ゴールデンウィークも終わり、木々の新緑が目に優しい5月の中旬。
特機のメンバーは相変わらず、保持者の犯罪捜査と『ブラック・エンジェル』により凶暴化した人達の鎮圧に忙殺されていた。
バーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
という荒々しい音と共に捜査課の扉があけられた。
その音にパソコンで書類を作成中だったアリスの手が驚きで止まる。
ついでに心臓も止まりそうになる。
「けぇ〜〜〜ったぞ〜〜〜〜・・・・・。」
全身に疲労感を漂わせた京が、泥酔者の様にフラフラとした足取りで室内に入ってきた。彼は、血や埃や泥で汚れた戦闘用アーマードスーツ姿だった。
「静かに入ってきてよ!!っていうか、着替えてきてよ!!!」
アリスが自分のデスクの目の前を横切る京に抗議する。
しかし、京には聞こえていないようだ。かれは、空ろな目のまま自分のデスクへ
つくと
「もう・・・死ぬ・・・・・。」
という一言を発し、つっぷして熟睡モードに突入した。
「や〜〜〜〜!!!誰が掃除すると思ってるのよ!!!着替えて、仮眠室に
行ってよ!!」
アリスが叫びながら、京の方へ走り出そうと席をたった時、入り口近くで、人が倒れる音がした。振り返ると陽介が、京と同じ格好のままうつ伏せに倒れていた。
「きゃ〜〜〜〜!!陽介君まで、何て所で寝てるのよ!!!!!」
「ゆ・・・・・・か・・・・・・・。」
彼もこの一言を残して熟睡した。
アリスは、その場でうなだれる・・・。
「あああああ・・・・。血のり取れないのよ・・・・・。泥も大変なのよ・・・・。」
この三人の喜劇(?)を自分のデスクで見ていた春麗が、
「あきらめなさい、アリス。こいつら、人としての意識がなくなるくらい疲れてる
んだから。清掃課に私が頼んでおくから、あなたは何もしなくてもいいわよ。」
とアリスをなぐさめる。
「ありがとう・・・。おねがい・・・・。」
アリスは、肩を落としたまま春麗に礼を言う。
この汚れを自分が何もしなくても良くなっても、いつも綺麗に掃除をしている彼女にしてみれば、一瞬にして汚された事にショックを受ける。アリスは、育ち盛りの子供を持つ母親の気持ちが分かった。今、彼女達と話をすれば話が合うだろう。
「この二人がこの状態だということは、綾人も似たようなものね。話があったん
だけどな・・・。」
そういいながら、春麗はデスクを立ち上がり、綾人の執務室へ向かった。
途中の陽介を乗り越えて。
春麗は、綾人の部屋のドアを2回軽くノックをして
「綾人?入るわよ?」
とドア越しに尋ねる。が、部屋の主からの返事がない。
また、2回ノックをする。
やっぱり返事がない。
春麗は、なるべく音が出ないように静かに扉を開ける。
(やっぱり・・・・。)
部屋の中には、応接セットの長ソファに身を沈め、捜査課の二人と同じ格好のまま熟睡している部屋の主の姿があった。
春麗は、静かに扉を閉めると、ソファの後ろを綾人に向かって足音をたてないように歩き出す。
顔の辺りで立ち止まり、中腰になり彼の寝顔を覗く。
(昔は、こんなにつらそうな寝顔じゃなかったのにな・・・。)
そう思いつつ、ソファ越しに彼の首元のアーマードスーツのホックを外し、緩める。しばらく、あまり幸せそうではない寝顔を覗き込んだあと、窓に顔を向ける。
そこには、雲ひとつ無い青い空が広がっていた。
「樹里。高見の見物してないで、あんたのお兄ちゃん、助けてよ・・・。」
春麗は、空に向かって呟いた。
空は何も答えない・・・。
それから二時間後、着替えとシャワーを済ませた男性陣と春麗は小会議室に
いた。
今後の捜査活動の話し合いの為に。
春麗が話を切り出す。
「どうも、この新種の麻薬騒動は一時的なものでは無さそうだから、どこかに
応援を頼もうかと部長とも話したのよ。」
「そうですね。他の事件も抱えて、この連日の出動では身が持ちませんからね。」
綾人の言葉に、京と陽介が大きく頷く。
「でね、どこがいいと思う?機動隊辺り?」
「戦闘訓練を受けてはいますが、強力な保持者相手の実戦はほとんどありません
からね・・・。陽介の古巣にしませんか?」
「陸軍の特殊部隊?」
綾人の提案に春麗が眉をひそめる。そして、確認するかのように陽介の方を
向く。
「いいんじゃなんですか?あそこは、保持者の隊員も結構いますし、保持者との
戦いを想定しての訓練はうち以上のものがありますから。安心して頼めますよ。
なんてったって、戦闘に関してはエキスパートですよ〜〜〜。」
元陸軍特殊部隊一のファイターだった陽介がにっこり笑う。
「陽介がいいんだったら、いいんじゃねえか?警察でうちと同等に戦えるとこは
ねぇんだしよ。でも、大丈夫なのかよ?あいつら未だに陽介に軍に帰って来い
って言ってるんだろ?交換条件とか言ってこねぇかぁ?」
京が腕組したまま顔をしかめる。
陸軍特殊部隊一のファイターが抜けた穴は、軍にとって大層な痛手であったらしく、陽介が「もう少し、人の役にたつ職場へ行きます。」と言って軍を辞め、特機に入隊して4年が経とうとしている今でも、事ある毎に軍への復帰要請が警察上層部に出されている。
「言って来るかもしれませんね・・・・。陽介、僕と一緒に軍の統幕本部へ麻薬
事件の応援要請に行きませんか?」
「いいですよ。僕もここら辺であいつらにビシッと言いたい事があるし。」
またも陽介は笑って答える。
彼は、言動と表情が伴わないことが多い。
戦闘中も温厚な笑みを浮かべて、相手を一撃で刺殺する。
「陽介連れてって、先制するのかよ〜。案外、ずる賢いね〜うちの隊長さん
もよ〜。」
京が楽しそうに言う。
「こちらも切羽詰まってますからね。どんな手でも使いますよ。」
綾人は不適な笑みを京に向ける。
「じゃあ、陸軍に要請するってことで、私が部長に報告するわね。」
「お願いします。長官の許可は僕が貰いますから。許可が下りたら、陽介と
軍へ行ってきます。後の事は春麗と京にお任せします。では、解散!」
綾人の号令で、皆、一斉に席を立ち、小会議室を後にする。
軍の統幕本部は陸軍特殊部隊の応援出動を素直に受け入れた。
陽介本人の前で交換条件は出せなかった事もあったであろうが、陽介の
「わたくし、最近、疲れが溜まっておりまして、自制が利かなくなっております。
即決でお願いします。」(=意味:さっさとOK出さないと、僕切れて何するか
分かんないよ?)
という笑顔の脅しが効いた事の方が大きいだろう。
米陸軍との演習で、一個中隊を一人で壊滅状態まで陥れた元軍人の言葉は効くらしい。
陸軍の応援を得てから、特機の負担も激減し、皆の体力も持ち直す。 |