be there... Scene4
銀座で騒ぎが起こった同じ日。
時間は、それより少し後。
真山美咲は、姉の清香(26)の仕事に付いて、世界的にも有名な植物研究所に来ていた。
この研究所は、広大な敷地に絶滅危惧種をその植物が自生している環境に設定した研究棟に保護していた。
その研究所の所員が、アフリカで新種の植物を発見したのだ。
清香は新聞記者で、今日はその取材であった。
美咲は、常々行ってみたかったこの研究所に、姉に頼み込んで連れてきてもらったのである。

希少種を保護・保管する研究所は、一般人は立ち入り禁止なのだ。

「はい、これが研究棟のパス。お姉ちゃんの取材中は、見学してていいそうだから。終わったら電話するわ。くれぐれも、植物を傷つけないでね!」
清香は、妹にプラスチック製のパスカードを渡しながら、注意していた。
「大丈夫よ。それより、早く行ったほうがいいんじゃない?」
「ああ、そうね。じゃあ、またあとでね。」
二人は研究所本館のロビーで別れた。

美咲は、先ず、全面ガラス張りの亜熱帯地帯に設定されている研究棟に入った。
セキュリティーボックスにパスカードを差すと、扉が自動的に開いた。
中に入ると、亜熱帯独特の湿った暖かな空気が彼女を出迎えた。(ちょっと暑いな。)と入った時はそう思った美咲だが、写真でしか見たことのない外国の変わった木々や花達を見ているうちにそんな事はすっかり忘れていた。
ここには、亜熱帯の鳥達も生息していた。
(花もそうだけど、鳥もカラフルなのね〜。)
美咲は、目の前をかすめ飛んでいった鳥を見送りながら、そんな事を思った。

歩行者用に舗装された細い道を奥へ奥へ進んでいくうちに、
人の声がしてきた。
(?研究所の人かな?)
そう思いながら、声のする方へ歩みを進める。
すぐに声の主の居る場所にたどり着いた。
(あれ?あれは・・・)
美咲から少し前にいる声の主は、見知った男性の後ろ姿だった。
彼の肩や腕、足元には、様々な種のカラフルな鳥達が集まっていた。
美咲には、その姿が大変幻想的に写った。
「こら、そんなに引っ張るなよ。」
彼が、自分の髪をクチバシで引っ張る一羽の小鳥に、優しく注意する声を聞いて、我を取り戻した美咲は
「きさ・・らぎ・・くん?」
と、問いながら彼に歩み寄った。
突然の呼びかけに驚いた彼は、ものすごい勢いで、美咲の方を振り向いた。
と同時に、彼の周りに居た鳥達は、飛び去ってしまった。
「真山?」
怪訝そうな顔つきで綾人が言う。
「え?本当に、如月君?」
こちらは、もっと怪訝そうな顔つきで問う。
綾人はしばらく、なぜ彼女がそのような顔つきなのか分からなかったが、
すぐに思い出した。
右手を右目に当てる。
(あっ!!今日、俺、コンタクト・・・・)
そう、休日で且つ仕事だったので、学校の者は知らない本来の彼の瞳の色なのである。
「は〜〜〜。」
綾人は、深いため息をつき、右手を右目からはずし、
「これが、本来の俺の瞳の色だよ。」
と、観念したように言った。
「え?ええええ!?」
「学校では、黒のカラコンしてるの。」
「うっそ〜〜〜〜。」
「ほんとう・・・。」
美咲は、目をこれでもかというくらい見開き、バチバチと瞬きしている。
しばしの沈黙・・・・。
ずっと、綾人のオッドアイの瞳を覗き込んでいた美咲も、落ち着きをとりもどし、
「もったいないね。綺麗なのに・・・。」
今度は、残念そうに呟く。
(そんな事はじめて言われたな・・・。)
言われた方は少々驚く。
「俺は、黒や茶色の中にこんな色だから、あまり好きじゃないけど・・・。まっ遺伝じゃ仕方がないけど・・。」
「遺伝?」
「そう、父親は純粋な日本人なんだけど、母親がグローバルな家系のフランス人なんだ。目がそれぞれに先祖帰りしたらしい。」
「へっ!?」
彼から淡々と告げられる新たな事実に美咲は驚く。
「如月君って、ハーフなの?」
「ああ。さっきも言った様に母親の家系は色んな人種の血が混じってるから、純粋に半分づつじゃないけど。」
「ふ〜〜〜ん、それで、そんなに綺麗な顔立ちなのね。」
「なんだ、それは?」
「ほら、言うじゃない。色んな血が混ざった方が綺麗な子ができるって。だから、東南アジアの女性って綺麗じゃない。色んな国の人の血がまじってるから。」
「俺は、男だけど・・・・。」
ちょっとした沈黙・・・・。
美咲は焦った。
(私ったら・・・・。わ・話題を変えよう・・・。)
「あ・あのね。どうして、学校にはカラコンしてくるの?」
「今まで話した事を毎回毎回説明するのがめんどくさいし、目立ちたくないから。」
「・・・・ねぇ、いじめられた?」
「小さい時にね。自分達と違う姿形の人間は、いいターゲットだ。」
「・・・・。黒い瞳が嫌で、金色だの青色だののカラコンいれるのにね。
猫なんて、オッドアイだと高いんだよ。」
「は?ねこ〜?」
美咲は、元気づけようと言った事が、なんだか、的外れになっていることに気づき、
顔が赤くなる。
「あ・あのね、えっとね・・・。」
なんとかしようとすればする程、言葉が出ない。
「俺、猫といっしょかよ〜〜〜。」
綾人はそう言うと、腹を抱えて笑い出した。
最初は、静かなイメージのある彼が大笑いしている事に驚いていた美咲であったが、
そんな彼を見ていたら自分もなんだか可笑しくなってきて、一緒に笑い出した。

「あ〜〜〜、こんなに笑ったの、久しぶりだな〜〜。」
綾人が息を整えながら言う。
美咲は照れる。
「ところで、真山、なんで此処にいるんだ?」
そう問われて、美咲も気づく。
「そういう、如月君こそ・・・。」
二人は、一番肝心な事を忘れていた。
ここは、一般人立ち入り禁止の研究施設である。


「私は、姉の取材の仕事に着いてきたの。」
「取材?・・・あ〜、新種発見のね。って、真山の姉さんって新聞記者なのか?」
「うん、そう。父もね、今はフリーライターだけど、昔は新聞記者だったの。その
影響らしいわ。」
「ふ〜ん。・・・って、もしかして、お父さん『真山一馬』?」
「そうだけど、良く知ってるわね。うちの父って結構マイナーなのよ。」
「それは、彼が書く事件が難しいから、一般受けしないだけで、業界の人間とか
理解できる人間には有名な人だよ。」
「そうなの・・・。父の認識を改めないと・・・じゃあなくて!如月君はどうして
此処にいるの?」
話題がそれ始めたのを美咲が修正する。
「ああ・・・・。祖父がね、ここの所長をしてたことがあって、小さい頃から
入り浸ってるんだよ。」
「へ〜・・・。(うん!?)」
感心していた美咲の頭の片隅に、なにやら引っかかる人名があった。
「おじい様って『如月隼人博士』?」
「真山こそ、良く知ってるじゃないか。植物学者なんてマイナーなやつ。・・・ああ、
そうか。去年、じい様が死んだ時にテレビで随分騒いでたもんな。」
そう言う彼の瞳が悲しそうだった・・・。美咲は、また、自分が話題の選択を誤ったことを
気がついた。
「ご・ごめんなさい。」
美咲は、綾人に頭をさげた。
「??真山が謝ることじゃないだろう。そういえば、お姉さんに無理言って連れてきてもらったん
だよな。楽しみにして来たのに、ここで足止めじゃあ悪いな。ここから先、俺が案内してやるよ。」
そう言うと、綾人は踵を返し先へ進もうとして、何か思い当たる事があり、立ち止まり、
美咲の方を振り向く。
「言い忘れてたんだけど、俺の目の事とか両親の事とか今日話した事、誰にもしゃべらないで
くれないか?」
「大丈夫。誰にも話さないわ。特に かすみには。」
美咲がニッコリ笑う。
(ああ・・・、桜井だけにはバレたくなぁ・・・。ヤツが目の事を知ったら、
何をされるやら・・・。)
綾人の頭の中に小悪魔の角とシッポが生え、ニンマリ笑っている かすみ が現れた。
「二人だけの秘密ね。」
「ああ、そうだな。」
美咲の言葉に綾人は優しく微笑んだ。
その笑顔が、なんともいえな程綺麗で、美咲は見とれてしまった。
「さぁ、行こうか。」
「うん!!」
二人は並んで歩き出した。
「でも、今日は、如月君には驚かされてばっかりだわ。」
「そうかな?」
「そうよ!」
そんな会話をしながら奥へ進む二人。


〜二人だけの秘密〜


自分が発した言葉が自分の胸の奥で、甘く広がっていく。
これが何なのか、この時の美咲には分からなかった・・・・・。
<<backnext >>