綾人が目を開けると、そこは遊園地だった。しかし、日本ではなさそうだ。
行きかう人々の髪や目や肌の色が違う。金髪や栗毛、青い目や鳶色の目、白い肌や黒い肌。
(ここは・・・・?)
あと、自分の目線がいつもより大分低い事に気がつく。
(あれ?回転木馬ってあんなに高かったか?)
側で回っている回転木馬に歩み寄り、柵に手を掛ける。
(えっ!?)
自分の目に映った手がいつものゴツゴツした手ではなく、小さく幾分かふっくら
していた。
改めて周りを見渡す。
(ここは、パリのあの遊園地!!ってことは、俺は、7歳!?)
自分の手を見ながら、考え事をしていると横に人が立った。
「綾人、こんな所にいたのか〜。探したぞ〜。」
聞き覚えのある声に横の人物を見上げる。
「・・・と・・う・・さん・・・・。」
そこには、10年前に亡くなった父がにこやかに微笑んでいた。
「どうした?びっくりした顔して?びっくりしたのは父さんの方だぞ〜。」
「ご・ごめんなさい・・・。」
「う〜〜ん、お父さんの久しぶりの休みだから、はしゃぐのは仕方がないけど、
手は離さないでくれよ。」
にっこり微笑む父に、黙って頷く。
「いい子だ。」
父は、綾人の頭を軽く撫でると幼子の手を掴む。
「さ〜、今度はどこに行こうかな〜。」
そういうと、回転木馬を離れ、人ごみの中を歩きだした。
小さな綾人は父に手を引かれて自分の状況を考えた。
(どういうことだ?今まで、日本にいたのに、なんで、パリなんだ?)
父は、一言も発さない我が子を時々振り返り、優しく微笑む。
それにつられて、綾人も微笑む。
(変わらないな・・・。)
父のいつもの笑顔に久しぶりに温かなものを感じた時、それを覆すかの様に不吉な感覚が綾人を襲った。
(この道は!!)
次のアトラクションに向かう為に進むこの道は、綾人が二度と通りたくない道で、この先に起きる出来事は、二度と見たくなかった。
(だめだよ!この道は!!とうさん、戻ろう!!)
口を動かし、声にしたはずだった。が、声にならない。
(とうさん!とうさんってば!!)
心の中で叫び、力一杯父を引きとめようとするが、7歳の綾人の力では大人は
止まらない。
(早く!早く、戻ろう!!父さんっ!!!)
必死で、口を動かすがやはり声がでない。
父は、綾人を連れて先に進む。
そんな親子の側に帽子を深く被り、黒ずくめの男が近寄ってきた。
(あ・あいつ!!)
綾人の目が驚きで見開く。
「あの・・・、もしかして、ワカバ=キサラギ?バイオリニストの?」
(ダメだ!とうさん、こいつに関わるな!!!)
「はい、そうですが?」
必死に止める息子を他所に、父はにこやかに答える。
「僕、あなたのファンでして。家族サービス中に悪いのですが、サインお願い
できますか?」
「いいですよ。」
格好とは正反対に、やんわりと頼む男に父は快くひきうけた。
(だめだ!早く!この男から離れて!!父さん!!!)
綾人は、父の手を引き、その男から引き離したかった。しかし、手も足も鉛の様に重く、動かない。
「では、これに・・・」
黒ずくめの男がジャケットの内ポケットから何やら引き出した。
それが、キラッと光った。
「父さん!!!!」
綾人が叫び声を上げると、景色が一遍した。
今度は、真っ暗闇だ。
「とうさん・・・とうさん・・・・・。」
綾人は、繰り返し呟き、左右違う色の瞳から涙を溢れさせていた。
見たくなかった。思い出したくなかった。
自分の非力さを思い知らされたくなかった。
綾人は、涙をぬぐう事も無く、繰り返し繰り返し父を呼び続けた。
「・・・・とうさん・・・・・とうさん・・・」
その時、どこからとも無く少女の自分を呼ぶ声が聞こえた。
涙を溢れさせたまま、辺りを見渡す。
涙でぼやけた暗闇が広がるだけで、誰も居ない。
もっと、しっかり見ようと両方の腕で自分の涙を拭った時、その手が先ほどより大きくなっている事に気づく。
服装をみてみると、12・3歳の頃のようだ。
(まさか!!)
「樹里!!」
綾人は、少女の名を叫び、辺りを見渡す。
やはり、暗闇だけだ。
その時、
「綾人、こっち・・・。」
と呼ぶ声がした。声の方を急いでむくと、そこには、自分と同じ黒髪のオッドアイの少女が立っていた。しかし、彼女は綾人とは逆で右目がアイスブルー、左目がエメラルドグリーンである。
「樹里!!」
綾人は樹里に向かって駆け出す。
樹里の側まで来て、捕まえようとすると、彼女は消える。
「樹里?」
周りを探すと、離れた後ろに彼女は立っている。
「私は、ここよ。」
そう言って、樹里は微笑む。
綾人は、再び走り出す。が、しかし、今度も樹里は消える。
そんな事を何度か繰り返した後、樹里は消え去った。
「樹里・・・樹里・・・・。」
綾人は、暗闇の中樹里を探す。
「どこ行ったんだよ!!!」
綾人が思いっきり叫んだ時、彼方から数発の銃声が聞こえた。
綾人は、全身の血の気がひいた。
(まさか!!)
綾人は、銃声がした方を恐る恐る振り向く。
そこには、5年前の光景そのままに、樹里が背中から大量の血を流し、
倒れていた。
「樹里!!!!」
綾人は叫びながら樹里に駆け寄り、彼女を抱き起こす。
樹里は青白く、生気が無かった。
「樹里、しっかりしろ・・・。」
綾人の言葉に、樹里がうっすらと目を開ける。
樹里は、左手を綾人の右の頬に添える。その手の暖かさは失われつつあった。
「・・・よか・・・った。あ・・やとが・・・・無事で・・・。」
「樹里・・・・。」
「ごめん・・・・ね。やく・・・・・そ・・く、・・・まもれそうに・・・・ないや・・・。」
「ダメだ、樹里。行くな・・・。」
「あなたの・・・ちからも・・・・・もって・・・い・・ってあげられ・・・・たら・・・・」
樹里の手が綾人の頬から離れ、地面に落ち、樹里のオッドアイの瞳も閉じられる。
「行くな!樹里!!俺を置いて逝くな!!!!」
綾人が樹里の亡骸を抱きしめ、顔を埋める。
しばらく、声もなく、樹里に顔を埋めたままだった綾人の肩が小刻みに震えだした。
泣いているのではない。
「・・・ざけんなよ・・・・。俺にこんなもん・・・・・見せてんじゃねぇよ!!!!」
12歳の綾人が顔を上げ、怒りに叫んだ瞬間、現実世界の17歳の綾人は、背中のファイティングナイフを素早く抜き取り、自分の左太ももを切り裂いた。
その痛覚で精神を現実に戻すため。
「ほう、おれの幻覚に惑わされないとはな・・・・。てぇした野郎だな。」
美咲という人質が居る省三は、その光景を余裕を持ってみていたが、自分が開けてはいけないものを開けてしまったことには気づいていなかった。
(やだ・・、如月君が・・・・。)
美咲は、人質に取られている事を忘れ、目の前の綾人の心配をしていた。
綾人は、ナイフを持ったまま、自身の血でズボンを汚しながら、顔は俯いたまま、ゆっくりと立ち上がりだした。その時、顔から何かが落ちた。
「きさま、覚悟は出来てんだろうな・・・。」
完全に立ち上がっても顔を伏せたままの綾人が左手で、左耳のリミッターを外しながら、低い声で静かに省三に告げる。
「あ〜〜〜〜〜ん!?その怪我とこの状況で何しようってんだよ!!」
その言葉に省三が怪訝そうに答える。
綾人の足からは、血が滲み流れだしていた。
(だめだよ!立っては!!)
美咲は、自分を押さえつけている腕を振り解き、綾人に駆け寄りたかった。
「死ぬ覚悟は出来たのかって聞いてんだよ。」
静かに省三に通告しながら、綾人は顔を上げる。
オッドアイの瞳に怒気と殺気をみなぎらせながら・・・・。
「その瞳・・・、きさま・・・。」
省三が綾人の瞳の色を見、息を呑む。
綾人が自身の血で彩られた、ファイティングナイフを省三に向かって突き出した。
「てめえ、あんなもん、俺に見せといて、生きて此処から出られると思うなよ!!!」
綾人が怒気と共に叫んだ時、オフィスの強化ガラスが前触れもなく、粉々に粉砕され、地上に降り注ぐ。
風を遮る物が無くなったオフィスに、風が無数の書類と共に舞う。
その頃地上では、いきなり激しい夕立の様なガラスの落下に少々パニックになっていた。ガラスは粒の様な細かさだったので、けが人は出なかった。
「おい!何が起こったんだ!!」
「犯人グループが爆発させたのか!!」
「爆発ではありません!!」
「では、なんだ!!!」
現場は、乱れきっていた。
そんな中、冷静な二人がいた。京と春麗だ。二人は、体に降り注いだガラス片を怪我しないように注意して振り払いながら、周りの喧騒に耳も貸さずに話していた。
「ねえ。このガラスの雨、どう思う?」
「念動力でしょうよ。でもよ、俺様もこんなに綺麗に粉砕はできねぇな〜。」
「まさかとは思うんだけど、中にやっぱり綾人がいるのかしら?」
「その可能性は大だな!」
「でも、あの子の通常の力でここまで細かくなるの?」
「なんねぇな。リミッター外せば別だけどよ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
二人の手が止まる。嫌な予感がする。
二人が同時にランドマークへ入ろうとした時、満身創痍の少年が一人、非常階段室から出てくるのが、総ガラス張りのロビーの外で待機する者達に写った。
京は、そのままロビーへ走り出す。
「ちょっと、そこの横浜の三人!一緒にいらっしゃい!港区のは来るんじゃ
ないわよ!!」
春麗は、応援の横浜の所轄警官を引き連れて、ロビーへ向かう。
満身創痍の少年は、芝山誠であった。
誠は、何とか外へ出ようと一歩一歩踏み出すが、一気に階段を駆け下りてきて、もう、足も限界を超えていた。
(あと少し・・・。)
根性でまた一歩を踏み出した瞬間、体のバランスが崩れ、倒れそうになる。
「わ〜〜〜〜〜っとっとっとっと・・・セーフ。」
大げさな京に床と対面する前に抱きかかえられた。
「おい!少年!!しっかりしろ!!」
「あ・あの・・・警察の・・・方ですよね・・・・。」
誠は、肩で息をしながら京の方にゆっくりと顔を向ける。
誠の顔は汗だらけであった。
「警察っちゃ〜、警察だけど。俺様は、特機だ。」
「と・・・っき?」
「おうよ。他の奴らはどうした?」
「き・・如月・・・くんが、・・特機の人に・・・・上に・・・48階に来るようにと・・・。」
「ちょっと、やっぱりあの子、いるのね!!」
警官3人を引き連れた春麗が誠に問い正す。
誠は、コクンと頷く。
(知り合いなのか・・・・・。)
誠はボ〜〜〜〜っとした頭でそう思った。
京は、一人の警官に誠を渡しながら他の人質の安否を問う。
「で、残りのやつらは?」
「ひ・ひとり・・・・・まだ、階段に・・・・・。早く・・・・行ってあげて・・・ください。
・・・あっ、護身用に・・・・銃をもって・・・いるので、・・・声をかけて・・・ください。」
「わ〜〜〜った。もう一人は?」
「・・・・、人質に・・・・・とられて・・・・、如月君が・・・・・」
「わ〜〜〜った。綾人が、一人で頑張ってるんだな?」
誠は頷く。
「犯人はどうしたの?」
今度は、春麗が聞く。
「あと・・・・一人・・・・・。他は・・・・・。」
誠は、三つの死体の事を思い出し、顔が曇る。
京は、ニカッと笑うと、
「良く頑張った少年!後は、俺様達に任せて、ゆ〜〜〜っくり休んでろ!!」
そう言いながら、ぐしゃぐしゃに誠の頭を撫でた。
誠は、うれしかったのだが、今の体力にその力任せの技はきつかった。
「おい、春麗!とそこの下ッパ二名!!行くぞ!!」
「おっけ〜い。」
京と春麗と警官二名は、誠が出てきた非常階段室へ入り、駆け上った。
その十数分後、かすみは無事保護された。
気丈にも彼女は泣く事はなく、「早く友達を助けてくれ」と京と春麗に懇願した。 |