『』=英語「」=フランス語
如月家に舞い降りた小さな天使達は、成長すると、その可愛らしい容姿からは想像できない腕白ぶりを発揮し、村に住む同年代の友人達を引き連れて、毎日泥だらけになるほど遊びまわっていた。
近くの森や草原を遊び場にしている彼らの体には、かすり傷や擦り傷は常に
どこかにあった。
長男はいいとして、長女までその調子なのは、両親を悩ませていた。
『元気な証拠じゃない!そうやって色んな事を覚えていくんだし、樹里だって
年頃になったら落ち着くわよ!気にしないのよ!』
いつぞや、久しぶりに遊びに来た瑤子が、擦り傷だらけの樹里を見てため息をつくアリエノールの肩を軽く叩いて励していた。
瑤子は、若葉とアリエノールの駆け落ちに手を貸した事で、モンターニュ卿の圧力によりフランスでの活動が出来なくなり、パリのモデル事務所を閉め、日本に帰り、夫と兄の仕事を手伝っていた。そして、仕事でヨーロッパに来た際は、なんとか時間を作り可愛くて仕方がない甥と姪に会いに来るのだ。
瑤子の夢を自分達の事で駄目にしてしまったことを、若葉とアリエノールは謝ったことがあったが、彼女はあっけらかんとして
『気にしないのよ!会社はまた作れるけど、恋はそうはいかないんだから。
それに、私はあきらめた訳じゃないのよ?英(はなぶさ)の仕事をしながら
新たに経営の勉強をして、人脈も強力にしてるのよ!見てなさい!いずれ、
あの親父達に吠えずら掻かせてやるから!!』
と、片腕でガッツポーズをとり、ニカッと笑っていた。
転んでもタダでは起きない。それが、瑤子だった。そして、それは数十年後に甥と共同で果たされる。
腕白盛りの天使達は5歳になっていた。
庭の半分を占めるアストレが綺麗な花を咲かせている初夏の日差しの中、二人は、いつもの様に泥だらけの姿でテラスに立ち、目の前の大人二人を見上げていた。
大人二人は、うな垂れ軽くため息をついている。
一人は、母のアリエノール。もう一人は、住み込みで家政婦をしているフランソワーズ。
彼女は、仕事と育児が大変なアリエノールの為に若葉が雇った家政婦である。
アリエノールと年が近いせいか、主従関係というより家族に近かった。そんな彼女は、キサラギ家に来る前に、夫と二人の子供を事故で亡くしている。フランソワーズにとって、キサラギ家の子供は、自分の子供のようでもあった。
「クリード。今日は、何の日?」
アリエノールが腕組をしたまま、息子に問いかける。
綾人は右手を勢いよく挙げて
「ピアノのレッスンの日です!」
と答える。
「そうです。で、ブランシュは?」
息子の答えに一度軽く頷き、今度は娘に問いかける。
「歌のレッスンです!!」
樹里も綾人同様、右手を挙げて答える。
双子は、さすがというべきか、やはりというべきか、両親から音楽の才能を存分に受け継いでいた。
2歳になった頃、綾人が父の友人のオージェのピアノに興味をもち、レッスンを受け始めたが覚えも早く、並外れた技能を持って生まれた彼を教えられず、ピアノ教師がコロコロと変わっていた。
それを若葉が作曲家に転向していたオージェに相談した。その折に聞かされた綾人のピアノに惚れこんだ彼が教えると申し出、それ以来綾人は世界的有名人にレッスンを受けている。
樹里もしゃべり出す頃には、歌のような物を口ずさんでいた。アリエノールが毎夜聞かせていた曲を次の日にはモゴモゴと歌っていたのだ。彼女は、母が家にいるときは母親から、それ以外は、アリエノールの音大時代の恩師にレッスンを受けていた。
この他に綾人は、母から声楽を、樹里は、オージェからピアノを習い、二人共通で父親からバイオリンを習っていた。
すべてを難なくこなす双子の姿は、周りの大人を驚嘆させたが、同時に将来が楽しみであった。
「そのとおりです。でも、今日は、それだけではなかったわよね?クリード!
ブランシュ!」
母親の目つきがきつくなる。
双子は、ビクッと体を強張らせ、首をすくめる。手は挙げたままで・・・。
樹里が目でフランソワーズに助けを求めるが、彼女は首を横に振った。それを見た樹里が、がっくりと肩を落とす。
「レッスンの後は、空港でパパと合流してジョスマール卿のバースディパーティに
行くって言ってあったわよね?仕度が大変だから2時には帰ってくるようにと、
フランに言われてたでしょう?で、今は何時?」
母の問いかけに、やっと手を降ろした双子は部屋の中にある大きな柱時計に目を移す。長針と短針が二人に3時過ぎだと教えてくれた。
ちなみに、この双子はIQが高いので、5歳の時点で7・8歳の子が理解する事を理解できていた。
「3時、すぎてます・・・。」
二人は同時に答えた。体中で怯えながら・・・。
そんな二人を怒った目と組んだ腕はそのままにアリエノールは満面の笑みで
見つめる。
「よく出来ました。で、本来ならここでママの雷が落ちるところだけど、今日は
パパが帰ってくるからこの続きはパパに任せます。」
この言葉に、双子の顔が強張り青白くなって行く。
二人は、勢いよく母のロングスカートにしがみ付き、うっすらと両目に
涙をうかべて哀願する。
「ママ、ごめんなさい!フランのお手伝いを一杯やるから、
パパには言わないで!!」
同時に泣きそうになりながら哀願する子供にアリエノールは首を横に振る。
「ママ、お願い!!」
双子は必死だった。
何故父親の若葉には知られたくないかというと、彼の怒り方は独特で小さな子供にはきつすぎた。
母親のアリエノールの怒りは、その場で耐えればいいのだが、父親は逃げ場がなかった。
彼は、手を挙げる事も怒鳴る事も説教する事もない。
子供たちに詳細を話させた後、「じゃあ、君たちの行動によって、それに関わった人はどう思ったかな?どんな迷惑をかけたのかな?一晩、考えて明日の朝、パパに話してくれないかな。じゃあ、お休み。」
と問題提起をしてさっさと寝てしまう。
子供たちは本当に一晩考えるのだ。関わった人になって、そのときのその人の気持ちを。そして、理解するのだ、どんな迷惑をかけたのか。
そして、朝一番に泣きはらした目で父親に報告し、謝罪する。
これは、大声で怒られるより本人達に刻み込まれるので有効な手段であったが、本人達にはとてもきつい怒られ方だった。
なので、なんとしても父親に知られるわけにはいかなかった。
色違いの瞳に一杯の涙を溜めて自分の事を見上げる双子の姿に、クラッとやられそうになりながらも、なんとか踏ん張ってアリエノールは首を横に振る。
「ダメよ、あきらめなさい。フラン!この子達をバスルームに連れて行って頂戴。
クリードは身支度が済んだらモーリスの所に送ってくれるかしら?」
「はい。かしこまりました。」
「私は、これからモーリスとジョスマール卿に遅れることのお詫びの連絡を
いれますから。」
「はい。・・・さぁ、クリード様、ブランシュ様。こちらへ・・・。」
フランが、しっかりと母親のスカートにしがみついて離れそうにない双子に両手を差し出す。
それを横目で見た後二人は、母の顔をもう一度見上げてみる。
笑顔ではあるが、半分以上怒っている母の目が「さっさと行く!!」と語っていた。
二人は、母親の目つきに懇願するのをあきらめ、シュンとうな垂れたままフランの手をとり、バスルームへと向かう。
「やれやれ・・・。」
首を軽く左右に振り、アリエノールも電話をするために家の奥へと入っていく。
一陣の風によってアストレの花達が、まるで、その光景を微笑んでいる様に
揺れていた。
綾人のレッスンが済み、ウィーンから帰ってきた父・若葉と合流し、ジョスマール卿の屋敷に着いたのは、パーティー開始時刻から1時間半が過ぎている時だった。
キサラギ家の4人は、執事により大広間へと案内された。
大広間は、政財界、音楽界、演劇界の大物達で埋め尽くされており、女性たちの色とりどりのドレスがパーティーに更なる花を添えている。
『すっご〜〜〜い!!』
其々にミニバラのブーケを手に持った双子は、初めての豪華なパーティに
目を丸くして驚いている。
しかし、その目は好奇心に満ちていた。
大きく豪華なシャンデリアに、綺麗に着飾った大人たち。そして、なによりも点在する丸テーブルの上に並ぶ、料理とお菓子達。
二人は、ウズウズと走り出したい衝動をなんとか抑えていた。
ここに来る前に母親にきつく言われていたのだ。
「パパとママから離れないように!」と。
言いつけを守らないと後が怖い。特に父親が・・・・。
キョロキョロと辺りを見渡し、落ち着きのない双子に一人の青年が
歩み寄ってきた。
この日の主役であるジョスマール伯爵である。彼は、この日で32歳になった。
「クリード!ブランシュ!待ちくたびれたよ!」
ジョスマール卿は、そう言って微笑むと、しゃがみこみ両手を広げて
二人を出迎える。
「わ〜〜い!伯爵様、お誕生日おめでとう!!」
二人はジョスマール卿の腕の中に飛び込むと、首に手を廻し、両頬に其々が
祝福のキスをする。
二人は、家族とピアノの先生であるオージェの次にこの伯爵が好きだった。あまり気取らない彼は、双子と一緒になって広大な屋敷内の庭を駆け回っている。それを彼の病弱な妻が笑って見ていた。
天使の祝福を受けたジョスマール卿は、この上ない幸せな笑みを湛える。
「そうだ、伯爵様、これ・・・あっ・・・。」
卿の首から手を解いた双子が見たのは、自分達の猪突猛進に耐えられず、少々崩れてしまったブーケだった。
それを見たアリエノールは、頭を抱え込み、若葉は苦笑いを零していた。
軽く落ち込む二人の頭を軽く撫で、卿は
「ありがとう。うれしいよ。」
と二人の手からヨレてしまったブーケを受け取り、二人の頬にお礼のキスを
落とす。
それを照れながら二人は受け取った。
「さぁ、本来の主役の登場だ。こっちにおいで。」
ジョスマール卿は、そう言いながら立ち上がると、ブーケを側にいたメイドに渡し、幼い二人の手を取り、中央へと歩いていく。
各方面への影響力のある若い伯爵自ら手を引く子供たちに会場の大人たちの
視線が集まる。
大人であろうが、子供であろうが、彼自身が案内するという事は破格の扱い
なのだ。
興味と羨望の視線の中、綾人と樹里は伯爵により中央のグランドピアノの前に
連れてこられた。
何か美味しい物の所に連れて行ってくれるものだと思っていた二人は、がっくりと肩を落とす。
それを見たジョスマール卿は盛大に笑い出す。
「ははははは!ごめん、ごめん!!僕の大事な用事が終わったら好きなだけ
ご馳走を食べていいからね。」
「本当に!?約束だよ?」
綾人が伯爵相手に小指を差し出す。隣では樹里がじ〜〜っと見つめている。
ジョスマール卿は、小さな小指に自分の小指を絡ませる。
この光景は、周りの大人の度肝を抜いた。そして、皆が一斉に思った。
(一体、どこの家の子供だ)と・・・。
「約束する。だから、僕の前に並んでくれるかな?」
「いいよ〜〜。」
絡ませた小指を解くと、綾人と樹里はジョスマール卿の前に並ぶ。何が起こるのか分からないがこうしていれば後で沢山の料理とお菓子が食べられるので、好奇の視線に晒されているのも知らず、ニコニコと上機嫌だった。
その様子を離れた所から、アリエノールは心配そうに、若葉は腕を組み口に薄笑いを湛えて見守っていた。
「お集まりの皆様にご報告を兼ねて紹介いたします。ここにいる二人は、かの
天才バイオリニストワカバ・キサラギと、今注目株のオペラ歌手アリエノール・
メイフィールドの子供たちで、男の子を「クリード・メイフィールド」、女の子を
「ブランシュ・メイフィールド」と申します。わたくし、エドアール・ジョスマールは
本日よりこの二人のパトロンになりますので、以後、お見知りおきを・・・。」
広大な会場から一斉にどよめきが起こる。それもそのはず、年端もいかない音楽的才能すら分からない子供のパトロンなど聞いた事がない。しかもそれをジョスマール卿が行うなど、前代未聞であった。
「何を冗談を・・・。」
「お気は確かなのか?」
「酔狂にも程がある。」
など、会場にいる者達は口々に良くない感情を奇異な視線と共に
吐き出していた。
それが自分達に向けられているものだと理解していない双子は、大人の
騒ぎように首を傾げていた。
「・・・ねぇ、アヤト。パトロンってなに?」
ざわめく大人たちを他所に、樹里は聞きなれない言葉を綾人に質問する。
「うんとね、音楽をする人や劇をしている人達にお金をくれる人・・だったかな?」
「じゃあ、伯爵様が私達にお金をくれるの?」
「さあ・・・。僕はお菓子の方がいいな。」
「樹里も・・・。」
二人の会話は、周りの大人たちと別次元で交わされているかのように緊迫感がなかった。
この最悪な雰囲気に飲まれる事無く、飄々と自分達の事を語っている双子を見て、ジョスマール卿はちらっと会場の隅にいる若葉に視線を移し、
(神経の図太さは父親似か・・。これは大物になるな。)
と苦笑いをした。
卿は自分の足元で自分達の会話をドンドン進めていく双子の片割れである綾人の頭に手を軽く置く。
「なあ、クリード。ピアノを弾いてくれないかい?」
「いいけど・・・・。」
頭に大きな手をおかれたまま綾人は隣のグランドピアノを不安そうに見つめる。
綾人は、この大人数の前で弾く事が不安なのではない。彼が不安なのは・・・・。
「大丈夫。お前の好みに合わせて、調律してある。もし、気に入らなければ、
調律師が控えているからすぐに直させるよ。ためしに少し弾いてみないか?」
「そうする。」
そう、彼が不安だったのは家やオージェの所にあるピアノの様に自分用に調律
されているかどうかであった。
綾人は5歳にして、プロ並に音に関してはこだわりがあり、うるさかった。しかし、それは裏を返せば既に耳が出来上がっている事になる。
綾人が椅子に座り、鍵盤に小さな両手を置く。そして、音の出具合、キーの重みを確認する為に適当に弾いた瞬間、会場が水を打ったように静まり返った。
ほんの数音。しかも適当に弾いた音で、綾人はうるさい大人達を引き込み、
黙らせた。
「OK!大丈夫だよ。で、何を弾くの?」
「そうだな・・・。寝込んでいるミレーユの好きな「パッヘルベルのカノン」と「野ばら」 をひいてもらおうかな?」
「うん。わかった。でも、「野ばら」は、シューベルト?それともウェルナー?」
「シューベルトでお願いするよ。」
「OK!!」
ジョスマール卿の願いを満面の笑みで快諾すると、綾人は「パッヘルベルのカノン」を弾きだした。
ゆっくりと確実に紡ぎだされる透明感のある音に、先ほど以上に会場の大人たちは引き込まれていく。
父親同様、綾人の音も聞くもの全てを巻き込み魅了していた。
会場中が今弾いている人物が、年端もいかない5歳児であることを忘れて聞き
惚れる。
カノンが終わり、余韻もそこそこに綾人は「野ばら」を弾き始めた。今度は、それを伴奏に樹里が歌いだす。これも、また、会場中を魅了した。まだまだ、荒削りながらも5歳児とは思えない声の伸びと音量。可愛らしい歌声は、「天使の歌声」だった。
童は見たり 野なかの薔薇
清らに咲ける その色愛でつつ
飽かずながむ くれない におう
野なかの薔薇
将来の大物音楽家達による演奏が終わった瞬間、割れんばかりの拍手喝さいが沸き起こった。
ほんの数分前までは眉を顰め、悪言雑言を吐いていた人々が一転し、賞賛の声をあげている。
綾人と樹里はいつもやっている事をやっただけで、何故こうも騒がれるのか分からず、お互いの顔を見つめあい、首を傾げている。
『大丈夫だと言っただろう?あの子達が奏でる音に文句を付ける人間なんて
この世にいやしないよ。』
若葉が隣で安心して胸を撫で下ろすアリエノールに自信たっぷりの顔で囁く。
(親ばか極まれりね・・・・。)
と思いつつアリエノールは微笑み返す。
二人の周りは、黒山の人だかりと化していた。そして、「これは弾けないか?」とか「これを歌って欲しい」と次々にリクエストが出されていた。その中から、自分達が好きな曲を選んで綾人と樹里は、弾き・歌っている。しかし、楽しかったのも最初の数曲だけで、段々と飽きてきた。そして、この演奏会は
『I‘m very hungry!!』
と叫んだ綾人の一言によって終了する。
華々しいデビューを飾った双子は、拍手と笑い声の中舞台を後にし、当初の約束どおりに好きなだけの料理を堪能した。
帰りには、お菓子のお土産まで付いてきた。
お土産を満足げに抱え込む自分の子供たちの姿を見てアリエノールは
(一体、誰のパーティーだったのかしら・・・・。)
と頭を抱え込んだ。
しかし、その双子達も家に帰り着いた瞬間、今日の遅刻の事で父親にきつい
お灸を据えられていた。
ジョスマール卿のパーティーの件で、綾人と樹里の事は直ぐにヨーロッパの
音楽界の噂になる。
当初、半信半疑だった関係者もウィーンとイギリスで行われる父親の公演に特別出演する綾人と、フランス国内の大会に参加する樹里の並外れた音楽を聴いて納得し、賞賛し始める。
もっとも、幼いわりにはっきりとした顔立ちと、愛らしい笑顔にケチを付ける気力は削がれてしまうが・・・・。
「至高の双子」と呼ばれる様になった綾人と樹里が7歳の時、ウィーンフィルからニューイヤーコンサートに特別出演の依頼が舞い込んできた。両親は、伝統と格式あるウィーンフィルのコンサートに子供が出る事に難色を示していた。しかし、ジョスマール卿の「これも二人の勉強になる。」という説得を得て、出演依頼を承諾した。
音合わせの日は、さすがに「なんで子供と・・・」と思う人間もいたが、一発で決めていく双子の音楽センスに何も言えなくなった。なによりも天才ピアニストの奏でる旋律と、天使の歌声に誰もが魅了され、大人たちに褒め称えられているにも関わらず、鼻にもかけず無邪気に楽器の事を聞きに来て、説明に感心する姿は大人の頑なな心を開いていった。
ニューイヤーコンサート当日は、仕事が抜けられない両親に替わって、日本から瑤子と祖母の静子が付き添っていた。綾人と樹里より、この二人の方が緊張しており、胃が痛そうである。当の本人達は父親から新しく教えてもらった「あっちむいてホイ!」で盛り上がっていた。それは、近場にいた音楽関係者も巻き込み始めていた。
(やだわ・・・。変なところまで若葉そっくり・・・。)
大人たちに囲まれてケラケラと笑いながら遊んでいる甥と姪の姿をみて、瑤子はいとこの顔を思い出し、軽くため息をついていた。
そんな二人の出番は、コンサートの最後だった。まず、綾人がオーケストラと合わせて2曲披露し、その後、樹里が合流し、2曲歌った。
二人の演奏が終わった後は、会場中から惜しみない拍手と賞賛の声が鳴り響き、それを幼い双子が並んでにこやかに頭を下げ受け取っていた。
その賞賛の嵐は、二人が舞台の袖に引いた後でも鳴り止む事はなく、困ったウィーンフィル関係者が綾人にもう2・3曲好きな曲を弾いて欲しいと懇願する。(樹里は喉を痛めないように2曲のみという契約だった)綾人は、『じゃあ、2曲ね。』と言って足取り軽く再びステージに立った。アンコールは、ソロで行われた。
綾人は、最初にバッハの「G線上のアリア」を弾き、次にリストの「ラ・カンパネラ」を弾いた。
7歳の子供が超絶技巧曲を難なく弾きこなす姿は観客の度肝を抜くと共に、更に彼の名声を高める事になった。
若葉とアリエノールの息子と娘は、7歳にしてヨーロッパでの地位を確固たるものにしていった。
しかし、兄妹で同じ舞台に立つのはこれが最後となり、綾人自身これがピアニストとしての最後の舞台となる。 |