be there... Scene6-1
8月に入ったばかりの熱帯夜のその日。
港区にある高級住宅街で、残虐な犯行が行われていた。
大手家電メーカーの重役の屋敷に、7月に入ってから立て続けに3件起こった強盗殺人犯達が押し入ってきた。
時刻は、23時35分。家人であるこの家の主と一人娘は眠りに就くところであった。いつも通りなんの憂いもなく一日が終わるはずだった。しかし、音もなく屋敷に忍び込んだ男たち4人によって、恐怖のどん底に叩き落される。
二人は、リビングに連れ出され、後ろ手に手錠をはめられた。
(セキュリティは?セキュリティはどうしたんだ?)
そう、セキュリティが働いていれば、こんな男達が易々と侵入できるわけがない。
その謎はすぐ解けた。
その日の午後、セキュリティ会社の点検だと言って、屋敷中を点検していた男の顔があった。セキュリティの点検などとは嘘で、家人にばれぬ様に密かにシステムを壊していたのだ。所詮、人が作り出した物。屋敷にあがれば壊す事など簡単だった。

「これで、全部か?」
主犯格の男が、主の前に広げられているこの家中を引っかき回して集められた宝飾品や株券、小切手、現金、その他お宝の山を見ながら、銃口を主の後頭部に突きつけたまま問う。
主は、震えながら頷く。
今年20歳にはったばかりの娘は、体を父親に寄り添わせたまま、青白い顔色で、カチカチと歯を鳴らし、俯いたまま震えている。
「おい、入れろ。」
主犯格の男が、他の3人に財産を持ってきたスポーツバックに入れるよう命令を出す。3人は荒々しい手つきで、無造作に詰めていく。
3人が詰め終わったのを見計らって、主犯格の男が
「ご苦労だった。褒美をやる。」
と、3人に言い放った。
「待ってました!!」
3人はそう言うと、父親の側で小さく震える娘を抱え上げ、長ソファに押し倒す。
「いやああああああああ!!」
娘は、ちからの限り叫ぶ。
「む・娘には手をださない約束だろう!!」
父親が叫ぶ。
「俺はな。」
「きさま!!」
「黙って見てろ!!」
父親の腹に、男の重い蹴りが入る。
「がはっ!!」
父親は崩れ落ちた。
ソファの娘は、着ていたパジャマを剥ぎ取られ、清楚な下着も無残に引き千切られ、今や全裸を3人の男達にさらけ出していた。
「・・・いや・・・やめて・・・・。おね・・・がい・・・。」
娘は、泣きながら身を捩じらせ、逃げようとするが、その仕草が男達の欲情を更に掻き立てる事になる。
「さぁ、お嬢さん。俺たちといい事しようね〜〜〜〜。」
「い・いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 
 
 
 
それから数時間後―――――
特機本部敷地内 同専用研究・医療施設内 解剖室。
「これが今回の?」
綾人は、目の前のステンレス製の台の上に置かれ、グリーンの厚手のシートを掛けられた物体を挟んだ向こう側に居る、肩まである髪を後ろに一本に結び、眼鏡をかけ白衣を着た医学博士「刑部 司(おさかべ つかさ)」(33)に尋ねる。
「そう。被害者だ。」
綾人は、遺体の顔の上のシートを勢いよく捲った。
遺体は、あの重役の成れの果てだった。その死に顔はひどかった。
顔はのけぞり、目は飛び出さんばかりに見開かれ白目を向いている。
口もこれ以上開けられないという限界まで開いていた。
・・・・苦悶の顔。
「ひでぇ。」
二人と一遺体より少し離れた所に居た京が、顔を歪ませる。
綾人は、遺体の顔を無表情で見続けている。
「やはり、今までと同じなんですか?」
「そう。幻覚を見せられての悶死。幻覚で人一人殺せるんだ、今回の犯人は、強いテレパスの持ち主だな。」
「そうですね。そういえば、もう一人被害者が居たと聞きましたけど。」
遺体の顔にシートを掛け直す。
この部屋に入った時、遺体は一つしかなかった。
「九段の警察病院に入院中。」
「生きてたのかよ!!」
京が驚く。
無理もない。今まで、家人は皆殺しにされ目撃者が居ない。しかも犯人は、自分達に辿り着くような形跡も残していないため、犯人の全体像が掴めていなかったのだ。遺体解剖の結果の『強力な幻覚による悶死』という事実からの「テレパシー保持者による犯行」ぐらいしか分かっていない。
生存者が居るという事は、確かな目撃証言が得られるということなのだ。
これで、捜査が前進すると京は思ったが、刑部の表情は暗い。
「どうかしたんですか?」
相変わらず、無表情な綾人が聞く。
刑部は、両腕を組み、首をかしげる。
「確かに、心臓は正常に動いているし、自発呼吸もしているから生きている事にはなるんだろうが、あれは、人として生きてる事にはならんだろう。」
「壊れているんですか?」
「・・・・。20歳の娘さんでな、解放されるまでの数時間、犯され続けていたみたいで、身体以上に精神(こころ)がな・・・・。」
「回復の見込みは?」
「無い。」
「ちっくしょ〜〜〜う!!!」
京が叫びながら床を思いっきり蹴り上げる。
その声と音が、タイル張りの狭い部屋に響き渡る。
解剖室の音が鳴り止んだ時、
「ダイブ(=精神潜入)は不可能ですか?」
とまたもや無表情で綾人が刑部に聞いた。
「う〜〜ん、今彼女の精神状態は、作り始める前のジグソーパズルの様にバラバラになっている。普通の精神状態の人間にダイブするのとはわけが違う。迷い込んだらダイブした人間も廃人になる。」
「可能なんですか?不可能なんですか?」
「・・・・・、早くしないと危険性は高くなる。」
綾人は、胸ポケットから携帯を取り出し、電話をかけた。
「捜査中すみません。大至急、アリスを連れて解剖室まで来てください。大至急です。」
電話を切り、携帯を取り出した胸ポケットにしまった時、陽介とアリスが手を繋いだ状態で綾人の目の前に現れた。
ドアから入ってきたのではない。現れたのだ。
先程綾人が電話をした相手は、別件捜査中の陽介だった。
陽介は、出先から一旦本部の捜査課の部屋(綾人以外の隊員がいる部屋)にテレポートし、捜査資料のファイリング中のアリスを連れて、解剖室に再びテレポートしたのだ。移動にテレポートは禁止されているが、緊急時はその限りではない。
「アリス、忙しい所すみません。これから博士と一緒に九段の病院へ行って、被害女性の精神(なか)にダイブし、犯人の映像を取り出して来てください。女性は、まともな状態ではありませんので、くれぐれも無理はしないように。あと、女性のあなたには耐え難い映像があります。覚悟してください。」
「わかりました。」
「では、陽介。二人の事お願いします。」
相変わらず、無表情で淡々と指示をだすと、綾人は解剖室を後にした。
京は「あんま、無理すんじゃねえぞ。」と一言言い残して出て行った。
「ねぇ、アリス。綾人君は、どうかしたの?」
言葉遣いは普段通りなのに、顔は能面の様に無表情の綾人に陽介は驚いた。
「ああ、陽介君は初めてなのね、あの状態の綾人君を見るのは・・・。彼はね、殺された死体の前だと、感情がなくなるのよ。私も理由は知らないのよね。京や春麗あたりは知ってそうだけど。」
「・・・・そう。」
「さぁ、行きましょう。時間が無いわ。」
be there... Scene6-2
綾人は、少し前屈みに自分の胸より少し下辺りの高さの鉄柵に頬杖をつき、本部前を行きかう人や車を眺めていた。
日が傾き、昼間より幾分か過ごし易くなったとはいえ、夏真っ盛りなのだから、それなりに暑い。
しかし、冷房が効きすぎている館内に一日中居て、冷えすぎてしまった体には、ちょうど良かった。
綾人は、あまりエアコンが得意ではなかった。暖房は乾燥しすぎて喉をよくやられるし、冷房は、体が冷えすぎて頭痛がする。だから自宅では、冬場は床暖房とオイルヒーター、夏場は、ドライ機能と扇風機だ。
 
「・・ンだよ。こんな所にいやがったのか。」
後ろから京の声がする。
綾人は振り向かず、片手を上げただけだった。
「暑くねぇか?」
京は、綾人の左隣に来て、鉄柵が背もたれになるように、寄りかかりながら聞いた。
「いえ。冷えた体が温かくなって、ちょうどいいです。」
「相変わらず、エアコンにぁ弱いな〜〜。俺様なんか、エアコンのない生活なんて、これっぽっちも考えられね〜な〜。」
そういいつつ、胸ポケットからマルボロライトと100円ライターを取り出す。
タバコを一本取り出し、口に加え火を点けようとした時、隣から、ヌッと手が伸びてきた。京は、タバコを加えたまま、唇の端を引き上げると、そのまま火を点け、それを伸びてきた手に渡す。
綾人は何も言わず、自分の口に運ぶ。
「この不良が。」
「元不良に言われたくありませんね。」
「・・・。お前さ〜、ここ一月程、量が増えてねぇか?俺様のストックの減りがはえ〜んだけどよ・・・。」
 
綾人もタバコを吸う。とは言っても、週に2・3本程度の軽い息抜き感覚である。一箱買ってもあまり減らないので自分のタバコとライターは持っていない。吸いたい時は、京からもらう。京がいない時は、彼のストックの一つを勝手に開ける。
さも当然のように。
ちなみに、綾人に酒とタバコが法律的に許されるのは、一年先の18歳からだ。一方、京はヘビースモーカーである。何かというと吸っている。どうにかすると立て続けに・・・。そんな彼が、個人に割り当てられた部屋以外は完全分煙化された本部で、デスクワークをするのは最悪な状況である。
ただでさえ、文章というのは苦手でイライラするのに、そのうえ、精神安定剤的タバコが吸えないので、更にイライラは募り、極限のストレス状態になる。タバコの代わりにと、妻にキャンディーを持たされているが、口にいれた途端、噛み砕くので、意味がない。
アリスに「人間蒸気機関車」と言われるほどのヘビーである。
 
余談ではあるが、そんな京も喘息持ちの妻の前では一切吸わない。
自宅でもホタル族である。
誰かが「惚れた弱み」と言っていた。
 
「増えたかもしれませんね。今回の件は、情報が少なくて、動きようがありませんでしたから。」
「うんにゃ。事件の前からだ。」
京に指摘され、綾人は苦笑いをした。
 
確かに、今回の事件が発生する前の7月のあの日から、彼はタバコの量が少々増えていた。
その日まで、ろくに話などしたことのない彼女と、一部分とはいえ、初めて普通の他人と自分の秘密を共有する事になったあの日から・・・・。
気づけば、彼女が視界に居た。友人と笑いながら話す彼女を見ると、心が温まった。逆に、彼氏と一緒に居る所を見れば、氷の様に冷たい物が心を横切る。
当初はその感情の正体が分からず戸惑いもしたが、今はその感情がなんなのか分かっている。
でも、その感情に浸る事はできなかった。
いや、意図的にしなかったと言った方が正しい。
自分と彼女には「保持者と非保持者」という大きな隔たりが存在していたし、彼自身が色んな意味で特殊な人間だった。
立場上、個人の感情に浸っては居られなかったし、常に危険に身を置く自分には、今以上の人間関係はいらない。何より大切な人を自分と同じような危険に晒したくなかった。一度、自分の持つ力のせいで、大切な人を亡くしてから彼は、「安らぐ場所」を手に入れる事を放棄した。
だから美咲に想いを告げる気はない。
クラスが変わるなり、高校を卒業すればこんな感情は消え去る。
そういう風にも思っていた。
美咲の顔がふっと浮かび、それにある少女の顔が重なる。
(・・・・・樹里・・・・・。)
綾人は、その映像を消すかの様に目を閉じる。
 
「タバコは今度、買い足しておきますよ。」
(こんにゃろ、話、はぐらしやがった・・・。)
京が何か言おうとして、口を開いた時、屋上の出入り口から声がした。
「おい!そこの不良ども!」
本部長の渡辺だ。
「部長、本庁から戻られてたんですか?」
綾人は振り向きながら言う。
「なんだよ、親父。」
こちらは、盛大に煙を吐く。
京は、上官の渡辺を「親父」もしくは「親父殿」と呼ぶ。
言い改めるように、周りがいくら言っても直らないので、もう、誰も何も言わない。
養女のアリスでさえ、仕事場では「部長」と呼ぶのだが・・・・。
「犯人の詳細が挙がってきた。小会議室に来い。・・あと、吸殻はちゃんと規定の場所に捨てて置けよ。清掃課のおばちゃんから私が怒られるからな。」
そう、つい先日、渡辺は古参の清掃課の女性に「屋上によく吸殻が捨ててある!きちんとゴミ箱に捨てるように全職員に指導するように!!」と注意されたのだ。
 
 
薄暗い小会議室に、アリス以外のメンバーが細長い木目調のテーブルを囲む様に座っている。正面のスクリーンには、今回の犯人と思われる男性の顔が映し出されている。
髪はスポーツカットより長いくらいで、顔は日に焼け角ばっている。
顔の皺である程度の年齢に達している事が伺われる。
自分の前にモバイルPCを置いている陽介が説明をする。
「今、写っているのが主犯格と思われる男で、梶原省三(かじわら しょうぞう)、
47歳。170cm・70kg。で、次が・・・。」
陽介がPCのボタンを押すと、スクリーンには別の男性が映し出される。
さき程の男に良く似ているが、丸顔で幾分若い。
「梶原務(かじわら つとむ)、44歳。先ほどの梶原省三の弟です。168cm・
70kg。で、次が・・・・。」
又、ボタンを押し、映像を変える。
頭部には髪の毛が一本もない、小太りな男が写る。
「市原清治(いちはら せいじ)、44歳。165cm・80kg。で、次が・・・・」
「おい、まだ いんのかよ。」
禁煙のこの部屋に入る前に綾人からもらったガムを噛みながら、京が言う。
次は、やせ気味な顔が写っている。
「これで、最後ですよ。え〜〜〜っと、山口忠雄(やまぐち ただお)43歳。175cm・75kg。この四人は、傭兵仲間で、今年の5月まで色んな国を転々としてます。傭兵時代も犯罪を犯して大なり小なりトラブルを起こしていますね。」
「だれが、テレパスなの?」
春麗が腕組したまま聞く。
「それがですね・・・、分からないんですよ・・・。」
『わからない!?』
京と春麗が口を揃えて叫ぶ。
「ええ、各方面から取り寄せた傭兵時代の書類には記載されていませんでした。テレパスですから、使わなければ誰にも気づかれませんし、強力な幻覚を見せる程ですから、気づかれても忘れさせる事ができたんだと思います。」
「おいおい、幻覚で人を殺せる奴だぞ?そいつを最初に一発で仕留めねぇと俺らが幻覚であの世に行かされっちまうぞ!」
「ええ。二課(特機の捜査専門課)の方達も一生懸命調べてくれていますけど、判明には時間が掛かると思われますし、判明するかどうか・・・・。」
「あ゛〜〜〜〜、アリスが精神攻撃使えたら楽なのによ〜〜〜。」
京がぼやく。
「攻撃系が使える場合は、守備系も使えるので、今回のテレパスは、常にバリアを仲間にも張り精神攻撃対策はしてると思います。」
アリスは、精神世界に入る事ができても、テレパシーによる攻撃や守備はできない。半径5kmに居る人間と会話できるくらいだ。
「アリスが攻撃系のテレパスだったとしても、現場には出しませんよ。テレパスの割り出しは二課に任せて、我々は、彼らの帰国してからの足取りと拠点の割り出しに重点を置きましょう。」
そう言って、綾人は席を立つ。
「そうだな。皆、今回も気を引き締めて取り掛かってくれ。」
渡辺も続いて席を立つ。
「しばらく、眠れそうにないわね。ったく、睡眠不足はお肌の大敵よ!」
と言いながら席を立ち、部屋を出て行く春麗を綾人が引き止めた。
「すみませんが、春麗。」
「なあに?」
「今、アリスは医療部の方で休んでいるんですが、2・3日落ち着くまで付いていてもらえませんか?」
「構わないけど。あんた達3人で大丈夫なの?」
「大丈夫です。心配しないで下さい。・・・それと、アリスに伝えて欲しい事があるのですが。」
「うん?」
「ありがとう。・・つらい思いをさせてゴメンと・・・。」
綾人は心底「すまなかった」といった顔をしている。
そういう時の彼は、特機の隊長というより、ただの17歳の少年になる。
仕事とはいえ、15歳の少女に、数時間に渡って男達に犯される被害女性の映像は言葉では表す事ができない程つらかったろうと、彼は思っていた。
春麗は「くすっ」と微笑むと、綾人の左の頬に自分の右手をそっと添えた。
「伝えとく。あの子も特機の人間よ。分かってるから。気にしないの。」
春麗の唇が綾人の唇に軽く触れた。
この行為に、一般の男女の甘い感情はない。
春麗は、綾人が幼くして入隊した当時から、彼を元気づける意味で、唇以外に頬や額に口付けてきた。母親が子供に対して行うように・・・。
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