Way of difference partT Scene8
美咲が自分の気持ちに一区切りをつけて一週間が経っていた。
彼女は、誠に自分の本当の気持ちを伝えるため、休暇の彼と大学近くの
小さな児童公園で待ち合わせをしていた。
誠には「話がある。」とだけ伝えていた。
待ち合わせ時間まで、あと10分程ある。
美咲は小さなベンチに座り、誠を待っていた。

(怒るよね、きっと・・・。黙って怒られよう・・・・。)
美咲は、俯く。
自分の選択が人を傷つけるという事実は直視するのがつらい。
同じく傷つけるのなら、あの時、綾人が自分の前から去った日の後にでも
別れを告げていれば良かったと後悔する。同じ別れでも、傷は浅かったと
思うから・・・。
この2年以上に渡って自分に注がれた優しさに胸が締め付けられる。
(私が、もっと強かったら・・・・。ごめんね・・・。)
自分の心の弱さを責め、優柔不断さを謝る。
そんな自責の念に心を満たしている、美咲の前に人の気配がした。
美咲は、誠が来たのだと思い、意を決して顔を上げる。しかし、そこに居たのは、
誠ではなく、長髪の紺色のスーツ姿の男性だった。
彼は、にこやかに微笑むと
「真山美咲さんですね?」
と聞いてきた。
見ず知らずの男性に自分の名を聞かれ、本能的に彼女はその男から
逃げようとベンチを立ち上がる。が、男に腕を掴まれ、いきなり顔に何かの
液体をスプレーされる。
(な・・・に・・・。)
急激に美咲の意識が奪われ、男に寄りかかる様に倒れる。
美咲を抱え込む男が
「さぁ、お姫様。私のお城で王子様が来るのを待ちましょう。」
と彼女に囁き、口の端を上げる。


「綾人君!左が疎かだよ!!」
陽介が、綾人の左を狙ってファイティングナイフを振りかざす。綾人は、
なんとか交すが、切っ先が左腕をかすめ、うっすらと一本の赤い線が出来る。
綾人も陽介の腹部を狙い、体を屈め左から右にファイティングナイフを放つが、
陽介は、余裕で後ろに飛びさがる。
「甘い。甘い。」
陽介は、左の人差し指を立て左右に振る。
綾人の動きも早い部類に入るのだが、陽介のその動きは数段早く、綾人でさえ
ついて行くので精一杯であった。
綾人の方は息が荒くなり始めているが、陽介は平然としている。
高レベルの訓練が続く。
陽介が綾人の懐に飛び込み、下から上へナイフを上げる。
綾人は、なんとか仰け反り交すが、バランスを崩し、仰向けに倒れる。
その瞬間、陽介は綾人の体に飛び掛り、馬乗りの状態になる。
陽介が綾人の顔をめがけて、ナイフを思いっきり振り下ろす。
切っ先が、綾人の眉間の数ミリ手前で止まる。
「綾人君のまけ〜〜〜。」
陽介が、にっこり微笑む。
「はぁ〜〜〜〜。」
綾人は、肺の空気をすべて出し切る。
「はい。お疲れ様。」
陽介は、綾人の体から離れると、彼の右腕を取り、立ち上がるのを助ける。
「陽介には、適わないな・・・。」
綾人は立ち上がりなら陽介に賛辞を送る。
「でも、大分良くなってきてるよ。早く僕から一本取れるといいね。」
綾人に不適な笑みが送られる。
綾人はそれに対して苦笑いをするしかなかった。
その時、訓練室の鉄製の扉が荒々しく開けられた。
「綾人!!制服に着替えて!!本庁に行くわよ!!!」
なにやら慌てた様子の春麗であった。
「どうしたんですか?」
状況が把握できない綾人が春麗に問うが、
「いいから!!!早くなさい!!!!」
と春麗が急き立てるので、とりあえず足早に訓練室をで、本部の建物へ
向かった。

その一時間後、制服姿の綾人は、渡辺本部長とこちらも制服姿の春麗(彼女は
タイトスカート)と本庁の大会議室にいた。会議室の中には、長官・副長官以下
3人の幹部が重々しい顔つきで座っている。
ここへ車で向かう道中、渡辺も春麗も綾人に本庁へ行く事の目的を一切話さず、
ただ「なにがあっても、落ち着くように。」とだけ告げられただけである。

室内の照明が落とされ、正面に巨大なスクリーンが降りてくる。
映像の投影が可能になった時、スクリーンに映像が映し出される。
遠くから撮影したようで、中央に白いベットとその上に人が横たわっているのが
確認できる。
カメラが横たわる人物に歩み寄っている様で、徐々に人物が大きく鮮明に
なってくる。
その間、一切音はない。
「!!」
横たわる人物がはっきりと確認できる大きさになった時、綾人が勢いよく席を
立ち、彼が座っていた椅子が、後ろに倒れる。
「美咲!!」
綾人を机の上で支えている両手が拳を作り、強く握られる。
彼女の顔がアップで映し出される。彼女は眠っている。
そして、スピーカーから声が聞こえてくる。
『ご機嫌如何かな?如月綾人君。
君の麗しい姫君は、今こうして私の手の中にある。
ゲームをしよう。いたって簡単なゲームだよ。
私の居場所を突き止め、この姫君を君自身で助け出すというゲームだ。
時間は無制限だ。
安心したまえ、君が迎えにくるまで彼女の身は保障する。
君が私に辿りつくまでいつまででもお待ちしますよ。
親愛なるアマデウス君。』
映像が切れる。
辺りが徐々に明るくなる。
綾人は、今は何も映し出していないスクリーンをじっと睨みつけている。
「今朝、長官宛に届いたの。今、家族にも連絡してこっちに向かって
もらってるわ・・。」
隣に座る春麗が前を向いたまま綾人に説明する。
「如月君。君は、一切表に出るんじゃない。家族への説明も私と渡辺君で行う。
家族が君との面会を求めても一切拒否する。個人的にも接触しないように。
マスコミもシャットアウトする。いいね?」
「わか・・・・り・・ました・・・。」
長官の本郷の命令に綾人はやっと答える。
春麗が倒れた椅子を起こし、綾人に座るように促す。
綾人は、ゆっくりと椅子に身を沈める。
机の上の握りこぶしは握られたままだ。


本庁から戻った綾人と春麗は着替えもせずに、捜査課で件のDVDを
他のメンバーに見せていた。
京のデスクを陽介・春麗・アリスが囲む。
綾人は、窓際に立ち、腕組をしたまま外を眺めている。
京のデスクのポータブルプレーヤーの画面に本庁のスクリーンで映し出された
映像が再生されている。例の声が聞こえはじめる。

『・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
君が私に辿りつくまでいつまででもお待ちしますよ。
親愛なるアマデウス君。』

再生が終わる。
しばらくの沈黙。

「で、こういう悪ふざけする人間の見当は付いてんのか?」
京が側の春麗を見上げる。
彼女は首を横に振る。
「声だけだし、映像もベットと彼女だけだもの・・・。前科がないと声からの
割り出しも無理だわ・・・。」
「ちっ!!」
京は舌打ちしたあと、何も写していない画面に視線を戻す。
「綾人君を狙っての犯行でしょうけど、何だか恨みとかそんなものは
感じないんですよね。一体、何が目的なんでしょうね・・・。」
京の後ろに立つ陽介が首を傾げて言う。
「そうだな・・・。まっ目的は何にしろ、お嬢さんの居場所と犯人を割り出す事が
先決だな。でよ〜〜、最後のアマデウスって何だ?」
又、京が春麗を見上げて訪ねる。
「あんたでも知ってる、かの有名なモーツァルトのミドルネームが『アマデウス』
よ。意味は、『神に愛されし者』・・・・。」
「はぁ〜〜ん!?」
京は、盛大に顔をしかめ、窓辺に一人佇む綾人を見る。
(本当に愛されてるんだったら、こんなに苦しまなくてもいいんじゃねぇかぁ・・・・。)

一人窓辺に佇む綾人は、外の往来を眺めていた。しかし、それははっきりと
彼の瞳には写っていないようだ。
(だから嫌だったんだ!他人と関わるのが・・・。あれ以来、彼女と会ったのは
2回だ。そのたった2回でこの結果だ!ちくしょう!!)
綾人は、唇を強く噛んだ。


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