美咲は、自分が軟禁されている部屋で小笠原拓海と丸テーブルを挟んで、
英国式アフタヌーンティーを食していた。美咲は、ここに来てから、逃げる時
もしくは救助された時に体力が落ちていない様に食事はちゃんと取っていた。
何らかの薬が盛られてはいなさそうだったので・・。
午後の紅茶を誘われた時は(なんでこの人と?)と訝しくも思ったが、
食べれる時に食べ、得られる情報は得ようと決めていたので、一応快く
承諾した。
かすみ程強くない彼女がここまで腹を括れるのは、綾人の事を信じているから
であった。
拓海は、「退屈しのぎに私の過去の話なんか如何ですか?」と言って、
美咲に自分の生い立ちを話して聞かせていた。
自分がマッドサイエンティストに作られた保持者である事、如月綾人と同じ名前
だった事を。
「17の年まで、私は成功作として成長データを取りながら、力の制御を
訓練していました。本当に大事にされていましたよ。博士の扱いが変わった
のは、その年に起きた幼い少年が起こした事件の現場検証に立ち会ってから
でした。」
拓海は手に持っていたウェッジウッドの白いカップをテーブルの上のソーサーに
戻し、紅茶ポットから新しいセイロンをカップに注ぐ。
美咲は彼が話しを始めてからは、紅茶にもケーキにもスコーンにも手を出さず、
黙って聞いていた。
彼は話しを続ける。
「7歳の少年が、有名な日本人バイオリニストを再起不能にし、国際手配された
暗殺者をいとも簡単に殺害した、一般には伏せられた事件。この事件を起こした
少年に見当がつきますか?」
そういうと、拓海はカップを持ち上げ紅茶を啜る。
「貴方が話すのだもの・・。もう一人の綾人君でしょう・・・。」
美咲は冷たく言い放つ。
拓海は、カップをソーサーに戻し、にこやかに微笑む。
「賢い女性は好きですよ。その通り、如月綾人が起こした事件ですよ。
なぜ、そのような暴挙に出たのかは私は知りませんが。」
「何かよっぽどの理由があったのでしょう。彼は無意味に殺したりしないもの。」
美咲の自信のある発言に、拓海は大げさに手を叩き
「愛とはすばらしいですね!!幼い時とはいえ、人を殺した恋人を無条件で
信頼できるんですからね!!」
と感心する。
美咲は内心ムッとしたが囚われの身なので我慢し、気分転換にカップの残りの
紅茶を一気に飲み干す。
彼女がカップをソーサーに戻すときに、ガチャッと少々荒々しい音が立っていた。
「それはさておき。類稀なる力を有し、更に別の力も持ち、高い戦闘能力を持った
彼に会ってから、博士は私に失敗作の烙印を押し、それまで以上に研究に
没頭し始めました。」
(成功作だの、失敗作だの、人を何だと思っているのかしら・・・。)
美咲は、心の中で嫌気が差してきた。
拓海の昔話は続く。
「失敗作の私は博士に処分されることになりましたが、交流のあった小笠原製薬
の社長が説得し、私を引き取ってくれました。かれは、北川拓海という男の戸籍
を私に与え、養子に向かえ、小笠原拓海という人間を作り上げました。」
「なんだか、助けられた割には嬉しそうではないのね。」
美咲のするどい指摘に、拓海は軽くため息をつく。
「嬉しかったですよ。養父母は大変可愛がってくれましたから。だから、恩返しに
この会社を大きくしました。でもね、彼の影がちらつくんですよ。
ことある毎に・・・。」
拓海の顔から笑みが消える。
「地位も名誉も手に入れ、順風満帆に人生を送るもう一人の綾人が・・・。
もう一人の綾人は失敗作として存在を消され、別人として生きている。
・・・本当に彼が私より優れているのでしょうかね・・・。」
「・・・・・・。」
「私は、確かめたいのですよ。自分の目で、どちらが優秀なのか。人が作った
綾人か、神が創った綾人か。」
美咲は、無表情で拓海を見る。
拓海も冷たい表情で美咲を見つめているが、実際、目に映っているのは彼女を
通り越し、如月綾人の姿であった。
「・・・ふざけないでよ・・・・・。」
美咲は、プリーツスカートを両手で力強く握り締める。
「ふざけないでよ!順風満帆?神様が創って愛した?冗談じゃないわ!!
彼は、自分の力に思い悩み、傷ついた普通の人間だわ!!」
美咲の内なる思いが爆発した。
「あなただってそうよ!なにが成功作よ!なにが失敗作よ!!人である事に
変わらないんだから、そんなものに縛られず、きちんと人生歩みなさいよ!!
あなたの自己満足に綾人君を巻き込まないで!!!」
最後の方は叫んでいた。
美咲は、興奮した真っ赤な顔でスカートを握り締めたまま、拓海を睨みつける。
大人しかった彼女の突然の行動に、しばらく拓海はあっけに取られていたが、
気を取り直すと、小さく微笑み
「彼が何故貴方に惹かれるのか分かりました。私も気に入りました。彼が私に
負けた時は私のものになりませんか?」
と言ってきた。
美咲は、眉を顰める。
「私は、如月綾人以外の男性を愛する事はしません!仮に彼が貴方に殺された
時は、今度は私があなたを殺します!!」
この言葉に怯む事無く、拓海は恋人に向けるような優しい眼差しを美咲に
送り続ける。
「いいですね。その健気さも。」
美咲はその言葉には一切答えず、拓海を強い眼差しで睨み続けた。
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