missimg piece
■ 幸せの形 ■      

私は、あれからしばらくして、瑞貴氏の紹介で小さな設計事務所に、受付嬢兼事務員として就職した。従業員は私を含めて5人というこの会社は、大変アットホームな会社で馴染むのに時間は掛からなかった。
この会社は、住んでいたマンションから通うには大変だったので、通いやすい沿線に引越しをした。そこは、瑞貴氏の自宅にも行くのにも便利だった。
空っぽになった部屋を出て行くとき、私は、それまでの自分に別れを告げた。

親とも連絡を取るようになったし、昔の友人達とも徐々に連絡を取り出し、会うようになってきた。
ちょっとまだ、緊張するけど・・・。
ほんと、落ち着くと、この人達の笑顔のどこに裏なんかあると思ったのか不思議になってくる。

「茜さんは、それだけ傷ついてたんだよ。そんなに自分を卑下しなくていいよ。それに、また、皆をこうやって受け入れてくれた事に意義があるんだから。」

愚痴る私を、瑞貴氏は、相変わらずの温かな微笑みで励ましてくれる。彼の手にかかれば、どんな事もいい方に持っていかれる気がする。事実、彼が私を訪ねるようになってから、私はいい方に変わっている。まあ、これは、彼だけではなく、綾人のお陰もあるのだけれど・・・。

自分の生活も、自分自身も落ち着き始めた冬のある日。私は、昔の行きつけの喫茶店で高志と春奈と会い、話をした。
目の前に座る二人を見ても、以前の様な憎しみも、嫌悪感もなく、穏やかな気持ちで居られる自分がいた。それは、隣に座る瑞貴さんが勇気づけるかの様に私の手を握っていてくれるからだろう。
彼の温かさは、私の心を暖かくしてくれる。

「ごめん。ほんとうに、ごめんさい。いくら謝っても許されることではないけど・・・。」

春奈は、席に着くなり私に謝りだし、下げた頭を上げようとはしない。

「もう、いいのよ。いいのよ、春奈。貴方も苦しんだんでしょう?・・・頭を上げて春奈・・・。」

でも、春奈は頭を横に振り、頑として頭を上げようとはしない。
その横で高志は、黙って頭を下げた。二人は、瑞貴さんが頭を上げるようにと言うまで、私に対して頭を下げ続けた。
今の私なら分かる。
この二人は、罪悪感の中をこの数年を生きてきたのだ。
もっと早く会ってあげて、楽にしてあげていれば良かったと後悔した。
このことを、瑞貴さんに言うと「一生分かり合えなかったわけではないから、気にする事はない。」と言ってきそうだ。彼の前向きさは、見習うに値する。
私は、彼らの話しを黙って聞いた。
高志の同時に二人の女性を愛してしまった「とまどい」と「後悔」を。
春奈の友人の彼を「好きになった気持ち」と「罪悪感」を。
私達は、人を好きになっただけ。ただ、純粋に人を愛しただけなのに、なんでこんな事になってしまったのだろうか。私は、二人の話しを聞きながら、人を好きになることの難しさを思った。

「人を好きになる事は、すばらしい事だけど、その反面、とても難しい事だよね。
なんてったって、自分でどうする事もできないんだから・・・。でも、好きにならずにはいられない。」

綾人の言葉を思い出す。そうね、貴方の言う通りね。
まさか、十も年下の子に教えられるとは思わなかったわ。
そんな彼も今、ままならない恋の只中にいる・・・。

私達三人は、今まで自分達が抱え込んできた想いをさらけ出した。出し切った後は、何ともいえない清涼感に包まれた。目の前の二人も、席に着いたときの重苦しい雰囲気から一変して、明るくなっていた。
この二人は、よりを戻す気はないと言う。
それは、二人の問題なので私は別に何も言う気はない。
でも、私も高志とやり直す気はない。彼は、今でも私を愛しているというけれど、私は、すでに新しい恋を見つけてしまっている。この恋を手放す気はない。

「高志相手でも、僕は、茜さんを手放す気はないよ。」

友人にそう告げる、瑞貴さんの真剣な横顔がとても頼もしく見えた。
私はこの時、心を決めた。
彼に付いて行こうと。
彼と一緒に人生を歩んでいこうと。

「どこか抜けてる所がある兄だけど、茜ちゃん、よろしくね。」

そう言って、春奈が瑞貴さんと同じ春の日差しのような笑みを私に向ける。

「まかせて。」

私も彼女に微笑み返す。
春奈とは、もう友人としては付き合えない。私と瑞貴さんのことが関係しているわけでも、彼女の事をまだ、憎んでいるとか嫌いだとか、そういうのでもない。理屈ではなく、春奈が私に真実を告げた日に私達の関係は終わっていたのだ。いや、春奈と高志が付き合い出した時点で終わっていたのかもしれない。
まあ、彼女とはこれから、別の関係が待っているけれど・・・。ちょっと複雑な気分・・・。

「今日は、ありがとう。」

旧友との会談のあと、喫茶店を出て駅に向かう道すがら、私は、隣を歩く瑞貴さんに今日のお礼を言う。

「何のこと?」

彼は、首を傾げる。かわいい・・・。
彼は、笑顔も可愛いけれど、このちょっとした仕草がめちゃくちゃ可愛い。
ああ、抱きしめたい・・・。

「瑞貴さんのお陰で、二人とちゃんと話しが出来たし、過去と向き合って清算する事が出来たわ。」
「それは、茜さんが頑張ったからだよ。僕は、何もしてない。それに、お礼は綾人君に言わないと。」
「ああ、そうね。あの子のせいで私は、貴方と付き合うはめになったんだから。」

私は、瑞貴さんに非難の目を向ける。彼は、目を逸らし、あさっての方向を向く。
最近、聞かされたのだ。綾人の助言で、瑞貴さんが私の元を足しげく、且つ、素っ気無く訪れていたのを・・・。

「茜の性格じゃ、押せば押すだけ逃げてしまうから、自分から出てくるように、引いて接すればいい。」

と綾人が言ったらしいのだ。具体例まで出して・・・。
引越しを決意した時の綾人の言葉も、瑞貴さんを家にあげろと言ったのもこれの為だったのだ。
やられた・・・。
やられたのは、私だけではなく、瑞貴さんもだった。彼は、実は、ずっと私の事が好きだったが、高志に遠慮していたらしい。今度も、私と高志を仲直りさせようとしていたのだけど、私の元を一人で通っているうちに、独占欲が強くなり、自分のものにしたくなったと言っていた。

「綾人君は、僕が高志に遠慮してる事を知ってたんだよ・・。一人で来いって言ったのは、僕に茜さんに対する独占欲をつける為だったんだろうね。僕は、他の人を連れてくると茜が頑なになるからだと思って承諾したんだけど・・・。やられたって感じだね。」

「茜・懐柔作戦」を告白したあと、彼は、そう言って笑った。
さすが、伊達にあの若さで特機の隊長なんて職をこなしてないわね。まんまと嵌められたわ・・・。

「ほんと。あの子には、きちんとお礼が言いたいな・・・。」
「そうだね・・・。」

私達は、手の届かない所へ行ってしまった戦友に思いを馳せる。



それから、数年後―――――――――――――――。



「も〜〜〜〜!!あのクソガキ!!!」
「茜さん、別れて探そう。」
「そうね。じゃあ、見つけたら携帯に電話しましょう。」
「OK!!」

私と、瑞貴さんは、正反対の方向に其々走り出した。
彼と結婚して数年が経った。彼との結婚生活は、幸せそのもので一人の男の子にも恵まれた。そして、今日は、その子を連れてディズニーランドとディズニーシーに泊りがけで来ていた。
初日の今日は、ランドで遊んでいる。
平日なので、なかなか快適に過ごしていたのだが、クソ・・・いやいや・・・愛息がいなくなったのだ。
いわゆる迷子だ。あの子は、良く居なくなる。
ちゃんと手は繋いでいたのか!!と怒られそうだが、ちゃんと繋いでいた。
あの子は、ちゃんと繋いでいても、だっこしていてもいなくなる。だって、あの子は・・・・。

「発見!!!」

前方に、一際背の高い、襟足部分の髪の毛を結んだ青年にお子様抱っこ(子供を腕に腰掛けさせた状態)されている息子の後ろ姿があった。
一目散に私は走り出し、その青年の背後に立つと

「すみません!!それ、うちの息子です!!うちの息子がご迷惑をお掛けしました!!」

と、大きな声で詫びを言い、振り向いた相手の顔も見ずに深々と頭を下げた。

「なんだ、茜の子供だったの?」

・・・・この口調と声は・・・・。
私は、ゆっくりと頭をあげた。

「あっ・・・・・。」

私の目に飛び込んできたのは、あの頃より背がまた伸び、益々いい男になっていた綾人だった。

「元気そうだね。」

彼は、オッドアイの瞳でいつもの優しい笑みを私に向ける。ただ、あの頃と違うのは、微笑みに温かみがあったこと。あの頃は、何処となく悲しげだった。
そういえば、雰囲気も違う。落ち着いた雰囲気はそのままだが、冷たさがなくなっている。

「お陰さまで。あなたこそ、元気そうね。」
「綾人君。その子のママ、見つかったの?」

予想しなかった再会に、呆然としていた私が、なんとか冷静になり挨拶をしたとき、横から可愛らしい声が聞こえてきた。声がした方を向くと、パックジュースを三つ手に持った、ワンピース姿の小柄の女性が立っていた。
なに!?この小動物系の可愛い女の子は!!可愛いわ!!
お持ち帰りしたいくらい、可愛い!!

「ああ。それが、昔の知り合いの子供だったんだよ。」
「へ〜、すごい偶然だね。」

綾人が女性に温かな微笑みを向ける。それに答えるように女性も微笑む。
二人の間に柔らかな空気が流れ始める。
なんて言うの?二人の世界?
でも、見ているこちらが恥ずかしくなるわけでも、あきれるわけでもない。
自然な二人に、逆に幸せな気分になっていく。
綾人の笑顔も雰囲気もあの頃と違っていたのは、きっと、横にいる彼女のお陰なのだろう。二人の醸し出す雰囲気を見れば、二人が幸せなのが手に取るように分かる。
良かった・・・。綾人のあの後が唯一の気がかりだったから・・・。

「さぁ、ママの所にお帰り。」

綾人が抱いている私の息子を私に渡そうとした時、

「やだ!!ここ、眺めがいいから、もう少し居る!!」

私の息子の大地(だいち)が、綾人の頭を小さな手で抱えこんで、首を横に降り、“イヤイヤ”をしている。そりゃね、あんたのパパより随分大きいお兄ちゃんだから、同じ事をされても眺めはいいだろうけど・・・。これ以上、彼に迷惑はかけられない・・・って、なんで綾人が笑ってるの?
隣のお嬢さんは、顔が赤くなってるし・・。

「美咲〜。この子、あの時のお前と同じ様なこと言ってるよ。」
「どうせ高校の時の私は、幼児並ですよ〜〜だ。」

女性が、綾人に向かって、赤い顔で舌をだし、「あっかんべー」をした。
もう、かわいすぎ!!だめ・・・、抱きしめたい衝動が抑えられない・・。
・ ・・ん?いま、「みさき」って言いましたか?綾人君?
私は、疑問の視線を綾人に向ける。
その視線の意味を汲み取った、綾人がニッコリと微笑み、私の疑問を肯定する。
驚きで、私の両方の瞳が真ん丸く見開かれる。

綾人は、手に入れたのだ。あの時の天使を。
欲して止まなかった彼女を。
彼の事だから、ここまで来るのに人以上の紆余曲折を経たのだろうけど、そんな事は、目の前の幸せそうな二人を見ていたらどうでも良かった。
数年前の夏のあの日。自分の心を引き裂きながら、彼女に別れを告げ姿を消した綾人が、私と瑞貴さんの唯一の心残りだった。その心残りが、今、消え去っていく。なんとも言えない爽快感が私を包む。
良かった。本当に良かった。
綾人に抱きついて「おめでとう!!」と叫びたいくらい私は、興奮していた。
そんな私を冷静にさせる一言が、息子から発せられた。

「あっ!!パパだ!!」

一際高い位置にいる息子には、自分の父親が手に取るように見えているようだ。
手を振り、合図している。
私も大地が見ている方角を見てみるが、大勢の人に邪魔をされ確認できない。

「あれ〜〜、全然気が付かないよ・・・。もう!!」

ぎくっ!!
その言葉とその表情は・・・。やめて!!こんなところで飛ぶのは!!

「駄目だよ。簡単に力を使っては・・。」

無駄だとは分かっていながら、息子の体を抑えようとした私より早く、綾人が大地の両目を片手で塞ぎ、目標物を見失わせた。
そう・・・、うちの子供は、テレポーテーションを持った保持者だった。
自分の力を制御できない大地は、目についた場所に人の目も気にせずにポンポン飛んで行ってしまう。いつぞやは、テレビで見た隣の県の遊園地に飛んでいた・・・。

「大地君が行かなくても、パパは来るよ。パパが気付くまで、手を振っているといい。」

目標物を見失ってどうしていいか分からない風の大地に綾人が優しく語りかけてくれた。

「うん!」
「いい子だ。」

元気よく快諾した大地の両目を覆っていた綾人の手が静かにはずされ、それと同時に大地は、自分の父親に向かって片手を大きく振り出した。
うまい・・。扱い慣れてらっしゃる・・・。
さすが、今以上に若いときから伊達に特機の隊長をしているわけではないわね。
私達は、彼が飛びそうな雰囲気は掴めても、それ以上どうする事も出来なかった。出来る事は、飛んだ先まで迎えに行く事だけだった。

「あっ、来た来た!!」

どうやら、息子の合図に気が付いた瑞貴さんがこちらに向かっているようだ。
息子が見ている方向を私も目を凝らして見てみる。
必死に走ってくる夫が段々と自分達に近づいてくる。顔中、汗まみれである。ということは、体も同じように汗だくなのね・・・。ご苦労様。って、私がさっさと電話してれば、こんなに汗だくになら無くても良かったのよね。・・・ごめん。つい、思いがけない再会に貴方の事を綺麗さっぱり忘れてました・・・。

「す・すみません・・・・・うちの・・・こ・・があああああああああああ!!!」

謝りながら走ってきた瑞貴さんは、自分の子を保護している人物に気がつくと、人差し指を差して大声を張り上げた。
うん。貴方のその気持ちは良く分かるけど、人を指差すのはやめて・・・。
本当に、羨ましいくらい自分の気持ちと行動が一致してる人ね・・・。
綾人もそう思っているようで

「瑞貴さんも相変わらずだね。」

と、クスクス笑っている。その隣で美咲嬢は、息子に

「良かったね。パパも見つかったよ。」

と微笑みかけながらパックジュースの一つを手渡していた。

「ありがとう。」

大地は、うれしそうに受け取っている。彼は、物をくれる人には愛想がいい。
幼い彼の中では、「物をくれる人=いい人」らしい。誘拐されそうな勢いだ・・。
息子よ。彼女は、基本的にいい人なんだよ・・・。
っていうか、この二人のような人を「いい人」と言うんだよ。よく、覚えておいてね!!

「いや、びっくりだね・・・。こんな形で再会するなんて・・・。」

顔の汗を私が差し出したハンドタオルで拭きながら、瑞貴さんが心底感心した感じで綾人に話しかける。

「本当だね。でも、良かったよ。あの後の二人の事が気がかりだったから。結婚したんだね。幸せそうで良かった。」

そう言って、柔らかに微笑む綾人に対して私達二人は、

「ああ、君のお陰で。」
「ええ、あんたのせいでね!」

同時に違う言葉を一方は穏やかに、一方は激しく返していた。
全く正反対の反応をした私達を見て、美咲嬢がきょとんとした顔のまま綾人を見上げる。

「綾人君、なんかしたの?」
「うん、ちょっとね。」
「ふ〜〜ん。」

美咲嬢は、分かったような分からないような複雑な表情をしている。
傍から見ると、綾人の綺麗な微笑みに有耶無耶にされている感じがする。
うん。有耶無耶にして頂戴。改めて、仕掛けた本人に言われると非常にむかつくから・・・。

「さあ、パパの所に戻ろうね。」

綾人が大地を瑞貴さんに渡す。
受け取った息子を瑞貴さんが綾人と同じようにいつものお子様だっこをするが、大地は非常に不満そうである。小さいくせに、いっちょまえに眉間に皺が寄っている。

「なぁに?どうしたの?」

不満げな理由を聞いてみる。

「・・・・パパ、低い・・・・。」

息子の悪意の無い正直な感想が、瑞貴さんを打ちのめしている。
子供を抱いたまま、魂がどこかへ行ってしまっている・・・。
大地君・・、君のパパは決して低い方では無いんだよ。このお兄ちゃんが馬鹿みたいに高いだけなんだってば・・・。
瑞貴さん・・・、子供のたわいのない言葉にいちいち傷ついてないで、戻ってきて・・・・。
目の前の二人は、どう言っていいのか分からず、お互いの顔を見合わせて顔を引き攣らせている。


「・・・ねぇ、二人とも。大地君を特機に預ける気ない?」

何ともいえない沈黙を破ったのは綾人だった。

『特機に!?』

私と放心から戻った瑞貴さんは声を合わせて驚いた。
そりゃそうでしょう。特機ですよ?犯罪保持者専門の警察機構ですよ?
そこからのお誘いで驚かない親はいないでしょう。
私達の心中を察したのか、綾人が慌てて片手を振る。

「違う、違う。実戦部隊への誘いじゃないよ。最近、特機で保持者の子供の訓練を始めたんだ。」
『あ〜〜〜〜〜。』

またもや声を合わせて答えてしまう。結構、私達って息ぴったり?

「大地君ってテレポーテーション持ってるんでしょう?しかも、制御できてないみたいだし。専任の教官がきちんと訓練してくれるから、知識の乏しい二人が頑張るよりいいと思うけど。」

綾人の説明に私達は顔を合わせてしまう。
はっきり言って、願ってもいない申し出だった。
私達は何の力も持っていないし、お互いの親戚にも力を持った人が居ないので、我が子ながらどうしていいのか途方にくれていた。
“人前で力を使ってはいけないのはどうしてか”とか“力の使い方”とか、親なのに恥ずかしながら幼い我が子にどう説明していいのか分からなかった。でも、ちゃんと教えないと将来、大地が困ってしまう。でも、私達では無理・・・。いつもこんな風に堂々巡りだった。
それが、専門機関で訓練して貰えるのなら、願ったり叶ったりである。しかも、知り合いがいる。
心強い限りである。
私達夫婦は、微笑み合うと

「よろしくお願いします。」

と綾人に軽く頭を下げた。
「お任せください。じゃあ、来週の都合のいい日に特機の本部に来てよ。話は通しておくから。」
「ありがとう。」

私は、心から綾人に礼を述べる。本当は、こんな一言では言い表せないくらい感謝しているのだが、いざと言う時は、本当に簡単な言葉しかでないものだ。
綾人には、私達は2度助けられた事になる。
なんだか、今日の再会は、この為に誰かが仕組んだようにさえ思えてくる。

「じゃあ、俺たちはこれで・・。行こうか?美咲。」
「うん。・・・あっそうだ。これどうぞ。」

美咲嬢が、私の手にパックジュースを二つ手渡してきた。

「え!?これは・・・」
「大地君を探して喉渇いたでしょう?良かったらどうぞ。」

困惑している私に、彼女は可愛らしい微笑みを向けてくれる。彼女の言うとおり喉はカラカラだった。隣の瑞貴さんは、私以上に乾いているだろう・・・。

「じゃあ・・遠慮なく・・・。」
「すみません・・・。親子共々お世話になりっぱなしで・・・。」

瑞貴さんも、すまなそうな顔つきで軽く頭を下げる。その彼の腕の中で、騒ぎの張本人は美味しそうにジュースを飲んでいる。
お前こそ、礼を言えよ・・・クソガキ・・・・。

「じゃあ、またね。」

そう言って、綾人は片手を上げ、美咲嬢は軽く会釈をして私達親子から立ち去って行った。
私は、初めて綾人と次の約束をした。
ずっと一緒にいた時は一度もした事が無かった事を、数年経った今、それをしているのはどうも不思議な気分にさせられる。まあ、それだけ時間が経ったっていうことよね。

『かわいい〜〜〜〜。』

立ち去る二人の背中を見送っていた私達が口を揃えて賞賛した。それは、美咲嬢が背負っているリュックだ。黒いリュックに、白い小さな羽根が付いており、彼女の動きに合わせて小さくピョコピョコ動いていた。
彼女のイメージをそのまま具現化したようなリュックだ。
その彼女は、綾人の男らしい筋肉質の腕に、自分の細い白い腕を絡めて歩いている。

『今度は女の子がいいな・・。』

じっと綾人と美咲嬢を見つめていた私達は、またもや同時にお互いの野望を呟いていた。
お互い、あの可愛らしい彼女に触発されてしまったらしい・・。

「私に似たら、彼女みたいに可愛げのある女の子じゃないわよ。」
「何を言ってるかなぁ。茜さんの子供だから可愛いんでしょう?」

夫の何とも自信ありげな発言に思わず頬を赤らめてしまう・・・。どうして、彼は、そういう事を平然と言ってのけるのだろうか。嬉しいけど・・・。

「さ・さぁ、大地?何処に行こうか?」

私は、照れ隠しに息子に行き先を尋ねる。

「うんとね、トゥーンタウン!!」
「よし!じゃあ行こう!!」

私達三人は、綾人達とは正反対の方角へ歩き出した。
天使に分けてもらったジュースを飲みながら・・・・。




あの頃の私と綾人の関係は、人に褒められる関係ではなかった。でも、それを恥ずかしいと思ったり、後悔したりはしない。今の幸せがあるのは、あの2年間の二人の生活があったから。
私にとっては、綾人と過ごした2年間は、心の傷を癒すのに必要な時間だった。
彼にとってはどうだったか知らないけれど・・・。

ありがとう、綾人。貴方にはいくらお礼を言っても言い足りないくらい感謝してる。
そして、これからは、息子をよろしくね。


美咲さんとの幸せを心から願ってるよ・・・・。


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