Way of difference partU Scene4 〜Ayato side〜
昼間の新宿中央公園。
陽介は、トレンチコート姿、中肉中背の中年男性の左胸を自分の全体重を掛け、一突きしていた。
陽介の真後ろで綾人がその様子を冷静に見つめている。
コートのポケットに突っ込みかけていた男の手がゆっくりと出てくる。
と同時に折りたたみ式ナイフが零れ落ちる。
陽介が男の胸からゆっくりと差しているナイフを引き抜く。
一瞬、止まったままだった男は、糸が切れた人形のように急に崩れ落ちる。
心臓を一突きにされた男は、自分に何が起こったのか理解しないまま、
あの世に旅立った。
陽介は、ナイフの血を振り払うと、バングル部分に刃を納め、ダッフルコートの
ポケットにまるで小銭入れかハンカチでも放り込む気軽さで、強化金属製護身用折りたたみナイフを仕舞う。
「これで何人目?」
いつもの温厚な笑みを湛えた陽介が振り向きながら聞く。
「3人。」
綾人は何事もなかったかのような冷静さで答える。
二人の冷静さとは違い、側に居た私服警官3人は目の前で起こった
「特機隊長暗殺未遂事件」に慌てていた。一人は、所轄の警察に無線で
連絡を取り、一人は現場確保する為の道具をパトカーまで取りに走り、
一人は、野次馬を退避させていた。

今日は、昨日の逃走強盗犯の逃走経路の確定など検挙時の現場検証を
行っていた。
公園内で検挙時の状況の記録を取っている時、新聞記者を装って近づいてきた件の男の一瞬の殺気に陽介が反応したのだ。
綾人は、11月に現場復帰してから命を狙われだした。
その昔、名が知れ渡り始めた頃は、幼い今のうちに芽を摘めと言わんばかりに
狙われていたが、すぐに彼を狙う事のリスクの大きさがわかり、
どの組織も今となっては行動は起こしていなかった。

何かの事故で命を落とすことは願っているが・・・・。

当初、病み上がりの綾人をどこかの組織が狙ってきたのかと思われたが、
どの組織も動いた気配がない。それどころか、彼の行方不明に関しても
信じていなかった。
組織ではなければ、個人になるのだが、個人で一ヶ月3人もの暗殺者を
雇うとなると、相当の富豪になる。しかし、それはそれで目立つ行為なので、
特機がすぐに察知する。が、該当する人物はいない。
犯人が確定されるまで、護衛を兼ねて特機一機敏な陽介がコンビを組む事に
なった。
綾人の力なら、護衛など本来必要ではないのだが、今回彼は、気づいても
なにもしない。まるで、殺されるのを待っているかのようであった。

連絡を受けた所轄警察から、すぐさま数台のパトカーが到着し、
それから飛び降りるように降り現場に駆けつけた警官達が野次馬達を遠ざけ、
現場近辺を黄色いテープで囲んで行く。
一緒に到着した所轄の鑑識が、死体となった犯人の体の周りを白い線で
囲んだり、写真を撮ったりしている。
襲われた本人は、コートの左右のポケットに其々の手を突っ込み、
他人事のように現場を右往左往する警官達を見つめていた。

「綾人君、部長からここは所轄に任せて、戻ってくるように連絡が入ったから、
本部に戻ろう。」
騒がしい周りとは一線を画したように静かに佇む綾人に、陽介がにこやかに
話しかける。
「わかりました。もどりましょう。」
綾人はそう言うと、近くに居た警官に「後のことは頼みます」と言い残し、
群衆へ向かって歩き出した。
後に陽介が続く。
野次馬の整理をしている制服警官が綾人達に気付き、黄色のテープを高く上げ、野次馬を綺麗に分けて即席の小道を作る。
「ありがとう。」
制服警官達に礼を言い現場を後にする。
二人が、人でごった返した現場から数メートル離れた時、
「如月!!」
と彼らの後ろから叫ぶ女性の声と一発の銃声が轟く。
普通なら、急に現れた女性により放たれた弾が何処かしかに命中し、
綾人は倒れているはずだったが、弾は綾人の背中の一歩手前で止まっている。綾人が体毎後ろを振り返り、止まっている弾を掴む。
綾人は、久しぶりに自分で防御した。
綾人に銃を向けている女性は、どう見ても17・8歳の幼さの残る少女であった。
彼女は、綾人の行動に怯む事無く、また引き金を引こうとする。が、
「よしなさい。」
いつの間にか背後に廻っていた陽介が少女の首にナイフを突きつけていた。
首筋の冷たい感覚と背後の男が発する静かな殺気に、少女は身動きが
取れなくなる。
彼女が両手で持っている拳銃が小刻みに震えだす。
そんな彼女の元にゆっくりと綾人が近づいてくる。
少女の前に立つと綾人は銃身を掴み、彼女の手から拳銃を取り上げる。
「やはり貴方でしたか・・・。小笠原瑠璃子さん・・・。」
綾人に小笠原瑠璃子と呼ばれた少女は、身動きできない状態で、
彼を恨みを込めた瞳で睨みつけた。

綾人と陽介に特機本部に連行された瑠璃子は、今、取調室にいる。
特機の取調室は、白を基調としているので明るい感じがする。
ここの窓は防音・防弾のはめ込み強化ガラス(綾人でもリミッターを外さないと
破壊するのは無理)なので、鉄格子は付いていない。
午後の日差しが室内一杯に差し込んでいる。
白いスチールテーブルを挟んで、窓側に瑠璃子が、ドア側に京が座り、
テーブルの側の壁際に綾人が腕組をして立っている。
「小笠原瑠璃子、18歳。間違いないか?」
京の問いに、瑠璃子は頷く。
「10年前に小笠原氏の養女になってるわけだな?」
瑠璃子はまた頷く。
「・・・で、今回の一連の事件は、嬢ちゃんが計画したんだな?」
「そうよ。この男を殺るために殺し屋を雇ったのよ!」
側に立つ男を瑠璃子は激しく睨みつける。睨みつけられている男は、
怯む事無く、冷たい視線を送る。
「金はどうしたぁ?一ヶ月で3人じゃ〜、結構な金額だろう・・・。親の金か?」
麻薬事件後、解体された小笠原製薬の資産は政府没収となったが、その一部、食べて行くには困らない程度の資産は創業者家族へ渡された。
「・・・あれは、養父(ちち)と養母(はは)に残されたお金だわ。
使うわけないでしょう。」
「じゃあ、どうした?」
京の問いに瑠璃子は口を真一文字に固く結び、そっぽを向く。
答えたくない事を体現している。
(やれやれ・・・・。)
京が頬を掻いた時、黙って立っていた綾人が壁から離れ、瑠璃子の肩を
力強く掴む。
瑠璃子はゆっくりと綾人の方をむくと凄まじい殺気で睨みつける。
「・・・体を売ったな!」
綾人は眉を吊り上げて瑠璃子にキツイ口調で問いただす。
瑠璃子は怯む事無く相変わらず、彼を睨みつけている。
「そうよ。18歳の私に出来る事といえば、それくらいでしょう・・・。」
当然のように悪びれる事無く瑠璃子は答える。
「マジかよ・・・・。」
京が苦々しげに顔をしかめる。
裏社会で10代の少女の体は高値で売買される。
ほんの数人に買われるだけで、元締めに手数料を取られても
殺し屋を雇うくらいの金は手元に残る。彼女が処女であった場合は、
信じられない金額が動く。
しかし、この行為は人生の転落を意味する。
彼女は、一生を裏社会の娼婦として生きていくことになる。
逃げれば殺される。
「何やってんだよ!人生棒に振る気か!!」
取調室の外まで聞こえそうな大声を綾人が出す。
仕事中は常に冷静な彼が、初めて冷静さを失っていた。
「私の人生は、義兄(にい)さんを失くした時に終わってる。
・・私は貴方を殺る為だったら、悪魔に魂も売るわよ・・。」
瑠璃子は綾人を睨む目に更に強い殺気を漲らせる。
綾人は、自分の中の何かに耐えるかの様に唇を強く噛みしめた。

京と綾人は、取調室前の廊下で、後ろ手に手錠を嵌められた瑠璃子が
女性職員に留置場へ連れて行かれるのを見送っていた。
「激しい嬢ちゃんだな・・・。そんだけ、小笠原拓海の事を好きだったんだろうな・・・。」
京が腰に手を当てた格好で呟く。
「彼女は、小笠原拓海に助けられているんですよ。実母を早くに亡くし、
実父に暴力を受け続けて、保護された施設で拓海に引き取られたんです。
それからは幸せに暮らしてたんでしょう・・。彼女にとって拓海は、
恩人でもあり愛しい人だったんですよ。」
真っ直ぐに正面を向いたまま綾人が瑠璃子の簡単な事情を話す。
「お前、知ってたんだな。彼女が自分を殺そうとしてた事・・・・。」
京は、目だけ隣の綾人に向ける。顔はあきれている。
綾人は何も答えない。
その様子に京は軽く頭を振る。
「・・・ったく、折角助かった命をなんでそんなに粗末に扱うかねぇ・・・・。」
その言葉に綾人の眉がピクッと動く。
「助かった・・・。それが問題なんですよ・・・・。」
「あん?!」
京は、眉間に皺を寄せた顔を隣の綾人に向ける。
綾人は先程までの冷静な顔つきから、眉間に皺を寄せ、苦々しそうな顔つき
になっている。
「みんな、俺が助かって良かったって言うけど、良いわけがない・・・。
俺の存在は、不幸な人間を生み出す。黒い俺からは、黒い想いしか
生まれないんだ・・・。」
「綾人!」
京は綾人の両肩を掴み、体ごと自分の方を向かせる。
綾人はきつい光りのオッドアイを京にむけ、彼の胸倉を力一杯掴み、
内に秘めた激情を京(あに)にぶつける。
「そうじゃないか!俺に関わって幸せになった人間っているかよ!!
父さんを亡くしたばかりの母さんは、俺を日本に取られて、
ショックでしばらく声を失くした! じい様も一時期、保持者が身内にいる事で
学会内での発言が無くなった!アリスは、実母を俺に殺され、美咲だって、
俺に関わらなければ、あんな怖い目に合うこともなかったんだ!!
小笠原瑠璃子も、あの時ちゃんと俺が死んでいれば、こんな事をせずに
済んだんだ!!」
「綾人!落ち着け!!」
「樹里が死んだのも俺のせいじゃないか!!!」
「綾人!!!」
京が綾人以上の大声を上げ、綾人の肩を掴む両手に力を込める。
その声に我に返った綾人は、今にも泣き出しそうな10代の少年の目をして
京を見上げる。
今の綾人は、薄いガラス細工の人形の様に脆かった。
ちょっとしたダメージを受ければ壊れてしまいそうだ。
「綾人・・・。俺は、幸せだ。お前に助けてもらって、陽の光りの中を歩ませて
もらって・・・。香苗とも出会えた。これもお前があの時助けてくれたお陰だ。
ありがとう。」
京は、普段は見せない暖かで穏やかな笑みを綾人(おとうと)に贈る。
「京・・・・。」
綾人は、京の胸倉を掴んでいた両手の片方である右手を離し、
彼の左肩に自分の頭を預ける。
京の笑顔と言葉にほんの少し救われた気がした。
京の言葉は常々言いたかった本心だが、この自分の一言で綾人が
囚われている暗闇から救ってやる事が出来ない事は分かっていた。
一時しのぎにしかならない事も。
それでも良かった。
本当に彼を救ってくれる人に会うまでの繋ぎになれば良かったのだ。
「なぁ、美咲嬢に連絡しろよ・・・。」
京は、本当に救ってくれるであろう女性の名を出す。
しかし、綾人は京の肩で首を横に振る。
「出来ない・・・。彼女は幸せになる為に生まれてきたんだ。
でも、俺と居ても幸せにはならない。彼女には、何の憂いもない人生を
歩んで欲しいんだ・・・・。俺を忘れて欲しい・・・。」
綾人の脳裏に美咲の可愛らしい笑顔が浮び、彼の胸を熱く焦がしたが、
自分の心の闇に落ちることで綾人はその想いを断ち切った。


翌日。
看守から瑠璃子が留置場に来てから、食べる事も飲む事もしないと連絡を受け、綾人と春麗が取調室で面接することにした。
瑠璃子の前に綾人が座り、綾人の左斜め後ろに春麗が立つ。
瑠璃子は、綾人と顔を合わせたくないので、椅子に深々と座りそっぽを
向いている。
足も軽く広げ、気だるそうな顔つきで、何もする気が無い事が表面に
表れていた。
綾人は、テーブルに両肘を付き、組んだ指の上に顎を乗せて彼女を見ている。
「何で、何も口にしない。」
綾人の問いに瑠璃子は答えず、天井に視線を移す。
別に天井に何かあるわけではない。
「何が気に入らない。」
瑠璃子は今度も何も答えず、足元に視線を移す。
綾人に対しては何も答える気がないようだ。それを察した春麗が替わりに聞く。
「あなた餓死する気?」
瑠璃子は、視線はそのままに、口元に自嘲気味な笑みを浮かべ答える。
「・・・・もう、私は生きている意味がないんだもん。大切な人はこの世にいない。
仇を討つこともできない・・・。」
それを聞いた綾人は、軽くため息をつくと、ジャケットの背を捲り、
ズボンの背の部分に差し込んでいた強化金属性ファイティングナイフ
(刃渡り7cm)をケース毎抜き取り、テーブルの上に置く。
これは、出動時のナイフとは違い護身用のナイフである。
「君の身柄を25日までの約20日間、僕が預かります。その間、これで僕を
狙うといい。」
「綾人!?」
初めて聞かされた春麗は目を見開き、驚きの声を上げる。
瑠璃子は、視線を足元から目の前の綾人に移す。この日はじめて彼女は
綾人をまともに見た。
その顔には、今まであったあきらめは無く、生きる力が戻っていた。
「でも、そう簡単には殺されるつもりはありませんからね。」
綾人は、強者が弱者を見下すような目つきで彼女を見る。
あからさまに挑発している。
「20日もあれば十分よ。」
瑠璃子も殺気を湛えた目つきで綾人を睨みつける。
綾人は不適な笑みを浮かべると、
「夕方、迎えに来きます。それまで留置場で大人しくしていて下さい。」
そう言い放ち、席を立つとドアへ向かう。
「ちょっと、待ちなさい!!綾人!!」
それを春麗が腕を掴み、引き止める。
「なに考えてるの!!馬鹿なマネは止めなさい!!」
「僕は只、彼女に最後のチャンスと生きる気力を与えただけですよ。
じゃあ、あとの事頼みましたよ。」
綾人は、冷たく言い放ち、春麗の腕を振り解くと、取調室を出て行った。
「あ〜〜〜〜〜もうっ!!!」
春麗は、近くにある今まで綾人が座っていたパイプイスを蹴り上げ、
八つ当たりをした。
室内に「ガシャーーン」というパイプイスの悲鳴が響き渡る。

この日から、綾人と瑠璃子の緊迫感溢れる同居が始まる。
この事は、瑠璃子に生きる気力を取り戻させただけではなく、今まで、
人形のようだった綾人にも生気を取り戻させていた。
アリス以外のメンバーは、その事を複雑な思いで見守るしかなかった。
この事に関しては、アリスは冷静だった。
「綾人君を殺すなんて無理よ。力がどうとかじゃないの・・・。彼女も彼の傷に
触れれば、殺す気力なんて失くすわ。」
アリスも、数年前、アメリカでシンジケートの暗殺者であった実母を綾人に
目の前で殺され、その復讐に彼の命を狙っていた。しかし、アリスの言う、
何故そんなに傷ついているのかは判らない大きな傷に触れ、殺す気力を
なくした。
そして、母の罪と死を受け止め、今に至る。


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