(・・・俺一人なら、何とかなるんだが・・・・。)
綾人は、3人の同級生達を見る。綾人同様、3人共後ろ手にされ手錠をはめられている。そのうちの女性2人は、憔悴し体力の限界が近い。
(まいったな・・・。)
今度は、自分達を見張っている男2人を見る。
一人は、銃を突きつけ立っている。もう一人は、窓際を外を見ながら行ったり来たりウロウロしてる。
二人の顔は、先日スクリーンに映し出されていた映像の中にあった。
(よりによって、こいつらとはな・・・・。)
二人共、先日身元が判明した強盗殺人犯4人組のうちの2人であった。
側で見張っている男は、梶原務。動物園のトラのように始終うろついているのは、小太りの市原清治。
(さて、どうする・・・。)
アリスにより判明した、強盗殺人犯の顔写真は、一斉に都及び近県に指名手配され、検問・パトロールがより一層強化された。それにより、5件目の事件は発生していないが、足取りがぷっつりと途切れてしまった。
やっと、突き詰めたアジトはつい数分前まで居た形跡だけがあり、捜し求める者達の姿は無かった。
(どこに隠れた?奴らは帰国したばかりで、何処かの組織に属している分けではないからそうそう、いつまでも隠れて行動できないはずだが・・・・。元傭兵か・・・、厄介だな)
綾人は思考の海を漂っていたが、それを引き上げる声がした。
「美少年!HR終わったけど、なに、ぼ〜〜〜〜〜としてんの?」
かすみの声に意識を戻した綾人は、辺りを見渡す。
クラスメイト達はそれぞれ帰っている。
「夏休み中とはいえ、そんなに盛大に夏休みボケかまさんでもよかろうに。」
「・・すみませんね・・・。」
そう言って、綾人は席を立ち、教室を出て行こうとした時、
「あ〜〜〜、ちょいまち。ちょいまち。」
かすみが引き止る。
「なんだ?課題なら貸さないからな。」
「ちっ!!じゃ、なくて。これから何か予定有り?」
「夕方から入ってるけど、どうした?」
「あ〜いや〜〜〜〜。この前のお返しに『ファーストフード』をおごろうかと
思いまして。」
それを聞いた綾人がフッと笑う。
「それ、お前の提案じゃないだろう?」
「あっ、バレバレ?」
かすみは舌をチロッとだした。
「昨日さ、美咲が家に来て、今日の登校日に『何かお返ししよう!!』って力説するのよ。私は、する必要ないって言ったんだけど、珍しくひかなくてね〜。根負けしたわけ。」
「ほ〜〜。」
「で、うちらのお小遣いで出来る事といえば、君が知らない『ファーストフード』に
招待する事しかないので、お誘いしているわけですよ。」
「ふ〜〜ん。折角のお誘いだからお付き合いしますけど、真山は彼氏はいい
のか?」
「ああ、それなら・・」
「お待たせ!!」
説明しようとするかすみの声を遮って美咲の声が、教室の出入り口から聞こえた。その後ろには、どことなく不機嫌な芝山誠が立っている。
一緒に行くらしい。
「おい、大丈夫なのか?」
綾人が心配そうにかすみに聞く。
「たぶんね・・・。」
かすみは両手を上げ、おどけたポーズをとり答える。
そして、一時間後。4人は何故か横浜の桜木町駅にいた。
(なんで、マックに行くのにハマなんだ?)
誠の心の疑問を他所に、女性陣は楽しそうに話しながらランドマークタワーへ歩いていく。
(それにしても、きまずいな・・・。)
誠は、隣を歩く自分より幾分背の高い同級生を見る。
1年・2年と同じクラスにもなった事の無い、誠的には「目の上のタンコブ」と二人にされて何を話せというのだろうか。しかも、誠は話好きでも、綾人は積極的に話す方ではない。それでも、社交的な誠はコミュニケーションを図ろうと努力する。
「なぁ、あんた、結構高いけど、身長いくつ?」
「うん?春の身体検査の時は177だったけど、時々関節が痛むからまだ伸びてると思う。」
「へ〜〜。何食べたらそんなにデカくなるんだ?」
「食べてるもんなんて、皆一緒だろう。遺伝じゃないのか?」
「あっそっ。」
会話が途切れる。努力は無駄に終わったようだ。
二人は、目的地に着くまで無言だった。
「は〜〜〜い、と〜ちゃ〜〜く!!」
かすみがランドマークの施設の一つランドマークプラザ3階にあるマクドナルドの前でおどけて言う。
綾人は眉間に皺を寄せる。
「おい、この黄色いマークは街中で良く見かけるぞ?なんでわざわざ、ハマなんだ?」
綾人の発言に誠も心の中で頷く。
「それは〜〜、私がランドマークタワーのスカイガーデンに行きたいからで〜〜す!!」
両手を思いっきり広げて、またもや当然のように言うかすみに綾人は眩暈がした。
(結局、お前に振り回されるのか・・・。)
ここ数日間の疲れが一気に襲ってくる感覚がした。
「さ〜さ〜、入って、好きなもん注文してよ!!」
(って、言われてもな〜・・・。)
存在は知っていても入った事のない綾人は戸惑った。
(いつも京が適当に買ってきてくれるからな・・・。)
綾人は、ファーストフードを食べた事がないわけではなかった。ただ、いつも、京が適当にマックやケンタッキーや吉野家などに行って買ってきてくれるので、そういうのが『ファーストフード』と称されているを知らなかったのだ。
とにもかくにも、なんとかありがたく(?)昼食を終え、一行は69階のスカイガーデンへと向かった。ここの料金は皆、自腹である。
ギネスにも登録されているという「750m/分」の速さが自慢のエレベーターは、一気に69階まで駆け上る。
そのエレベーターを降りると、目の前には「テニスコートが約5つ分」入るとパンフレットにこれまた自慢してあるフロアと360度見渡せる強化ガラスの窓が出迎える。
『きゃ〜〜〜〜〜、すっご〜〜〜〜い!!』
女性陣は、まるで小学生の様にはしゃぎながら窓へ走り寄る。
男性陣は、ゆっくりと彼女たちの方へ歩み寄る。
ヒュ〜〜〜
誠は、思わず目の前に広がるパノラマの風景に小さく口笛を吹く。
今日は、天気がいいので遥か遠くまで見渡せる。
遠くの富士山の山頂部分も見える。
かすみは思わず手を合わせた。
そして、なんとなく下に視線を移すと、背筋に冷たい物が流れた。
目も眩むような高さというのを実感したのだ。
(「空の散歩道」ね。旨い事いうじゃない、三菱地所!!)
パンフレットのうたい文句を思い出し、感心してしまう。
「なんだか、下界は騒がしそうだな。赤色灯だらけだ。」
誠が下を指差しながら言う。
「ほんとうね。何かあったのかしら?」
美咲が首をかしげる。
普通なら、気にならない綾人だが、今回はその赤色灯の多さが気になり、何とも言えない悪い予感に、ポケットの携帯に手を伸ばす。が、画面には「圏外」の文字。
(こんな超高層に入る分けないか・・・。)
と思い、フロアを見渡し公衆電話を探す。
その時だった。
開いたエレベーターからエレベーターガールを人質にし、手に手に拳銃を持った男4人組みが現れた。
きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
フロアに居た他の女性客数人が叫ぶ。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々。
展望フロアはパニックに陥った。
パン!パン!!
「静かにしろ!!!」
数発の銃弾の音と男の怒号が響く。
逃げ遅れた綾人達を含む十数人がその場で固まる。
「よし、一箇所に集めろ!」
エレベーターガールを捕まえている主犯格の男が他の3人に命令する。
各々銃を片手に、バラバラに散らばっている人質達を一箇所に集める。
自分の前に固まりが出来た頃、腕に捕まえていた女性をその中に放り投げる。
(あいつら、例の!!)
綾人の目の前にいる男4人組は、特機が必死になって捜し求めている強盗殺人犯達であった。
(なんでこいつら此処にいるんだ!・・ああ、所轄が特機に連絡しなかったな!!
くそっ!!!)
そう、綾人が推測するとおり、港区所轄の警察官が偶然にも指名手配犯の一人を発見し、所轄署には連絡したものの、特機への連絡を怠っていた。いや、意図的にしなかった。
所轄の人間には特機の存在を良しとせず、「自分達の事件は自分達で解決する!」と意気込む者達がいた。扱い始めた事件が強力な「保持者」が絡んでいた場合、それは、所轄から特機に移るので、手柄を横取りされた気分になるのだ。しかも、いまだに差別の対象である「保持者」に手柄が移るのだ。いい感情を持つ者はあまりいない。
今回も、そのような心理が働き、自分達で捕り物を繰り広げたが、相手は一枚も二枚も上手の元傭兵軍団だ。追い詰めることは出来ても、あと一歩の所で逃げられる。それを繰り返しながら、此処まできたのだ。
数人の殉職者を出しながら・・・。
追い詰められた犯人は、最後の手段、人質を取り篭城し逃げ道を作ろうとして、今、綾人の目の前にいる。
(京や春麗が出動してて、こんな状況になるはずがない!何度、言えば分かるんだ、あの石頭ども!!)
心の中で仕事場では聞かれない言葉で悪態をつく。
しかし、今更、所轄の判断ミスを責めてもしょうがない。
この場をどう乗り切るかを考えねば。相手は、元傭兵で凶悪犯だ。
慎重に事を運ばねば・・・。
(まいったな・・・。テレパスがいるから、アリスにテレパシーを使っての連絡はとれない・・・。さて、どうしたもんかな・・・。)
綾人は、相手の出方を待った。何かしら要求をするだろう。
しかし、相手は、人質達の周りに座り込み、何かをしようとする気配はない。
時々、外の様子を見に誰かが立つくらいだ。
そんな状態が2時間続いた。フロアが朱色に染まっている。
(これ以上この状態がつづけば、他の人達の体がもたない。ここは一か八か・・。)
綾人が賭けにでる。
「あの・・。すみませんが。」
「なんだ?」
ちょうど、綾人の目の前にいた主犯格の梶原省三が答えた。
「人質がこの大人数では、あなた方も大変でしょう。逃げる際も邪魔です。僕が残りますから、他の人達は解放してください。」
その言葉に、美咲達3人が一斉に綾人を見る。
綾人は、省三を真っ直ぐに見据えたまま視線をそらさない。
しばらく、綾人の目を見ていた省三がニヤッと笑った。
「いいだろう。確かに坊主の言うとおりだ。」
綾人は安堵の表情を浮かべる。
「だが、坊主のお友達も残ってもらう。」
「なっ!!」
「お前さんは、年の割りには度胸が座り過ぎてんだよ。そんな人間一人にしてみろ、俺たちに対して何しでかすか分かるもんか。」
そう言うと素早く立ち上がり、
「聞いての通りだ。ここの学生さん達以外は解放してやる。さっさとエレベーターで下に行きな!!」
と怒鳴りながら指示を出す。
少年・少女達を置いて、自分達だけ助かるのは気が引けた。なかなか、腰が上がらない。しかし、モタモタしていると殺されない勢いだ。
他の人質達は綾人達に心で詫びながら、エレベーターへと消えていった。
そして、初めて、67階に待機している警官に要求が出された。
・ ランドマークからすべての警官をひかせること。
・ 厨房にある食材に薬など盛らぬこと。
・ 逃走用のヘリと海外出国用のチャーター機を用意する事。
・ ヘリと飛行機に関しては、明日の朝まで待つ。
警察は、人質の安全のために、警官をすぐに下へ呼び戻し、その際一切の小細工を禁止した。綾人達は、携帯電話を壊され、念の為と後ろ手に手錠をはめられた。 |