be there... Scene5-1
(まだ、式は終わってないのか?)
綾人は、誰も居ない静まりかえった校舎の中を、自分の教室をめざして
歩いていた。
(あっ、やっぱりまだだ。)
自分の教室に着き、後ろのドアを開けて教室内に誰も居なかった事で、
そう確信する。
綾人は、窓際の自分の席に着き、座ると机につっぷした。
(疲れた・・・・・。)
彼は、朝方まで、一人の犯人と格闘していた。今回の犯人は、念動力の強い
保持者で、なかなか手強い相手だった。途中何度、周りに被害が及ばなければ、リミッター(制御装置)を外そうかと思った事か・・・。
なんとかねじ伏せた時には、辺りが白々と明けはじめていた。
力(=ESP)を使った後は、普通の戦闘より疲労が倍増する。それだけ、力は
体に負担をかけるのだ。
(そのせいか、保持者の体は力を生涯一度も使わなかった場合、非保持者の
倍以上長生きする程体力があるらしい)。
だから、相手によっては体力温存の為、力を使わず、武器や格闘で押さえ込む。しかし、今回はリミッター装着状態で出せるだけの力をフル動員しなければ、取り押さえる事ができなかったので疲労困ぱいである。
学校も休もうかと思ったが、一学期の終業式で授業は無いし、早く帰れるので、式はどうでもいいのだが、通知表ぐらい受け取りに行く事にした。
春麗に「律儀な子ねぇ」と笑われながら・・・。

仮眠を取り、特機専属の医者に、栄養剤と体力増強剤を注射してもらったとはいえ、疲労感は消える事はない。

(早く帰って、寝たい・・・・。)
学校に来たばかりなのに、そんな事を思っていたら、式が終わりクラスメイト達が講堂から帰ってきた。
「ずりいぞ、校長の話サボるなんてよ」
とか
「休みかと思ってたぞ〜」
とか言いながら、綾人の肩や背中を叩き、男子生徒が通り過ぎていく。
今まで静かだった教室は、瞬く間に賑やかになってくる。
そんな中、
「あれ〜、美少年!重役出勤か〜い?」
ものおじしない かすみ の声が降ってきた。
綾人は、だるそうに体を起こし、横を向く。
「桜井、その呼び方は止めろと言ってるだろう・・・。」
「うん。じゃあ、色男。」
「・・・・桜井・・・・。」
悪びれる事なく言う かすみ に対し、綾人は何も言えなくなる。
かすみ の隣にいて二人の会話を聞いていた美咲が綾人の顔色に気づき、
「ねえ、如月君、具合悪いんじゃない?顔色悪いよ?」
と、心配そうに聞いてきた。
綾人は、そんな美咲と何だか偉そうな態度の かすみ を見比べて、
「桜井、お前には、真山程の思いやりは持っていないのか・・・。」
と、聞く。
「自分の彼氏でもない奴に、思いやれる程、私の心のキャパは広くない!!」
かすみは文字通り、胸を張って言った。
「かすみ〜〜〜〜〜・・・・。」
「おまえな〜・・・・・」
二人は、あきれて二の句が継げない・・・。
(何で、俺の周りって自己中が多いんだろう・・・・。)
そう思った綾人の脳裏に「京」と「春麗」の顔が浮かんだ。

そんな三人のやり取りを、教室の前の入り口から怒った顔で見ている
男子学生がいた。
美咲の彼氏で、隣のクラスの「芝山 誠(しばやま まこと)」である。
彼は、この休み時間の間に、美咲に伝える事があってやって来たのだが、美咲と綾人が話しているのを見、嫉妬し、怒っていた。
美咲と綾人が、7月のある日を境に、良く話しをしているのを見かけるようになり、違うクラスというのも手伝って、気が気ではなかった。
「美咲!!」
誠は、ほとんど怒った声で、美咲を呼んだ。
「あれ?誠くん・・。」
美咲は誠の方に走って行く。
「何か、不機嫌だな。彼氏。」
かすみ が入り口で話をしている二人を見ながら言った。
「自分の彼女が自分以外の男と話してれば、やきもちくらい妬くだろう。」
「私も居るのに?」
「・・・・・・・・・・・。」
「っていうかさぁ、そういう心理状態がさらさら〜〜っと出てくるってことはさ〜」
かすみの目が、気持ち悪いくらいうれしそうである。
(また、何か思いついたな・・・・。)
綾人は、顔をひきつらせた。
「自分もそういう経験がるのかい?色男く〜ん」
「だから、その呼び方はやめろと」
「そんな事は、どうでもいいから!!どうなのよ?色男でもやきもちやくの?ってか、彼女いるの?ねえ、どうなの?ねえ、ねえ、ねえ!!そこんとこ、ど〜なんですか〜〜〜?」
今回、かすみは芸能レポーターになっていた。
(誰か、助けてくれ・・・・。)
仕事でどんな強敵に出会っても、どんな困難な状態になっても、人に助けを求めた事がない綾人が、本気で他人に助けを求めた。
あと、疲労感も倍増した・・・・。
be there... Scene5-2
美咲とかすみは、学校が終わった後、渋谷に出てきた。
美咲は、本当なら部活が休みの誠とデートだったのだが、誠の母親の具合が悪いらしく中止になり、かすみと遊びに出てきたのだ。
「ねぇ、何処でお昼にする?」
美咲がかすみに問う。
「そうね〜、お手軽にマックかケンチキ?」
「アフタヌンティーのサンドセットという手もあるけど?」
「あ〜〜〜〜〜、どうしよう。」
二人が、お昼の相談をしながら渋谷の街を歩いている時、美咲の視界の端に
見知った人物が入ってきた。
「あれ?」
美咲は立ち止まり、大通りの向こうを見る。
「どうしたん?」
急に立ち止まった友人に かすみ が聞く。
「ほら、あれ。」
美咲は、大通りの向こう側を指さしながら答える。
そこには、街路樹の下、携帯電話で話しをしている、綾人が居た。
「あれは、美少年じゃん!!美咲、良く見つけたわね〜。この人ごみと交通量の
中から。誠くんもその調子で見つけるの?」
「え!?いや・・・そんな事はないけど・・・。ほら、如月君、背が高いから・・・・。」
「ああ、確かに。目立つわね。」
その時、かすみの目が何かを企んだ光を放つ。
「よし!捕獲しよう!!」
かすみは、美咲の手をとり、少し先にある横断歩道へ小走りに向かっていった。

「はい、分かりました。・・・・ええ、では、その様にお願いします。僕は予定通り
明日の九時に入りますから。では、また。」
綾人が本部との定期連絡を終え、携帯をズボンの後ろポケットにしまった時、
「やっほ〜、色男。可愛い女の子にお昼なんかご馳走しないか〜い!」
という声と共に、彼の目の前にかすみと美咲が現れた。
かすみは満面の笑みで、美咲はすまなそうな顔で・・・。
「桜井・・・・・。」
「な〜〜〜に?何か不満?こんな可愛い子二人が、逆ナンしてるのに。
ありがたいと思われても迷惑だと思われる事はないと思うのよね。」
「・・・・・・・。」
何の疑いも無く、はっきり、きっぱり言うかすみに対して、
綾人は何も言えなかった。
(ほんっとに自己中だな・・・。)
とは、思ったが・・・。
「俺もこれから食べに行く所だったんだ。一緒に行くか・・・。」
「もちろん、おごりでしょうね!!」
「・・・おごりです・・・。」
犯罪者には強い綾人も女性(というか かすみ)には弱かった。



かすみと美咲は居心地が悪かった。
お尻の辺りがムズムズする。
今座っている椅子の座り心地が悪いわけではない。むしろ、柔らかいクッションは
座り心地が良かった。
天井が高く、落ち着いた感じの調度品が揃えられた広い店内を見渡すと、
いいスーツを着たおじ様やらおば様、若いマダムの姿がちらほら見える。
そんな彼らのお世話をするウエイターとウエイトレスの動きは、洗練されて滑らか
である。
料理と料理の間は間が空くことは無く、グラスの中の水は常に一定だった。
綾人に連れられて入ったこのレストランに、自分達の存在はイレギュラーだった。
せめてもの救いは、今日の自分達の服装が、出迎えたウエイターに眉をひそめ
させる
ジーンズやスニーカーでは無かったことだ。
綾人に連れてこられたのは、渋谷駅の近くにそびえ建つ高層ホテルの最上階の
展望レストランである。
超がつくほどの所ではないが、そこそこの値段はする。
とりあえず、高校生のみで来るところではない。

二人は、糊づけが利いた白いテーブルクロスに包まれ、中央にバラの入った一輪
挿しが飾られたテーブルの向かいに座るクラスメイトを見た。
彼はこの雰囲気に飲まれる事も無く、どちらかといえば溶け込み、慣れた手つき
で食事の注文をしていた。
「シェフのおすすめで。食後に紅茶をお願いします。」
「はい、かしこまりました。」
ウエイターは、背筋を真っ直ぐに、45度の角度でお辞儀をし、テーブルを去った。
「ねぇ。確かにお昼をおごれと言ったけど、こんな高そうな所に連れて来いとは言
ってないわよ。もっと、手軽なファーストフードで良かったのよ。」
かすみは、少し身を乗り出し、小声で訴える。
「ランチタイムだから高くはないが?それより、ファーストフードって、どんな
食べもんだ?」
『はぁ〜〜?』
かすみと美咲は、目を丸くする。
最初は冗談かと思ったが、綾人は冗談が言える性格ではなかったし、なにより、
二人を見る目がマジだった・・・。
二人は、絶句したまま固まった。
(こいつ、マジでボンボンだよ・・・・。)
かすみは心の中で、汗をかいた。



やっぱり食事はおいしかった。食後の紅茶は、家のティーパックとは違い、
香りも味も良かった。
いま、綾人は支払いをしている。
値段が気になり、二人はそっと、支払いカウンターの上に置かれている伝票を覗
く。一番下の「TOTAL」と書かれた欄には「¥15000−」と書かれていた。
一食分が、彼女達の一ヶ月分の小遣いに匹敵した。
「じゃあ、これで。」
そういいながら、綾人が財布から出したのは、クレジットカードのゴールドだった。
(やっぱ、ゴールドカードか・・・・。ふふふふ・・・。)
かすみの目が又怪しげに光った。

「ありがとう。ごちそうさまでした。」
美咲は深々と頭を下げる。かすみも一緒に下げる。
「どういたしまして。・・じゃあな。」
そう言って、立ち去ろうとした綾人を
「ちょ〜〜っとまった〜〜!!」
と、昔人気のあったお見合い番組の決まり文句のような言葉が引き止る。
「なんだよ、桜井。」
「私、来週が誕生日。美咲は、9月が誕生日。」
「で?」
「プレゼントちょ〜だい。」
かすみは、ウィンクして両手を差し出す。
「な・何言ってるの!!お昼おごってもらったじゃないの!!それで、十分でしょう
!!如月君も気にしないで帰っちゃって!!!」
美咲は、綾人に向けられて差し出されているかすみの両腕の一方を、グイグイ自
分の方に引き寄せる。
しかし、かすみは、満面の笑みを綾人に向けたまま、差し出した手を引っ込める
気配は無い。
綾人は「蛇に睨まれた蛙」の気持ちが良く分かった。
蛙は観念した。
「・・・・わかった。買ってやる。」
「さすが、若社長!そうと決まったら膳は急げよ!!行くわよ!!!」
「か・かすみ!!!!」
かすみは、美咲と綾人の手を引っ張り、歩き出した。
(帰って、寝たかった・・・・・・。)

be there... Scene5-3
「いや〜〜〜、悪かったね〜〜。」
微塵も「悪かった」とは思っていない かすみ が満足気にアイスカフェ・オレを
啜る。
「本当にごめんね。ごめんね。」
美咲は、目の前のオレンジジュースには一口も口をつけないで、ただひたすら謝り続けている。
彼女たちのそれぞれの足元には、大きな真っ青な紙袋が置いてある。
白文字で「BURBERRY」と小さく書かれている・・・。
かすみの袋には、小一時間悩んだ挙句、やっと決めた「ピンクのサマーセーター・バーバリーチェック柄のミニプリーツスカート・黒サンダル」が、美咲の袋には、遠慮しつづけて、一向に選ぼうとしない彼女に綾人が店員を一人つけ、やっと選んだ「バーバリーチェックのワンピース・白の七分袖のカーディガン・茶色のローファー」が入っている。
(しかし、正反対の二人だよな〜。)
ブレンドコーヒーを飲み、妙に感心しながら綾人は二人を見ていた。
「桜井は、少し気にしろ。真山は、気にするな。」
「差別だわ・・・。」
「差別されないように行動しろよ。」
「・・・・・それはさておき、あんたって、いいとこのボンボン?」
「はぁ?」
何の脈絡もなく聞かれて、綾人は眉を顰める。
美咲は、やっと口にしたジュースを噴出しそうになった。
相手の怪訝そうな顔つきは無視して、かすみが続ける。
「だってさ、あのレストランの昼の値段が安いっていうし、なんだか場慣れもしてる
し。万単位の服も気軽に買ってくれるし、高校生のくせにカード持ってて、しかもゴ
ールドだし。このご時世に『ファーストフード』知らないし・・・。だから、ご両親の稼
ぎのいい御家なのかなぁと思って。」
「(自分自身が稼いでるって事もあるんだが・・・・)ああ、確かに母親の稼ぎはい
い。なにせ、世界中を飛び回ってる忙しい人だ。じい様の印税も入るし・・・・。父親
は、俺が七つの時までは、稼ぎが良かったな・・・・。」
「今は、悪いのかい?」
「七つの時に死んだからな・・・・。」
そう言った綾人の目が冷たかった。
いくら時間が経っているとはいえ、肉親の死に対して悲しみがないはずはないの
だが、彼の瞳は何の感情もこもっていない、無の状態だった。
かすみと美咲は、背筋が凍る思いがした。
口が開けない。

そんな重苦しい雰囲気を壊すかのように、綾人の携帯がなった。

「あっ、悪い。」
綾人は、席を立ち、喫茶店の出入り口に向かう。

『は〜〜〜〜〜。』

残された二人のどちらともなく、安堵のため息をつく。
そして、顔を見合わせた。

「じゃあ、気をつけて帰れよ。」
「あんたもね。」
「今日は、ありがとう。」
綾人は、かすみに無理矢理連れてこられた百貨店の前で、二人と別れた。
その数十分後、彼は、「特機」本部の建物の中を自分の執務室に向かって、廊下
を歩いていた。

彼の執務室は、一人で居るには十二分すぎる程の広さがある。
その真ん中には、応接セットがあり、窓を背にする格好で、どこかの会社の重役
が使っている様な重鎮で広い机と黒い革張りの椅子がある。一方の壁には、キャ
ビネットが置かれ、様々な題名の本が収められている。重鎮な机の上には、本庁
のスパコン直通の省スペースデスクトップと、個人の薄型ノートパソコン、本庁の
長官直通の電話と、一般業務用の電話が置かれている。

ちなみに、隣の本部長の部屋も同じ見取りと設備である。ただ、本部長室には仮
眠室が付いている。

執務室に入り、椅子に座り込むと業務用の電話の内線ボタンを押した。
「はい?」
スピーカーからアリスの声が聞こえる。
「悪いんだけど、コーヒーを持ってきてもらえるかな?」
「は〜い、わかりました。」
内線電話が切れる。
綾人は、向きを変えると、二つのパソコンの電源を入れた。
電子音と共に、二つのパソコンが立ち上がる。

「へい!!コーヒー 一人前おっまち〜〜〜〜〜〜〜。」
ノックもせず、ハリネズミヘアの京がコーヒーカップ片手に、綾人の部屋に入って
きた。勢いが良かったので、カップからコーヒーが少し飛び出た。
「ノックぐらいしてください。」
綾人は、黒のカラコンを取りながら言う。
「おお!わりぃ〜わりぃ〜!!でよ〜、両手に花の感想を聞かせろや〜〜〜〜。

持ってきたコーヒーカップを、綾人の机に置きながら、怪しい目つきで京が聞く。
「何処にいたんですか・・・。」
「ああ、お前らが買い物してたデパートで、俺様、香苗と食事しててよ。その帰りに
見かけたんだわ。」
「・・・・今日は、日勤でしたよね・・・・。」
「おうよ!それがどうした?」
「勤務中に奥さんと食事しないでください・・・。」
「かてぇこと言うなよ〜。最近、忙しくてすれ違ってるだろ?ちょっとした空き時間
に自分んちのカミさんに会うくらいどうってことねぇだろが〜。別に、愛人と会って
るわけじゃなし。で、どっちが本命だ?」
京の目が爛々と輝いていた。
まるで、うわさ好きの専業主婦だ・・・・。
(ほんっと、どうして、俺の周りって・・・・。)
綾人は、コーヒーを一口すすり、デスクットプの方でメールをチェックする。
「二人共、ただのクラスメイトです。しかも、セミロングの子は彼氏持ちです。」
「ほ〜〜、そうなのか?俺様てっきり、その子が彼女かと思っちまったよ。」
「はい?」
視線を画面上の検事から送られてきた添付書類から、京に移す。
「なんかよ〜、醸し出す雰囲気があま〜〜〜〜くてよ〜。香苗もそう言ってたしな
〜。」
「はぁ、そうですか・・。」
そういいながら、綾人は、画面の書類を読む。
「でも、もう片方の子とそう思われるよりはいいですね。なんてったって、今日は、
その子に昼と誕生日プレゼントをたかられましたから。」
「そいつは、しっかりしたお譲ちゃんだな!お前と一緒だといい思いできるもんな
!!俺様にもおごれや。」
「同じ様にたかられるのなら、女性の方がいいです。」
「ほお。綾人も男だったんだな。」
そう言いながら、京は、胸ポケットから出したタバコに火を点ける。
綾人は、片手で頭を抱えている。
「で、僕を呼び出した理由はなんですか?」
「おう、いけねぇ!すっかり忘れてたぜ!!」
「・・・・・。」
「今日、3件目が起こった。」
京の顔は先程とは打って変わって、至極真面目で硬い。
「詳細をお願いします。」
そう言う綾人の顔も隊長の顔つきである。
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