辺りは暗くなり、フロアには自動的に照明が灯る。
主犯格の省三は、清治と弟の務を綾人達の見張りに残し、自分と山口忠雄は階下のホテル(ランドマークタワーは49階から70階までがホテル)で休憩する事にした。数時間後に交代する事を約束して。
(・・・俺一人なら、何とかなるんだが・・・・。)
綾人は、3人の同級生達を見る。綾人同様、3人共後ろ手にされ手錠をはめられている。そのうちの女性2人は、憔悴し体力の限界が近い。
(まいったな・・・。)
今度は、自分達を見張っている男2人を見る。
務は、銃を突きつけ立っている。清治は、窓際を外を見ながら行ったり来たり
ウロウロしてる。
(よりによって、こいつらとはな・・・・。さて、どうする・・・。)
同級生達が一緒ということもあるが、誰がテレパスか分からない以上、綾人としても動きようが無い。そして、この同級生達は自分が「保持者」で特機のメンバーである事を知らない。故に力は使えない。学校に通う以上「保持者」とバレてはいけない。それが条件で今の学校に通わせてもらっている。
母親のネームバリューもあるのだが・・・。
綾人としては、義務教育以上の学校に行く気はなかったのだが、母と春麗が「学生の時に
しか経験できない事もある。「世間を広げると思って!」と頑なに進めるので、通っている。あの2人の願いには弱い。
「おい。俺、下の厨房に行って、何か食いもん探してくらぁ。務、そいつら頼むわ。」
「ああ。こいつらの分も見繕って来いよ。逃げる時に足手まといは困る。」
「わかった。」
先程まで、所在なさげにうろついていた清治が非常階段室に消えた。
残ったのは、務のみである。
(しめた!!)
綾人が後ろの手錠の鎖を気づかれない程度の力でちぎろうとした時、務が美咲とかすみの方にニヤニヤ笑いながら近寄っていった。二人は座ったまま本能的に後ろへ逃げる。
「な・なんですか・・・。」
震えながらも相手を睨みつけて、かすみがけん制する。美咲もなんとか睨み返している。
「お〜お〜。かわいいね〜〜。震えちゃって〜〜〜。いいね〜、女子高生ってのも。」
務はしゃがみこみ、まるで、品定めをする様に二人を上から下へ見定める。
その視線は、まるで、体中を目の前の男の手で撫でまわされている様な感じがし、ゾッとした。
「気の強そうなのも良いけど・・・。」
視線がかすみから美咲へ行く。
「やっぱりこっちの方がいいかな。」
そういうと、務は立ち上がると同時に美咲の右の二の腕を掴み上げた。
「美咲から離れろ!!」
恋人を助けようと、誠が体ごと務に立ち向かってくる。
しかし、
「うるせぇ!!」
顔面を務の左手の甲になぎ払われ、吹き飛んだ。
誠の体は、小さな放物線を描き、床に激突した。
「がっ!!」
床に叩きつけられた時、誠から痛々しい声が漏れる。
鍛え上げられた肉体に適うわけがない。
見目麗しい少年の行動が、務の癪に障ったのか、美咲を手放すと、相変わらず持ったままの銃を片手に誠の方に歩みよる。
「恋人を守ろうとするのは、いい心掛けだが、それも時と場合によるんだよ。少し、大人しくしてろ!!」
銃口が誠の体に向けられた。
撃たれる!!
誰もがそう思い、目を閉じた瞬間・・・
ゴキュ・・・。
銃声とは違う、何か鈍い音がした。それと共に、拳銃が床に落ちる音がする。
?????
てっきり撃たれたと思った誠は、鈍い音と自分に何ら痛みがないのが不思議で、何が起こったのかを確認しようと、恐る恐る閉じた目を開けてみる。
「!!!!」
そこに、映し出されたものは、顎が斜め45度上をそれに比例した形で、頭が斜め45度下を向き、目は白目を向き、口から涎をたらし、力なく立つ務の姿だった。
彼の頭は、後ろから出されている手ががっちりと掴みこんでいる。
その手首には、数分前まで拘束具としての役目をしていたが、今や太いブレスレットと化した手錠がはめられていた。
手が、先程まで「務」という人間だった人物の頭を解放する。
ドサっ・・・。
ある程度の身長と体重のある体は鈍い落下音と共に、床と対面する。
務が取り除かれた後に現れたのは、綾人だった。しかし、その表情は、学校でみる少年ではなく、冷静沈着な戦闘員の顔だった。
綾人は、注意が誠一人に向いた瞬間、手錠を引きちぎり、気配を消し、務の背後をとったのだ。相手も元傭兵で、いくら気配を消したとはいえ、真後ろに立たれれば、敵に気づくのだが、務が反撃を起こすより早く、綾人が行動に移し、息の根を止めたのだ。
(・・・ど・どういうことだよ・・・・・・。)
目の前の光景に、対処できない誠が心で呟く。
女性陣は、誠以上に目の前の事を現実として受け止めることが出来ずにいた。
綾人は、同級生の奇異な視線に気を止めることなく、しゃがみ込むと、うつ伏せに倒れている、「務」だった物の背中にある、ズボンに無造作に突っ込まれているファイティングナイフを取り出し、ナイフケースから本体を取り出し、見定める。
(さすがに手入れされてるな・・・。)
刃渡り15cm程でグリップ共々刃の部分も真っ黒にコーディングされている。
闇の中、ちょっとした明かりで刃が反射しないようになっている。
それを、ケースにしまい、背中のズボンに引っ掛ける様に突っ込みながら、立ち上がり、今度は、「務」を蹴り上げてひっくり返す。
「・・うっ!!」
ひっくり返された務の悲惨な形相に、美咲とかすみは軽い嘔吐感を覚え、
顔を背ける。
その間も綾人は淡々と務の体を手で軽く叩きながら探る。
その手がズボンのポケットの上で止まる。
(・・・良かった。こいつがもっていて・・・。)
綾人がポケットに手を突っ込み、取り出したのは、小さな手錠の鍵であった。
まず、それで、ブレスレットと化している自分の手錠をはずす。
そして、それを持って誠の側に行く。
「大丈夫か?」
そう言いながら、誠の上半身を助け起こす。
「・・・あ・ああ。叩かれた頬以外は・・・・。」
「そうか・・・。」
綾人は、誠の手錠を外す。
「ほら、これで、彼女達も楽にしてやれ。」
綾人は、手首をさする誠に鍵を手渡した。
「お・おう・・・。」
誠は、ヨロヨロと立ち上がり美咲達の方へ向かった。
綾人はまたも務に近寄る。
務のシャツの裾を捲り、目的の物を確認する。
(予備の弾はやっぱりベルトか。)
務のベルトは、西部劇に出てくるような、ベルトに予備の弾が張り付いた様に装着されていた。それは、ベルト通しに通されていなかったので、容易くはずれる。そして、側に落ちているもう一つの彼の遺品を手に取る。
それは、銃身6インチ(約15cm)・リボルバー(回転式)銃である。
(44マグナム・・・・コルトのアナコンダか・・・。)
綾人は、二つを手にしたまま、美咲達の手錠を外し終えた誠に近づく。
「おい、芝山。お前、拳銃使った事あるか?」
「ああ、何度か。父親に練習場に連れて行ってもらった事がある。」
「その時の銃は?」
「S&WのM60・・・・。」
「リボルバーか・・・、じゃあ、これも同じリボルバーだ。」
そう言って、誠にアナコンダとベルトを手渡す。
「え?え?」
「いつも使っているのに比べると銃身も長いし、重量もそれなりにあるが、基本は一緒だ。お前は、鍛えてるからこれの反動にも耐えられるだろう。お前に、犯人を殺せだの、命中させろだの言わない。護身の為だ。」
「護身って、もしかして、俺たちだけで逃げるのかよ!?」
「そうだ。警察は、俺たちが人質になっている限り手はだせない。俺たちも取引が済めば消される。それなら、自分達で活路を開いた方が、生き残れる確率は上がる。」
綾人の真剣な目に誠は覚悟を決めた。
「・・・・わかった。けど、これも巻くのかよ・・・。」
誠は予備の弾が装着されているベルトを指差した。
つい先程まで生きていたとはいえ、死体から取って来た物だ、気持ち悪い。
「当たり前だ。お前の得物は、6発なんだぞ。予備を入れても18発だ。地上まで逃げるのにそれでも足りないくらいだ。」
「・・・わかったよ・・・・。」
綾人の静かな迫力に押され、渋々ベルトを腰に巻く。
今度、綾人は、抱き合い震える美咲とかすみに近寄り、跪く。
「おい!・・・おい!!」
お互いの肩に顔を伏せたままの二人を自分に向くように強い口調で呼ぶ。
二人は恐る恐る、綾人の方を向く。顔色は青を通り越し、白くなっている。
「いいか。これから、俺たち4人だけで、脱出する。今まででも十分怖い目に合っているのに更に怖い目に合わせる事になるかもしれないが、殺されるよりはマシだ。あんた達は、ただ逃げるだけでいい。」
「・・・・・・・・・。」
「絶対、助けてやるから!俺を信じろ!!」
綾人は、二人の肩を力強く掴み、真っ直ぐな視線で二人を見た。
学校では見たことの無い力強い目と、自分達の肩を痛いくらいに掴む手になぜだか安心感を覚えた美咲とかすみは覚悟を決め、二人同時に頷いた。
「よし、がんばろう。」
そういう綾人の目は、先程とは変わって、優しかった。
その時、非常階段室から重い音が聞こえてきた。厨房室から清治が帰ってきたのだ。
「真山と桜井は、階段室が正面に見える窓際で固まってろ。その前で、芝山は、銃を構えて奴を待て。でも、絶対撃つなよ!!」
三人は頷くと、非常階段室の出入り口が正面に見える窓際に行き、美咲とかすみはしゃがみ丸くなる。芝山は、二人を背に守るかのように立ち、銃を構える。
(・・お・重い・・・・。)
銃を構えると、普段使っている銃との重量差がはっきりする。
しかも、今回は、構えているだけとは言え、初めて動く的ではない生の人間に銃口を向けるのだ。銃を持つ手が小刻みに震え、持っている銃も震える。
三人が指示した通りに行動した事を確認した綾人は、中央のエレベーターの扉の脇に張り付く。
背中のファイティングナイフを取り出し、目を閉じ、息を整える。
次第に気配が消える。
窓際の三人は、奇妙な感覚に襲われた。綾人は見えるのに、そこに存在感がない。まるで、壁に書かれた絵の様であった。
4人の戦闘準備が整った頃、非常階段室の出入り口の扉が開き、少々太めの人影が現れた。
「な!なにしてやがんだ!!」
展望室に足を踏み入れた瞬間、仲間がもっているはずの拳銃を人質が自分に向けられている光景を見て、自分の留守中に何かがあった事を察知した清治は、両手に持っていた食事を放り投げ、窓際の3人に向かって走り出した。
3人の顔が恐怖で強張る。
「このガキどもが!!!」
叫びながら、エレベーター室の横を走り過ぎようとした時、後ろから口を塞がれ、引きとめられる。首には、黒いファイティングナイフが突きつけられている。
(い・いつのまに!!)
清治が疑問に思う間も無く、
「3人共、目を閉じろ!!」
綾人が叫び、3人は反射的に目を閉じる。
綾人のナイフのグリップを持つ手に力が込められる。
自分の未来が予想できた清治が綾人の腕を掴み、抵抗するが無駄であった。
綾人のファイティングナイフが清治の首を真一文字に切り裂く。
ドバッ!!!!
という音が聞こえるかのように、首から鮮血が吹き出る。
・・・即死である。
綾人が清治を解放する。
清治は、膝から崩れ落ち、前のめりに自分が作った血溜りに倒れた。
人が倒れる様な音が聞こえ、3人が目を開けると、血溜りに倒れた小太りの男を涼しげな表情で見下ろす綾人がいた。手にしたファイティングナイフの先からは、血が雫を作っている。
3人は、自分達が置かれている現実に改めて恐怖した。
『殺(や)らなければ、殺られる』
世界の先進国同様、あまり治安がいいとは言いがたい日本に住んでいても、自分達が事件に巻き込まれたり、死体を見るはめになる事など普通の高校生は思っていない。
しかも、同級生がいとも簡単に人を殺すなど露程にも思わないだろう。
(こいつ、一体・・・。)
ナイフに付いた血を振り払い、背中のナイフフォルダーにナイフを収めると、血溜りの死体をまたもや足蹴にして、ひっくり返し、左脇下に下がっている拳銃ホルダーの中身を抜き取っている同級生を見つめ、誠は思った。
それもそのはず、綾人は、中年とはいえ、見るからに鍛え上げられた男を一撃で息の根を止めている。しかも、二人・・・・。
一般の高校生にできることではなかった。
(デザートイーグルか・・・・・。こんな所で相棒に会うとはな・・・。)
綾人が手に入れた得物は、オートマチックの44マグナム・デザートイーグルで
あった。
綾人は、出動する時、時と場合によって、コルト・パイソン357マグナム(リボルバー式)とデザートイーグルを使い分けている。京も、コルト・ガバメントとデザートイーグルを使い分ける。
綾人は、慣れた手つきで、デザートイーグルのグリップからカートリッジ(弾丸と発射薬を一体とした弾薬筒)を引き抜く。
(よし、丸々残ってる。)
弾数を確認した綾人は、カートリッジを元に戻し、予備のカートリッジを死体から探す。ズボンのポケットから1つカートリッジを見つけると、自分のズボンに入れる。
その手馴れた一連の動作を見ていた誠は綾人に
「お前、何もんだよ・・・。」
と疑問をぶつけた。
「無事に地上に戻った時に教えてやる。今は、黙って付いて来い。」
綾人は、そう言うと踵を返し、非常階段室へ向かっていった。
芝山は、自分の後ろで固まっている女性二人を先に非常階段室に向かわせ、
自分は二人の後を歩いた。 |