「!!!」
絶句・・・・。
まさにこの時の私がそう。一瞬頭が真っ白になった・・・。
私の全てが止まったかのようだった・・・。
「酷かったみたいですよ。昨日までは普通に接してきていた友人が、一斉に彼女
を無視するんです。班分けをしても誰も入れてくれない。連絡事項は届かない、
机や下駄箱が綺麗だった日は無かったって言ってましたね・・・。」
「どうして・・・。」
「彼女が“綺麗”だったからですよ。・・・必ずいますよね?クラスにリーダー格の
女の子って。」
「いるね〜。いけすかないのが・・・。」
「その子が好きだった男の子が『藤崎って綺麗だよなぁ。将来、あの子が彼女
だってことになったら鼻高々よなぁ。』って言った事が原因ですよ。」
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜?」
また、眉間に皺が寄った。
なんじゃそれ?彼女に何の落ち度も無いじゃない!!!
逆恨み?
これだから、その手の女って苦手なのよ・・・。自己中でさ・・・。
「そんな中を親やお兄さんに心配かけたくなくて、卒業まで頑張って
通ったらしいんですけど、さすがに同じ公立の中学に行きたくなくて、
俺が通っていた学園を受験したらしいです。」
「それは、当然よね。・・しっかし、なんで被害者が泣き寝入りしなきゃいけない
んだろう。悪いのはいじめていた本人なのにさ・・。」
「ほんとに・・・。今でも思いますよ。なんで彼女がそんな目に会わなければ
ならなかったんだろうって・・・。初めて会った彼女は始終俯いていて、隅に
ひっそりといる子だったんですよ。」
「でしょうね・・・。心の傷は早々には治らないもの・・・。人間不信になっても
可笑しくないよ・・・。」
「なるべく人と関わらないように、なるべく目立たないように・・・。
兎に角、周りと溶け込んで見つからないように・・・。小さく、小さくなっていて・・・。」
悠木君の顔が辛そう・・・。その時の事を思い出したんだね・・・。
そんな彼を見ていると、こっちも辛くなる・・・。
「でも、悠木君に会えたんだもん!結果的にはよかったのよ!!」
彼を元気付けたくて言った言葉に、彼は、悲しげに微笑んで、
視線を目の前の往来に向けてしまった。
その目がまた悲しそうで・・・。私、何か言ってはいけないことを言ったのかな・・・。
「学校の廊下ですれ違う度に“綺麗なのに、勿体無いな。もっと堂々としてれば
いいのに”って思ってましたよ。」
「うん。分かる気がする。」
「中学の三年の時に一緒のクラスになって、一緒に学級委員をして・・・。
眞乃亜の隠れたいい所が見えてきて、それが誰にも認められていないって
いうのが悔しくて・・・。何よりも彼女自身が自分を否定しているのが嫌だった。」
「う・・・うん・・・・。」
彼の目が遠くなる・・・。
彼自身もその時の彼になっている・・・・。
私の心が変になってきた・・・。今までは、眞乃亜さんの事で自分の事みたいに
怒ってたけど、何だか・・・・・悔しくなってきた・・・・・。
彼にそこまで心配してもらった彼女が、羨ましくもあり、悔しくもあった・・・。
「眞乃亜に自信を持ってもらいたくて、回りに張られた壁を取り払いたくて、
またクラスが一緒になった高一の時は、何かと眞乃亜を表に立たせたんです。」
「・・・彼女には、嫌がられたんじゃない?」
「ええ。でも、クラスの皆の評価は変わりましたよ。ただ大人しい人から、
任せられる人に。・・・友達もできましたしね。」
「良かったね・・・・・・。」
そう言いながら、心の中は全然良くなかった。
胸が苦しくて、痛い・・・・。
「でも、彼女はどこかで自分を否定したままだった。・・・だから、俺は生徒会長に
立候補したんです。・・・会長には副会長二名を指名できたから。指名された方に
拒否権は無かった。」
「まさか・・・。」
「そうです。俺は、眞乃亜を指名しました。俺は、彼女に自信を持って欲しかった。
自分は出来るんだと。・・・閉じ込めてしまった手足を伸ばして欲しかった。」
「会長になったのって・・・」
「眞乃亜のためですよ。でなければ、そんなものに興味はありませんから。」
そう言って私を見る目は、初めてみる目つきだった。
冷静な大人の男の目・・・。
いつもの穏やかな目とは正反対の目つきなのに、これも彼の一面だと思うと
目が離せない。囚われていく・・・・。
でも、彼にこの顔をさせているのは、眞乃亜さんだ・・・。
彼の仕草、表情、行動、今は過去さえも眞乃亜さんに繋がっていく・・・。
彼の何もかもが眞乃亜さんに繋がる・・・。
・・・私だって、彼の事がすきなのに・・・。
どうして、私じゃないのかな・・・。
彼の彼女は、どうして眞乃亜さんなんだろう・・・。
「俺は、ただ眞乃亜の背筋を伸ばしてあげたかっただけだった。それだけ
だったのに・・・。まさか、あんなことになるなんて・・・。」
彼の顔が、先ほど以上に暗く曇ってしまった。
「どう・・したの?」
「・・・俺とクラスが離れた高ニの時、また、いじめにあったんですよ・・・。」
「なんで!!」
「・・・・俺の不注意です。眞乃亜個人にばかり気にかけすぎて、
その周りのことを気にかけていなかった・・・。俺のせいです・・・・。」
「そんな事ない!」
そんな事ない!だって、悠木君は眞乃亜さんを助けたくて、傷ついた彼女に
もう一度前を見て欲しくて頑張ったんだよ?
その彼がどうして悪いの?そんなわけないじゃない!!!
でも、彼は首を左右に振る・・・。
「詳しい事は話せませんが、本当に俺のせいなんですよ・・・。それも素早く解決
できたんですけど二度のいじめに彼女の心は深く傷ついて・・・。だから、いまだに
人の視線を気にするんです。自分を見て笑ってるんじゃないか、自分の事を何か
言っているんじゃないか・・・。まだ、彼女は心の奥で異質だと自分を嫌って
いるんです・・・。」
「悠木君・・・。」
「時々、思うんですよ。俺は眞乃亜にとって出会って良かった人間なのかって・・・。側にいてもいいのかって・・・・。」
「何、馬鹿な事言ってるのよ!!」
「俺が、気にかけなければ・・・好きにならなければ、彼女はあれ以上
傷つかなくて済んだんじゃないかな・・・。」
「でも、笑ってるじゃない!貴方の横で幸せそうに!!彼女は救われたのよ、
貴方に!!でなければ一緒になんか居ない!!」
「先輩・・・。」
私が入り込む隙なんか無いくらい、幸せそうに笑ってた。
彼女の目は彼を信用してる目だった。
彼女には悠木君が必要なのよ・・。
悠木君に彼女が必要な様に・・・。
幸せで居てよ!私に入り込む隙なんて作らないで!!
無理だと、適わないと思わせて!!
これ以上、貴方を想わせないで!!!
「そんな、弱気にならないでよ!眞乃亜さんしか目に入っていない悠木君で
いて!!世界中で一番幸せな二人で居てよ!!でないと、私!
・・・私の気持ち・・・・・・・私は!!」
「華絵さん・・・。」
興奮して、言うまいと決めていた自分の気持ちを言いそうになった私を
静かに私を呼ぶ彼の声が遮った。
私をじっと見つめる瞳に私の興奮も収まってくる。
「恋は何処からやってきて、何処に向かうのでしょうね。
・・・誰もが楽しい恋が出来ればいいのに。」
そう言う彼の顔が、後輩の「悠木 泉」ではなく、一人の男性の「悠木 泉」
だった。
いつもと違う雰囲気に戸惑ってしまう。
私の心を見透かしたような真摯な目つきに、私の時が止まる・・・。
その瞳がそれ以上、何も言うなと言っている気がした・・・。
・・・・・彼は私の気持ちに気づいてる?・・・・・・。
私達の間を駆け抜けた清々しい秋風が、街路樹の黄色い葉っぱを何処かに
連れ去っていった・・・・。
あれから数日がたった。
でも、何となく悠木君と顔を合わせるのが嫌で学祭の準備には顔を出して
いない。
たぶん私の気持ちに気が付いてるだろう彼とは、どんな顔をして会えばいいのか
分からない。
今までみたいに気軽な関係は築けない・・・・。
なんとはなく出かけた街で、なんとなくウィンドーショッピングをしていたら、
道路の反対の歩道を眞乃亜さんが歩いているのが見えた。
・・・なんでこんな時に会うかなぁ・・・。悠木君の次に会いたくないのに・・・。
にしても、やっぱ人目を引く女性だな・・・。
こんな往来でも見つけてしまうんだもん。
は〜〜〜〜〜・・・羨ましい・・・。
羨ましすぎだよ。あんなに綺麗で、何と言っても悠木君に恋されて・・・。
は〜あ・・・すっごく惨め・・・・。
見ててもしょうがない・・・早く立ち去ろう・・・・。
と思い、歩みを進めようとした私の視界に眞乃亜さんに言い寄る男二人が
入ってきた。
歩みを止め、勢いよく道路の反対側を見た。
大学生っぽいんだけど、服もだらしなく着て、手首にも首にもジャラジャラと
金ぴかのアクセサリーつけて、いかにも柄が悪そうな奴らだ。
ああ・・彼女がトートバック抱えて小さくなってる・・・。それをいい事に
益々言い寄ってるよ!!嫌がってるって〜〜の!!
あ〜もう!!この車の流れってば何時止まるの〜〜〜〜!!
ていうか、そこ歩いてるサラリーマンやら学生さんやら助けろよ!!!
嫌がってるじゃん!恐がってるじゃん!!!
・・・もしかして、君たちが恐いのか?そいつらが・・・。
ざっけんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
女の危機を男が見捨てんな!!!!!!!
信号が赤に変わり、車の流れが途切れたのを見計らって、
私は車道に飛び出した。田舎とは違い幅が広い車道を彼女めがけて走った。
・・・よく車が走ってこなかったもんだ・・・。
男の一人が眞乃亜さんの腕を取るより一瞬早く、私は彼女の腕を取り、
私のほうに引っ張った。
「ごめん!眞乃亜!!お待たせ!!」
「え?」
「遅れたね!急ごう!!」
「は?」
突然の事に事態が掴めてないというか、私の事を分かってないと思われる
眞乃亜さんの手を構わず引っ張って走り出す。そして、片手を上げてタクシーを
止め、放心状態の眞乃亜さんを押し込み、その後に自分も乗り込む。
呆然としていた男達が追いかけてきたが、走り出す車に勝てるはずがない。
なにやら大声で叫んでいる男達におもいっきり舌を出してやった。
本当は中指も立てたかったんだけど、それは止めておいた。
タクシーを走らせて来た場所は、埋立地に出来た娯楽施設が集まる
観光スポットだ。
近くの駅でも良かったんだけど、この際だから出来るだけ遠くに行きたかった。
なんだか、すぐ追いつかれそうで・・・。
で、前々から来て見たかった場所まで来た。眞乃亜さんが全額自分が出すと
言って聞かなかったけど、私が来たかったところだし気にするなと言っても
下がらないので折半にした。
でも、彼女は納得してなかったけど・・・。
そして、複合施設の上の階にある海の見える喫茶店のバルコニーで紅茶と
ケーキを楽しんでいる。
海を渡ってくる風は、ちょっと冷たかったけど、まだまだ気持ち良かった。
「ありがとうございました。一度お会いしただけの人に助けてもらうなんて・・・。」
「いいの、いいの。気にしないで。私は逆にあの場に自分が居て良かったと
思ってるもの。」
「本当にありがとうございます。ええっと・・・・。」
そうだった・・・。
タクシーでは「この前はどうも・・」程度しか話してなかったっけ・・・。
うう・・嫌だな・・・。自分の名前・・・・。
「真宮寺です。」
「え?もしかして、華絵さん?」
「そう・・・です・・・。」
彼女の視線が痛い・・・。
きっと彼から色んな話を聞いてたんだろうな・・・。どんなイメージだったのかは
分からないけど、この驚きぶりは今までの反応と変わらないかな・・・。
こんな美人さんに落胆された日には、立ち直れそうにもない・・・。
やっぱ、名前、変えたい・・・・。
「嬉しい。」
は?
目の前の彼女は、にこにこと笑っている。本当に嬉しそうなんだけど、なんで?
「良く、泉君に話を聞いていて、一度お会いしてみたかったんです。」
「イメージ崩しちゃったよね・・・。」
「いいえ!イメージ通り可愛い方です!泉君が言ってた通りです!」
「はい?」
思わず首を傾げてしまう。
何処をどう取ったら、この私が可愛いと?
目、悪くないよね?
気を・・・・使ってる風じゃないわね・・・。ずっと嬉しそうに笑ってるし・・・。
「嬉しい・・・。泉君の話しを聞いていて、憧れてたんです。」
「ええ!?私に?」
「はい!何でもテキパキとこなされて、さっぱりした性格だって聞いてます。
行動力も凄いって!いいなぁ、こんなに可愛くてそれでいて行動的で・・・
羨ましい・・・。」
「え〜〜っと・・・・。」
こんなに人に絶賛されたことがないので、どう答えればいいのか戸惑ってしまう。
しかも、こんな美人さんに・・・。ものすごく照れてしまう・・・。
「話を聞くたびに、自分の意見をはっきり言える真宮寺さんに憧れてたんです。
・・・私って、うじうじした所があって、はっきり人に自分の考えとか言えないし・・。
さっきみたいな事になっても、体がちぢこまってしまって・・・。真宮寺さんみたいに
咄嗟の行動って出来ないんですよ・・・・。」
「ただ単に男勝りってだけよ〜〜。がさつなだけ!田舎の両親に
“もうちょっと女の子らしくしなさい!”って怒られてたもの〜〜。」
小さくなってうな垂れる彼女を励ましたくて、胸を張りケラケラ笑ってそう言った。
・・・事実、男勝りだけどね・・・。
顔を上げた眞乃亜さんがきょとんとした顔で見ている。
・・・・か・・・可愛い・・・。お持ち帰りしてもいいですか?
「充分、女の子らしいじゃないですか。お料理も上手だって聞きましたよ?
小物類も手作りだって・・・。」
「そんな事、普通よ〜〜〜。」
「・・・・私、出来ないんです・・・・。」
「え?」
「料理・・・目玉焼きも焦がしちゃうんです・・。泉君の方が料理は上手で・・・。
後片付けも手早く出来ないし、お皿とかよく割るし・・。ミシンなんて・・・
恐いです・・・。」
意外・・・・。
見た目からすると、色んなレパートリーの料理を網羅して、パッチワークとか
刺繍とかが得意そうに見えるのに。白のレース付きのエプロンとかすっごく
似合いそう・・・。
お菓子も職人顔負けの物が出来きそうなんだけどなぁ・・・。
私が言うのもなんなんだけど、人って見かけによらないのね・・・。
「だから、真宮寺さんって私の理想そのものなんです。」
恥ずかしそうにはにかむ彼女に、こっちが照れてしまう。
でも、私の理想の人に、逆に自分が理想なんて言われたら、嬉しい反面、
何となく悲しい・・・。
複雑・・・。
どうしていいのか分からないから、とりあえず目の前の果物が沢山のった
タルトケーキを豪快にフォークで切り、豪快に口に持っていった。
・・・・ここで「ありがとう」とでも言えばいいのだろうか。それとも
「そんな事は無いよ〜〜」って言えばいいのだろうか・・・。誰か、教えて・・・。
「でも、その反面、恐かった・・・。」
「うん?」
一転して悲しそうに微笑む彼女に、手にしたティーカップが宙で止まる。
「会って二度目の人に言う事じゃないかもしれないんですけど、泉君が
真宮寺さんの話をする度に、彼が真宮寺さんに取られそうで・・。」
「そんなこと・・・。」
「私、うじうじしてて言いたい事はっきり言えないし、女性らしい事なんて
何一つ出来ないし・・・。泉君は私に色んな事をしてくれるのに、私は彼に
何にもしてあげられなくて・・・。」
「料理なんて、やってるうちに上手になるよ!私は小さい頃からやってるから
作れるだけで、これから頑張ればいいじゃない!ミシン使えなくっても
死なないし!最近じゃ、手作りより買ってきた方が安いよ!!それに、こんな
がさつな女より眞乃亜さんみたいにおしとやかな方がいいって!!
・・・え〜〜っと。えっと・・・。」
後は何といって励ませばいいんだ?
割れない皿もあるとか?ゆっくりでもいいなじゃいとか?なに?他は何??
・・・・ていうか、なんで私、恋敵を励ましてるんだろう?涼子がこれを見てたら
「馬鹿の付くほどのお人よしね」と呆れるに違いない。
でも、目の前でしおれている彼女は、なんかこう、気分を盛り上げなければ
という使命に燃えるというか、庇護欲をそそられるというか・・・・。
とにかく、放っておけない雰囲気があって・・・。
・・・・悠木君、君の気持ちが良く分かるよ・・・。
「やっぱり、真宮寺さんって素敵。」
そういって小さく微笑む姿が悠木君にそっくりだった。
それとも、悠木君が彼女に似ているんだろうか。
「泉君には私なんかより真宮寺さんの方が・・・。」
「そんな事!!」
「眞乃亜!!」
私の否定する言葉を遮って彼女を呼ぶ声がした。そして、すぐに眞乃亜さんに
人影が近づいてきた。
顔を上げると、そこには黒のデイバックを片方の肩に掛け、顔中汗だくで、
息をきらせた悠木君がいた。
眞乃亜さんは、何故彼が此処に居るのか分からず呆然としている。
「先輩から電話もらって・・・・。」
「え・・・?」
驚いた顔で私をみる彼女に、にっこりと微笑む。この店に入る前に入った
化粧室で大学に居るであろう悠木君に連絡をとったのだ。少々脚色をして・・・。
その甲斐あって、電話を入れて一時間もかからず彼は此処に到着した。
彼の様子から、走れるところは走ってきたのだろう。
偉い、偉い。
戸惑っている眞乃亜さんの肩を彼が力強く掴む。
「・・・大丈夫か?・・・・・・怪我してないか?・・・」
「うん、大丈夫。」
「そうか・・・良かった・・・・・。」
強張っていた彼の顔が安堵の表情になった時、彼はそのまま床に崩れ落ちる
かの様に膝をつき彼女の白く細い首筋に顔を埋めた。
そっと目を閉じる彼。
それはまるで彼女の全てを肌を通して確認しているように見えた。
「・・・良かった・・・・。本当に・・・・。先輩から電話があった時、俺・・・。
心臓が止まるかと思った・・・・。此処に来るまで生きた心地がしなかった・・・。
違う大学に行った事を・・・・今日ほど後悔したことないよ・・・・・。」
「・・・・泉君・・・・。」
なんでだろう・・・。
目の前で繰り広げられるラブシーンを胸が痛む事なく、見ていられる。
まるで、ドラマか映画のワンシーンを見ている気分だ。
同じ色を発し、穏やかな雰囲気の二人。
悔しいとも、辛いとも、悲しいとも、羨ましいとも思わない。
静かな気持ちだった。
唯一感じた事は、私の恋が終わったという事・・・。
目の前の二人は、二人で一人だった。
口でどんなことを言っても、深いところで離れないほどお互いがお互いを
必要としている事が、今の私には分かる。
悠木君によって運ばれてきた私の恋は、何処に向かう事無く私の中で
静かに終わりを迎えた。
私は、静かに席を立つ。
二人が同時に私を見上げ、悠木君は立ち上がり私の目の前に立つ。
小さな私は、背の高い彼を結構見上げる事になる。
「ありがとうございます。」
彼は深々と頭を下げた。
いつの間にか立ち上がっていた眞乃亜さんも頭を下げていた。
「ち・・ちょっとやめてよ・・・。大した事してないし・・・。」
「そんな事はありません。先輩のお陰で眞乃亜は無事だったんです。
偶然とはいえ、先輩が助けてくれなかったら俺はまた後悔する所でした。
・・・本当にありがとうございます。」
「ありがとうございます・・・。」
「いや・・・ほんとに・・・。」
どうしよう・・・。二人して頭を上げてくれないよ・・・。
私としてはそんな凄いことをしたとは思ってないんだけどなぁ・・・・。
困ったなぁ・・・・。
その時、テーブルの上の細長い白い紙が目に入った。
本当は私が払うつもりだったんだけど・・・。
「じゃあ、ここの支払いは悠木君もちね!」
そう言って、手に取った伝票を彼に差し出す。
顔を上げた彼は、にっこり笑うと
「もちろん。学祭の後の打ち上げも先輩の分は持ちますよ。」
「ラッキー!!・・・眞乃亜さん、学祭においでね!うんとサービスするよ!!」
「はい。」
「じゃあ・・。さようなら悠木君。」
私は、一つの言葉にその場を離れる意味と違う意味の二つを込めて言った。
笑顔と共に・・・。
「さようなら。華絵さん。」
彼からの返答も気のせいではなく、二つの意味が込められていた。
胸が痛む事も、泣きたい気分にもならなかった。
逆に、とてもすっきりした気分になった。
二人に軽く手を振ってその場を後にする。
店を出た私は、直ぐに携帯を手に取り涼子に電話を掛けた。
「・・・・あ、涼子?私。・・・・夜、あんたの所にいってもいい?・・・・
相変わらずいい勘してんねぇ。夕飯とおつまみは作るから、アルコールよろしく!
・・・・大丈夫。信じられないくらいさっぱりしてるわ。・・・・うん、近くに来たら
また電話するよ。じゃあね。」
持つべきものは気心の知れた友人ね・・・。
小さなため息と共に携帯をカバンの内ポケットに放り込む。
「よしっ!」
気合を入れて顔を上げる。
そして、力強く一歩を踏み出す。
一年以上も抱いていた恋心は一瞬にして終わった。あっけない幕切れだけど、
不思議と悲しくない。恋した時点で、実らないと分かっていたからという事も
あるかもしれないけれど、あの二人を見ていると醜い気持ちが沸いてこない。
逆に温かな気持ちになってしまう。
本当に、いいカップルだわ・・・。
辛い恋だったけど、それ以上に教えられる事が多い恋だった。
・・・私、自分と向き合ってみよう。自分の駄目なところばかりじゃなくて
いい所に目を向けよう。
私なりに磨いてみよう。自分のダイヤを。
ゆっくり、じっくりと・・・。
綺麗に輝かせないともったいないよね。
悠木君、貴方と出会えてよかった。
色んな事を教えてくれてありがとう。
素直になるきっかけをくれてありがとう。
眞乃亜さん、貴方と話しが出来てよかった。
もっと色んな話がしたいな。
今以上に私の心が整理ついた頃、友達になれるかな?
貴方達の恋が更に幸せな場所に向かう事を願ってるよ・・・。
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