Final Distance Last Scene

〜 the last volume 〜

夜の東京の道を、一台の黒塗りのリムジンが悠然と駆け抜けている。
その車中には真山夫妻がいた。初めて乗るリムジンに薫は所在なさげであるのに対し、その夫の一馬は反対に、まるで自分所有の車であるかのように、革張りのシートに悠然と身を沈め寛いでいる。
彼もリムジンは始めてである・・・。



彼らは、綾人との会談の後、彼に「夕食を一緒にしませんか?」という誘いを受け、綾人の秘書である信裄が用意したリムジンで、英所有の一流ホテルに連れて行かれた。
そして、その豪華な庭に建つ高級懐石料理の店に案内された。

ホテルのエントランスでの仰仰しい出迎えにも驚かされたが、それよりも豪華でありながらも品の良いロビーに足を踏み入れた時、自分達がとんでもなく場違いな所に来てしまった感じがした。
綾人の自宅を訪れるにあたって、一馬も薫もそれなりの服装で出かけてきたのだが、このホテルの雰囲気にはそぐわない感じがした。自分達自身も・・・。

本来なら、一生、足を踏み入れる事などなかったであろうホテルの中を、自分達の娘をエスコートしながら自然に歩く綾人の姿に、夫婦そろって心の中で感嘆のため息をついた。
綾人は、「すみません。身内の持ち物での食事になってしまって・・・。」とライトアップされた日本庭園が見渡せる個室でそう謝っていたが、その身内が凄いのだとその場に居た全員が思った事だった。自分達は、彼が言う「身内」所有の店に入るには清水の舞台から身を投げるくらいの勇気がいるのだ。
それを、こんなに普通に訪れ、しかも馬鹿丁寧に接客されるだけでも夢のようであった。
そして、緊張のまま、高級料理を食する事になった。
ここでも、場の雰囲気に押しつぶされる事無く、料理を平らげていく夫の神経の図太さをこの時ばかりは、薫も羨ましく思った。

会食後は、綾人のマンションの前で二人と別れ、夫妻はリムジンで自宅に戻る事になった。




こんな激しい一日を振り返り、薫は深いため息をついた。

「疲れたかい?」
「ええ。ちょっと・・・。驚愕するばかりの一日だったから・・・。」
「あっはっはっはっは。そうだな。こんなに内容の濃い一日は、僕も久しぶりだよ。
でも、知りえて良かったとも思うね。」

子供が新しい発見でもしたかのように満足気な夫の横顔に、薫は呆れてしまう。

「これだから、ライターは・・・。」
「何か言ったかい?」
「いいえ、別に・・・。それにしても、覚悟はしていたとはいえ、綾人君が身を置く
世界の華やかさには私達の感覚ではついていけないわね。」
「ついていく必要なんてないだろう。あそこは、あそこ。うちは、うちさ。」

薫の心配事など、まるで他人事のように吹き飛ばす一馬を彼女は思わず睨みつける。事の重大さを分かっていないような発言に、疲れも手伝い、薫の機嫌は急激に悪くなる。

「貴方はそれで良くても、美咲はそうはいかないのよ!?人前に出して、恥ずかしい娘には育てたつもりはないけど、あんな煌びやかな世界でやっていける様なしつけはしてないわ・・・。まさか、そんな所へ行くなんて思わなかったもの・・・。辛い思いをするもの、恥ずかしい思いをするのも、美咲なんですよ!?」

今にも噛み付きそうな勢いの妻に、ちょっと腰がひけつつも一馬はいつもの余裕の笑みを浮べる。それが、更に薫の機嫌を悪くする。

「何を笑ってるんですか!!これだから、父親は!!!」
「ま〜ま〜。そんなに怒りなさんなって。いくら運転席とは仕切られているとは言え、そんな大声出すと聞こえるよ。」
「う・・・・。」

夫の指摘に、薫は、自分の口に手を当て思わず透明板の向こう側にいる信裄を見てしまう。薫が見る分には、彼は何も聞こえていないように見える。
ひたすら静かな雰囲気で、運転している。
例え、聞こえていたとしても彼は動じたりはしない。自分は場の雰囲気に溶け込んでいなければならないと言うのが彼の信条であった。だから、彼はある程度の存在感だけを残し、静かに主の側にいるのだ。

薫が内心、ほっとしている時、隣からまたもや能天気な言葉が降って来た。

「それに、そんなに心配することじゃないじゃないか?」

また、彼女の怒りに触れる。
責任感の強い妻が、能天気な夫をきつく睨む。

「だから、どーして、貴方はそうなんですか!」
「だって、綾人君がいるじゃないか。」
「・・・・・あのね、その綾人君が住む世界が大変なんでしょう・・・・。」

自信有りげに自分にそう告げてくる夫に、怒りを通り越し、あきれ返ってしまう。
あまりの能天気ぶりに眩暈をおこしそうだった。

「綾人君が住む世界はね。でも、二人が住む世界は、これから二人が作り上げていくものだ。あの彼のことだ、自分より美咲が優先される。あの子が住み易い世界を築くさ。それこそ、ありとあらゆるものから守りながらね。」

薫は、昼間の「自分の能力も、権力も美咲の為にある。」と言ってのけた綾人を思い出した。あの揺るがない強い瞳を見て、彼女も綾人に美咲を任せようと思ったのだ。

「そうね・・・。」
「それに、うちの娘もそんなに弱くないと僕は思ってるよ。」
「確かにそうね。一度、決心した事はテコでも曲げない。」

苦笑いする薫は、綾人との事を猛反対していた頃を思い出す。母親として、自分の娘を危険に晒した相手など綺麗さっぱり忘れて欲しかった。あんな常に危険に身を晒す人間など娘が一緒に居るなどもってのほかだった。
上の娘である清香(きよか)と事ある毎に諦めるように説得した。しかし、美咲は頑として聞き入れなかった。そのうち、親・兄弟を捨てて彼の元に走りそうな勢いさえあった。

当時の薫には、なんでそんなにまで娘が綾人という危険極まりない人物に固執するのかが分からなかった。世の中には、普通の職業に就き、普通に生きている人が多いと言うのに、よりによって保持者で特機の隊長などに・・・。こう思うのは、薫だけではなく、母親なら思う事であろう。
しかし、今日、綾人に会い、彼と話してみて、娘が彼に惹かれるのが良く分かった。

彼は、変わらず危険に身を晒す。それは一生変わる事はない。でも、彼自身はとても純粋でとても優しい男性だった。あのピアノの音色と同じく澄んだ人間だった。そして、以前、一馬が言ったようにあんなに情熱的に美咲を想う男性は彼以外にはいないと感じた。

それに、あの二人の醸し出す雰囲気を目の前にして、誰が駄目だと言えようか・・。もう誰もあの二人を引き離すことなど出来はしない。

「縁って不思議よね。」
「うん?」
「片方は、日本で一般家庭に生まれて普通に育ち、もう片方は、フランスで生まれ、有名人を両親に持ち、華やかな世界で育った。どう考えても交わりそうも無い環境に身を置きながら、でも、ゆっくりと何かに手繰り寄せられるかのように距離を縮め、出逢い、惹かれあう。」
「それが、運命ってやつなんじゃないのかい?」
「そうかもね。でも、美咲が生まれた時、こんな事が待っているとは思わなかったわ。この子は、どんな人生を歩んで、どんな恋をするのだろうかとは思ったけれど・・・。」
「予測不可能。予定表なし。何が起こるか分からない。だから人生ってやつは楽しい。」
「あなたらしいわね。」

言葉は呆れているが、そう言う表情は穏やかであった。

「ねえ、あなた。気がついてました?」
「もちろん。綾人君のマンションで、美咲が彼の横に座ったときに気がついたよ。
二人揃ってはじめて対になるピアス・・・か・・・・。」
「あのピアスがあの子達を表しているようね。」
「だねぇ。どんなに離れていても、一対であるピアス。一対のあの子達。」

一馬と薫は、お互いを信頼しきって寄り添い微笑み合う若い二人を同時に思い出した。見ている方まで、心が満ちたりてくる。そんな雰囲気を醸し出す自分達の娘とその子が選んだ男性。


運命の二人。


「いい男性(ひと)に巡りあえましたね。美咲も、私達も。」
「そうだね。」

親として見届けるべきことを見届けた二人は、互いに顔を合わせると、満足そうに微笑みあった。寂しさを伴って、一つ肩の荷が下りた・・・。



その頃、三つ揃いのスーツの上着を脱いだだけの綾人は、自宅のリビングの窓辺にシャンパングラス片手に佇んでいた。なんとはなしに、シャンパンを飲みながら夜景を見ていた。見慣れた風景なので、特別感動することもない。でも、いつもとは違い少し暖かい感じがした。

「お風呂、ありがとう。」

振り返ると、彼の世界の時間を動かした彼女が立っていた。
美咲は、綾人から借りたパジャマを着ていたが、身長差があるため、手と足の袖を何回か折り曲げている。その姿があまりにもらしくて、あまりにも可愛くて、綾人の顔が自然に緩む。
そんな彼を美咲が下から覗き込む。

「何を飲んでるの?」
「シャンパン。飲む?」
「うん。」

綾人から差し出されたグラスをそっと受け取り、口へと運ぶ。一口、口にふくむ。
程よく冷えたシャンパンが、風呂上りの乾いた咽を潤す。

「おいしい・・・。なんて言うの?これ。」
「お酒は、銘柄や値段で飲むものじゃない。自分が美味しいと感じたものを美味しく飲むのが一番。・・・って、昔、京が言ってた。」
「それもそうね。どうせ、聞いても明日には忘れてるだろうし。」

そう言い微笑むと、美咲は、もう一口シャンパンを啜る。
そんな彼女を横目で見つつ、綾人はピアノの前へ移動する。美咲もつられたかのようにピアノへと移動する。
綾人は、椅子に座るとネクタイを外しピアノの上に無造作に置いた。そして、側に立つ美咲を見上げる。

「何が聴きたい?」

この一言に、美咲の顔が嬉しさに満ちる。
実は、綾人のピアノをもう一度聴きたかったのだが、なんとなく遠慮してお願いできずにいたのだ。

「ガーシュインが聴きたい!」
「『パリのアメリカ人』?それとも『ラプソディ・イン・ブルー』?」
「ラプソディ・イン・ブルー!!」
「OK」

綾人の長い指が、白と黒のコントラストの上を軽快に流れていく。それとともに、軽快且つ優雅な旋律が流れ始める。美咲は、シャンパンを飲むのも忘れ、その澄んだ音色に聞きほれる。
その時、ふと綾人と秘密を共有した日が頭に浮んできた。

姉の取材に頼み込んで連れてきてもらった植物研究所。そこには、学校で密かに憧れる子が多い同級生が居た。二年になって同じクラスになったが気軽には話した事が無い彼に、なぜかその時は、自然に声をかけていた。そして、驚いたように振り向いた彼。でも、驚いたのはこっちの方だった。瞳の色がいつもと違ったのだ。
自分を見つめるその瞳は、薄い空の色と、新緑の色をしていた。

驚いた。

あまりにも綺麗過ぎて。

目が離せなかった・・・。

その日は、彼に驚かされることばかりだった。学校の誰も知らない彼の事を知る事が出来た。その事に、胸が沸き躍った事を覚えている。

   ―― 二人だけの秘密 ――

自分が告げた言葉に胸の奥に甘酸っぱい感覚が広がっていった。そして、彼の笑顔。差し込む日差しに溶け込むかのような優しく美しい笑顔に、美咲の胸は高鳴りを覚えた。
その時、その瞬間に彼女は彼に恋をしたのだ。
いや、美咲の呼びかけに驚いて振り向いた彼の真実の瞳を見たときに、すでに恋に堕ちたのだ。
それは、彼・・綾人も同じだった。彼女に、誰もが物珍しく見る瞳を、自分さえも嫌悪している瞳の色を「綺麗」と言われ、凍り付いていた心が少し揺らいだ。そして、初めて無関係の人間と“秘密”を共有する事に戸惑いよりも嬉しさの方が勝った。彼も、その時、彼女に恋をしたのだ。

過したその時は、ちょっと驚きの休日くらいであった。しかし、振り返ってみると、
あの日こそが自分達にとっては特別で重要な日であった事に気がつく。
もしあの日、美咲が姉の取材についていかなかったら、もしあの日、綾人が仕事帰り気晴らしに祖父の研究所に立ち寄らなければ、二人が想いを寄せる事も、手を取り合う事も無かったのだ。しかし、二人はお互いがお互いを引き寄せあうようにして出逢った。

(縁って不思議・・・・。)

綾人の紡ぎ出す音色に耳を傾けながら、美咲は、母と同じ事を思う。
彼女の視線が、鍵盤の上を忙しなく動く指から、彼の横顔へと移る。そこには、あのDVDと同じ様に楽しそうな表情があった。

(本当に、ピアノが好きなのね。)

そう思った時、美咲の胸の奥に針に刺されたかのような痛みが走った。
思い出したのだ。目の前の彼が、今、自分が独り占めしている旋律が、世の中の人々が待ち望んで止まない「天才ピアニストの音楽」であるという事を。

本来ならこんな個人のリビングではなく、音響抜群の大きなコンサートホールで、
たった一人の観客ではなく、数え切れぬ人々の前でピアノを奏でているはずだった。多くの人達に感動を与え、多くの人達から歓声と喝采を浴びているはずだった。

保持者でなければ・・・。

美咲の心が悲しみに満たされていく。胸が張り裂けそうに痛む。
その痛みに耐えるかのように、シャンパングラスを持つ手に力が入る。

「美咲?」

優しい声に、美咲は我に返る。
気がつけば演奏が終わっていた。そして、綾人が心配そうに自分を覗き込んでいた。

「どうした?」
「な・・・なんでもない・・・・。」

美咲は、自分の中の悲しみを、自分勝手な思いを綾人に気付かせまいと、無理して微笑んだ。しかし、それは逆効果であった。綾人に何かあると気がつかせるのに十分だった。綾人は苦笑いを零すと、静かに立ち上がり、美咲が持っているグラスを取り上げる。
そして、それをピアノの上に置くと、そっと彼女を抱きしめた。

美咲の体を綾人の暖かさと優しさが包み込む。彼女は、それを高ニの夏の日のようには手放したくなく、彼の背に自分の両手をしがみ付かせる。

「私、嫌な子だ・・・。」

自分の胸の中で呟かれた言葉に、綾人は首を傾げる。彼女がそんな風に自己反省するような事を自分はされた覚えもないし、誰かにしていた覚えもない。
どちらかというと彼女の存在には、勇気づけられている。だから、彼女の反省が分からない。
自分は反省する事だらけであったが・・・。

綾人にしがみ付く手に力が入る。

「私、綾人君が保持者で良かったって思ったの。貴方が、その事で沢山傷ついてきたのに、保持者である事を嫌っているって知ってるのに・・・。」
「なんでそう思ったの?」
「だって・・・・。だって、貴方が保持者でなければ私達は出会う事はなかったもの。こうやって触れ合うことさえなかったもの。保持者でなければ、貴方はフランスで生活して、今頃有名なピアニストになってる。違う?」

美咲は、綾人の胸に埋め居ていた自分の顔を上げる。見上げたその先には、穏やかな瞳で自分の事を見つめる綾人が居た。それが、更に彼女の心を哀しくさせる。

「そうだね。有名かどうかは分からないけれど、保持者でなければ、俺は、ピアニストになっていた。日本に来る事はあっても、住む事は無かった。」
「接点がないわ・・・・。出会う事はない・・・・・。」

美咲の目に涙が浮かび上がる。
美咲は自分の幸せの為に、彼の不幸を喜ぶ自分が嫌だった。でも、そう思うことを止められない。彼の居ない人生など、今の彼女には考えられないことだった。彼が自分の側に居るためだったらどんな汚い事もするだろうと思う。
謗られても、なじられても、自分はこの手を離せない・・・。

自己嫌悪に泣き出しそうな美咲の瞳に、綾人の優しい口付けが降って来た。
何故か、その行為に自分の嫌らしい心が清められた気がした。

「本当にそう思う?」
「・・・・うん・・・・・。」
「困ったお嬢さんだ・・・。」

彼が小さく微笑んだかと思ったら、美咲は、軽い浮遊感を感じた。
頭上にあった彼の顔が、目の前にある。それによって、自分が綾人に抱きかかえられている事に気がついた。恥ずかしさに彼女の頬がうっすらと桜色になる。
それを見た綾人が更に柔らかな笑みを浮べる。

そして、彼は、静かに歩き出す。
彼が向かった先は、リビングの横にある彼の寝室。扉の前に立ったとき、美咲の顔が赤くなり、鼓動が早まった。この先が想像出来ない程の子供ではない。
そんな彼女を知っているのか、綾人は淡々と器用に扉を開けると、部屋の中に入り、また、器用に扉を閉めた。

蛍光灯が照らし出すリビングとは違い、窓から差し込む月明かりと周りの人工の明かりが照らし出す部屋は、薄ぼんやりとした感じがする。

薄暗い部屋の中で白く輝くベットに、綾人は美咲を静かに横たえる。恥ずかしそうに自分を見上げる彼女にそっと覆いかぶさる。落ち着かせるかのように美咲の柔らかな髪を何度か撫でると、ゆっくりと額を合わせる。

額からお互いの温もりが伝わってくる。
目を逸らすこと等できぬ距離に互いの瞳がある。

「俺は、俺たちが出逢わないなんて、そんな事は思わない。」
「綾人君?」
「俺たちは出逢っていたさ。俺が保持者じゃなくて、ピアニストになっていてもいなくても、今とは違う場所で違う形で出逢っていた。俺が俺である限り、君が君である限り、俺たちは出逢っていた。必ず・・・。」

綾人の額が美咲から離れた後、彼女の目の前に現れたのは、彼の右の小指だった。

「中国では“紅糸”。日本では“赤い糸”。俺たちが生まれたときに結ばれたこの糸は、俺たちがどんな状況になっても変わることはない。ただ一人の人に繋がってる。それを時には見失い、時には違う糸と絡んだりして、でも確実に手繰り寄せていく。何時いかなる時代でも、どんな状況でも、俺が手繰り寄せる人は、美咲・・・君だ。」
「綾人君・・・・。」

喜びに打ち震える美咲の紅い唇を、綾人の唇が啄ばむ。
優しいキスは、激しさを増していく。そして、より深みを欲する。
美咲の唇を覆い尽くした綾人の舌が彼女の口内に侵入して来た。それを美咲は受け止める。
相手と一つになろうとするかのように絡み合う二人・・・。

「ふ・・・う・・・・。」

美咲は、もっと深い繋がりを欲し、自然に綾人の首に両腕を絡めていた。
意図を汲んだ綾人が、角度を変え美咲の口内を攻め上げる。
二人は、欲望のまま貪りあった。

「ぁ・・・・・・はぁ・・・・」

綾人が解放した時にあがった美咲の甘い声と、上気した顔。そして、自分を見つめる潤んだ瞳に綾人の背に甘い感覚が駆け抜ける。理性が一気に飛びそうになるのを我慢して、彼は、ベストとシャツを脱ぎ捨てた。
今日までに、何度か肌を重ね合わせたにも関わらず、恥ずかしそうに頬を赤らめ顔を背ける美咲が、更に綾人の欲情を掻きたてる。

横を向く美咲の顎を掴み正面を向かせ、今一度、深い口付けを落とす。
何度味わっても、味わいつくす事も、飽きる事も無い。綾人だけが味わうことができる甘い彼女は、彼をますます虜にする。
口付けを交わしたまま、綾人の左手が美咲の首筋を撫で上げ、広く開いた襟を割り鎖骨を撫でる。

表面を優しく動く指先に、美咲の体はゾクッとした甘い刺激に震える。

「ふ・・・うぅぅ・・・・。」

綾人に塞がれている美咲の口からくぐもった声が上がる。
綾人の手は更に下へと進む。上着のボタンを一つ一つ丁寧に外した後、上着の下に手を滑り込ませると弾力ある彼女を胸をそっと包み込む。小さくはない胸は、彼の手にすっぽりと収まってしまう。
その手が弾力を楽しむかのようにゆっくりと動き、揉みしだく。

「んっ!」

美咲が軽く身を捩る。
綾人は新たな刺激を彼女に与え始める。美咲の唇を解放した彼の唇は、顎の下、首筋へと降りていく。

「あ・・・・はあ・・・はう・・・。」

彼が刺激を与えるたびに、美咲の体は跳ね、嬌声が上がる。
綾人はその反応と声を楽しみながら、白い肌に紅い刻印を刻み更に下へと降りていく。彼の唇が胸と胸の谷間に差し掛かったとき、ふいに彼の手の動きと唇が止まった。
最初は刺激により朦朧としていた美咲であったが、さすがに新たな刺激が加わらないままであったので意識がはっきりとしてくる。自分の胸の谷間に顔を埋めたまま微動だにしない綾人に、体のどこかに何かあったのではないかと心配になってくる。

「・・・綾人・・・君?・・・・」

恐る恐る声を掛けてみた。
すると、頭が微かに動いた。そして、ゆっくりと綾人は顔を上げた。
その顔は何故か嬉しそうだった。

「どうしたの?」
「ごめん。・・・この世で一番綺麗な音色に聞き入ってた。」

綾人が何を言っているのか分からない美咲は、きょとんとしてしまう。
そんな彼女の頬を一撫でした後、同じ手で綾人は自分の左胸を指差した。

「生きてる音。・・・心臓が力強く脈打つ音は、どんな名工が作り出した楽器も敵わない。とても美しい音色だよ。」

そう言って微笑む綾人に、美咲は何故か頬を膨らます。ちょっとご機嫌斜めだ。

「ずるい・・・。」
「え?」
「綾人君だけそんな善い音を聞いて、ずるい!」
「はは・・。ごめん、ごめん。」

美咲のご機嫌斜めの原因が分かった綾人は軽く笑うと、彼女の背に両手を添え、そっと起し上げた。二人は、向き合って座る格好になる。
美咲は、綾人に小さく微笑むと、彼の筋肉質の胸板に頬を寄せた。
彼の肌の暖かさと一緒に、生きる鼓動が聞こえてくる。力強く、規則正しく脈打つ音は、確かに善い音色だった。

このままずっと聞いていたかったが、そうもいかない。
名残惜しそうに美咲は綾人の胸から頬を外す。

「本当・・。すごく綺麗な音だった。」
「だろう?・・・でも、俺は、これの他にこの世で一番綺麗な歌声も知ってる。」
「歌声?」

首を傾げる美咲の両肩に綾人の両手が添えられる。

「そう。俺だけが聞けるもの・・・。」

そう言いながら、綾人は、美咲の羽織っているだけの状態になっているパジャマの上着をすべり落とし、彼女の両手から引き抜く。何が何だか分からない美咲は、綾人にされるがままになっていた。
その彼女の肩に綾人の顔が近づく。その時、品のいいコロンの香りが美咲の鼻をくすぐり、治まっていた体の火が息を吹き返した。

その時だった。
綾人が美咲の肩にきつく口付けた。

「ふあ!!」

反射的に体が反応し、声が上がる。それを見聞きした綾人の顔に満足そうな笑みが灯る。美咲の背を優しく滑るように撫でながら、綾人は口を彼女の耳元に持っていく。美咲は、じれったい程優しい愛撫に、体を小刻みに震わせていた。

「この声だよ・・・。」

艶のある声と、耳に掛かる吐息に美咲の体の奥が疼き出す。

「俺のために歌って・・・美咲・・・・。」

耳たぶが軽く噛まれる。

「ひゃ!!」

今度は、耳全体を舐められる。

「あ・・あぁ・・・。」

まるで綾人から逃れるかのように跳ね上がった体を、逃がさないように彼が抱きとめる。彼女の可愛い耳から離れた綾人が見定めたものは、彼女の両の胸の頂きに息づく赤い果実。興奮して固くなったそれを口に含み、軽く吸い上げる。
甘い刺激が、美咲の体中を駆け抜け、思わず仰け反ってしまう。それは期せずして、口に含まれたものを更に深く差し込む事になる。
綾人は、それを舐めたり、強く吸い上げたりし、新たな刺激を加える。

「あっ・・・あん!・・・やぁぁぁぁぁぁぁ・・・・。」

美咲は体を仰け反らせ、首を振り、強すぎる刺激から逃れようとしているように見えるが、その両腕は綾人の頭をしっかりと抱え込んでいる。理性は、羞恥ゆえに彼から逃げようとし、感情は、本能のままに彼を欲する。

お互いがお互いを抱き込んだまま、二人は、再び白いシーツの波に体を横たえる。

美咲の両腕が、力なくシーツの上に投げ出される。
綾人は、ずっと攻めていた果実を解放すると、もう片方の果実を口に含み、音がするほどに吸い尽くす。美咲の体をまた、痛いくらいの刺激が駆け抜ける。その刺激を耐えるためか、彼女はシーツを握りしめる。

胸の頂を味わいながら、綾人の右手が腹部を這い、そして、彼女のショーツの中へと滑り込んだ。その手は迷う事無く秘所へと伸びていく。
今まで散々受けた愛撫によって濡れそぼったそこは、いとも容易く彼の指を受け入れる。

「ふぁぁぁ・・・あんっ・・・・あっ・・・・あうぅ・・・。」

胎内と胸の両方から受ける刺激に、美咲は何も考えられなくなる。次々と波の様に襲い来る甘美な感覚に翻弄されるだけ。羞恥という名の理性は、女の本能に何処かへと押し込められた。
快楽に身をよじり、悦びの声を惜しげもなくあげる。
美咲は、綾人のためだけに甘美な歌を歌う。

何時の間にか美咲を全裸にしていた綾人は、彼女の胎内に入れた指はそのままに、彼女の体中を味わっていた唇を離し、顔をあげると、自分も身に纏っていたものを手早く脱ぎ捨て全裸になる。

荒々しく彼女の胎内をかき回していた指の動きを止め、徐に中指を中で折り曲げる。

「ひゃん!!!!」

大きく仰け反り、数回小刻みに痙攣した美咲は、張りつめた糸が切れたかのように、その身をシーツの波に沈めた。

紅く染まった艶やかな肌。
荒々しい息を吐き出す小さい柔らかな唇。
潤んだ瞳。
呼吸に合わせて上下する形のいい乳房。

それらを黙って見ていた綾人の口元が、満足そうに綻ぶ。
美咲の胎内から己の指を引き抜いた綾人は、彼女の太ももと太ももの間に自分の体を入れ、力なく横たわる彼女の体を大きく開く。
片手で彼女の腰を浮かすと、いきり立つ己を彼女の胎内の最奥へ向けて突きたてた。

「はうん!!!」

鼻に掛かった甘い声に、己に絡みつくような、包み込むような美咲の暖かさに綾人の理性は一気に吹き飛んだ。男の本能が彼を支配する。彼の意識が、一点に集中する。
何かを求めるかのように、彼が動き出す。
その動きに合わせて、彼女の体が揺れる。

「あぁ・・あふっ・・・ふぁん・・・あん・・・」

一度去った波が、今度は、自分の体の奥からやってくる。
美咲は、またもや甘美な波に弄ばれる。
無意識に、綾人を求めて手を伸ばした時、美咲は抱き起こされ綾人の膝の上に座らせられた。
二人の繋がりがより一層深くなる。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

初めて受ける刺激に一瞬、美咲の頭が真っ白になった。

「くっ・・・美咲・・・そんなに・・・・。」

急にきつくなった締め付けを耐えるように綾人の顔が歪む。
しかし、彼女を突き上げる行為は止めない。
時には、浅く。時には、深く。
時には、優しく。時には、激しく。
綾人は、下から美咲を攻め立てる。

「ああっ!!・・・きゃんっ!!・・・・いや・・・やぁぁぁぁぁぁ・・・・。」

新たな強い刺激に耐えるかのように美咲の爪が、綾人の肩に食い込む。
その痛みも、今の彼には甘美な刺激にしかならない。
更に、彼の動きが早く、激しくなっていく。

「くぅぅ・・・うあっ・・・・あぁ・・・・あっあっあっ・・・・あう・・・」

逃れる事の出来ない、ズンッとした重い刺激を綾人から与えられるまま受け止めていた美咲であったが、徐々に、その刺激の中に違う感覚が混ざり始めていた。その感覚を求めて彼女の体が自然に綾人の体に擦り寄っていく。密着度が増す。

綾人も、美咲の変化を体で感じていた。そして、己自身も限界を迎えつつあった。
美咲の腰を両手で押さえつけ、更に攻める強さと速さを増す。
綾人の息も荒くなり、眉間に皺が寄る。

「あぁぁぁぁ・・・いや・・・も・・・もう・・・はぁぁん!!」
「美咲・・・美咲・・・。」
「いや・・・あう・・・も・・・もう・・・・・だめぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「美咲!!!」

綾人は動きを止め、両腕で美咲の細い腰を強く抱きしめ、己を彼女の最奥へと突き立てる。

「あ・・・ああぁぁぁぁぁ・・・・・・。」

体中の全てが真っ白になった美咲は、背筋とつま先をピンッと張り、数度痙攣を起す。

「くっ・・・・。」

今一度、顔を歪め、綾人は美咲の胎内(なか)に自分の全てを解き放った。
その熱が、美咲の体にじわりと広がっていく。それを感じながら、美咲は脱力した体を綾人に預ける。それを彼も優しく受け止める。

二人はそのまま、お互いの存在を肌に刻み込んでいた・・・・。



しばらく抱き合ったままであったが、綾人の息が整ってきた頃、まだ少し息が荒い美咲を休ませるため、静かにベットに横たえた。
自分を見つめ、微笑む美咲の髪を数度撫でた後、綾人は、彼女の額に、瞳に、頬に、唇に優しいキスを落としていく。何度も、何度も。数え切れないほどに・・・・。

美咲が一番幸せを感じる一時であった。

「・・・・美咲・・・・・。」

目を閉じ、その幸せに浸っている美咲を綾人の声が現実へと引き戻す。
ゆっくり目を開けた美咲に飛び込んできたのは、真剣な眼差しのオッドアイ。
恐いくらいに美しい瞳に、美咲は吸い込まれそうになる。

「今まで辛い想いばかりさせてごめん・・・。」
「・・いいのよ・・・。」

美咲は微笑みながら、首を小さく横に振る。

「この先、君には心配ばかり掛けると思う。また辛い思いをさせるかもしれない。俺が保持者で特機に身を置く限り、これだけは俺もどうする事も出来ない。本当は、そんな思いはさせたくないけど・・・。」
「大丈夫よ・・・。私、そんなに弱くないよ。」

慈愛に満ちた笑みを浮べる美咲に、綾人の心の奥から暖かいものが湧き出してくる。自分に微笑みをおくる美咲の両頬を綾人は両手で優しく包み込む。

「だからこれだけは約束する。どんな事があっても君の側を離れない。例え、何かによって引き裂かれても、絶対戻ってくる。俺の居場所は、君の側だけだから。」
「・・・ほんとう?・・・」
「ああ。美咲・・・君に誓う。」

美咲は、何かに突き飛ばされた様に起き上がり、綾人に抱きついていた。
それを綾人もきつく抱きしめる。自分の言葉が嘘ではないといわんばかりに・・・。

ずっとずっと聞きたくて、欲しくて欲しくて堪らなかった言葉。
綾人だけにしてもらいたかった約束。
待ちに待った言葉を貰った美咲は、嬉しさが溢れ出し、それが体現化され涙が溢れてきた。

「夢じゃないよね・・・。」
「夢じゃない。」
「本当に、本当?」
「本当。」

美咲がそっと綾人から体を離す。
涙目のまま、顔を上げると、目を細め微笑む綾人がいた。
彼の手が優しく美咲の涙を拭い去る。

「愛してるよ。美咲。」
「私もよ。綾人。」

お互いに微笑み合う二人。
自然にお互いの顔が近づいていく。
そして、触れ合う唇と唇。


月明かりの中、二人は、誓いのキスを交わした。


この瞬間、二人の間に存在した最後の距離がなくなり、二つの道が一つに重なり合った。




綾人と美咲。
二人の時間が新たな時を刻み始める・・・・。



Final Distance END
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<<secondTime to say good-bye>>



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