Way of difference partT Scene13
美咲は、文字通り拓海に叩き起こされた。
窓の外は暗い。傍らの時計を見るとアナログ時計の長針は5分を、短針は3時を
指し示していた。
一体何事かと思いつつも拓海の張り詰めた雰囲気に何も言えず、シャワー室で
寝巻きからジーンズ生地でジッパー式のチャイナ風シャツと、ロングスカートに
着替える。
シャワー室から出ると、拓海に右腕を強く掴まれ、軟禁後初めて部屋を出た。
「どこに行くんですか?」
拓海に引きずられるような格好で歩く美咲が、正面を見据えたまま大股で歩く
拓海に問う。
しかし、彼は何も答えず歩き続けた。

突き当たりに両開きの扉が見えてきた。
拓海はそこに向かっているようだ。
二人が扉の前に立つと、扉は自動で両方に開く。
美咲が拓海に連れられて部屋に入ると、そこには、正面の壁一面が防犯カメラの
映像で埋め尽くされていた。
中央が大画面になっており、その両側に無数の小画面が並ぶ。
映し出されているのは、工場の周りの森林の中に佇む、戦闘器具を装備した
迷彩服とヘルメット姿、手にサブマシンガンや、マシンガンを手に手に持った
兵士達であった。
中に、機動隊の青い出動服が見える。
(なに・・・・これ・・・・。)
まるで、戦争映画のワンシーンの様な光景に美咲は息を飲む。
拓海は、美咲の腕を離し、画面下のコンソール盤に向かう。
「さすがですね。これだけの大規模の混成チームをまとめ上げ、私に直前まで
気づかせることなく配置する。見事ですよ、如月綾人君。」
そう言って、コンソール上のボタンを押す。
大画面に、正門前に立つ戦闘用アーマードスーツ姿の特機メンバーと
陸軍特殊部隊1班が映し出される。その集団の中央に腕組をした綾人がいた。
(綾人君!!)
美咲は、上着を右手で握り締めた。

初夏とはいえ、山の中の朝方は東京に比べれば寒い。
薄暗い中、特機のメンバー4人と特殊部隊10人、特殊部隊と同じ格好をした
誠の15人は正面に見える、これから戦場になる小笠原製薬長野工場を黙って
見据えていた。
ふいに綾人が後方にいる誠を振り返る。
「芝山。許可書にも書いた様に、これからは戦闘だ。自分の身は自分で守れよ。
お前に何かあっても誰も責任なんて取らないからな。」
「わかっています。家族にも説明してきましたし、文章にして残してきました。」
「ならいい。」
綾人は視線を正面に戻す。
その時、後方支援部隊にいるアリスから綾人にテレパシーが届く。
(すみません、隊長。)
「どうした、アリス?作戦前だぞ。」
(それが、美咲さんのお父さんがどうしても、隊長に言いたい事があるそうで、
通信を一時こちらに回して欲しいそうなのですが・・・。)
きっと、アリスは、家族代表として現場に来た一馬と「作戦前なので、
ダメです!!」「そこをなんとか・・・。」という風な押し問答を繰り返し、根負け
したのだろう。
世界中を取材して廻る男に17歳の少女が勝てるわけがない。
それを察した綾人は、
「いいでしょう。特別に許可します。真山氏を無線機の前に座らせてください。」
と言いながら、右耳の小型無線機を人差し指で押す。
細長いマイクが口元まで伸びる。
「如月です。」
[作戦前にすまないね。どうしても言っておきたい事があったんだ。]
「なんですか?」
[死ぬなよ!]
力強い一馬の言葉に、綾人の顔がほころぶ。
「ありがとうございます。」
そう言って、無線機をもう一度押して通信を切る。
マイクが収納される。
綾人は左腕をあげ、スーツを捲り腕時計を見る。
作戦決行時刻まであと3分を切っていた。
現場に一本の糸を限界まで張り詰めたような緊張が走る。

時刻は徐々に進む。2分・・・・・・・1分・・・・・・・・。

綾人が無線を押し、マイクを出す。
「10秒前・・・・・5・4・3・2・1・突入!」
この号令により、工場の周りに配置されていた兵士達が一斉に工場内にむけ、
突入を開始する。
綾人達、正面部隊も工場内へ向けて走り出す。
閉められた門を彼らは軽々と飛び超えていく。
工場のあちこちで銃声が響きだしている。戦闘が開始されたようだ。
綾人達が工場内をほんの数メートル走った所で、止まる。
「お出迎えが、おいでなすったぜ〜〜〜〜。」
京が指をボキボキ鳴らしながら楽しげに告げる。
目の前には、『ブラック・エンジェル』の末期患者達20〜30人程がバリケードの
ように立ち並んでいる。
彼らの目は空ろで、顔には不気味な笑みを湛えている。理性を失くした
戦闘人形達である。
綾人は背中から、陽介は両太ももから、装着されている強化金属の
ファイティングナイフを抜く。
春麗は軽く首を回し、京はファイティングポーズを取る。
特殊部隊と誠は、サブマシンガンとマシンガンを構える。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!!!」
末期患者達が奇声と共に襲い掛かる。
特殊部隊のマシンガンが火を吹く。
こちらでも戦闘の火蓋が切って落とされた。


「あ〜〜もう!!あんたら邪魔!!」
春麗の叫び声と共に、彼女の前にいた数人が火達磨になり、倒れる時周りの
人間を巻き込んで倒れるので、被害は拡大する。
春麗の瞳が光り、別の場所でも火の手が上がる。
辺りに人が焦げる嫌な臭いが蔓延し始める。
しかし、この場に居る人間でこのくらいの事で顔をしかめる様な神経の
細やかな者はいない。
「これでも食らいやがれ!!!」
別の場所では、京の瞳が光り、集団の中央でミサイルでも落とされたかのように
地面が裂け、コンクリート偏と一緒に数人が空中に飛ばされる。
飛ばされた彼らの行く末を見届ける事無く、京は青白く光る両の拳を近くの
戦闘人形達に繰りだす。
「おらおらおらおら!!!!!」
殴られた者は、顔が真後ろを向いた状態で次々と倒れていく。
そんな姿の仲間達を乗り越えて戦闘人形達は京に襲い掛かって来る。
それを京は殴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたりして蹴散らす。
「綾人君!ちょっとこっちに来て!!」
両手のファイティングナイフを真っ赤な血に染め上げた陽介が、綾人を連れて
戦線を離脱する。
「こんなに次々に敵が出てきたんじゃ、いつまで経っても研究所内部には
行けない!僕が飛ばすからここは僕達に任せて先に行って!!」
「しかし!!」
陽介の言うとおり、何処からともなく次々に現れる敵に阻まれて、戦闘開始から
十数分経っているにも関わらず、敷地内を一歩も先に進めていなかった。
だからと言って、指揮官が部下を置いていくわけには行かない。
「今回の作戦の優先事項は『真山美咲嬢の保護』だよ!!それが現時点で
出来るのは君だけだ!!」
普段は温厚な陽介が、綾人の肩を自分が手にしているナイフのグリップごと
掴み詰め寄る。
その真摯な眼差しに綾人は決断する。
「では、お願いします。」
「任せてよ!・・・で、そこの君も行くんだよね?」
陽介が綾人の体から顔だけを覗かせて、綾人の後ろにいつの間にか来ていた
誠に話しかける。
誠は、コクンと一回頷く。
陽介は誠を手招きして、誠を呼び、誠は綾人の隣に歩み寄る。
陽介は、自分の左手で綾人の右手を、右手で誠の左手を取る。
「目標を定めている暇が無いから、とりあえず、研究所の中に飛ばすけど、
そこが何処かは分からないよ。」
「大丈夫です。見取り図なら頭の中に入っているので、すぐ見当つきます。」
「じゃあ、行ってらっしゃい。」
陽介の目の前の二人が消える。
「さてと、僕も戻らないと。」
次々と上がる火の手と、弾き飛ばされる人達を見ながら陽介が呟く。
次の瞬間、彼は、戦闘人形達のど真ん中に居た。
突然現れた人に感情の無い彼らも一瞬ひるむ。その一瞬さえあれば陽介には
十分だった。
陽介は、彼の周りにいた6人の男女の首の頚動脈を二本のナイフで次々と
切り裂いていく。
血飛沫を浴びた陽介が満面の笑みを湛え
「さぁ、次はだれ?」
と大胆にも敵に聞く。
その光景に戦闘人形達が本能的に後退る。


綾人と誠は、研究所の中に無事飛ばされた。
誠は初めてのテレポートに妙な気分になった。ほんの一瞬で、元々いた場所とは
違う所に居るというのは頭で理解できても、感覚が付いて来ない。
綾人は、自分達の居場所を確定する為に、辺りを見渡す。
「一階の中央だな。まずまずってとこか・・。」
と呟き、手に持っていたファイティングナイフを一振りし付いた血を拭うと、
背中の収納ケースに収める。
「強化金属製のナイフに強化繊維のアーマードスーツに超小型無線機か・・・。
話には聞いていたけど、科学の最先端ばかりだな。」
拳銃ホルダーからデザートイーグルを抜き取っている綾人に、誠が感心して
話しかける。
綾人は、小さく笑うだけだった。
「真山は、最上階の5階の何処かだと内偵の報告があった。上に行く階段は、
こっちだ。行くぞ。」
綾人はさっさと廊下を歩き出した。
誠はサブマシンガン片手にそれに続く。
数メートル程歩き目前に二本の廊下が交わる場所に近づいた時、綾人が
立ち止まる。彼が止まる時は敵に遭遇する時なので、隣の誠はサブマシンガン
を正面に構える。
正面に男女5人、彼らの背後にも男女5人の敵が例の不気味な笑みを浮かべて
現れた。
「芝山、後ろ頼んだぞ!」
そう言うと綾人は正面の敵に向かって走り出した。
誠は、隠れる事無く自分に向かってくる敵にサブマシンガンを撃ち放つ。
彼らはひたすら前に進むだけなので、訓練の動く的に当てるより簡単に
命中する。
弾の当たる衝撃で5人は機械的に踊るロボットのようだった。
全滅したのを確認してサブマシンガンを構えたまま、すぐ様綾人の方を
援護するために振り返る。
が、綾人の足元には5つの遺体が転がっていた。
(この短時間に一人で単発の得物で5人を殺るのかよ・・・。)
誠は、あらためて綾人に対して畏怖の念を抱いた。

その様子を大画面で見ていた拓海が
「初めて彼の戦闘を見ましたけど、なかなかですね。本当はもっとすばらしい
のでしょうね。」
と言いながら、美咲を振り返る。
彼女はただ黙って拓海を見る。
「それにしても王子様以外にナイトまでご登場とは、貴方は大変好かれている
のですねぇ。」
拓海がクスクスと笑う。


<<backnext >>