12月25日 クリスマス。
PM 2:00。
「お疲れ様でした!!」
美咲は、店内のバイト仲間達に元気よく挨拶をして、店の外に出る。
店内の暖かさとは逆に寒風吹きすさぶ外の世界との温度の差に、
体が身震いする。いつまでたっても慣れない急激な温度変化に
(我ながら、よく体を壊さないものだ。)と感心しつつ、駅へ向かう。
クリスマス一色だった街中は、本番である今日と言う日には落ち着き払い、
コンビニや洋菓子店では、クリスマスケーキの特売をしている。店によっては、
お正月用品を売り出している店もあった。
この光景を、高校の時の英国人で敬謙なクリスチャンだった女性英語講師が
「日本は、宗教もイベントにしてしまうのね。たくましいというか、不謹慎というか・・・。」と複雑そうな顔をしていた事を思い出す。文化の違いと言ってしまえば、
それで終わりだが、自分達が神聖としているものが、何ら関係のない人達に
よって、お祭り騒ぎにされているのは、あまりいい気はしないかもしれない。
しかし、日本の文化も外国でかなり間違って伝わっているので、
おあいこの様な気もした。
そんな事をツラツラと考えながら、歩いている時、なんの脈絡もなく綾人の
言葉が思い出された。
『真山、Noelの奇跡って信じるか?』
どのような状況下で言われたのか、その問いに自分がどう答えたのか、
さっぱり覚えていないのに、急に浮かんだその一言が頭を離れない。
「クリスマスの奇跡」・・・・。キリスト教徒では無い自分には、あまり縁のない
事のように思われる。
(そう言った、綾人君は信じてるの?)
美咲は、立ち止まり、綾人の左目と同じ薄い青色の空を見上げながら、
離れ離れの彼に心の中で問いかける。
「逢いたいな・・・・。」
美咲は、小さな声でポツリと呟いた後、視線を地上に戻すと、再び駅へ
向かって歩き出した。
駅に着き、構内を改札口へ向かって歩いていた美咲が目撃したのは、
慎一であった。
彼もすぐに美咲を見つけ、にこやかに微笑みながら近づいてくる。
美咲は、思わず立ち止まってしまう。
「どうしたんですか?今日は、バイトお休みですよね?」
自分の前までやってきた慎一に美咲が素朴な疑問を投げかける。
その問いに、慎一は、後頭部を右手で掻きながら、
「う〜〜ん。この前のデートのやり直しをさせて欲しくて、待ってたんだ。」
と答える。
美咲の顔が曇る。自分も慎一に対して、怪我をさせてしまった
(かすみが言うには正当防衛)ので、おあいこだと思ってはいるが、やはり、
あまりいい思い出ではなかった。
「あの・・・、その事は・・・・・。」
「いや、あれは100%俺が悪かった。真山さんを追い詰めるつもりは
なかったんだ。ごめん!!」
美咲が何やら言いかけた言葉を遮るように慎一が話しだし、そして、
勢いよく頭を下げた。
「・・・でね、あのままじゃ寝覚めが悪くて・・・。俺に挽回のチャンスが欲しいだ。」
頭を上げた慎一が真剣な眼差しで、美咲を見つめる。
美咲は、困ってしまう。
人の願いを無下に断る事も出来ず、かと言って、この前のようになりたくない
ので、慎一とは二人っきりになるのは避けたかった。心底困ったといった顔つき
になった美咲を見て、慎一は、
「お願いします!!この通り!!!」
と言って、駄目押しに深々と頭を下げた。
「えっ!?やだ!!・・ちょっと梶さん!!」
美咲は、なんとか目の前の男に頭をあげてもらおうとするが、彼は一向に頭を
上げてくれる気配は無い。
公衆の面前で、大の男が頭を下げるというのはあまりいい事ではないので、
この攻撃に人のいい美咲は、
「わかりましたから・・。頭を上げてください。」
と、答えてしまった。
(おっしゃ!!)
慎一が、心の中でガッツポーズを作り、満面の笑みを顔中に湛えて頭を上げる。
「クリスマスプレゼントにいい所に案内するよ!」
「は・・はぁ・・・。」
「さぁ、行こう!!」
慎一は、美咲の手を取ると、改札口とは反対方向に歩き出した。
「あの・・梶さん!」
「うん。電車じゃなくて、車なんだ。親のだけど。」
慎一の言葉に美咲は、承諾してしまった事を心底後悔した。車では、
何かあったら逃げ場がない。
美咲は、慎一が紳士的に振舞ってくれる事を祈るしかなった。
一時間後、一応紳士的だった慎一が運転するグリーンのプログレが着いた
場所に、美咲は、身を乗り出して驚く。
「ここは・・・!!」
慎一が「いい所」と言った場所は、懐かしく美しい思い出が眠る、
あの植物研究所だった。
美咲が前に一度来ている事など知らない慎一は、美咲の驚きが、
一般人立ち入り禁止のこの場所に来たことへの驚きだと思い、
「ここに、大学の時の友人が勤めててね、特別に入れてもらえるんだ。」
と、得意げに説明する。
美咲は驚いた顔のまま、
「そう・・ですか・・・。」
と、言いながら助手席のシートに身を沈め、自分の右耳にある青い石に触れる。
あの夏の自分に戻っていく。
胸の高鳴りが押さえられない。
自分の呼びかけに驚いて振り向いた彼の顔が昨日の事のように思い出される。
アイスブルーとエメラルドグリーンの瞳が色鮮やかに蘇る。
「さぁ、行こうか。」
車を駐車場の所定の場所に止めた慎一がシートベルトを外しながら、
美咲を誘う。
美咲は、軽く頷き、シートベルトを外すと、車の外へ出た。
二人は、並んで研究所の中へ入っていく。
そして、それから30分後。研究所本館の玄関近くに黒のセンチュリーが
静かに止まる。
運転手が、後部座席に横になって眠る主に座席越しに話しかける。
「綾人様。着きました。」
「ああ・・・・。」
信裄の声に、うつらうつら 眠っていた綾人が、だるそうに上半身を起こし
上げる。その彼が目にした建物は、祖母の屋敷ではなく、祖父が心血を注いで
開設し、今は英が出資し管理する植物研究所だった。
「信裄・・ここは・・・。」
窓から外を見ながら、運転席の信裄に綾人が尋ねる。
「はい。おじい様とお話があるのではと思いまして。」
信裄は、バックミラーに写る、呆然とした顔つきの若い主に微笑みながら
静かに答える。
その言葉に、綾人の顔に小さな笑みが灯る。
「ありがとう。信裄。」
綾人は、そう言って、黒のシャツの首元から除く白い包帯を隠すように、
美咲からのプレゼントである
ブリリアントグリーンのカシミアのマフラーを首に巻き、黒のトレンチコートを
手に車から降りた。
今、Noelの奇跡が始まる。
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