Way of difference partT Scene14
次々と現れる敵に、綾人と誠の進行は遅々として進まない。陽介により研究所
内部に飛ばされてから数十分が経つというのに、今ようやく、3階に到達した。
「ったく、どんだけ居るんだよ!!」
階段を昇りきり三階のフロアに足を踏み入れた誠がぼやく。
彼らが昇ってきた階段には、幾つもの死体が転がっている。
二人は内心非常に焦っていた。人質救出は、時間との戦いだ。
手間取れば手間取るほど、美咲の命が危険に晒される。
一気にかたをつけたい。
「まだ、居るみたいだぞ・・・。」
綾人が呟く。
彼らの前に、またもや何処からともなく敵の十数人が現れ、ユラユラと向かって
きている。
「ちっ!!」
誠が舌打ちをして、サブマシンガンを構える。
が、誠がサブマシンガンを打ち放つより先に綾人が叫び声をあげる。
「俺の邪魔をするなーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
綾人の叫び声と同時に、周りの壁に細かな亀裂が入りだす。その亀裂は、
敵集団へ向かって走り、それが彼らに到達した時、十数人の人間が昆虫採取
の昆虫のように壁と天井に張り付く。
その中の何人かは口から血を吐いている。
見えない圧力から解放された彼らは、重力の法則に従い、コンクリート偏と共に
床に落下する。
彼らは立ち上がらない。
「行くぞ!」
綾人は、隣に居る誠に一言声を掛けてから、階段を昇り始める。
(なんだ、こいつも焦ってるのか・・・。)
始終冷静な綾人に焦りを感じていないのかと思っていた誠は、一瞬にして絶命
した敵を横目に心の中でそう呟きながら、綾人の後に続き、4階へ向かった。

大画面でこの様子を見ていた拓海が
「すばらしい!すばらしいぞ!!」
と言い、子供のように手を叩いて喜んでいる。
「彼の本当の力はどのくらいなのだろうね・・・。」
画面の綾人を拓海は好きな女を見る様に、うっとりとした表情で見つめ
はじめた。

階段は4階で終わり、5階へは中央にある専用階段で上がる必要があった。
横長の作りの建物の一番端の階段から中央までは、結構な道のりがある。
二人は黙って長い一本の廊下を進む。
専用階段まであと半分という所まで来たとき、
「伏せろ!!」
と言う声と共に、綾人が誠を後ろにタックルした形で跳ね飛ばす。
次の瞬間、二人が居た場所が鉄球でも落下したかのように、廊下の
コーティング材が弾け飛び、穴が開く。
「いって〜・・。」
思いっきり後ろへ突き飛ばされた誠は、ヘルメットの上から後頭部を摩り、
立ち上がる。ヘルメットを被っていたとは言っても、不意に後ろに倒されれば
諸に後頭部を打ちつけ、それなりの衝撃が加わる。
綾人が、誠を庇う様に立ちふさがる。
「芝山。俺の後ろから出るなよ・・。今度のは、薬で強化されたサイコキネシスト
だ・・・。」
「!!」
誠の体に緊張が走る。
二人の前に長身の男が、末期患者の症状である空ろな目と締りの無い顔で
立っている。
男は、両腕を頭上高く伸ばし上げ、向かい合わせた両の掌の間に、青白い球を
作り出していた。
それは、徐々に大きくなっている。
綾人のオッドアイが光る。
男が金縛りに遭ったかのように固まる。彼の頭上の球体は、先ほどまでとは逆に
徐々に収縮している。
綾人は男に歩み寄ると、自分と変わらぬ身長の男性の頭を両手で挟む様に
掴む。
「今、楽にしてやる。」
綾人のオッドアイが再び光り、男の頭に直接衝撃波を叩き込む。
男は長身の体を、感電したかのように小刻みに震わせる。男の目が白目を向き、
口がだらしなく開き、端から唾液が流れ始めた時、綾人は両手を彼から離す。
支えてくれる物がなくなった彼は、その場に力なく崩れ落ちる。

「ゲームオーバー・・・・。」
画面を見ながら拓海が無表情で呟く。
そして、美咲の方をゆっくりと振り返り、
「お疲れ様でした。貴方の役目は終わりです。入ってきた扉から出て、廊下を
真っ直ぐ歩くと、左側に階段が出てきます。その階段で彼らの所へ行けますよ。」
と美咲の解放を告げる。
「綾人君をどうする気?」
美咲は、自分の身より綾人の事が気になる。
拓海はいつものやわらかな表情に戻る。
「今回はどうもしません。次回に備えて私は今からここを脱出します。・・ああ、
そうだ、彼への伝言を頼みます。」
「伝言?」
美咲は眉を顰める。
「はい。『暁に映し出されるヴィーナスはさぞや美しいのでしょうね。』と。」
「・・・・・。」
「さぁ、早く行きなさい。私の気が変わらぬうちに。」
そう言って、拓海は、犬・猫でも追い払うかの様な手つきをする。
美咲は、拓海に不信感を抱きつつ、彼を見つめながらゆっくりと出口へ足を
運ぶ。出口に近づいた瞬間、彼女は走り出し、もう一人の綾人がいる部屋を
後にした。

綾人と誠は、今度は敵と遭遇する事無く、スムーズに5階へ進む事ができた。
二人が、5階のフロアに足を踏み入れた時、右側に人が迫ってくる気配がし、
その方向にむけて、綾人はデザートイーグルを、誠は、サブマシンガンを構える。
が、そこに居たのは、彼らが必死に求めていた女性の姿だった。
美咲は、二人の1・2メートル先で、急に突きつけられた武器に驚いて、
立ち止まっている。
「真山・・・。」
綾人はデザートイーグルを降ろす。
「美咲!!」
誠は、サブマシンガンを放り投げると、美咲に向かって走り出し、彼女を力一杯
抱きしめる。
「よかった・・・・。」
「誠くん・・・。」
綾人は、恋人達の抱擁から目を背けるように背を向ける。
それを誠の肩越しに目撃した美咲は、胸が痛み、思わず誠を突き飛ばした。
「あ!ゴメン・・。痛かったな・・。」
誠は頭を掻きながら美咲に謝る。
美咲は、首を軽く横に振り俯く。
綾人は、小型無線機に京から連絡が入っていた。
[綾人!やったぞ!!地下工場押さえたぞ!!お宝の山だ!!
だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜はっはっはっはっは!!!!]
京がふんぞり返って高笑いしている光景が目に浮かんだ。
「ご苦労様でした。そこは、春麗達に任せて、研究所の方に来て頂けませんか?」
[おっ!?美咲嬢奪還成功かぁ?]
「はい。今から芝山が連れて出ますので、護衛を頼みます。あと、後方支援部隊
にも連絡をお願いします。僕は小笠原拓海を探します。」
[あいよ。無茶すんなよ。]
通信が切れる。
綾人が後ろを振り返ると、熱い抱擁を続けているだろうと思っていた二人が
微妙な距離を保って佇んでいた。
(人前でそんなにしてられないか・・・・。)
背を向けていたので、二人に何が起こったのか知らない綾人は勝手に
そう思った。
綾人は、誠に歩みよる。
「お前は、真山を連れてここを出ろ。もう、敵は出ないだろう。一応、うちの牧瀬が
護衛に向かってるから途中で合流しろ。じゃあな。」
綾人は、誠の肩を軽く叩くと、美咲が走ってきた方向へ歩み始めた。
美咲の横を綾人が通り過ぎようとした時、彼女が自分の両手で綾人の右手首を
掴み、引き止める。
「行ってはダメ!!」
美咲は、すがる様な目つきで綾人を見上げる。
「真山・・・。」
綾人は彼女の手を振り解く事が出来ないで居た。
美咲は、2回、髪の毛が自分の顔に当たるほど勢いよく顔を横に振る。
「彼はきっともういないから・・・。行かないで・・・・。」
「・・・・・・。」
「逃げるって言ってた・・・。だから、貴方に伝言を頼まれたの・・・。」
「伝言?」
美咲は軽く頷く。
「『暁に映し出されるヴィーナスはさぞや美しいのでしょうね。』って・・・。」
それを聞いた綾人の眉がピクッと一回動く。
そして、自分を捕まえて離さない美咲の手に左手を軽く添える。
「わかった。確かに受け取った。・・・・でも、彼がいるのか、逃げたのかは俺が
確認しなくてはいけない。分かるだろう?」
綾人は諭すように優しく美咲に話しかける。
美咲は渋々手を離す。
「芝山、後のこと頼んだぞ。」
そう言って、綾人は二人に踵を返し奥へと進んでいった。
誠は、放り投げたサブマシンガンを拾い上げ、美咲の手を取り下へ向かう。


無事に解放された美咲は、工場の正門前で父親の一馬と再会を果たし、
家で帰りを待つ母親と姉に携帯で連絡を取っていた。家には、母達だけでは
なく、父方・母方の祖父母達も来ているようで、皆が次々と電話を代わり、
美咲の元気な声を聞きたがった。
その光景を護衛を頼まれた京がタバコを吸いながら満足気に眺めていた。
やっと、電話から解放された美咲は携帯を父親に返し、気持ちよさそうに
タバコを吸う京の方を向くと、
「お世話になりました。ありがとうございます。」
と言って、深深と頭を下げ、礼を言った。
京は、右手をブンブン振り、白々と明け始めた空に向かって盛大に白い煙を吐く。
「そんな事は、あんたの隣の恋人さんと、あんたを助ける為に軍まで
引っ張り出して来た綾人に言うんだな。」
「え!?」
「麻薬なんてなぁ、ついでよ。つ・い・で。ほら、出てきた。」
京が研究所の方向を吸いかけのタバコで指し示す。
その先には、小型無線機で何やら指示を出しながら、走り回る兵士達の中を
正門に向かって悠然と歩いてくる綾人の姿があった。
近づいてくるにつれ、騒然とした中でも彼の声が聞こえてくる。
「・・・・・、はい、予てからの計画通り上空の制圧をお願いします。
・・・・それは構いません。工場と周辺は、政府の監視下に置かれましたので、
許可なく領空を侵犯したものは攻撃してください。機密保持が優先されます。
陸軍にも同じ許可が下りています。ではお願いします。」
世界的に蔓延する麻薬の工場は、政府の監視下に置かれ、上空を空軍が、
地上を陸軍が監視し、マスコミや不審者の侵入を阻止する。工場内部の捜査は
警察が執り行う。
通信相手との会話が終わった時、綾人は3人のすぐ近くまで来ていた。
一馬と目が合った綾人が、頭を下げようとした時、弾かれたように美咲が
輪の中から抜け出した。
そして、その勢いで綾人に抱きついてきた。
彼女は綾人の背に回した手にこれ以上入らないという程の力を込める。本当に
今度こそ置いていかれない様に・・・。
綾人は、今回も卒業パーティの時の様に理性を総動員させたが、事件発生時から抑えられ続けてきた感情の方が勝った。
彼は、美咲を強く抱きしめ、彼女の髪に顔を埋める。フローラルの香りがした。
「・・・怖い思いをさせてごめん・・・・。」
美咲は、綾人の胸の中で首を横に振る。
「助けに行くのが遅くなって、ごめん・・・。」
「大丈夫。信じてたもの。綾人君が助けに来てくれる事・・・。」
「ああ。どんな手を使ってでも助けてやる。」
綾人の腕に一層力が篭り、美咲は一瞬息が詰まったが、今度こそ彼にしっかりと
抱きしめられていると思うと、そんな事はどうでも良かった。

あの夏、学校で別れて以来抑え続けてきた想いが一斉に溢れ出し、
理性で止める事は出来なかった。
二人は周りの者の事など忘れて抱き合い、お互いの温もりを感じあう。

誠はそんな二人に背を向け、黙ってその場を離れる。
京と美咲の父一馬は感慨深げに見守る。京は、新たに取り出したタバコに
火をつけると隣の一馬に「一本どうぞ」と言って差し出す。一馬も軽く会釈して
タバコを分けてもらい、ライターも借りる。
この二人は、完全に野次馬と化していた。

「綾人君・・・あったかーい・・・・。」
そう言った彼女の全身から一気に力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。
「美咲!!」
自分の腕の中で倒れる美咲を綾人が抱きとめる。
その様子に驚いた野次馬の二人も駆け寄る。
「美咲!おい!美咲!!」
綾人は、腕の中の彼女を軽く揺する。が、何の返事も無い。
もう一度揺すろうとした時、京の手が綾人の肩に軽く乗せられる。
「寝てる・・・・。」
京にそう告げられて、良く彼女の顔を見つめると、確かに安心した顔で気持ち
良さそうに眠っている。
愛しい男性(ひと)の腕の中で安心したせいか、緊張の糸が切れたのであろう。
綾人は、彼女の背に回していた左腕はそのままに、少し屈んで右腕を彼女の
膝の後ろにあてがい、軽々と抱きかかえる。(一般的に言う『お姫様だっこ』)
そして、父親の一馬に引き渡そうとしたが、何かが引っかかっている感じがして、
自分の胸の辺りを覗き込む。そこには、アーマードスーツをしっかりと握りこんだ
美咲の手があった。
一旦引き離した彼女を自分の方に戻す。
「困ったな・・・・。」
美咲の寝顔を見つめ、綾人は苦笑いをする。
彼は、これからまだ仕事が残っている。かと言って無下に引き離す事も
出来ない。
「後の事は、俺様達に任せて、お前はそのまま彼女のベットになってやんな!!」
京は綾人の背中をバシッと気持ちよく叩くと、現場へ戻って行った。
「いって〜〜〜〜〜・・・・・。」
綾人は背中を摩りたくても、彼女が腕の中にいるので無理であった。きっと京は
それを見越して叩いていったに違いない。
内心、結構腹立たしかったが、なんとか気を取り直して、綾人は一馬を真剣な
目つきで見る。
「お願いがあるのですが・・・。」


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