Way of difference partU Scene12
「よいしょっと・・・・。」
美咲は、花瓶にいれた薔薇の花達を、自室の丸いガラステーブルの上に飾る。
自分もその前に腰を降ろすと、薔薇の花を見つめながら、昨夜の綾人との
会話を思い出す。


美咲は、綾人のパジャマの上を羽織り、綾人は、パジャマの下だけを履き、
上半身裸で美咲に腕枕をしていた。
「寒くない?」
美咲が綾人に体を寄せながら聞く。
「大丈夫。美咲と一緒だから。」
そう言って、綾人は、空いているもう片方の腕で美咲を抱きしめる。
お互いがお互いの温もりによって、心と体が温められていく。
つい数時間前までは、触れ合う事さえ出来なかった相手が、今は、
すぐ側に居て触れ合える。
自分を抱きしめていてくれている。ただそれだけで、美咲は、涙がでそうなくらい幸せだった。
美咲は、綾人の首元に顔を埋める。
目の前に広がる白い包帯が痛々しかった。
美咲が(もう、彼にこんな事をさせてはいけない)と、心に誓った時、
綾人が静かに問うてきた。
「どうして俺たち別れても出会うんだろうな・・・。」
「それは、お互いがお互いを必要としてるからよ。」
美咲は綾人の首元でクスッと笑う。
「そっか・・・。」
「そうよ。」
「じゃあ、・・・・・・・・・。」
「えっ?何?」
後の方が小さい声だったので聞こえなかった。聞き返しながら綾人の首元から
顔あげ、彼の顔を覗くと、そこには、規則正しい寝息を立てた、幸せそうな
無邪気な寝顔があった。

その時は、その寝顔に安心して、程なく自分も眠ってしまったが、今になって、
聞こえなかった彼の言葉に不安を覚える。
半年近く前に味わった不安・・・。
綾人にマンションに置いて行かれ、彼が永遠に居なくなってしまうのではない
かという、強烈な不安・・・。
(大丈夫よ。そんな心配する必要なんてないんだから・・・・。)
自分に強く言い聞かせる。
(でも、私、まだ・・・・・。)
美咲は、また、綾人から約束されていない事に気付く。
愛の言葉よりも聞きたい言葉があった。
たった一言・・・「何処にも行かない。」と約束して欲しかった。
(大丈夫・・・。大丈夫よ・・・・。)
不安に押しつぶされそうになる自分を強く励ました。


美咲と綾人が再会を果たして、一週間が過ぎ、世の中は年明けを向かえ、
新年を祝っていた。
そんな世の中の流れとは関係ない仕事をしている綾人は、特機の本部で
仕事をしていた。
今抱えているプロジェクトが特殊なので、特機の職員全員が年末・年始返上で
出勤していた。
綾人が、二課から自分の執務室へ戻る途中、シャツの胸ポケットで携帯電話が震えた。
歩みを止め、ポケットから携帯電話を取り出す。
画面に、「新着メール有り」と表示されていた。ボタンをいくつか押して、
受信したメールを見ると、美咲からの今日の報告だった。あの日から、
美咲から毎日メールが入る。彼女は、綾人の仕事に気を使い、自分から電話を
する事はなかった。
綾人も時間が許す限り、返事を書いたり、電話をしたりしていた。
今日の報告は、「おせち料理に飽きたので、知り合いに貰ったレシピを参考に
チーズケーキを作った事」「それが思いのほか旨くできた事」「ちゃんと作れる
ようになったら綾人にも作る事」が書かれていた。
そして、最後にはいつもの「無理はしないでね。」という綾人の体調を気遣う
言葉が書かれていた。
彼女の可愛らしい報告に緩みっぱなしの顔のまま、綾人は、メモリーを呼び出し、美咲の携帯電話にコールする。
美咲は、まるで待ち構えていたかのように、すぐに出た。
「今、大丈夫か?・・・・うん。メール見たよ。・・・・・・・そっか・・・。うん、うん。」
綾人が電話をしても、話すのは美咲で掛けた本人は相槌を打って聞くだけ
である。綾人は仕事が仕事なので、彼女に話す事がないというより話せない事
ばかりだった。
まぁ、お互い、電話の内容などどうでもよく、声が聞ければよかった。
元気な事が確かめられれば良かったのだ。
「分かってるよ。・・・大丈夫。はい、気をつけます。・・・じゃあ、またな。」
綾人が、携帯電話を耳から離し、終了ボタンを押した時、いきなり後ろから
勢い良く抱きしめられた。
「うわっ!!」
突然の事に、バランスを崩しよろめく。
「ほ〜〜〜〜。おめぇが俺様にバックを取られるとは、珍しいなぁ。
明日は嵐かぁ?」
京が、自分とあまり背の変わらない綾人を抱きしめたまま、楽しそうに
話しかけてきた。
「特機の中にいて、背後を気にする事もないでしょう・・・。」
チノパンのポケットに携帯電話を仕舞いながら、うんざりした顔で綾人が答える。
(ほ〜〜〜〜。変われば変わるもんだな〜〜〜〜。)
綾人の言葉に京が心の中で感心する。
以前の綾人は、特機の中だろうが、本庁だろうが、常に周りに気を配り、
神経がピリピリしていた。
ちょっとした気配も見逃さなかった。
それが、この一週間程度で、雰囲気が和らぎ、力を抜く所では完全に抜く様に
なっていた。それは、心に余裕ができた事を意味していた。
(美咲嬢の力は偉大だね〜〜〜〜〜。)
京はニヤニヤしながらそんな事を思っていた。
「京・・・、重い・・・・。」
京は、半分以上、綾人に体重を掛けているので、鍛えているとはいえ綾人でも
つらい。
この言葉で、京の「綾人からかいモード」にスイッチが入った。
「もう少し、お前から幸せのおすそわけをもらってからどいてやる。」
「減るから止めてください。・・・それに、男に抱きつかれても
嬉しくありませんよ・・・。」
「俺様は嬉しい!だってよ〜、おめぇ、綺麗なんだもんよ〜〜〜。」
そう言って、京は、肩越しに綾人の右頬と自分の左頬をくっつけ、猫が甘える
かのように頬刷りしだした。
その感触に綾人が、瞬間冷凍されたかのように固まる。
「相変わらず、スベスベだね〜〜〜〜〜。」
京が、変態親父の様なセリフを吐いたとき、
「この馬鹿!何やってんのよ!!」
と、春麗の怒鳴り声がし、京の耳が思いっきり引っ張られ、綾人から
引き剥がされた。
「いててててて・・・・・。姐さん、痛い・・・。」
綾人から離れた後も春麗は、京の耳を離さず、引っ張っていた。
「このクソ忙しい時に何やってるのよ!!」
「ごめんなさい・・。もうしません・・・。」
「ったく・・・。」
京の一応の反省の言葉を聞いて、春麗は、耳から手を離す。
京は、ジンジンと傷む耳を摩りながら、伸びてないか本気で確認してしまった。
それほど強く春麗から引っ張られていた。
「俺様のキュートなお耳ちゃんが、ダンボみたくなったらどうしてくれんだよ・・・。」
「なぁんですってぇ!!!!」
ぶつぶつと文句を言う京に、春麗がぶち切れた。
その凄まじい形相に
(あ・・・殺される・・・・・。)
と京が命の危険を感じた時、
「はいはい。二人とも、漫才はその辺にして、さっさと仕事に戻ってください。
文字通り、猫の手も借りたいくらい忙しいんですから・・・。」
と、綾人が助け舟を出す。
その声に、春麗が冷静さを取り戻し、表情が和らいでいく。
「全くだわ。・・この馬鹿の相手なんてしてる場合じゃなかったわ。」
「おい・・・・。」
「(あ〜〜もう・・・・。)じゃあ、僕は、執務室に戻りますからね。」
また、漫才が始まりそうな二人に背を向ける。
「あ〜〜〜、はいはい。」
京のやる気の無い声に送り出されて、綾人は執務室へ歩き出す。しかし、
数歩進んだ時、
「そうだ。忘れないうちに言っておきますよ。」
と言って、立ち止まる。
『???』
今伝えなければならないような重要事項があったような覚えの無い京と春麗
の頭にクエスチョンマークが飛び交う。
「京・・春麗・・・。今まで、ありがとう。」
そう言いながら振り向いた綾人の顔には、満面の笑みが湛えられていた。
廊下の窓から差し込む光に溶け込みそうな笑顔は、二人が数年ぶりに見る、
あの無邪気な笑顔だった。
この8年、取り戻したくても取り戻せなかった笑顔が、いま、二人の目の前に
あった。
もう、二度と見れないかもしれないと、あきらめた事もあった。
嬉しかった。どうしようもなく嬉しかった。
春麗は、感激で胸が詰まり、今にも泣き出しそうだった。
「じゃあ・・・。」
綾人は右手を軽く二人に向けて上げると、こんどこそ、執務室に向かって
歩き出した。
その後ろ姿を見送る京の心に、言い知れぬ不安が広がりだした。
(おい・・・なんだこれ?)
数年来の願いが叶ったばかりだというのに、なんでこんな気持ちになるのか
分からなかった。
「・・・やだわ・・・。不幸慣れしちゃったかしら・・・・。」
隣の春麗が、前髪を掻き揚げながら、厳しい表情で呟いた。
どうも彼女も京と同じ不安を抱えたらしい。
二人はなんとかその不安を取り払い、仕事に専念する事にした。


それから、ほぼ一ヶ月半後。
美咲は、テレビのニュースでとあるシンジケートが解体された事を耳にする。
(良かった・・・。無事に終わったのね・・・・。)
ほっと胸を撫で下ろす。
その夜、綾人からも無事に一仕事終えたとメールが入っていた。
事後処理にはいるので、今まで以上に連絡が出来なくなると書かれていたので、彼の体調が心配されたが、今は、なによりも綾人個人の無事が確認され、
美咲は一安心する。

しかし、これを最後に綾人の連絡が途絶える。


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