「てめぇ、その瞳・・・。特機の如月綾人だな。」
省三は、うれしそうに笑いながら問う。
「そうだよ。」
綾人は、省三を睨みつけ、ナイフをむけたまま答える。
「これで、今までの事にガテンがいっくてもんだ。・・しかし、裏社会でB.L.に乗ってる人物が高校生とはね・・・。末恐ろしいガキだな。」
「・・・・・・・・。」
「でも、まぁ、ここで会ったのも何かの縁だし、お相手願おうかねぇ!!」
省三は、美咲を乱暴に解き放った。
「きゃっ!!」
勢い良く放り出された美咲は、近くのパーティションの壁にぶつかった。
それを見ていた綾人の眉がピクッと微かに動いた。
「真山、何処かに隠れてろ。」
「う・うん・・・・。」
美咲は、二人からなるべく離れた窓際のデスクの影に隠れた。
そして、手を組み、綾人の無事を祈った。
「ワクワクするねぇ〜。こんな興奮は久しぶりだぜ。」
「・・・・・・。」
「てめぇを殺って、裏社会に名をはせるとするか!!」
省三は、持っていた拳銃を投げ捨てると背中に装備していた、綾人が手にしているナイフと同型のファイティングナイフを手にして、綾人に切りかかってきた。
綾人は軽々とかわす。が、すぐに省三が切りかかってくる。また、それをかわす。
幾度かそれを繰り返した。
綾人は、自分で左足を傷つけているのに、全く痛みを感じていないような軽やかさである。足を踏ん張れば、激痛が走るはずなのに、顔を歪める事さえない。
しかし、確実に省三に後ろへ追いやられている。
「オラオラ、かわしてばっかりだと、後ずさるだけだぞ!!」
余裕のある省三が叫ぶ。
綾人は、かわす反動を生かして、2回バク転し相手との間合いを取る。
この着地の時も綾人は普通である。まるで、怪我などしていないようだ。が、左足からは血が次々に滲み出している。
綾人は、ナイフを捨てると、右の掌を腰の辺りで広げ、精神波を作り出した。
彼の右手の中に青白い玉が徐々に出来はじめる。
「そうはさせるか!!」
精神波を作らせまいと省三が綾人めがけて、走り出した瞬間、綾人が消えた。
(なに!?)
省三は、ナイフを振り上げた格好のまま、その場に立ち止まる。
「ここだよ。」
瞬時に目の前に現れた綾人に、省三は右腕を抑えられ、最大限に膨らんだ精神波を体に叩きこまれる。
「がはっ!!」
省三の巨体がくの字に曲がり、綾人に抑えられている右腕からは、ファイティングナイフが零れ落ちた。
省三は、気絶こそしなかったが、全身が痺れて言う事をきかない。
「サイコキネシスを使わせないように、連続攻撃してきたのは、さすがだけど・・・。すみませんねぇ・・。俺の能力は一つじゃないんだよ。」
綾人は省三の耳元で呟く。
省三の眉が動く。
「本当だったら、ここで終わりなんだけど、さっき、あんたからいい物をプレゼントして貰ったから、そのお礼をしないとね・・・・。」
綾人の口の端が上がる。その表情が省三から見えたならば、きっと、悪魔の微笑みにみえたであろう。
綾人の右の肘から下が青白い光りに包まれだした。
彼は、握り拳を作り、拳を目一杯後ろにさげると、すぐさま捕まえたままの省三の体めがけて振り出した。
グシュ!!
その怪音と共に綾人が繰り出した拳は、省三の体を突き抜けていた。
省三は、声も出す事無く、人生を終えた。
綾人は省三の右腕を離し、自分の右腕を省三の体から引き抜く。
魂の無い肉体は、糸の切れた人形のように力なくその場に崩れ落ちた。
綾人は、省三だったものを静かに見下ろす。
その時だった。京と春麗がオフィス内に
『綾人!!』
と、叫びながら入ってきた。そして、二人が見たものは、5年前に目にした光景を彷彿とさせた。自身の右腕を相手の血で染め上げ、死体を冷たく見下ろす綾人。二人には、目の前の17歳の綾人に12歳の綾人が重なってみえた。
ただ、今回は犠牲者は少なかったし、あの事件の様に血の海という訳では
なかった。
相手も指名手配中の極悪犯だ。
5年前、精神を暴走させた綾人が起こした事件に比べればマシだった・・・。
「遅かったか・・・。」
京は、そう呟くとゆっくりと歩いて綾人に近寄る。
それに春麗も続く。
綾人は、二人に気づいていないようで、今だに省三の死体を見つめている。
目に映るものが省三かどうかは定かではない。
「綾人・・・。」
側まで来た春麗が優しく呼ぶ。
その声に綾人は反応し、二人の方を向く。
「京・・・・春麗・・・・・。」
二人を確認した綾人の瞳にいつもの光りが戻ってきた。
それを見た二人は、内心ほっとした。
この前はなかなか戻ってこなかったので・・・。
「あっ!!お前なんだよ!その左足は!!!」
京は、綾人の血まみれの左足を指差す。
「ああ、幻覚からさめる時に・・・」
「もっと、ましな覚め方ねぇのかよ!!こっち来て座れ!!」
京は、自分のTシャツを脱ぎ、包帯代わりにするため、切り裂きだした。
綾人は、言われるがまま、死体から離れた所に左足を伸ばして座る。
「すみません。被疑者は、誰も生きていません・・・。」
「今回の状況なら仕方ないわよ。だいたい、所轄のミスなんだから。責めは、彼らが負うべきよ。それより、もう一人、女の子が居るってきいたけど?どこ?」
春麗が綾人の顔を除きこみながら聞く。
綾人は何も答えず、左手で自分の後ろを指差す。
春麗が、その指先に視線をうつすと、口に両手をあて、目を見開いたまま立ち尽くしている美咲が居た。
春麗は、綾人の頭を軽く撫でると美咲に向かって歩き出した。
(もう、ダメだな・・・。)
綾人は、応急処置をしている京の手を見ながら自嘲気味に笑った。
一方、立ち尽くす美咲は、目の前に来た春麗に気づいてないようだった。
「お嬢さん?」
春麗は、美咲の目の前で軽く手を振る。反応が無い。
「お嬢さん?」
今度は、軽く頬を叩いてみる。今度は反応があった。
我に返って、視線を春麗の目に移した。
「大丈夫かしら?」
美咲は、春麗の問いに小さく頷く。
そして、辺りを見渡しはじめた。
「どうしたの?」
「あの・・・、如月君は・・・。」
「ああ。あの子なら、パーティションの向こう側の通路に・・・・・って、お〜〜〜い。」
美咲は、春麗が全てを話す前に綾人に向かって走り出し、綾人達の側に勢い良く飛び出てきた。
「うわ!!びっくりした〜〜〜。」
思わず、治療する京の手が止まった。
「ま・・やま・・・?」
綾人も驚いた顔のまま、美咲を見上げる。
美咲は、そのままストンとその場に座り込むと、綾人の顔を覗き込む。
汗をかき、幾分か顔色が悪かった。
「・・・大丈夫なの?」
(え!?)
彼女に敬遠されると思っていた綾人は美咲の言葉に驚いた。
「大丈夫じゃないの!?」
今にも泣きそうに美咲が聞く。
「い・いや、大丈夫。」
「本当に?本当に?血が一杯でてたよ?」
「あ〜〜〜、俺達は、お嬢ちゃん達と比べたら、キズの塞がりも治りも早いから、こんくらいのキズなら、あっちゅまに治っちまうよ!」
手当てを再開した京が変わりに答える。
「本当ですか?歩けなくなったりしませんか?」
今度は、京を覗き込み心配そうに尋ねる。
「だ〜〜〜いじょうぶだって!!なぁ、綾人!!」
美咲は、綾人を見る。
綾人は、やさしく微笑んで頷く。
それを見た瞬間、美咲は、何かに弾かれたように、綾人の首に自分の細い腕を巻きつけ、抱きついた。
抱きつかれた少年と、それを目の前で目撃した男は、驚きで一瞬時が止まった。
パーティション越しに見ていた春麗は、うれしそうに笑っていた。
「ま・真山!?」
「し・心配したんだよ!!・・いっぱい、いっぱい・・・・・う〜〜〜〜〜」
美咲は、綾人の肩で堰を切ったように泣き出した。
「えっと・・・・・・。」
綾人には、彼女の行動が良く分からなかった。
今日は、ずっと怖い目にあっていた。自分が相手は極悪犯とはいえ、人を殺す所を見ただろう。更には省三を刺し貫く所も・・・。なによりも、綾人が今だに恐れ嫌う人が多い「保持者」だと分かったはずなのに、なぜ、彼女は、自分を心配し泣いているのか、なぜ、彼女は、自分が抱く懸念を容易く乗り越えて、自分の所に来るのか、綾人には分からなかった。
後に春麗が、
「綾人のもとに走っていく彼女の背中に白い羽根が見えたわよ。」
と語っている。
綾人の疑問も懸念も、自分の上半身にダイレクトに伝わる美咲の温かさと心地いい重みの前では払拭された。
綾人は、美咲が落ち着くように彼女の髪を左手で撫で始める。
「ごめん・・・、心配かけて・・・。」
美咲は、泣きながら頷く。
「大丈夫だから。もう心配しなくていいから・・・。」
「・・・・うん・・・・・・・・うん・・・・・。」
綾人は、美咲が泣き止むまで、髪を撫で、「大丈夫だよ。」と囁き続けた。
この時、綾人は何年振りかに心が安らいだ。
しかし、彼は、その安らぎから背を向ける・・・・。 |