Way of difference partT Scene10
翌々日の朝。
二課の捜査報告があがったので、綾人は捜査課でその報告を受けていた。
二課長は、ノートパソコンを使い報告をする。
二課長の後ろに休暇の陽介を除く、綾人と京と春麗が並ぶ。
「これが、過去5年の輸入薬品量の推移グラフです。ここでは、代表的な薬品
のみにさせていただきました。」
画面には、縦軸に数十種類の薬品名、横軸に年月が記された折れ線グラフが
表示されている。
その中の5種類程の輸入量が3年前から急激に増えている。
「あとこれが、代表的な材料なんですが・・・・。」
マウスをクリックし、別画面を呼び出す。
同じような折れ線グラフが表示されるが、縦軸が数十種類の材料名になって
いる。
ここには、一年半前ぐらいから急激に増加している材料があった。
「薬品も材料も一般的な物が増加しているけど、こんなに急に需要が伸びる
のはおかしいわね。」
春麗が自分の顎に手を置き指摘する。
それに二課長が答える。
「ええ、一般薬の需要が急に増えることはありませんから、疑っていいと
思います。あと、これも見てください。」
そう言って、彼は、パソコンに横に置いていたA3版の封筒から一枚の写真を
出す。
それは、建物を熱センサーで写したものだった。
真っ黒の中に建物の輪郭と地表は白い線で描かれ、赤・橙・黄色・青・緑に
よって発散される熱量が表されていた。
「なんじゃこりゃ〜〜〜。」
地上の工場部分の黄色い色に対して、地下が真っ赤に染められている写真を
見て、京がしかめっ面で叫ぶ。
「これは、小笠原製薬が一年半前に開業した長野郊外にある新工場の
熱センサー写真です。新工場の割には、稼働率が低く、それに対して
エネルギー消費は他の工場と変わらないので、隊長の要望通りセンサーで
測ってみると・・・ビンゴってわけですよ。」
二課長が京を見上げてニカッと笑う。
「地下工場ってわけね。人間が地下でやる事にあまりいい事はないわよね。」
春麗が不適な笑みを作る。
「疑う事ばかりですよ。先ほどの材料の余剰分は、すべてこの工場に運ばれて
います。」
京から再びパソコンに向かった二課長が、マウスをクリックし、別画面を
呼び出し、材料名とそれが何処へどれだけの量運ばれたかを示す表を出す。
「『ブラック・エンジェル』に小笠原製薬が絡んでいるのは、ほぼ間違い
ありませんね。二課長、また、お願いがあるんですが、二課の精鋭を
小笠原製薬の内偵に回してもらえませんか?」
「もう、やってますよ。」
綾人の頼みに、二課長は当然といった顔で即答し、先ほどの熱センサー写真が
入っていた封筒を指差しながら
「詳しい捜査結果は、この中のCD−ROMに入ってますから、後で目を通して
おいてください。」
と綾人に告げる。
「ありがとうございます。」
綾人はパソコンの電源を落とし、二課へ帰る準備をしている二課長に軽く頭を
さげる。
それに対して二課長は右手をヒラヒラさせて、
「礼はいりませんよ。仕事ですから。」
と言って笑う。
「では、内偵が進み次第、報告させますから。」
そう言って、彼は捜査課を後にした。


春麗は、自分のパソコンで二課長の置き土産であるCD−ROMを
解析していた。その隣の空きデスクで、綾人は顎肘をついて何かについて
考え事をしていた。
「輸入薬の余剰分が麻薬の完成品で、材料の余剰分が麻薬の原材料って
とこかしらね。どうやって潜り込ませたのかはしらないけど、賢いやり方よね。」
「そう・・・ですね・・・・。」
「何、その気の無い返事は!」
隣の綾人の生返事に、春麗が少し不機嫌になる。
それを分かっているのか分かっていないのか、綾人は相変わらず考え込んで
いた。
「はっ!」と春麗は悪態をついて、再びパソコンに向かう。
捜査課に、春麗のパソコンの音と、二人とは離れた場所に座る京が出す、
キャンディーを噛み砕く音がしばらく響いていた。
「春麗・・・。」
「なによ!!」
不機嫌な春麗が綾人の呼びかけに冷たく答える。それに怯む事無く、
綾人は話出す。
「この麻薬事件って、10年くらい前の笹原博士の事件を思い出しませんか?」
「え!?あのマッドサイエンティストの!?」
パソコン作業の手を止め、春麗は眉間に皺を寄せて隣の綾人を見る。
彼は、顎肘姿で前を向いたままである。
「なんなんだよ。そのマッドさんの事件ってよぉ。」
京が離れた自分のデスクから話に参戦する。
「こらこら、こんな有名な事件を知らないの?」
春麗があきれる。
「俺様、その頃、人の事なんて構ってられなかったからなぁ〜。
しらねぇ〜〜〜〜。」
京は、口の中のキャンディーを頬張りながら、平然と答える
「ああ、そうね!・・あんたが此処に入る少し前だったと思うんだけど・・・。
笹原博士って、親子三代に渡っての保持者研究の第一人者が居たんだけれど、
研究が高じ過ぎたんでしょうね。裏で、遺伝子レベルで人工的に操作して、
理想の保持者を作ろうとしてたのよ。」
「なんじゃ、そりゃ!!」
京は、口の中の噛み砕いたキャンディーを落としそうな程、大きな口を開けて
驚いた。
「初代は、非保持者が保持者にどうにかして変化しないかを研究して、
二代目と三代目は人工的に作り出そうとしたのよ。強力な力を持ち、且つ
数種類の力を持つ保持者をね。」
京は、春麗の最後の言葉に、思わず綾人を見てしまった。彼は、その視線に
気づかず、未だに何かを考えている。
彼が人の視線に気づかないのは珍しい事で、それ程考え事に集中している
ようだ。
「私達は、この事件の捜査には関わっていないのだけど、研究所に乗り込む時に
応援に借り出されてね。あの現場は、異様と異常以外のなにものでも
なかったわね・・・。」
春麗は、当時を思い出したのか、眉間に皺を寄せ、胃を右手で摩りだした。


踏み込んだ笹原研究所は、春麗が言う様に「異様と異常」であった。
数十個の円筒形の巨大水槽には培養液と共に奇形児が浮いており、
「資料室」と書かれた部屋には、無数の腐乱死体と、どれとどれが対なのか
分からない程の量と散乱した白骨死体がひしめき合っていた。
彼らの研究日誌も眉をひそめる事だらけであった。
初代は孤児を集め、その子供達に脳手術を施していたが、みな失敗していた。
二代目と逮捕された三代目は、連れ去ってきた女性達に遺伝子組み換えを
行った精子を注入し、無理矢理妊娠させていた。
しかし、それも奇形児を誕生させるだけだった。
ただ一人の子供を除いては・・・。

人工的に保持者を作ろうとした笹原教授の事件と、薬を使って人の能力を
高めるという今回の麻薬事件は似ていた。


話を聞き終わった京の顔がこれ以上歪む事はないというくらい歪んでいた。
話しをした春麗の顔色も少し悪かった。
「で、これには、おまけがあってね。」
「え〜〜〜〜、もう勘弁してくれ〜〜〜〜。」
「あんたが聞きたがったのよ!!最後まできちんと聞きなさい!!!」
「はい・・・。」
京は春麗に迫力負けした。
「逮捕された笹原博士はずっと黙秘していたのだけど、ある日突然、
綾人に会わせれば自供すると言い出したのよ。」
「で、会わせたのかぁ?」
「ええ。捜査本部は詳しい自供がほしかったからね。・・・留置所で会った彼も
異様だったわ。ガラス越しの綾人を見た瞬間、笑い出して、『神が創りし物に、
人が作り出した物が勝る筈が無いのだ!神は完璧だ!!』って叫んだかと
思ったら、奥歯に隠していた毒薬を噛み砕いて、その場で絶命したのよ。」
「うえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
京は舌を出し、胃を摩る。
捜査課の空気がどんよりとして来た時、それまで、顎肘をついて考え込んで
いた綾人が突然立ち上がった。
「そうだ・・・彼だ!!」
そう言うと、綾人は、捜査課から自室へ走り出していた。
「なに?なに?」
春麗は、目を丸くしたまま京に向かって尋ねる。
「さぁ〜〜〜〜?」
京は両手を上げて答える。

自室に戻った綾人は、本庁のスパコン直通のPCを立ち上げる。
スパコンの解決済み事件データ部にアクセスすると、画面中央に
「Password?」と表示された。
白い入力部分に自分のパソワードを入力する。
画面には10個の「*」が表示される。
パスワードが承認され、画面が切り替わる。
中央にキーワード入力エリアがあるだけのデータ検索画面が表示され、
入力エリアに
「笹原博士 20XX.XX.XX 研究資料」と入力した後、マウスで検索ボタンを
押す。
画面には「Loading」という文字と、進行状況を伝える青い棒が徐々に右に
進んで行く。
その時、
「おいおい、どうしたんだよ〜。綾人〜〜。」
と言いながらノックをせず、京と春麗が執務室に入っていた。
普通なら、「ノックをしてください。」と注意されるのだが、今日は注意する所か
無視して、マウスで画面を操りながら、画面に次々写し出される資料たちに
集中している。綾人は、一つの事に集中すると時々廻りが見えなくなる。
「あった・・・。」
散々、マウスを駆使した結果、目的のものを見つけたようだ。
マウスから手を離し、自分の背中を革張りの椅子の背もたれに預ける。
そして、ようやく、自分の机の前に腕組した京と春麗の姿に気づく。
「ああ、来てたんですか。ちょうど良かった。これを見て欲しいんですけど・・・。」
そう言って、二人をPCの方に手招きする。
久しぶりに綾人に振り回されている二人が「やれやれ」といった感じで綾人の
大きなデスクを回り込み、綾人を挟んだ形で立ち、PC画面を覗く。
そこには、文字がぎっしり書かれたウィンドウの左上に一人の少年が小さな
別ウィンドウに映し出されている。
「あれ?これって・・・。」
春麗が画面の少年を指さす。
「そう、小笠原拓海です。13年前の。」
「なんで、本庁のスパコンにあるんだよ?奴に前科はねぇんだろ?」
京が軽く眉を顰める。
それに対して、綾人は軽く頷く。
「小笠原拓海には前科はありません。この画面の少年は、笹原綾人と言って、
笹原博士の唯一の成功作品です。サイコキネシスとテレポーテーションを
持っていたようです。力の程度は、詳しい資料が残っていないので
分かりませんが。」
「でも、かれは!!」
春麗が綾人の右肩を掴む。
綾人が春麗を見上げる。
「ええ。笹原博士の研究データによると彼は、博士が逮捕される3年前に
『処分』されています。なぜか、失敗作の烙印を押されて。」
故に、当時の捜査本部は彼があの大量の死体の中に居るとしたのだ。
綾人は、視線を春麗からデスクトップパソコンの画面に移す。
「小笠原拓海の養子に入る前の戸籍はちゃんとしてたわ!」
春麗が声を荒げる。
「そんなもの、裏で大金を払えば軽く手に入るでしょう。」
綾人は、目だけ春麗に向ける。
「じゃあ、こいつは『小笠原拓海』として、今まで生き延びてたってわけかぁ?」
京が更に眉を顰め、頭を2・3回掻き、
「同じ『綾人』か・・・。」
と呟く。
片方は、存在を抹消され、別人として生き、片方は、不本意ながらもその力を
遺憾なく発揮し、多方面に渡って名が知れ渡っている。
皮肉な物だと、京は思った。
「どこかで見たことのある顔だと気になっていたんですが、資料上の人間だった
とは・・・。なかなか思い出さない筈ですよ・・。」
そう言いながら綾人は、長官直通の電話の受話器を取る。
2回のコールで相手が出た。
「如月です。今回のわたくしの事件についてお話があるのですが、お時間を
頂けませんか?」
受話器の向こうで面会の許可が下り、いつごろ訪問するのかと聞いて来る。
「そうですね、早くて40分。遅くても一時間後にはそちらに到着します。
あと、本庁で会議中のうちの渡辺を留めておいて頂けませんか?
よろしくお願いします。」
綾人は、受話器を置くと、春麗を見上げ、
「二課のCD−ROMをコピーして下さい。本庁に持っていきますから。それと、
アリスがアメリカンスクールから戻ってきたら、陸・空両幕僚長宛と統幕本部長宛
の合同捜査要請書を今日中に作成するように伝えてださい。出来あがったら
連絡ください。」
と指示を出す。
「わかったわ。」
春麗は、綾人の肩を軽く叩いて執務室を早足で後にした。
今度、綾人は業務用の電話の「車両部」という内線ボタンを押す。
「はい。車両部です。」
スピーカーから若い男性の声がする。
「如月です。本庁に行きますから、いまから20分後に僕のバイクを玄関に
回してください。」
「バイクでよろしいんですか?」
本庁には、公用車が使われるのが常であったので、電話の向こうの男性が
確認する。
「ええ。急ぎですから、バイクで行きます。」
「分かりました。すぐ用意します。」
男性が承諾したあと、内線が切れる。
「これから本庁に行きますが、帰ってこないと思いますし、たぶん、二・三日
こちらには出勤しないと思います。現場の指揮権を京に譲りますから、
後のことお願いします。あと、春麗に言い忘れてたんですが、陽介を呼び出して
おいてください。」
綾人は京を見上げながら指示を出す。
「まっかせなさい!!」
京はそう言うと、ビッという音が聞こえそうな勢いで親指を立てた。
綾人は軽く微笑むと、視線を画面の少年に戻す。
「京・・・・彼から見ると、俺は彼とは違って、順風満帆の人生を歩んでいるように
見えるんだろね。・・・『神に愛されし者』か・・・・。」
と、二十歳の青年に戻った綾人が、つらそうな顔で呟く。
綾人は、京だけに時折弱音を吐く。京としては、もっと吐いて欲しいのだが、
それを求めるときっと完全に弱音を吐かなくなる事が目に見えているので、
要求はしない。
京は、少しうな垂れている綾人の頭の上に自分の右手を軽く乗せて
「お前は、只の人間だよ・・・。」
と慰める。
「ありがとう・・・。」
綾人は、礼を言うと心を落ち着ける為、静かに目を閉じた。


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