Way of difference partT Scene9
美咲が目を開けると、見慣れない天井が広がっていた。
(??どこ???)
ゆっくりと体を起こし、周りを見渡してみる。この部屋には、自分が寝ていた
ベットのほかに、丸い木製テーブルと椅子のセットしかない。壁には、木製の扉が
二つあったが、どちらが外に繋がっているかは一見しただけでは分からない。
あと、一枚ガラスの大きなはめ込み窓があった。
カーテンの無いその窓からは、朝の光が差し込んでいた。
美咲が自分の置かれている状況をなんとか把握しようとしていた時、扉が開き、
例の長髪の男性が、公園とはうって変わった、ジーンズにダンガリーシャツ
といったカジュアルな姿で現れた。
「おはようございます。お姫様。お目覚めは如何ですか?」
男は、にこやかに微笑みながら、美咲が座っているベットに近づいてくる。
美咲は、羽毛布団を首まで持ち上げて、身を隠し警戒する。
「怖がらなくても大丈夫。貴方は、大事なゲストですから、どうこうする気は
ありませんよ。」
「ゲスト?」
美咲の眉間にシワが寄る。
「そう。貴方の王子様を僕の元に呼ぶ為の大事なお客様です。」
男は、また、にこやかに笑う。
美咲は、その不誠実な笑みに嫌悪感を覚えた。
「私に王子様なんていませんけど。」
美咲は目の前の男を睨みつける。
「おやおや、薄情なお姫様だ。今、必死になって探している彼に悪いでは
ないですか。今頃、彼の持てる権力(ちから)をフル活動させているでしょうに。
見てみたいですね、不安と焦りで心を満たした彼の顔を・・。如月綾人を。」
「!!」
美咲の顔が強張る。
「私の目的は彼自身です。彼のもがき苦しむさまと、私を必死に追い求める
さまを見たいんですよ。」
「どう・・・して・・・。」
「彼が『神に愛されし者』だからですよ。」
男の笑顔に冷たい物がよぎる。
それを見た美咲の背筋に悪寒が走る。
「さて、朝食の用意でもさせましょう。その時に着替えも持ってこさせますね。
そうそう、あっちの扉はシャワー室です。自由に使ってください。」
そう言うと美咲に踵を返し扉に向かって歩きだした。
「では、ごゆっくり。」
その一言を残し、男は扉の向こうに消えた。
「綾人君・・・・。」
美咲は、布団に顔を埋めた。


美咲が連れ去られて二週間近くが経っていた。
手がかりが無いに等しい今の状態では、犯人の割り出しは難しかった。
前科者の中に声の主はやはり存在しなかったし、過去の事件から綾人に
恨みを持つ者も割り出されたが今回のような事をしそうな人物は見当たらない。
シンジケートと暴力団の線も当たってみたが無駄だった。
綾人は、表面上いつもと変わりなく淡々と仕事を進めていたが、内心は、
まったく得られない手がかりに不安と焦りを募らせていた。
(どこにいる・・・。美咲・・・。)
自室のデスクの上で綾人は苦々しい表情で頭を抱え込んでいた。
内線が鳴る。
スピーカーボタンを押し、ハンズフリー通話にする。
「はい?」
「綾人!犯人が割れたわ!!」
スピーカーから聞こえる春麗の声に綾人は思わず立ち上がる。
「いますぐ、そちらに行きます。」
スピーカーボタンをもう一回押し、通話をきると、早足で捜査課へ向かった。
捜査課には渡辺も来ていた。
「はい。こいつよ。」
春麗から、一枚の写真と3枚のA4紙を渡される。
写真には、長髪の男性が数人の護衛に囲まれている姿が写っていた。
「小笠原拓海(オガサワラ タクミ)30歳。小笠原製薬副社長。
現社長の養子よ。」
春麗は資料片手にメンバーに被疑者の説明をする。
「経歴は、手元の資料にもあるように、17の時に小笠原氏の養子になってるわ。
彼が会社に入ってからは、急激に成長して、業界6位だったのが今では2位に
まで踊り出てるわ。その実績から27歳で副社長に就任して、今は、病気療養中
の社長に変わって経営にも携わってるから事実上の社長ね。」
「良く、彼だとわかりましたね。」
綾人が資料に目を通しながら春麗に聞く。
「まったくの偶然っていうか、この男のミスね。」
「ミス?」
綾人が軽く眉を顰める。
「夕べのニュースにこの男が出てたのよ。どっかの小さな製薬会社を買収
したって記者会見してたのよ。それで、サンプル取って、鑑識に頼んで声紋
調べてもらったら、完全に一致したってわけよ。」
「・・偶然でも、ミスでもありませんよ。」
綾人は、手の資料を近くのデスクの上に放り投げる。
資料はパサッという軽い音を立て、デスクと密着する。
「どういうことだよ?」
京が資料を捲りながら、怪訝そうな顔で聞く。
「テレビに出る事で自分だと教えてくれたんですよ。早く、辿りつけるようにね。」
綾人はそう言いながら、近くの電話の受話器を取り、「二課」と書かれたボタンを
押す。
数回のコールの後、二課の職員が出る。
「如月です。二課長お願いします。・・・・お忙しい所すみませんが、二課総出で
調べて頂きたい事があるんですが。録音の準備できてます?」
捜査課に居るメンバーは、綾人の行動の意味が分からず、ただ黙って見ている。
録音の準備が完了した事が、綾人に告げられる。
「調べて欲しいのは、過去5年分の小笠原製薬の薬品及び材料の輸入品目と
輸入量。あと、輸入相手。それと、ここ2・3年の間に出来た新工場と
その稼動詳細を調べてください。余裕があれば、熱センサーで工場を調べて
もらえるとありがたいのですが・・。ええ、最優先です。抱えている事件は
一旦ストップさせて下さい。・・・そうですね、あさっての朝、報告してください。
では、お願いします。」
綾人は受話器を置く。
部屋中の人の視線を一斉に浴びていた。
「おい、いきなりどうしたんだ?」
渡辺が丸めた資料で左手をポンポンと叩きながら、あきれた顔で尋ねる。
「『ブラック・エンジェル』にも彼が関わっていそうなので。」
「はぁ〜〜??」
綾人の隣の京がすっとんきょうな声を上げる。
春麗と陽介も、美咲の誘拐から何ら関係のない麻薬事件への飛び火に驚いた
顔をしている。
「彼が副社長に就任した時期と『ブラック・エンジェル』が日本に上陸した時期が
重なってますし、なんといっても製薬会社ということです。ここ一年程の蔓延の
仕方は、部長が持ち帰ってきた各国の資料も指摘するように、日本国内に
製造工場ができたと思っていいでしょう。でも、新しく工場を作るには資金も
掛かりますし、隠れ蓑が必要です。その点、製薬会社なんてピッタリです。
材料だって、輸入しやすい。」
「でも、それだけで、彼と決めるには・・・。」
春麗が異議を唱える。
それに対して、綾人は首を横にふる。
「彼は、僕に挑戦してるんですよ。真山の事は仕上げでしょう。それなら、
その前になにかしらの事件に関わっているはずです。最近、困らせられたのは、
あの麻薬ですからね。」
忌々しそうな顔つきになる。


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