御伽噺になろう
■ その4.旅は道連れ、世は・・・・ の事B ■      

この日も、二人は朝食を食べ終えると、よくしてくれた老夫婦に礼と別れを告げて、一路「鎌倉」に向かった。
朝、自らコウに抱きついた伽耶は、昨日同様、恥ずかしさで彼の後ろを歩いているのかと思いきや、隣で楽しそうに話しながら歩いていた。確かに、思い出せば顔から火が出る程恥ずかしかったが、それよりも彼の横で一緒に歩いていたかった。
そう「彼の横」で・・・。

「それにしても、ほんと、見事としか言いようの無い風景ね。行けども行けども、緑一色だわ。夢の国にいるようだわ。」
「夢の国か・・。確かに、幾度となく戦火に巻き込まれ、住む家も耕す田畑も失くし、今日生きるのが精一杯の他国の民から見れば、夢の国だな・・・。」

二人は歩みを止め、延々と広がる緑色の風景を鑑賞する。その風景の中には、額に汗を流しながら懸命に農作業に勤しむ人達がいる。二人の視界の端を、高らかに笑い声を上げながら、数人の子供たちがあぜ道を駆け抜けていった。

「・・・この国は、誰もが笑っているのね・・・。」
「うん!?」
「今まで出会った人達で笑っていたのは、宿場町の人達だけだったわ。農民達は、どこかあきらめたような顔の人達ばっかりだった。」
「・・・・・・。」
「戦、天下、大国。一体、なんの為に存在するのかしら・・・。」
「さぁな。ただ言える事は、人生、嘆いてたって始まらないってことさ。与えられた生を置かれた環境に準じて己の人生を切り開いていくしかないさ。」
「そうね・・・・。」

そのまま、二人は黙ってしまった。
二人の目の前に広がるのは、多くの人が望む幸せの形である。しかし、これは望めば手に入るものでもちょっと努力すれば手に入るものでもなかった。

『高望み。』

そんな言葉が伽耶の頭をかすめた。
今目の前に広がる風景こそが誰もが望む事であるが、この世では「高望み」以外のなにものでもなかった。さっき、コウが言ったように人は置かれた環境に準じて生きていくしかなかった。
それが例え生き地獄だとしても・・・。
伽耶の目に英の国の民が「選ばれた人間」の様に写ってきた。

そして二人は無言のまま歩み始めた・・・・。


「ええっ!!!!一緒に寝るのですか!!!!」

伽耶が小さな納屋で、両の握りこぶしを胸の辺りまで持ち上げた格好で叫んでいる。その足元で、コウは淡々と藁を床に敷き詰め、その上に粗末な布団を敷いている。

「ああ。布団が一組しか借りられなかったからな。」
「でも!でも!!」
「仕方がないだろう。俺とお前は『兄弟』って事になってるんだし、この大家族にもう一組貸してくれなんて言えるか?」
「ううう・・・・。」
「それに、今日は、昨日と違って納屋で寝るんだから寒いぞ。ひっついて眠った方が暖かい。風邪もひかんだろうし。・・・あぁ。心配ならいらんぞ?あの山ん中で言ったように、素性の良くわからない女に手を出す程不自由はしていなからな。」

布団を敷き終えたコウが満面の笑みを湛えて伽耶を見上げる。
その笑顔に毒気を抜かれた伽耶は、一気に体中の力が抜けて肩と上げていた両の拳がガックリと落ちてしまう。

(最後の発言は、喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないわね・・・・。う〜〜。しょうがないわよね。背に腹は変えられないんだもの・・・。)

伽耶は腹を括った。

意を決してコウと一緒の布団に入った伽耶は、コウに抱きしめられる格好になっていた。初めはガチガチに緊張し、体が強張っていた彼女だったが、徐々に伝わってくるコウの温かさが緊張をほぐし安らぎを与えてくれた。
我が身をコウに預けきった彼女は、幼い頃、時々父や母と一緒に寝た時の事を思い出した。あの時の暖かさと安らぎを、ほんの数日前に知り合った男性に今は与えられている。
なんとも不思議な気分になる。

(あの頃は、なんの憂いもなく笑っていられたわ・・・・。)

伽耶は、幼き頃の自分と昨日・今日と見た英の国の農民達の笑顔がだぶって見えた。

「ねぇ。英家ってどんなとこ?」

コウの胸に付けていた顔を上げ、彼を見上げる。ふいの質問にコウの眉間に深々と皺が寄る。

「おい、おい。そんなに世間しらずかよ・・・。」
「違うわよ!私だって世間一般的な事ぐらい知ってます!」
「ほ〜〜。例えば?」
「昔、鎌倉幕府を打ち滅ぼした武将達の一人で、代々鎌倉に居を構えている事。知力と行動力に長けた一族で常に天下人の信頼を得、更に恐れられている事。天下人になれる力を持っていながらいつも協力者に徹している事。あと、嫡子・嫡男が後を継ぐわけではなくて、一族の中からふさわしいと思われる人物が当主として選ばれる事。」
「おお!良く、知ってるじゃねぇか。それだけ知ってれば十分!十分!さ〜寝よ、寝よ。」

コウは、両腕で伽耶の頭を包み込むと無理矢理自分の胸に押し付けた。

「ちが〜〜〜う!!それ以外の事を知りたいのよ!!」

伽耶は、コウの胸に向かって反論する。

「それ以外って・・・・。殿様自身ってことかよ?」
「そういう事になるのかな?」
「なんでまた?」

伽耶を抱きしめていたコウの両腕から力が抜け、伽耶に自由が戻る。
伽耶は、ゆっくりと顔を上げ、コウをまた見上げる。

「だって、ここのお殿様って私が持っている大国のお殿様の印象とかけ離れているんだもの。大国のお殿様って、何処も領土と地位を手に入れる事だけが全てで、領民や小国のことなんて眼中にない人種だって思ってたの。でも、ここのお殿様は違ってて・・・。領民を大事にしてて、だから、領民にも慕われて・・・。」
「伽耶。何故、英が天下を狙わないか、わかるか?」
「ううん。分かんない。」
「自分の目が届かなくなるからだよ。英は支配者というより、守護者なんだ。自分の手から零れ落ち守れない物が出る事を嫌うんだ。」
「・・・・・。」
「だから、先代の大殿もあの大合戦の折の褒章として賜ったこの地の倍はあろうかという他の領土は辞退し、金子(きんす)と大臣職だけを受け取ったんだ。あと、この国の周りの土地を少々。英は、代々守ってきたこの地を離れる気はないんだ。」
「そうなんだ・・・。でも、コウは良く知ってるね。なんだか自分の家の事みたい。」

伽耶のあどけない顔とするどい質問に、コウは表面平静を装いながら、内心は冷や汗が出る程焦っていた。

「うん!?・・それは・・・。今の若殿様と年が近いからちょっと興味が沸いてな。色んな人に話を聞いたからさ。さぁ、伽耶の疑問も晴れたろう?今度こそ寝ような!」
「うん・・・。おやすみなさい・・・。」
「おやすみ。」

伽耶は、なんだか今回も、なし崩し的にコウに丸め込まれたような気がしたが、深く考えるのは止めた。
考えたところで、彼には適わないのだから・・・。
コウは、伽耶を軽く抱きしめ、伽耶はコウの胸に顔を埋め、眠りに付いた。


夜中、コウは女の泣く声を夢の中で聞いた。

(誰か泣いている・・・・。母上?それとも姉上?・・・違う、これは・・・・)
「伽耶・・・・。」

ゆっくりと目を開けるが、真っ暗で何も見えない。ただ聞こえるのは、伽耶のむせび泣く声だけだった。

「伽耶?」

伽耶が居るであろう自分の胸の辺りに向かって呼びかけてみる。が、伽耶は返事はせず、泣き続けている。しばらく何もせず、ただじっと伽耶が居る辺りを見続ける。徐々に闇に慣れてきた目に伽耶の泣き顔が映し出される。彼女は泣きながら眠っているようだ。
また、何やら良くない夢を見ているようだ。

「お前は、その小さな肩に何を背負ってしまったのだ・・・。伽耶・・・・。」

コウは、伽耶の涙を止めたくて、力を込めて彼女の体を抱きしめた。


緑豊かな街道も三日目ともなると慣れてしまい、当たり前の風景になってしまう。人間の順応性の高さに伽耶は変な気分になってくる。

(私が変なのかな?)

一瞬、そんな事も思ったが、自分が変だと思うのはあまり気持ち良いことではなかったので、その考えはすぐにその辺に打ち捨ててしまった。
その日の宿は、空き家を借りる事ができた。布団も2軒の家から其々一組づつ借りる事ができ、昨晩の様に一つの布団で二人が寝る事はしなくて済んだ。
しかし、伽耶にはその事がどことなく残念な気がしていた。

「えっ!?明日の昼には鎌倉に着くの?」

驚いて手に持っていた湯のみからお茶が少々、飛び出てしまった。
伽耶はこれ以上被害が広がる前に、手にしている湯飲みを床の上に置く。

「ああ。良く頑張ったな。っていっても、着いてからは父上を探さなければならんがな。」
「う・・・うん・・・。」

コウは飛び上がって喜ぶかと思っていたが、反して伽耶は少し緊張したような顔で俯いてしまった。
そんな伽耶をコウが怪訝そうな顔で覗き込む。

「どうした、伽耶?・・・父上が見つかるか不安なのか?」
「・・・・それもあるのですが・・・・。コウ、私に剣術を教えてくれませんか?」

ガバッと音がするような勢いで伽耶が顔を上げ、コウは更に眉間の皺が深くなる。

「なんでまた急に・・・。」
「ええ。鎌倉まではコウが護衛してくれましたが、もし、父上が見つからなかった場合は又一人で探す旅に出なければなりません。そのときの為に護身術にでもなればと思いまして・・・。」
「そんなの、また次まで護衛してやるよ。どうせ、根無し草だし。」
「いえ。これ以上の迷惑は掛けられません。」

伽耶は、広げた両手を左右に振り、彼の厚意を辞退する。
コウは軽く握った右の拳を自分の顎にあて、首を傾げる。

「う〜〜ん。でも、何で今なんだ?父上が見つからなかった時でも良かったんじゃないか?」
「そ・・それは・・・。」

痛いところを突かれた伽耶は、視線をコウから外し、軽く俯く。いま、彼女は何とかこの場を切り抜けようと頭の中で色んな言い訳を考えている。
そんな彼女に駄目押しの様にコウが矛盾点をついてくる。

「今は、一刻でも早く鎌倉について父を探す事が先決だろう?護身術程度の剣術とはいえ身に付けようとすればそれなりの時間がいる。」
「街中より、この農村の方が練習するには向いていそうだったので・・・。」

伽耶がオドオドと答えた後、コウが盛大なため息をついた。

「・・・まったく。箱入り娘は、世間も知らない上に、嘘もヘタなんだな。・・・違うな。箱入りだから世間を知らないし、嘘がつけないんだ。」
「コウ?」
「最後まで騙し通せないのなら、本当の事を言ってしまえよ。・・・『英の現当主、
英 高彬(はなぶさ たかあきら)を殺す術(すべ)を教えてください』とさ・・・。
鷲尾の伽耶姫様よぉ・・・。」

コウは伽耶に突き刺すような視線を送り、伽耶は側にある自分の刀に手をやる。
二人の間に、側にある囲炉裏の中の火が放つ温かな空気とは逆に、冷たい張りつめた空気が流れはじめた。

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