Way of difference partU Scene2
小笠原拓海によって引き起こされた事件から五ヶ月が経っていた。
暦は、ほぼ一ヶ月程で次の年へと変わろうとしている。
日本は、別にキリスト教が主な宗教ではないのに、街中のいたる所で
クリスマス・ソングが流れ、街路樹にはイルミネーションが施され、
否が応でもクリスマスの雰囲気を盛り上げていた。
美咲がバイトをしているレンタルショップでも一日中クリスマス・ソングが流れ、
レジカウンターには小さなツリーが飾られ、
壁には柊の葉と「Merry X‘mas!!」と書かれた横長の布がいたる所に
貼られていた。
もちろん、クリスマス・ソングコーナーが臨時に設置されている。
スタンダードなCDから最近の歌まで、普段は見向きもされないCD達が
この時期は飛ぶように借りられていく。
(早いな・・・。もうこんな時期なのね・・・。)
美咲は、そんな事を考えながら、臨時コーナーに、返却されてきたCDを
置いていた。
「あら!?雪だわ!!」
側で、週間ランキグ形式に置かれているシングルCDを整理していた同じバイトの女性がそう言うのを聞いて、美咲は、ガラス製の自動ドアの方を見る。
確かに、チラチラとちいさな白い雪がドンヨリと垂れ込めるねずみ色の雲から
舞い落ちてくる。
それをなんとなく眺めていたら高校の時の彼を思い出した。


何を話していてそういう話題になったのかは、もう忘れてしまったが、
同級生の中で、一人だけ大人の雰囲気を身に纏っていた彼が、
「意外と言えばさ、雪ってどうして白いんだろうな。あんな黒い雲から
振ってくるんだったら黒かグレーでもいいと思うんだけどな・・。」
と、子供っぽい事を言って、一緒にいたかすみ共々「そうね〜〜」と、
へんに考えさせられた。
それと同時に、何でも知っていそうな雰囲気の彼がこういう考えもするのかと
思い、親近感が更に増した事も思い出す。
そして、
(綾人君・・・。あなた、今頃、何処でどうしてるの?)
未だ、行方の分からぬ恋人を想う。




同日・同時刻。
新宿中央公園に、前の方で手錠を嵌められた20代前半の男が必死の形相で
走り現れた。
それに続き、その男を追って赤いダウンジャケット姿の京と、
黒のロングコートをはためかせた黒いサングラス姿の綾人と、
濃紺のダフッルコート姿の陽介が息も切らずに走り現れた。
逃げている男は、結構息が上がっているのに対して、この3人はほとんど
上がっていない。
まるで、走りはじめたばかりの頃のような余裕がある。
「こんの、タコすけが!!待ちやがれ!!!」
一人先行く京が走りながら脅しを掛ける。
しかし、逃げる男は、更にスピードを上げる。
(よくあの状態で、あれだけ走れるよな・・・。)
手を振れない状態で、それなりに早い走りを見せる被疑者に感心しながら、
「京!止まってください!!陽介!京を彼の前に飛ばしてください!!」
と、綾人が走るのを止め、指示を出す。
「おう!」
「はいは〜〜い。」
それに従い、京が止まり、追いついた陽介が京の背中に触れる。
京が消えたと思った瞬間、彼は、左腕を肩と水平に突き出した状態で、
走り逃げる男の目の前に現れた。
「なっ!!」
車同様、人間も急には止まれない。
いきなり現れた京の左腕に、自らエルボーを喰らう形になる。
「ぐえっ!!」
それなりの俊足で走って居た為、かなりの衝撃が首に掛かる。
息を詰まらせたまま男はその場に仰向けで倒れ、間髪入れず、
京の右足が男の鳩尾に叩き込まれる。
「うっ!!」
男は、深層世界に意識を飛ばし、動かなくなった。
「・・ったくよ〜、てまぁ〜とらせんじゃね〜〜よ!!」
京は、男の体に置いたままの足をグリグリと捻りながら、いつの間にか
取り出したタバコを口に咥え火を付ける。
京の下敷きになっている男の側にしゃがみ込んだ陽介は、彼の左の瞼を
引っ張り上げる。

白目を向いていた。

「あらら、こんくらいでヘタばるくらいなら、逃げなきゃいいのに。
彼の自由時間は10分ってとこかな?割りに合わないな〜〜。」
いつもの温厚な笑みで笑っている。
取り押さえた現場に追いついた綾人は、自分より年上の二人の行動に、
軽くため息をついて、右耳の小型無線機を人さし指で軽く押す。
細長いマイクが口元まで伸び、通信可能となる。
「あっ、春麗?被疑者を確保しましたので、パトカーを廻してもらってください。
場所は、新宿中央公園です。」
[すぐ、廻すわ。]
「お願いします。」
無線機を押し、通信を切る。
マイクが収納される。
その時、彼の目の前に小さな白い物体が、ちらちらと落ちてきた。
「雪?」
綾人はサングラスを外し、ジャケットのポケットに差すと、上を見上げる。
黒く垂れ込めた重い雲から、白い小さな雪たちが彼にめがけて降り注ぐ。
「か〜〜〜、どうりで冷えると思ったら雪かよ〜〜〜。」
その雪と変わらぬ色の煙を吐きながら、京がぼやく。
しゃがんでいた陽介も立ち上がり、見上げる。
「粉雪だから積もる事はないですね。残念だな〜〜。」
陽介は、口ではそう言うが、表情は全然残念そうではないような笑みを
湛えている。
彼の言動と表情が一致しないのはいつもの事だが、京は聞かずには居られなかった。
「陽介〜〜。本当に残念なのかぁ?」
「もちろんじゃないですかぁ。」
でも、やっぱり、「もちろん」ではない笑みが返ってくる。
彼の場合、言葉を信じればいいのか、表情を信じればいいのか、
判断がつきにくい。今回は、言葉をとりあえず信じる事にした。
「不思議ですよね・・・。grayからwhiteが生まれてくるなんて・・。」
上を見上げたまま綾人が言う。
「なに、子供みたいな事いってんだぁ?雲は汚れてあの色なわけじゃねぇぞ。」
タバコの煙を吐きながら、あきれ顔で京が受ける。
綾人は、小さく微笑むと空の雲から地上の京に顔を向ける。
「分かってますよ、そんなことぐらい。ただ、小さい時に不思議に思ってから
それが離れないだけですよ。黒から黒ではなくて、白が生まれるのが
不思議だったんです。」
「分かる気がするな。小さい時って、なぜか『こうあるべきだ!』みたいな感覚があるよね。でも、黒い雪や灰色の雪が積もったのは想像したくないな〜・・・。
汚いよ〜。」
と、またもや「汚い」とはほど遠い笑みで陽介が言う。それを聞いた綾人の頭に
高校の時の会話がフラッシュバックする。
「桜井と同じ事を言うんですね。」
「桜井?だれ?」
「高校の時の同級生です。」

綾人は、美咲と同じ思い出を思い出す。


かすみと美咲は、綾人の疑問に考え込む。
「そうね〜。でも、黒い雪とか灰色の雪が積もった景色って見たくないわね。
汚いわ・・・。情緒がないじゃない。・・そんなの名作も生まれないわよ・・・。」
綾人の疑問にげんなりした顔でかすみが答える。
「あっ、確かに・・・。」
思わず綾人は納得してしまう。かすみの発言に納得するのはこの時が
はじめてだったかもしれない。
なんとなく、不服感を味わっている時、美咲が話し出した。
「私はね、暗闇から希望が降ってきてるような気がするんだけど。」
いかにも女の子らしい発想の言葉を聞いた綾人とかすみは、思わず美咲を
まじまじと見つめてしまった。
見つめられている方は、我ながら臭いことを言ったと恥ずかしくなり、
頬を染め、俯く。
「美咲ってば、可愛い!!お嫁においで!!」
かすみが抱きつき、頬摺りをする。
綾人は、過去に囚われた自分とは違い、前向きな彼女の考えに感銘を受けた。


(美咲、ごめん。俺は迎えには行けない・・・・。)
きっと、未だに自分の事を待っている彼女に綾人は心の中で謝る。

迎えのパトカーの音がした。
「あっ、来た、来た。僕、迎えに行ってきますよ。」
陽介は、そういうとさっさと公園の外に止まったパトカーに向かって走り出した。
「おう、頼むわ。ここ、結構広いからな〜。」
京は、次のタバコを取り出しながら見送る。
綾人は陽介の後姿を黙って見送り、なんとなく、右腕を軽く上げ、
掌を空に向ける。粉雪の一つが、彼の手に吸い込まれるように落ちてくる。
それは、すぐに小さな水溜りになる。
それを見て綾人は、
(ああ、生きてるんだな・・・俺・・・・・。)
と、瀕死の状態から生還した事を確認する。本来なら、喜ばしい確認だが、
彼はうれしそうな顔では無く、苦しそうな顔つきなる。
小さな水溜りを握り締める。
「輝かしい歌姫から白い子供が二人生まれた。でも、一人は天に還って、一人は堕天した。黒い僕からは何が生まれるんだろうね。」
氷より冷たい笑みを浮かべた綾人が京を見つめる。
京は、その微笑みに背筋が凍る想いがした。
綾人は、肉体的には昔と変わらない程まで回復したが、精神(こころ)の危うさは確実に増していた。
京を見つめるオッドアイの瞳から生気が消え去っている。
(春麗・・・、時間がなさそうだ・・・・。)
京は、この8年に渡って抱いてきた危機感が一層増した。

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