「あ〜〜〜〜〜〜、むっかつくわね!!なんなの!?この失態は!!!」
「そんなに怒ってると、肌が荒れるぜ〜〜。」
「これが、怒らずにいられる!?逃げられた上に、殉職者出しといて、しかも人質とられて篭城だなんて!!人の手借りたくないんならそれなりに働けって〜の!!!」
「目尻にシワができんぞ・・・。」
「できたら、所轄(おバカ)のせいよ!!」
綾人が死闘を繰り広げている時、地上のランドマークの入り口では、アオザイ姿で髪をポニーテイルにしている美人が、拳を振り上げて怒っているのを、Tシャツを肩までまくったジーンズ姿のツンツン頭がなだめていた。
篭城されて、やっと出動要請が所轄から要請された特機の「春麗」と「京」である。
このコンビは、どちらかが切れるとどちらかが宥め役になる。別の意味でいいコンビである。ちなみに、綾人と陽介は、常に宥め役である。
「も〜〜〜〜〜、どうして、いつも最悪の状態にならないと呼ばないのよ!!」
「・・・・・姐さん・・熱いぜ・・・・。」
春麗の胸の辺りで握りこぶしが火に包まれていた。
京は、年下の春麗をなぜか「姐さん」と呼ぶ。
「あら、ごめんなさい。」
春麗は握り拳を解き、火を消す。
「姐さんのご立腹はもっともだが、起きちまったもんはしょうがねぇ。なんとか対処するとしてもよ〜。俺様達の指揮官に連絡とれねぇってのが気になるんだがね〜。」
「そうね・・・。あの子と連絡が取れないなんて・・・・。しかも、本部にも出勤してないなんてね・・・。」
「まさかな〜〜〜〜・・・・。」
京は、苦笑いを浮かべながら上を見上げた。
その頃、4人は、階段を足音を立てないように用心深く地上に向けて降りていた。しかし、この階段は、展望室へ行ける唯一の非常階段なので、いつ残りの犯人と鉢合わせになるか分からない。ホテル部の別の非常階段へ移りたくても、どの階にあとの二人がいるかわからないので客室に入るのが躊躇われた。
(・・・このままっていうわけにもいかないな・・・・)
綾人は用心深く階段を降りながら、考えていた。
踊り場の階数表示が「60」になった時、その階でホテル内を横切る事にした。
ゆっくりと、なるべく音を立てないように非常階段の扉を開け、客室を除く。
廊下に人の気配はない。
綾人は、後ろの3人に中に入る様に顎で促す。
芝山・美咲・かすみの順に客室に入り、最後に綾人がはいる。その際にも、音が出ないよう扉を閉める。
4人は、また、ゆっくりと無言でホテル部の非常階段室へ向けて廊下を歩きだした。この階に犯人達が居なかったのか、居ても気づかれなかったのか、4人は無事に廊下を横切り、反対側の非常階段室にたどり着いた。
そのあと、48階のオフィス部(ランドマークは1階から48階までがオフィスフロア)に着くまで、気の抜けない脱出劇が続いた。
48階に着いた時、美咲とかすみの体力と気力を考えて、一休みする事にした。
時間的に残りの2人が、展望室での出来事に気がつき、居なくなった4人を探し始めている頃だろうが、サッカーで鍛えられている誠と、こういうのが本職の綾人は、一気に降りても大丈夫だが、性別的に絶対的な体力が違う美咲とかすみは20階近い階数の階段を細心の注意を払いながら降りて、そろそろ限界だった。
非常階段の扉を開けると、細い廊下の向こうにどこかの会社の裏口が見えた。この階は、一つの会社がワンフロアを借りているようだ。
非常階段の扉の横に、給湯室と男女のトイレがあった。
オフィス内に入ると、明かりは点けられたままで、規則正しく綾人の肩の高さぐらいのパーティションで区切られていた。
パーティションの中を上から除くと、慌てて逃げ出した様で、机や通路に書類や文房具類、カップなどが散乱していた。
4人は、中央部のパーティションの中に入り、腰をおろした。
「は〜〜〜〜〜〜。」
かすみと美咲はどちらともなく、ため息をつき、足をさする。
「ひどいな・・・。明日辺り、結構、腫れるぞ・・・。」
綾人は、赤黒くなっている誠の左頬を見ながら顔をしかめる。
そして、おもむろに、近くのデスクの引き出しを漁りだした。
「・・・あった。」
綾人が手にしたものは、小さな薬類やシップなどが入ったビニールパックだった。その中から、シップと紙テープを取り出す。
「何もしないよりマシだろう。」
そう言いながら、デスクの上のハサミで半分にしたシップを誠の頬に張り、紙テープで固定する。
誠は、頬の熱い痛みが、シップの冷たさで少し軽くなった気がした。
「ありがとう・・・・。」
「どういたしまして。気休めにしかならないが、名誉の負傷だと思って、しばらく
痛みに耐えるんだな。」
「・・・・ああ・・・。」
名誉の負傷・・・。誠は、屈辱の負傷としか思えなかった。助けようとして、逆にやられ、しかも命の危険にさえ晒された。それをたぶん恋敵(ライバル)に助けられ、綾人が展望室で取った行動は恐ろしいことであったが、ここまで、逃げ出せたのは彼のおかげだった。
悔しい様な、ありがたい様な、情けない様な、うらやましい様な、男として誠は非常に複雑な気分だった。
その複雑な気分の対象者である綾人は、
「おい、お前たちも足に貼っておけ。少しは楽になる。」
と言って、残りのシップをかすみに放り投げた。
「足りなければ、その辺のデスクを探せば、あるぞ。健保の配給品だから。」
そういいつつ、彼は、裏口へ向かった。
(健保の配給品??なんでボンボンがそんな事知ってるの?っていうか、この状況でそんな普通の言葉、彼から聞きたくないわね・・・。)
と、これまた、状況にそぐわない事を足にシップを貼りながら かすみ は思った。綾人は、裏口から給湯室に入るとおもむろに冷蔵庫を開け、中に入っていた500mlのペットボトルのミネラルウォーターを2本拝借した。
それを持って、脱出仲間の元へ行く。
「ほら、これでも飲んで、少し落ち着け。」
一本をかすみと美咲に、もう一本を誠に手渡した。
「おい。あんたは大丈夫なのか?」
自分は座る事無く、水分も摂らない綾人を心配して誠が聞く。
「慣れてるから、平気。」
デスクの電話を次々に調べていた綾人が振り返り、事もなげに返答する。
(慣れてる!?)
三人は目を丸くした。確かに、これまでの彼の行動は一般の高校生ではないので、自分達とは何かが違うとは感じてはいたが、この状況を「慣れている」の一言で片付けられては更に驚く。この状況に慣れているのは、軍隊か警察か諜報部員である。目の前にいるのは、目つきや表情が普段とは幾分違うとはいえ、同級生である。
(一体・・・・・、何者?)
三人が同じ疑問を持った時、
「やっぱり、電話もダメか・・・。」
受話器を置きながら綾人が落胆していた。数台の電話機を調べたが、ウンとも
スンとも言わない。犯人達が切ったのか、地上の同業者が切ったのかは知らないが、ここで助けを呼び、どこかの階で合流しようとしていた綾人にはいい迷惑
だった。
(仕方ない、もうひと頑張りするか・・・。)
「おい、そろそろ、動くぞ。使った物は、その辺の引き出しに放り込め。
居たという形跡を残すなよ。」
綾人は、会社の正面口へ歩き出した。あとの三人もノロノロと立ち上がり、綾人の指示通り使った物を引き出しやゴミ箱に放り込み、後に続こうとした時、綾人の歩みが止まった。
(来た!!)
勢い良く後ろを振り向くと
「その辺のデスクの下か影に隠れろ!俺がいいと言うまで身じろぎ一つするなよ!!」
「え?え?」
三人は突然の事で対応できない。
「奴らが来る!早くしろ!!」
綾人のこの一言で我に返った三人は、手短なデスクの下に潜り込む。ここの会社のデスクは一つ一つがそこそこの広さがあるので、デスクの下を除かれない限り、見つかる事はない。しかし、相手は、元傭兵だ。綾人はともかく、あとの三人の気配を感じとらないであろうか・・・。
一抹の不安を抱えながら綾人もデスクの下に隠れる。
しばらくして、正面口が開き、男が一人入ってきた。
「女連れじゃあ、そんなに早くは逃げ切れてないだろうから、ここいらにいると
思うんだがな・・・・。」
そう、呟きながら、男は広いオフィスを見渡しながら歩いていく。
4人は、ただじっと息を殺し、男が通り過ぎるのを待った。
裏口まで来た男は
「ここにはいねぇか・・・。」
と呟きながら、出て行った。
(は〜〜〜〜〜〜〜。)
綾人以外の3人は、心の中でため息をついた。
綾人は、デスクの下からそっと出ると、裏口の方を見るが、大丈夫そうであった。
「出てきてもいいぞ。」
その声で、三人がモソモソとデスクの下から出てくる。
今度こそ、正面口を目指して歩き出す。やや早足で。
綾人は、三人が正面口の近くまで行ったのを確認して、自分もそちらに向かう。
その時、
「やっぱ、居やがったか。」
後ろから男の声がした。
綾人は、素早く後ろを振り向き、デザートイーグルを構える。
男は、やせ気味な山口忠雄であった。
忠雄は、S&M M1911(44マグナム・リボルバー)を4人に向けていた。
彼は、やはり綾人以外の3人の気配を感じ取っており、裏口を出たあと、勇敢な脱出者達が自ら出てくるように、気配を殺し待っていたのだ。
(油断した!!)
3人を何とか地上に逃がす事が優先されていた綾人は、初歩的な罠に掛かってしまった。
「ほ〜〜、デザートイーグル片手に一歩もひかないとは・・。やっぱり、坊主は、アニキが言うとおりタダモンじゃね〜な〜。」
忠雄の銃のセイフティが外される。
「・・・・・。芝山、その出口を出るとエレベーターホールだ。その横に非常階段が
あるからそこから逃げろ。」
顔と銃口を忠雄に向けたまま綾人は誠に指示する。
「で・でも・・・・。」
「俺の事はいいから!」
「でも・・・・」
「いいから早く行け!あと、外に特機が来てるはずだから、そいつらに上に上がってくるように伝えろ!!俺の名前を出せばすぐ会える!!とにかく、駆け下りろ!!!」
「・・・・わ・わかった!」
芝山は意を決して、かすみと美咲の背を押し、正面口に走り出した。
「逃がすか!!」
忠雄は、目の前の綾人を撃った後、後ろの三人に向けて威嚇射撃をしようと思い、銃のトリガーを引いた。が、それより一瞬綾人の手の動きが早かった。
パン!パン!!パン!!!
連続で三発の発射音がする。
弾はそれぞれ、忠雄の右肩・二の腕・M1911に命中した。M1911は、忠雄の手を離れ後ろに弾かれた。
「このやろ〜〜〜〜!!」
利き腕を打ち抜かれてもなお忠雄は素手で綾人に立ち向かった。
(こいつがテレパスではなさそうだが・・・、後々の面倒を減らすために殺(や)っとくか)立ち向かわれている綾人は、冷静に眉一つ動かさず、勇敢な挑戦者の頭をデザートイーグルで撃ち抜いた。
頭を一撃で撃ち抜かれた忠雄は、頭から血を吹きながら、小さな放物線を描き後ろに倒れる。
綾人は、忠雄と向き合った状態から一歩も動いてはいなかった。
(あと、一人・・・・。)
綾人が、相棒のデザートイーグルを降ろした時、またもや後ろから声がした。
「ほう。高校生が、元傭兵を臆する事無く、頭をぶち抜くとはな!大した坊主だよ!!」
綾人は、声の方をゆっくりと向く。
「!!」
綾人の眉が釣りあがり、眉間にシワが寄る。
そこに居たのは、美咲の口を塞ぎ、頭に拳銃を突きつけている主犯格の梶原省三だった。そして、そのさらに後方には、開け放たれた出入り口で座り込むかすみと、呆然と立ちすくむ誠の姿があった。
(こいつもエレベーターホールにいたのか!!)
綾人が推測するとおり、省三は、忠雄とは反対側の正面で、彼らが出てくるのを気配を消して待っており、最初に出てきた美咲を捕獲したのだ。
「芝山!!呆けてないで、桜井を連れて、逃げろ!!!」
その怒号で、いきなり出てきた大男に美咲をさらわれ、茫然自失だった誠が我に返った。一瞬、自分達だけで逃げるのを躊躇われたが、何の戦闘能力のない自分が出来るのは、一刻も早く地上の警察に連絡を取ることだった。
座り込むかすみの腕をひっぱり、起こし上げると
「逃げるぞ!!」
と、走り出す。
「み・みさき!!!」
かすみの叫び声が遠のく。
オフィス内では、省三と綾人が対峙していた。
「無駄無駄。48階分下る前に、お前をやっつけて、あの二人を捕まえるさ。」
「させるか!!」
「ったく、強気な坊主だぜ・・。まぁ、油断してたとはいえ、3人の大人を簡単に殺る奴だからな。一体いつから日本では、「戦闘」なんて科目ができたんだ?上の二人のやられ方・・・あれはプロの遣り方だ・・・。」
「・・・・・」
「人質の中で心が読めなかったのはお前だけだったから、あれだけ用心しろっていったのにな〜。」
(こいつが!!)
「おっ!ちょっと、ガードが取れたか?」
綾人のデザートイーグルを持つ手に力が入る。
それを目ざとく省三は見つける。
「お〜っと。お嬢ちゃんの命が大切ならその得物をこっちに放り投げるんだ。」
綾人は、激しく省三を睨んだが、そんなものどこ吹く風と言わんばかりに省三は
笑い返した。
美咲は、すっかり怯えきっている。
綾人は、観念して、デザートイーグルを省三の方に投げる。
「最後にいい子になったか。さて、坊主には仲間が世話になったからな、お返しをしないとな・・・・。」
その瞬間、省三の目が光り、綾人の頭に激痛が走った。
「!!」
綾人は、頭を抱え込んだまま跪いた。
「坊主、いい夢みろよ。」 |