8月に入ったばかりの熱帯夜のその日。
港区にある高級住宅街で、残虐な犯行が行われていた。
大手家電メーカーの重役の屋敷に、7月に入ってから立て続けに3件起こった強盗殺人犯達が押し入ってきた。
時刻は、23時35分。家人であるこの家の主と一人娘は眠りに就くところであった。いつも通りなんの憂いもなく一日が終わるはずだった。しかし、音もなく屋敷に忍び込んだ男たち4人によって、恐怖のどん底に叩き落される。
二人は、リビングに連れ出され、後ろ手に手錠をはめられた。
(セキュリティは?セキュリティはどうしたんだ?)
そう、セキュリティが働いていれば、こんな男達が易々と侵入できるわけがない。
その謎はすぐ解けた。
その日の午後、セキュリティ会社の点検だと言って、屋敷中を点検していた男の顔があった。セキュリティの点検などとは嘘で、家人にばれぬ様に密かにシステムを壊していたのだ。所詮、人が作り出した物。屋敷にあがれば壊す事など簡単だった。
「これで、全部か?」
主犯格の男が、主の前に広げられているこの家中を引っかき回して集められた宝飾品や株券、小切手、現金、その他お宝の山を見ながら、銃口を主の後頭部に突きつけたまま問う。
主は、震えながら頷く。
今年20歳にはったばかりの娘は、体を父親に寄り添わせたまま、青白い顔色で、カチカチと歯を鳴らし、俯いたまま震えている。
「おい、入れろ。」
主犯格の男が、他の3人に財産を持ってきたスポーツバックに入れるよう命令を出す。3人は荒々しい手つきで、無造作に詰めていく。
3人が詰め終わったのを見計らって、主犯格の男が
「ご苦労だった。褒美をやる。」
と、3人に言い放った。
「待ってました!!」
3人はそう言うと、父親の側で小さく震える娘を抱え上げ、長ソファに押し倒す。
「いやああああああああ!!」
娘は、ちからの限り叫ぶ。
「む・娘には手をださない約束だろう!!」
父親が叫ぶ。
「俺はな。」
「きさま!!」
「黙って見てろ!!」
父親の腹に、男の重い蹴りが入る。
「がはっ!!」
父親は崩れ落ちた。
ソファの娘は、着ていたパジャマを剥ぎ取られ、清楚な下着も無残に引き千切られ、今や全裸を3人の男達にさらけ出していた。
「・・・いや・・・やめて・・・・。おね・・・がい・・・。」
娘は、泣きながら身を捩じらせ、逃げようとするが、その仕草が男達の欲情を更に掻き立てる事になる。
「さぁ、お嬢さん。俺たちといい事しようね〜〜〜〜。」
「い・いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」
それから数時間後―――――
特機本部敷地内 同専用研究・医療施設内 解剖室。
「これが今回の?」
綾人は、目の前のステンレス製の台の上に置かれ、グリーンの厚手のシートを掛けられた物体を挟んだ向こう側に居る、肩まである髪を後ろに一本に結び、眼鏡をかけ白衣を着た医学博士「刑部 司(おさかべ つかさ)」(33)に尋ねる。
「そう。被害者だ。」
綾人は、遺体の顔の上のシートを勢いよく捲った。
遺体は、あの重役の成れの果てだった。その死に顔はひどかった。
顔はのけぞり、目は飛び出さんばかりに見開かれ白目を向いている。
口もこれ以上開けられないという限界まで開いていた。
・・・・苦悶の顔。
「ひでぇ。」
二人と一遺体より少し離れた所に居た京が、顔を歪ませる。
綾人は、遺体の顔を無表情で見続けている。
「やはり、今までと同じなんですか?」
「そう。幻覚を見せられての悶死。幻覚で人一人殺せるんだ、今回の犯人は、強いテレパスの持ち主だな。」
「そうですね。そういえば、もう一人被害者が居たと聞きましたけど。」
遺体の顔にシートを掛け直す。
この部屋に入った時、遺体は一つしかなかった。
「九段の警察病院に入院中。」
「生きてたのかよ!!」
京が驚く。
無理もない。今まで、家人は皆殺しにされ目撃者が居ない。しかも犯人は、自分達に辿り着くような形跡も残していないため、犯人の全体像が掴めていなかったのだ。遺体解剖の結果の『強力な幻覚による悶死』という事実からの「テレパシー保持者による犯行」ぐらいしか分かっていない。
生存者が居るという事は、確かな目撃証言が得られるということなのだ。
これで、捜査が前進すると京は思ったが、刑部の表情は暗い。
「どうかしたんですか?」
相変わらず、無表情な綾人が聞く。
刑部は、両腕を組み、首をかしげる。
「確かに、心臓は正常に動いているし、自発呼吸もしているから生きている事にはなるんだろうが、あれは、人として生きてる事にはならんだろう。」
「壊れているんですか?」
「・・・・。20歳の娘さんでな、解放されるまでの数時間、犯され続けていたみたいで、身体以上に精神(こころ)がな・・・・。」
「回復の見込みは?」
「無い。」
「ちっくしょ〜〜〜う!!!」
京が叫びながら床を思いっきり蹴り上げる。
その声と音が、タイル張りの狭い部屋に響き渡る。
解剖室の音が鳴り止んだ時、
「ダイブ(=精神潜入)は不可能ですか?」
とまたもや無表情で綾人が刑部に聞いた。
「う〜〜ん、今彼女の精神状態は、作り始める前のジグソーパズルの様にバラバラになっている。普通の精神状態の人間にダイブするのとはわけが違う。迷い込んだらダイブした人間も廃人になる。」
「可能なんですか?不可能なんですか?」
「・・・・・、早くしないと危険性は高くなる。」
綾人は、胸ポケットから携帯を取り出し、電話をかけた。
「捜査中すみません。大至急、アリスを連れて解剖室まで来てください。大至急です。」
電話を切り、携帯を取り出した胸ポケットにしまった時、陽介とアリスが手を繋いだ状態で綾人の目の前に現れた。
ドアから入ってきたのではない。現れたのだ。
先程綾人が電話をした相手は、別件捜査中の陽介だった。
陽介は、出先から一旦本部の捜査課の部屋(綾人以外の隊員がいる部屋)にテレポートし、捜査資料のファイリング中のアリスを連れて、解剖室に再びテレポートしたのだ。移動にテレポートは禁止されているが、緊急時はその限りではない。
「アリス、忙しい所すみません。これから博士と一緒に九段の病院へ行って、被害女性の精神(なか)にダイブし、犯人の映像を取り出して来てください。女性は、まともな状態ではありませんので、くれぐれも無理はしないように。あと、女性のあなたには耐え難い映像があります。覚悟してください。」
「わかりました。」
「では、陽介。二人の事お願いします。」
相変わらず、無表情で淡々と指示をだすと、綾人は解剖室を後にした。
京は「あんま、無理すんじゃねえぞ。」と一言言い残して出て行った。
「ねぇ、アリス。綾人君は、どうかしたの?」
言葉遣いは普段通りなのに、顔は能面の様に無表情の綾人に陽介は驚いた。
「ああ、陽介君は初めてなのね、あの状態の綾人君を見るのは・・・。彼はね、殺された死体の前だと、感情がなくなるのよ。私も理由は知らないのよね。京や春麗あたりは知ってそうだけど。」
「・・・・そう。」
「さぁ、行きましょう。時間が無いわ。」 |