御伽噺になろう
■ その3.旅は道連れ、世は・・・・ の事A ■      

その日の宿は、農家にお世話になった。
伽耶たちが歩いている街道には、鎌倉までの間に宿場町は存在せず、あるのは田畑と農家だけである。故にこの街道を通る旅人は、野宿をするか農家の納屋を借りて一晩過ごす事になる。コウが納屋を借りようと戸を叩いた農家は、老夫婦のみで、他に家族のないこの夫婦は

「こんな華奢な弟さんが納屋で寝ると今時分でも風邪を引いてしまうよ。うちは、わしら夫婦以外おらんから遠慮せずおあがりなさい。」

と、快く二人を家に招きいれてくれた。
この老夫婦の申し出はコウにとっては大変ありがたかった。まだまだ、朝晩冷え込む季節である。女の伽耶には野宿ではなくとも納屋で過ごす事はツライだろと危惧していたからだ。農家は本来、他人など泊める余地がないくらい大家族で住んでいるので、家の中に上げてもらえる事はない。しかもこの乱世である。旅人は警戒される。
この老夫婦のような人達は大変稀である。

コウと伽耶は、囲炉裏の側で夕飯の「すいとん」をごちそうになっていた。
温かな汁は、歩き疲れた体を癒す様に伽耶の体に染み渡っていった。

「あっ、そうだ。」

それまで無心に「すいとん」に喰らいついていた伽耶が何かを思い出したかのように顔をあげた。

「なんだ?どうした?」

コウも箸を止める。

「いや。そんなに改まることじゃないんだけど・・・。此処までの道中で気が付いたんだけど、この辺って水が豊富なの?良く、用水路を見かけたけど・・・。」
「いえ。川らしい川はありませんが、貯水池が沢山あるんですよ。」

伽耶の疑問に、老婆がやさしく答える。

「貯水池?」
「ああ、そうじゃ。代々の英の殿様がわしら農民の為に作ってくださったありがたいものじゃ。そこから用水路を引いて、田畑に水を入れておるんじゃよ。」

今度は、老人が自慢げに答える。

「なるほど・・・。でも、その貯水池の水は?」
「それも、ここからは遠い川から水を引いて溜めておるんじゃよ。あと、雨水じゃ。」
「はぁ・・・・。」
「英の国が豊かなのは、戦場になる事が少ないからというばかりじゃないんじゃよ。英様がわしらの為にあれこれ手を尽くしてくださるからじゃ。」
「ほんと、他の国とは違って、豊かに暮らせるのは英様のお陰ですね。」
「ほんに、ほんに。」

老夫婦は、湯のみ片手に小さく頷きあいながら微笑んでいる。
その微笑に伽耶の胸が痛み出す。

「・・・二人は、英様が好き?」
「それは、もちろんじゃ!この国のもんで、英様の悪口を言う罰当たり者はおらん!!」
「・・・そうですか・・・・。」

胸張って答える老人に対して、伽耶は弱々しくそう呟くと複雑そうな顔をして残りの「すいとん」をちまちまと食べ始めた。その様子をコウは横目でチラッと見たたけで、何もせず黙々と自分の食事を続けていた。


翌日、まだ誰もが眠っている早朝にコウは右腕の肘から下に、なめし革の防具を着け、いまだ眠りの国にいる人々を起こさぬように静かに外へ出た。
外は、うっすらと朝もやが掛かっている。

(さすがに少々寒いな・・・。)

そんな事を思いながら、彼は側の沿道まで歩く。

(この辺でいいだろう・・。)

コウは、昨晩、世話になった農家がモヤで消えて見えなくなった頃、歩みを止め、防具の着いた右腕を高らかに上げ、左の指を口に当て、指笛を吹いた。

ピュ〜〜イ ピュ!

朝もやの中、響き渡る指笛の音にひかれ、やってきたのは大きな白い鷹だった。
鷹は、コウの防具が着いた腕に勢いよく止まり、コウの目の前に鷹の白い羽根が舞う。

「お疲れ様。」

コウはそう言いながら、鷹の足に括り付けられている小さな手紙を、左手で器用にほどき取る。取った手紙を軽く振り、広げてから目を通す。
読み終えたコウの口の端がニッと持ち上がる。

「やっぱりそうだったか・・・・。」

そう呟いた後、彼は、手にしている小さな紙を握り潰し無造作に懐に突っ込んむと、ゆっくりと後ろを振り返り、自分に向かって歩いてくる人物に微笑みかける。

「随分、早起きだな。まだ、寝ていられるぞ。伽耶。」
「うん・・・。何か綺麗な音がしたから気になって・・・ってそれ、鷹!?」

寒さに少し縮こまりながら歩いてきていた伽耶が、コウの右腕に止まる白い鷹を指差し驚いている。自然に生きる獣達をこのように間近に見る事はまず無い。
しかも白い鷹など自然に於いてもお目にかかる事はなかった。

「ああ。こいつは、疾風(はやて)と言う俺の相棒だ。」
「鷹が相棒なの?・・・コウってやっぱり変わってる・・・。」
「なんだよ、その変わってるって・・・。」

コウの顔が不服そうになる。

「だって、剣の腕は凄いから頼りになるのかと思えば、とんだ大ボケかますし、それに、人の事おかまいなしに話をドンドン進めるし。鷹が相棒だし。」
「失礼な小娘だな。俺の事は別にどう思われたって構わないが・・・。この疾風は、旅の途中で巣から落ちて怪我してたヒナを拾って育てたんだ。相棒というより大切な家族だな。」

コウは始めて見る優しげで温かな微笑みを疾風に向け、左の人差し指で疾風の喉の辺りをさすってやる。疾風は猫のように気持ち良さそうにその行為に身を任せている。
伽耶はその光景・・いや、コウのその表情に釘付けになっている。
一度、大きく脈打ったかと思った鼓動がどんどん早くなっていく。
寒さに軽く震えていた体が、何故か熱さを帯びていく。

(なにこれ?なに?なに?)

自分の体の突然の変化に伽耶は訳が分からなくなっていた。いわゆるパニック状態である。

(落ち着いて。落ち着いて。)

何とか高鳴る鼓動を落ち着けようと努力するが、すればするほど早くなる。
なんだか顔も火照ってきた。

「どうした、伽耶?顔が赤いぞ?具合悪いのか?」

突然、顔が赤くなった伽耶を心配して、コウは彼女の顔を覗き込む。伽耶の目にコウの顔がアップで映し出され、更に体温が上がり、鼓動が早くなる。

「な・・なんでもない!具合もわるくない!!・・は・疾風が綺麗だなって思っただけ!!」
「そうだろ?見とれるくらい、こいつ格好いいだろ?」
「う・・うん・・・。」

自慢げに微笑むコウに伽耶の体温は又あがり、小さく頷き返すことしか出来なかった。

「良かったな、疾風。伽耶もお前の事気に入ってくれたようだぞ。」

伽耶の目に、鷹にうれしそうに話すコウが微笑ましく写る。

(ホントに好きなんだな・・。家族か・・・・・。)


家族。


この一言が、彼女の火照った体を冷まし、早くなっていた鼓動を落ち着かせる。
温かな気持ちに浸っていた心に、悲しみが寝食してくる。
そして、ふとある事に気が付く。

(あれ?・・・鷹が家族って、他の家族はどうしたの?・・・まさか彼も・・・。)

少し、緊張しながら気になる事を聞いてみる。

「ねぇ。コウの家族は疾風だけなの?ご両親は?」
「いるよ。ピンピンしてる。兄も姉も弟も。」

コウにあっけらかんと答えられた伽耶は肩から力が抜ける。
と、同時に怒りが込み上げてくる。

「紛らわしい言い方しないでよ!!」
「はぁ!?」
「まるで、疾風だけが家族みたいな感じがしたんだもん!!」
「あぁ・・・・・。」

コウの瞳が悲しみを帯びてくる。

(えっ!?)

その表情にまたも伽耶は怒っていた事を忘れ、戸惑ってしまう。
コウは一つため息をつく。

「居る事は居る。でも、もう俺の家族じゃないんだ。・・・2年前のあの日に、今の自分になる事を決めたあの日から、両親は両親でなくなり、兄弟も兄弟ではなくなった・・・。彼らは俺の・・・。」

コウは目を閉じ、最後の言葉を飲み込んだ。
伽耶に聞かせるわけにはいかなかったというより、それを自分が言葉にして認めるのが嫌だったのだ。あれだけ決心したにも関わらず、まだ、芯から認められない。

目を閉じ黙ってしまったコウが伽耶にはとても弱々しく感じた。今までの不遜さが嘘のようである。立っているのが精一杯といった感じの彼を背中から伽耶は抱きしめた。
抱きしめられずにはいられなかった。

「伽耶!?」

抱きしめられた方は目を見開いて驚いている。
本当なら、伽耶にとってこの行動も不可抗力で一緒に眠ってしまった時と同じくらい恥ずかしい行動であるはずなのに、今の彼女は恥ずかしさより彼を元気にしたいという気持ちで一杯だった。

「コウ。・・・家族はずっと家族よ。離れ離れになっても。たとえ死んでしまっても・・・・。」
「ありがとう・・・伽耶・・・。」

二人は、朝もやが晴れるまでそのままだった。
背に感じる伽耶の温かさが、体中で感じるコウの温かさが二人が隠し持っている心の悲しみを癒してくれている様な感じがした。

この時、二人は、何か大事な物を見つけた気がした。

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