Way of Difference PartT Scene3
警察学校卒業パーティーは、渋谷にある国立代々木競技場第一体育館で執り行われていた。
会場の中は、卒業生とその親族、警察関係者、招待された著名人でひしめき合っていた。
立食形式のパーティーなので、会場の所々と隅に白いテーブルクロスに覆われた円形のテーブルにオードブルと取り皿が置かれている。人ごみを旨く掻き分け、銀色のトレイに数種類のドリンクを乗せたウェイターが歩き回っている。
会場の隅に設置されているバーカウンターで好きな飲み物も頼めたが、そこまで行くのは至難の業で、行き交うウェイターを呼び止めた方が早い。
そんな祝福ムードの中、紫のパーティードレスを身にまとった女性と黒の警察の制服(特機の制服と同形・同デザインの色違い)を着た卒業生らしき男性が何やら探している様子で、人を掻き分けている。
「どうしよう。はぐれちゃったよ・・・・。」
「まいったな・・・。こう広いと・・・・・。」
二人は、とりあえず立ち止まり、辺りを見渡す。
探し人らしき人物は見当たらない。
(あれ?あれは・・・・。)
焦りと不安が入り混じりだした頃、女性が探し人ではないが知り合いらしき人物を見つけた。
女性の目の先には、どこかで見たことのある恰幅のいい初老の男性と談笑している長身の二人の男性がいた。
一人は、ツンツン・尖がりヘアに黒い高官(※注1)専用の礼服(黒いダブルスーツに金ボタン)を身にまとい、もう一人は黒髪で同じ高官専用の礼服を着ているが、こちらは、左肩に黄色のモール(三つ網状に編まれたひも状の装飾品。先端は房になっている。)が下がっており、袖口を彩る金色の線が三本付いている。尖がりヘアの彼は一本である。
女性は、連れの男性に何も告げず、その長身の男性二人の方へ勢いよく歩き出した。
「お・おい!どこに行くんだよ!!」
男性は、突然の行動に戸惑いながらも付いてゆく。
 
「美青年!!!」
女性は、黒髪長身の男性の上着の背を力一杯引っ張る。
「うわっ!!」
予期せぬ出来事に、引っ張られた男性は、バランスを後ろの方に崩し、手に持っていたウィスキーグラスを落としそうになった。
「おっとっとっと。」
それを隣の尖がりヘアの男性が取り上げる。
初老の男性も突然の出来事に目を見開いて驚いている。
(この声と、この行動は・・・・。)
黒髪の男性が少し後ろのめりになっている格好のまま顔を後ろに向ける。
「桜井・・・・。」
彼を無様な格好にさせているのは、かすみであった。彼女は高校の時と変わらぬ、悪びれない笑顔で
「やあ、お久しぶり。如月君。」
と答える。
「そんなことより、手を離してくれ・・・。」
「ああ、ごめんごめん。あせってたもんで・・・。」
かすみは、綾人の上着の背から手を離す。
綾人は少しずれた上着を調えてから、目の前の初老の男性に
「畑田議員、すみません。お話の続きは又別の機会に。」
と、やんわりと会談の中止を申し入れる。会談相手の畑田は
「レディファーストだ。私の事はいいから、ゆっくりしたまえ。」
と言い残しその場を立ち去った。
畑田を見送った後、かすみの方に体ごと振り向く。
「ああ。どっかで見たことあるおじさんだとは思ったんだ・・・。国会議員だよ。」
かすみは手をポンッと叩いて一人納得していた。
綾人は、久々のリアクションに全身の力が一気に抜けていくような感じがした。
「そんなことより、なんでお前がここに・・・・」
綾人は、全部を言い終わる前にかすみの後ろにいる誠に気が付いた。
彼は、綾人と目が合うと直立不動の体勢で敬礼する。
綾人は、左手を軽く上げ、それを解かせる。
ビシッという音が聞こえそうな勢いで、誠は手を下ろす。
「芝山は警官になったのか・・・。」
「はい。本日、卒業の許可を得ました。」
綾人の質問に誠は敬語で答える。
この一連の行動の違いが、同い年の彼らの立場の違いを如実に表していた。
 
二人の間にいるかすみは、綾人の服装の意味が分からないので、元同級生同士のよそよそしい行動に驚いて、二人の顔を交互に見ていた。
微妙な空気が流れている時に
「ああ!お嬢さん達は、横浜の事件のときの!!」
と京が綾人の隣で盛大に手をうった後、かすみを指差した。
「そうです。その節は大変お世話になりました。」
かすみは深々とおじぎをする。
「いえいえ。」
京もおじぎをする。
二人の行動は微妙な空気を取り去りはしたが、同時に緊迫感もどこかに行ってしまった。
「桜井、そういう事は後でもいいから。何か用なんだろう?」
綾人があきれた顔で尋ねる。
「そうそう、そうなのよ!!あのさ、美咲とはぐれたのよ・・・。」
「おい!そう言う事は早く言え!!」
「ごめん・・・。」
珍しくかすみが小さくなり謝る。
綾人と京は辺りを見渡す。
「あ〜〜〜〜、この人出に、この広さじゃな〜〜〜。別れて探すかぁ?」
「そうですね・・・・。」
京の提案に辺りを見渡しながら答えた綾人の視線がある一点で止まる。
「居た・・・。」
小さく呟いた綾人は、他の物には目もくれず、人ごみの中を足早に目的地へ
向う。
「おい!綾人!!」
京が叫ぶ。
しかし、綾人はそれが聞こえないかの様に、先へ先へと足を進めていく。
残された三人は、とりあえず綾人の後を追ったが、人ごみに邪魔され、どんどん彼との距離が広がっていく。
 
その頃、探され人である美咲は、会場の端のコンクリートの壁に背中をべったりとくっつけていた。
彼女の周りは、三人の卒業生が取り囲んでいる。
「かわいいピンクのドレスだね。」
「・・・・。」
「連れとはぐれちゃったの?一緒に探してあげようか?」
「結構です。」
「遠慮しなくていいから。あ〜〜でも、この中から探すのは無理だから、
 俺らと外に出て遊ばない?」
「お断りします。」
「そんな事いわなくていいじゃん。」
「・・・・・・。」
「俺たち、警官だよ?悪いことはしないって。」
「・・・・・・。」
美咲は、内心怖くてしかたがなかったが、それを悟られまいと懸命に相手をにらみつけるが、獲物を目の前にした野獣達には効かなかった。彼らは、怯むどころか美咲の態度に欲望をそそられていた。
「ほら、一緒に行こうよ。」
そう言って、美咲の正面にいた男が彼女の右手を取る。
「やっ!!」
(助けて!!)
美咲が心の中で叫んだ時、美咲の手を握っている男の左肩を強く掴む者が
いた。
いい所を邪魔された男は、
「ぁんだよ!!」
と意気込んで後ろを振り向くと、そこには、オッドアイの瞳に怒気をはらませ、三人を睨みつける綾人が立っていた。
綾人の着ている礼服の意味が分かり、特機の隊長の特徴を知る彼らは血の気がひき、表情を強張らせる。
美咲の手をすぐさま解放し三人は敬礼する。
「卒業早々懲罰をくらいたいのか。」
綾人は腕を組み、彼らを睨みつけたまま、静かに言い放つ。
三人は敬礼をしたまま青白い顔で黙っている。
「今回は見逃してやる。しかし、この次もあると思うなよ。」
「は・はい!失礼します!!」
三人は脱兎のごとくその場をはなれ、会場の中へ消えた。
「ったく・・・。」
一言呟くと、壁に張り付いたままの美咲のもとへ歩み寄る。
「真山、大丈夫か?怖い思いをさせて、悪かったな。」
綾人は、美咲の顔を優しいオッドアイの瞳で覗き込む。
美咲は、瞬き一つせず綾人を見つめている。
「真山?」
返事も瞬きもしない美咲を心配して、綾人が呼びかける。
(うそ・・・。本物?・・・触ったら消えない?)
美咲は、恐る恐る綾人の手に触れてみる。
夢の様に消えることなく、彼は、美咲の前にいる。
それを確認した瞬間、美咲は、綾人の背に腕を回し抱きついていた。
別れたあの日より、幾分背が高くなり、顔も大人びていたが、温もりと香りはあの日のままだった。
「・・・本物だ・・・・。」
美咲は、綾人の胸の中でうれしそうに呟く。
 
その光景をやっと綾人に追いついた三人が少し離れた場所で目撃していた。
(あちゃ〜〜〜〜〜〜〜・・・。)
かすみは、右の掌を額に当て、
(おお!!こ・これは!!!!!)
京は、自分の顎を右手の親指と人差し指で摩り、ニヤついた顔のまま、誠は、複雑な面持ちで・・・・・。三人三様の表情で事を見守る。
 
綾人も二年以上振りの彼女の感触に、抱きしめたい衝動に駆られたが、そこは、理性を総動員し押さえ込むと、宙に浮いているような状態であった自分の両手を美咲の肩に持っていき、力を入れ、彼女を自分から引き剥がす。
「真山。抱きつく相手が違う。」
そう言って、誠の方へ顔を向ける。
それを見た美咲は、綾人が顔を向けた方へ自分も顔を向ける。
そこには、頬をポリポリと掻きながら引き攣った笑顔を見せる友人と、楽しそうにニヤついているいつぞや世話になった男性と、その二人より一歩程前に居る自分の彼氏が怒った様な悲しい様な複雑な顔をして立っていた。
「ほら。」
綾人が美咲の背を軽く押し、誠の方へ行くように促す。
それに従う様に美咲は歩き出す。
誠の前まで来ると彼女は、両手の指を自分の胸辺りで組み、
「ごめんなさい。心配かけて・・・。」
と頭を下げる。
誠は、一つため息をつくと、
「いいよ。何もなければ・・・。」
と言い、美咲の頭を軽く二・三回ポンポンと叩いた。
「しっかし、良く見つけたな〜。俺様達が居たところからじゃあ、ここは
 見えねぇぞ〜。」
京が自分の側までやって来た綾人に、未だにニヤけた顔で聞く。
その表情に少しムッとした顔つきになりながら
「感じたんですよ。彼女を・・・。」
と綾人は事もなげに答えた。
「へ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
その答えに、更に京はうれしそうにニヤつき、美咲は顔が赤くなり、誠は体が
固まった。
誠は、自分の後ろに居る人物に向け、睨む様な視線を振り返りながら送る。
(や・やばい・・・・・。)
かすみは心底焦り、修羅場と化しそうなその場から離れたかった。
その場の緊迫してきた雰囲気は、綾人の上着の内ポケットの携帯が震えた事でかき消された。
綾人は、内ポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押し、右耳にあてる。
「はい、如月です。・・・・はい、分かりました。そうですね・・・。」
彼は、左腕を軽く振り、腕時計が見えるようにする。
「では、今から15分後に正面玄関に車を回してください。私達は、今から
 正面へ向かいます。よろしくお願いします。」
携帯を耳から離し、終了ボタンを押し、通話を終える。
「お仕事か〜〜〜〜?」
京がつまらなそうな顔で聞く。
「警備からの依頼です。長官がお帰りなるそうなので、護衛を頼まれました。」
綾人は、携帯を内ポケットに仕舞いながら答える。
「あ〜〜〜ん!?なんで警備の人間が護衛しねぇんだよ・・・。」
「長官直々の要請ですよ。ブツクサ言わないで行きますよ。」
京の肩を軽く叩く。
「じゃあ、俺達はこれで。」
綾人は、三人に右手を軽く上げ、京と連れ立って歩き出した。
しかし、
「おい!」
すぐ、誠に呼び止められる。
綾人は、立ち止まるだけで振り向かない。
その代わり京が振り向く。単に好奇心で・・・。
「絶対、お前に追いついてやるからな!!」
誠は綾人の背を睨みつけたまま言い放つ。
京が軽く口笛を吹く。
三人に相変わらず背を向けているので、綾人がどのような表情をしているかは伺い知れない。
「・・・待ってますよ。頑張ってください。あと、敬語を使わなかった事は忘れます。」
そういうと綾人は再び歩き出し、人ごみの中へ消えていった。
「もう、迷子になるなよ!」
京もそう言って人ごみに消える。
 
美咲は、一度も自分達の方を振り向かない背中を、人ごみに消えるまでじっと見送った。完全に彼が消えた時、
「・・・また、置いてかれちゃった・・・。」
と小さく無意識に呟いた。
側の二人は聞こえなかったふりをした。
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